【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 明日からは一日一話投稿です。




 

 ――時は三日前にさかのぼる。

 暗い闇に包まれた夜の中、オルガは俺の背中に半ば抱き着きながらこう問うた。

 

「本当に、一人で戦うつもりなの?」

 

 俺の外套の裾をギュッと握るオルガの声は震えていた。

 神秘に親しむ魔術師にとってヘラクレスとはそれほどまでに重い存在なのだ。

 

「ヘラクレスなのよ? 一人でなんてダメ、作戦を立ててみんなで戦った方がいいわ」

 

 根っこが善性で犠牲を嫌う彼女らしい言葉だった。

 彼女は誰かに無理を強いることは好まない。無理を押した成功よりも仲間を気遣った撤退を選べる人なのだ。

 

「確かに私一人でヘラクレスに勝つのは至難。みなでかかった方が勝率は高いでしょう」

「なら」

「でもね、オルガ。”俺”が奴との決闘に挑めたのは()()()()()()()()()からですよ」

 

 思いもよらない言葉だったのだろう。背後のオルガが慌てる気配がした。

 だがこれは俺の本音である。

 

「この特異点でオルガは立派な役割を果たしました。魔術師としてみなに頼られていましたね」

 

 オケアノスでの海を渡る旅は(サーヴァント)よりもむしろ自然との闘いが多かった。

 真水の不足、魔獣の襲撃、病気や怪我、船体の破損などなど。

 いずれもただの人間には致命的となりうるトラブルの数々はオルガの魔術によって鮮やかに解決した。俺や藤丸、マシュにはできなかったことだ。

 

「あ、あんなの魔術師なら誰でもできることだわ」

「いいえ、オルガの実力と人徳があってこそですよ。でなければクルー達にあれほど慕われはしません」

 

 これまで俺の背中に隠れていた少女とは思えない程オルガは積極的に、そして真摯にトラブル解決に向けて取り組んだ。

 小さく幼い彼女が生真面目に、甲斐甲斐しく働く様に黄金の鹿号のクルーは我らが小さな守護天使と慕い、ドレイク船長も軽いノリを装いつつのガチトーンでクルーへの誘いをかけたくらいだ。

 お陰で彼女の保護者(サーヴァント)である俺に()()()()()()()()()と念押しする輩は一ダースではきかない数現れたしな。

 

「ジークフリートやスパルタクス殿と出会い、あなたは変わりましたね」

 

 特にスパルタクスが見せた魂の輝きはオルガの心に火を灯した。

 そのことが嬉しく、少しだけ情けない。だがやはりそれ以上に嬉しい。そんな気分だ。

 

「……そう、かも。自分じゃ分からないけど」

「オルガ、振り返っても構いませんか?」

「……」

 

 問いかければ制止の言葉はない。

 ゆっくりと振り向き、膝を折って彼女と視線を合わせる。そこには頬を赤らめ、恥ずかしそうにも照れ臭そうにも見えるオルガがいた。

 

「どうか俺とともに戦ってください、()()()()

「……本当にヘラクレスに勝てるのね?」

「俺は一人じゃない。あなたがいる。だから勝てます」

 

 彼女はもう俺に守られるだけの少女ではない。戦場で肩を並べるに足る、いっぱしのマスターだ。

 それはつまり彼女の右手に刻まれた令呪の解禁を意味していた。

 

 ◇

 

『令呪を以て命ず――』

 

 俺とヘラクレスが睨み合う刹那に、オルガが令呪を差し込んだ。

 攻勢端末との同調による俯瞰視点、俺の合図があっても遅滞のない滑らかな令呪の使用は彼女の集中力の賜物だ。

 

『最速で()()()()を使いなさい、アーチャー!』

 

 弓兵の俺が持ち込んだ四つの宝具、その三番目。

 俺と仲間達が作り上げた傑作とはまた別の意味で特別な最高位の対神宝具を最高のタイミングで切った。

 

「頼むぞ――偽・天の鎖(エルキドゥ)

 

 手中に現れた王律鍵バヴ=イルのスペアを空間に差し込みガチャリと回す。『王の財宝』へ空間同調、接続を開始。

 空間を揺らがす無数の波紋が俺とヘラクレスを囲むように出現する!

