戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第九話

枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島

同日 午後四時二〇分

 

 

 

 わたしが面会しようとしていた相手は航海学校の先輩である航海参謀だった。

 

 枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部は、その名のとおりに非常に広い海域を管轄する司令部だ。

 

 更にキューバー島やカリブ地方の各諸島に展開している、陸軍や統合航空軍も指揮下に置いている。つまり、東京にある統合軍令本部を小型化して、この方面に特化した司令部なのだ。

 

 ここは日々変化する戦況に対処するため、大勢の将兵が日夜業務に取り組んでいる多忙な司令部である。

 

 <武蔵>艦長という肩書を背負わされているわたしでさえ、相手にしてもらえるのか微妙なのだ。

 

 だから、術科学校の一つである航海学校の伝手を使おうとしていた。もちろん、相手はわたしのことを知らないだろうが、遠方から来た後輩を邪見に扱うような先輩は少ない。

 

 面会の申し入れをしていないので、突然の訪問に戸惑うかもしれない。だけど、短時間で簡単な挨拶だけしたいと伝えれば、大抵の者は時間を割いてくれる。

 

 それでも面会出来ない場合は、会議中で席を外せないとか別件で取り込み中だとか様々な理由があるから、別の日に出直すべきだ。

 

 中には偏屈な性格なので面会拒絶するような者もいるが、そのような者のうち実力ある技術者や諸葛孔明のような軍師以外は相手にする必要が無い。時間と労力の無駄でしかない。

 

 さて、司令部に到着したわたしには二つの問題が発生した。一つ目はこの参謀が会議に出席しているので、しばらく待たなければならない事だ。二つ目は伊東中尉の発言から始まった。

 

 彼はわたしたちを襲撃してきた敵機が新型機だと言い張るのだ。

 

 どこが違うのかと聞けば胴体の断面形状や尾翼の位置が、ドイツ軍の主力戦闘爆撃機であるMe262とは全く異なるという。そこまで言うので彼にスケッチを描かせてみたら、小さな手帳へ器用に描き上げた。

 

 彼はそのスケッチを見せながらわたしへ熱弁を振う。

 

 その話を要約すると、Me262では胴体中央部の断面が三角形に近いなのに、そこが楕円形になり尾翼の形状も変化しているという。敵機の後部を見上げただけなので、その他の変化は分からないそうだが。

 

 わたしとしてはこの情報がどれくらい重要なのか判断つかなかったが、時間が余っているので専門部署に足を向けた。行き先は航空参謀の補佐官室だ。餅は餅屋ということわざのように、ここであれば敵機の情報に興味を示すと思えたからだ。

 

 元がホテルなので、観光客であれば心をときめかす意匠が通路や広間に施されている。そして、窓硝子は綺麗に掃除されていた。

 

 殆どの軍人たちはそのような物に関心を示さないだろう。それでも軍属として雇われているホテルの従業員たちは、サービスを提供する意欲を失っていなかった。

 

 補佐官室は客室一部屋を使っていた。防音性が高そうな扉の前に立ち、何度かノックするが応答が無い。扉に耳を当ててみると、室内では熱い議論が交わされているようだ。

 

 仕方が無いので扉を開けて静々と室内に入っていく。予想していたが三人の補佐官たちが議論していた。そのうち一人は統合航空軍の軍服を着ている。

 

 陸海軍の地上航空戦力を統合して誕生した統合航空軍は、創設されてから数年しか経っていない。海軍出身者も多く在籍しているから、双方が打ち合わせする事は珍しいことでは無い。

 

 どうやら熱い議論をしている最中に、邪魔してしまったようだ。彼らはわたしたちを相手にする素振りを見せず、言葉をぶつけあっていた。

 

「だって、グアンタナモが空襲を受けなくなったのは、陸軍がシエンフエーゴスとサンタ・クララを結ぶ線まで進出したからじゃないか」

 

「そうだよ。前線はグアンタナモから約六〇〇キロ離れている。その線からグアンタナモ側の飛行場はすべて我が軍が制圧したから、敵さんのジェット戦闘機はこっちに飛んでこれない筈なんだけどなあ」

 

「でも、飛行場や補給処からはレシプロ爆撃機とジェット戦闘機が襲ってきたって言っているんだぜ。それも数か所からだ。一か所だけなら見間違いの可能性もあるけれど、これほどの目撃情報が上がってくれば間違いなくジェット機だと認めるしかない」

 

 そのうち、わたしの存在に気づいた一人の補佐官が、明らかに喧嘩を売るような視線をぶつけている。

 

