【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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夢界揺籃監獄■■■■■■①

 

 オルガマリーの眼前に絶望があった。

 

「いや、いや……いやああああああぁぁぁ――!! アーチャー! しっかりしてアーチャー! お願いだから立ち上がって!! 死なないで!」

 

 死界魔霧都市ロンドン。

 19世紀の産業革命真っ只中、スモッグと異常魔力に汚染された魔霧が淀む大都市にカルデアはレイシフトした。

 魔霧の影に暗躍する黒幕『P』『B』『M』の正体を探りだし撃破。さらに魔神柱バルバトス、神明顕学二コラ・テスラ、嵐の王たるアーサー王を続けざまに打ち倒し。

 

 あとは聖杯を回収するのみというタイミングで現れた首魁、魔術王ソロモン。

 

 グランドキャスターを名乗る彼はその絶対的な力を以てカルデアと生き残ったサーヴァント達を一蹴した。

 無論、カルデアの最大戦力たるキガル・メスラムタエアも例外ではなく。

 ソロモンが使役する四柱の魔神柱により、その圧倒的質量で纏めて圧し潰された。手足は砕かれ、臓腑を潰され、この特異点から退去する寸前だ。向けられた攻撃も他と比べ、明らかに嬲るもの。

 

「ハ――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 無様だな、キガル・メスラムタエア。貴様の醜態は我が疲弊を僅かに癒やす無聊になった。その一点だけは評価しよう」

 

 地面に這いつくばるキガル・メスラムタエアを高らかに嘲笑(わら)うソロモン。

 かつてレフ・ライノールも見せた憎しみに似た負の感情がそこにあった。

 

「魔術王、ソロモン……!」

「ほう、肺を潰したはずだがまだ話す元気があるとは驚きだ」

「かの神域の千里眼の持ち主が何故……」

「ギルガメッシュから聞いたか――下らん問いだ」

 

 鼻で笑い、だが律義にも答える。

 

人類(オマエラ)に価値はない。人類史に意味はない。故に――使ってやろうというのだよ、この私が! これ以上なく有効に、有益に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「俺が……?」

 

 心当たりのないソロモンの宣言に困惑を浮かべるキガル・メスラムタエア。

 だが最早ソロモンは関心を失ったように踵を返した。

 

「気晴らしも終えた。時間が惜しい故私は神殿へ戻るとしよう」

「待、て。まだ話は……!」

「口を閉じろ、塵芥。これ以上私に時間を使わせたければ七つの特異点全てを超えて我が下へ来るがいい」

 

 背を向けたまま去っていくソロモンがほんの一瞬だけ振り返る。

 

「その時は貴様らを手ずから処理すべき敵として認めよう」

 

 垣間見た瞳には煮え滾るような”憐憫”が宿っていた。

 

 ◇

 

 カルデアの医療室。

 第四特異点からレイシフトで帰還したオルガマリーはすぐに気を失った。

 疲労か、自身が最も信頼するサーヴァントが無残に敗北した事実が重くのしかかったのか。

 

「「……」」

 

 彼女の診断を終えたロマニとキガル・メスラムタエアはともに重い沈黙を保っていた。

 数十分も続いたやもしれぬ沈黙の果て、弓兵は勢いよく息を吐いた。

 

「ふぅ、切り替えましょう。ロマン」

「アーチャー?」

「ソロモン王が黒幕だったこと、現状勝ち目がないことが知れた。収穫です」

 

 どうしようもないくらいに完敗だった。

 だが終わりではない。対策を練るための時間もある。故に収穫だと弓兵は言った。

 

()()()()()()()()()()()。ならばともにやるべきことに向かいましょう、ドクター・ロマン」

 

 キガル・メスラムタエアはロマニ・アーキマンを信頼している。

 彼は常に人理を救うために全力だった。カルデアの弱点であるマンパワーを補えるキガル・メスラムタエアがいなければ薬で無理やり激務をこなしていたと確信させる程に献身的ですらあった。

 

「……ああ! やれることを全力でやる。いつものことさ」

 

 ロマニ・アーキマンはキガル・メスラムタエアを信頼している。

 彼は常に真摯だった。オルガマリー・アニムスフィアに、カルデアの責務に忠実だった。その尽力によってロマニはあらゆる意味で助けられていたし、亡き友の忘れ形見(オルガマリー)のことに恩も感じていた。

 

「まったくだ。なに、本当に負けた時は……肩を並べて謝りにでも行きましょう。連帯責任で」

「その時は謝るべき相手も消えてるけどね。いや待てよ、そう考えると逆に気が楽になってきた気がするな」

「ものは考えようという奴ですね!」

「「HAHAHA!」」

 

 不謹慎な軽口をたたき合う二人の空気に先ほどまでの重苦しさはどこにもない。

 彼らは互いに口にしないが、その関係は――そう、友と呼ぶべきものなのだろう。

 

「おっと、病人の前で騒がしくするのは良くないな。アーチャー、場所を移そう。相談に乗ってくれるかな?」

「もちろん。こちらこそ気付かず失礼を」

「気にしないでくれ。さて、オルガや藤丸君、マシュにかける言葉でも考えようか」

 

 ロマニに続いて退出するキガル・メスラムタエアは最後にオルガマリーへ優しい目を向けた。

 

「おやすみ、オルガ。どうか今だけでも安らかに」

 

 だがこの言葉から一日経ち、二日が経っても――オルガマリーは目覚めなかった。

 

 ◇

 

 夢を夢と知る明晰夢の中、オルガマリーは真っ暗な荒野を駆けていく。形のない化け物に追われながら。

 ソロモン王のただの一瞥によって掛けられた呪いだ。

 同時刻、藤丸もまた形なき監獄塔(シャトー・ディフ)にその魂を収監されていた。

 だがたった一つ、藤丸とオルガマリーの境遇は異なる。

 

「助けて、助け……!」

 

 必死に逃げる彼女の叫びは誰にも届かない。悪夢に追われる彼女の前に、彼女の味方が現れることはない。

 


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