 

「■■■■……!?」

 

 ジャラリと金属が軋る甲高い音が戦場に鳴り響き、無数の波紋から顔を出した黄金の鎖がへラクレス自掛けて殺到する!

 狂戦士の本能で脅威を悟ったか、ヘラクレスが剛脚を駆使して危地から離脱せんとするが、

 

「一手遅い」

「――!?」

 

 令呪によるブーストで後押しされた金色の鎖の一本が駆けるヘラクレスの足首を捕らえ、()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!? ■■……!? ■■■■■■■■■■■■■■――!?」

 

 ヘラクレスが宙を舞う。如何に無双の大英雄でも翼を持たぬ身では四肢は空しく宙を掻き回すのみ。

 

「是なるは我が親友の鎖。神に最も近き大英雄なればこそ逃げられぬと知れ」

 

 我が第三宝具は『天の鎖』そのものにあらず。

 英雄王より(エルキドゥ)の友と認められた証、『王の財宝』に収められた真作を手に取ることを許された誉れこそ我が宝具。真名を『偽・天の鎖』にされたのはやや複雑だがな。

 

 ジャララララララララララララ――――!!

 

 一本では不足。ありったけの数の金鎖が宙を飛ぶヘラクレスを追って伸びていく。

 無数無量の拘束具が身動ぎ一つ許さないとヘラクレスの逞しい四肢を覆った。

 

「■■■■……!?」

 

 それに抗い渾身の力で鎖を砕かんとするヘラクレス。凄まじい膂力と天の鎖が競り合い、メキメキと、ミシミシと不吉な音を奏でる。

 だが英雄の望みは叶わない。ヘラクレスが最も信頼する武器たる膂力が彼を裏切った初めての瞬間だった。

 

「令呪の干渉すら弾く無二の至宝だ。砕きたければ御身の膂力を宝具にして持ってこい、大英雄――!」

 

 概念マウントの取り合いもまた英霊の戦い。

 大英雄の膂力が数値としてどれほど優れていようが神を律するために生まれた天の鎖には敵わないのだ。

 故に囚われの身となった大英雄に最早逃げ場なし。

 

「その命、根こそぎ頂戴する――オルガ!」

『続けて命ずる。第二宝具を撃って、アーチャー!』

 

 第二宝具、解放。

 花弁の如く散り広がる攻勢端末を巨大な二重螺旋構造に展開し、陽光砲身(サンセットバレル)を形成。

 ウジャトの眼の如き天照灼眼から放たれるレーザー光線がヘラクレスの霊核を走査、特定、照準。

 令呪で湧き上がる魔カリソースを余さずバレルにぶち込み、術式(タマ)を生成。

 熱量掌握は諸事情でカットだ。

 バレルの銃口は天空に囚われたヘラクレスへと向けている。

 これで発射準備は整った。

 

「装填、完了!」

 

 だが俺の最大火力、太陽の中心温度1600万度でさえ一瞬の顕現ではヘラクレスが持つ十二の命を奪いつくせない。

 ならば話は単純だ。短いのならば伸ばせ。燃料が足りないのなら他所から継ぎ足してしまえばいい!

 

『重ねて命ずる――この一瞬に、全力を!』

 

 令呪に込められた莫大な魔カリソースの全てをヘラクレスを殺しつくす破壊力に転嫁した。

 一撃で十二の命を消し飛ばす。それこそがこの決闘で勝利する大前提。

 そのためにこの島を使い潰すことすら視野に入れ、過剰なまでの破壊力で仲間を巻き込まないためにヘラクレスへ決闘を挑んだ。

 

是、黒闇照らす冥府の陽光(キガル・メスラムタエア)!!