「おい、ここへ何を……。失礼しました、何の要件でしょうか」

 

「皆さんの打ち合わせを邪魔してしまい、ごめんなさい。どうしてもわたしの副官の話を聞いて欲しいです。敵の新型機らしいのですが」

 

 わたしの話に興味を示した補佐官の一人が伊東中尉のスケッチを見るが、その表情は次第に変化していく。そして、真剣な表情で伊東中尉に尋ねた。

 

「中尉、これは本当のことだろうな」

 

「間違いありません。自分がこの目で目撃しました。艦長も一緒におられましたので嘘はついておりません」

 

「間違いなくジェット機だったのか? 機首ではなく尾部にプロペラがついていたのではないか?」

 

「間違いなくジェット機でした。信じていただけないのであれば、その敵機を撃ち落としていますので補佐官ご自身で実機を確認してください」

 

「疑ってすまなかった。中尉、その位置を教えてくれ」

 

 彼らの話を聞いていた別の副官が地図を広げていく。補佐官たちの表情から読み取るだけでも、伊東中尉の目撃情報は重要なものだったらしい。

 

 その時だった。部屋が軋むくらいに大きな音を立てて扉が開くと、顔を真っ赤にした士官が無遠慮に入ってきた。

 

 軍服の前部から肩にかけて吊るされて飾り紐が、参謀職に就いている士官である事を示している。

 

 間違いなくこの男が航空参謀だった。そしてわたしたちに気づくと、興奮状態が冷めないままわたしに向けて荒々しく声をぶつけた。

 

「部外者は出ていけ。今すぐにだ!」

 

「しかし、わたしは要件があって」

 

「あん? 貴様は俺に指図するのか」

 

「そういう訳では」

 

 喧嘩腰の航空参謀とわたしの間に伊東中尉が割って入る。そして、彼は自ら描いたスケッチを航空参謀に見せながら、わたしに説明した時と同じように説明を始めた。

 

 だが、その後に航空参謀が取った行動を見て、思わず我が目を疑った。彼は伊東中尉の手帳からスケッチが描かれた頁を破り取ると、細かく破いて屑入れに投げ捨てたのだ。

 

 信じられなかった。補佐官たちが重要だと認識してくれた情報を捨ててしまうとは。

 

 それだけで飽き足らないのか、この男は極めつけの言葉を吐き出した。

 

「思い出したよ。統合軍令本部にいる真田少将に身体を売って、出世した淫売女が居ると聞いたことがあった。貴様のことだったのか」

 

「えっ!」

 

「戦争は女子供の遊びじゃねえんだよ。いいから早く出ていけ。今頃こんな情報を持ち込んでくるな!」

 

 そして、彼は補佐官たちを見渡すとわたしたちが話した事をすべて聞き流すようにと指示したのだ。

 

 何だ、この男は! 腹立たしくなり部屋を出ていくと速足で歩き始めた。

 

 東京の繁華街で友達とお喋りしながら買い物を楽しんでいる若い女に、男性的な印象を与える軍服を着せた見栄えだけは立派な海軍士官。

 

 慰問の舞台で「軍艦行進曲」や「酋長の娘」を歌う筈だったのに、人事手続きが間違えられたので<武蔵>艦長になった小娘。

 

 幾ら<武蔵>艦長の肩書を振り回しても日本海軍では程度の扱いなのだ。何よりも腹が立つのは、そのような評価を認めざるを得ないからだ。

 

 確実に否定できるのは淫売女だけ。わたしは未だに父親以外の男の前で自ら進んで服を脱いだことは無い。嫌々ながら脱がされたことはあるが、そんなことは思い出したくない。

 

 憤然たる表情をしている伊東中尉と共に一気に航海参謀室まで進むと、息を落ち着かせて身なりを整えてから扉をノックする。

 

 すぐに返事があり扉を開けると目的の人物が座っていた。それは航海参謀だった。

 

 先程訪問した時に航海参謀が留守だったので、わたしは隣の部屋にいる航海参謀補佐官に氏名と目的を伝えていた。彼は補佐官からその件を聞いている筈なので、簡単な挨拶と航海学校で学んだからこそ話せる雑談をするつもりだった。

 

 だが、航海参謀はわたしの顔を見るなり一言だけ言った。

 

「顔を洗ってこい」

 

「まだ汚れが残っていましたか?」

 