 

 オルガの令呪を撃鉄とし、陽光砲身から撃ち放った鏃がヘラクレスの霊核へ突き刺さり……。

 封鎖終局四海の大空に第二の太陽が誕生。島の全土がガラス化し、周囲の海原を蒸発させるほどの熱量を以て天下無双の大英雄をきっちり十二回殺し尽くした。

 

 ◇

 

 俺がヘラクレスを打倒した後、怒涛のように状況は動いた。

 大英雄の敗北はやはりアルゴノーツにとって驚天動地だったらしく、動揺する彼らに奇襲する形で黄金の鹿号のクルーは決戦をしかけた。

 元より停戦の約定は決闘が終わるまでだ。ましてやこれは海賊同士の戦い。卑怯などという言葉は存在しない。

 

 イアソンはヘラクレスの死を認めず怒り狂い。

 ヘクトールは召喚主(イアソン)への義理から飄々と笑いながらその異名に恥じぬほど暴れ回り。

 メディア・リリィはその狂った愛と聖杯をもってイアソンを裏切り、魔神柱フォルネウスへ変えた。

 

 だが余力を残したこちら側のサーヴァントの集中攻撃、トドメに『黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)』を受けたフォルネウスは轟沈。

 かくしてアルゴノーツはオケアノスの海から消滅した。

 そして全てが終わった後、黄金の鹿号の船上にて俺達は互いの勝利を祝った。

 

「随分ド派手にやったねぇ!」

「お陰であの島はもう使えませんがね」

「なに、ド派手ってのはいいことさ。景気のいい代物が拝めたしね」

「ハハハ、確かにね。しかし便利な権能だ。僕と組まない? ビジネスの分け前は9:1でいいよ」

「申し訳ないが主に仕えるのに忙しく」

()()ヘラクレスが負けたのはギリシャの女神としてフクザツ。でも実際よくやったよね。うん、エライ!」

「最後までノリが軽いよね、お前」

「こちらこそ月の夫婦の助力に感謝を」

「聞いたダーリン!? 私達ラブラブカップルだって!」

「いや、言ってないよ!?」

「ハァ……私の奉じる女神がスイーツだった。死にたい」

「なに、何事も慣れれば味があるものですよ」

「随分と実感が籠っているな。ま、愚痴は置いて汝を称賛せねばな。ヘラクレスの打倒、見事。歴史に残らぬのが残念な偉業だぞ、これは」

「我が主がいればこそ」

 

 その言葉に全員の視線が一斉にオルガに向く。

 

「えっ……え? わたしっ!?」

 

 注目の的になったオルガのいつも通りあわあわわたわたしている姿に嫌味のない笑い声が響き渡る。

 ある意味で()()()()()のその姿にこそ彼女の成長が現れている……かもしれない。

 

「確かにね! あのとんでもない男と戦ったんだ。大した度胸だよ、あんた」

「うーん、今から将来が楽しみだ。どうだいオルガマリー。僕のアビシャグにならない?」

「今すぐその口を閉じれば針鼠にするのは勘弁してやろう、ダビデ。だが私も汝の健やかな成長を願っているぞ」

「女神的に評価するとオルガマリーはとっても頑張ったって思うな! 後で頭撫でて上げるね?」

「おっとそういうことなら俺も――」

「ダーリン? 幾ら私でもちょっとどうかと思うなぁ?」

「ゴメン俺が悪かったからガチトーンで怒らないで怖い怖い怖い――!?」

 

 ありえざる大海をともに旅したクルー達による賑やかなやり取りだ。

 どこまでも軽やかに、迫る別れを笑い飛ばすように。

 

「私は大丈夫。アーチャーのこと信じてたもの。だって私のサーヴァントは最強なんだから!!」

 

 俺とともにヘラクレスを打倒した事実は彼女にとっても大きな自信となったらしい。

 誇らしげに胸を張るオルガに、みなは微笑まし気な視線や海賊流の手荒い労いを向けたのだった。

 

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