「涙を流した痕が残っているぞ。いいから早く洗ってこい。話はその後だ」

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 顔を洗い改めて入室すると、航海参謀はおどけながらわたしたちを向かえてくれた。

 

「ようこそ、グアンタナモへ。『ポートサイドのヴァルキューレ』が来てくれるとは嬉しいね」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

「<武蔵>艦長の噂話は色々と聞いているよ。紅海では敵機の空襲を被弾無しで切り抜けたり、スエズ運河を突破してポートサイドを砲撃したり、かなり暴れまわったそうだね」

 

 こんな所でわたしの渾名を呼ばれるとは予想していなかったので慌ててしまう。

 

 正直に言って、その渾名では呼ばれて欲しくない。

 

 海軍士官として中身が伴っていないわたしにはふさわしくないし、何より恥ずかしいからだ。だが、航海参謀はわたしの事をかなり高評価しているらしい。

 

 この奇妙な渾名は昨年一一月末に決行された「モーゼの道」作戦で、そこそこの戦果を挙げたわたしにつけられたものだ。<武蔵>艦長としての初陣でもあった。

 

 その作戦目的は幾つかあった。

 

 (1)中東の支配権を枢軸軍が奪回すること。

 

 (2)スエズ運河とエジプト領にある港湾都市ポートサイドを奪取して、インド洋から地中海までの海上交通路を自由に使えるようにすること。

 

 (3)長距離陸上攻撃機<富嶽>が離着陸する飛行場を建設して、ドイツ第三帝国へ戦略爆撃をする拠点を建設すること。

 

 この作戦ではいずれも成功し、(3)を実行できる準備が着々と進んでいるそうだ。

 

 さて、私の綽名であり日本では聞き慣れない「ヴァルキューレ」という名前は、北欧神話に登場する女性戦士たちを指す言葉だ。

 

 戦争が勃発すると戦場に駆けつけて、戦闘中の戦士たちの運命を定めていく神様である。その選定基準は適当であり、ダイス(サイコロ)を転がすほうがマシだと思えるくらい不公平だ。

 

 そもそも、運命の女神さまだって浮気者だから、「ヴァルキューレ」たちを責めるのは道理に合わない。誰もが目を背けている真実だが、女という生き物は浮気者だから仕方が無いのだ。

 

 そして、戦士たちが勇敢に戦って戦死した時には、「エインヘリャル」と呼ばれる魂を「ヴァルハラ」と呼ばれる館に案内する。そこに招かれる事が戦士たちにとって最高の栄誉なのだ。

 

 そこでは盛大な宴を催して戦死者の栄光を称えられる。

 

 ここから先が北欧神話独特の世界観になる。その日に戦死して「ヴァルハラ」で宴を楽しんだ戦士たちは、夕方になると皆が生き返っていく。そして、翌朝には戦場へ向かっていくのだ。

 

 死と再生までの時間が他の地域で伝わる神話と比較して非常に短い。トラック転生並みの速さである。

 

 だから、北欧の海賊として悪名高きヴァイキングはその神話を信じ、戦士としての最高の栄誉と翌朝の復活を賭けて勇敢に戦った。単純に戦死したら「ヴァルハラ」に招かれない。だから、勇敢に戦わなければならなかったのだ。

 

 そんな渾名を名付けたのが誰なのか、わたしは知らない。

 

 人づてに聞いた話だが、当初は日本の戦国時代に活躍した女性武将の名前を当てはめようとしたそうだ。だが、様々な理由で断念したという。

 

 確かに、日本でも戦国時代に女性の武士や城主は何人も登場している。木曽義仲の愛人だった「巴御前」や岩村城主の「おつやの方」は、その名が日本中に知れ渡っている女武将だ。

 

 だけど、彼女たちが参加した戦闘の殆どが負け戦で終わっており、縁起が悪そうなので却下したという。

 

 もう一つ理由がある。東洋の島国で地味な活躍しかしていない女性武将を、海外に紹介する方法が大変だからだ。

 

 もし日本史を知らない外国人に彼女たちを説明した時、こんな感想が帰ってくるかもしれない。

 

 巴御前? 木曽義仲の愛人? 源平合戦? 何それ、美味しいの? おつやの方? ああ、世界三大美女の一人と言われるクレオパトラと同じように、身内を裏切って侵略者に身体を売った卑怯な女じゃないか。

 

 これでは悪女のイメージ宣伝になってしまう。

 

 広告代理店の担当者ならば、左遷間違いなしの広告戦略失敗案件だ。ワニでワニワニしていれば終わる話ではない。一度植え付けられたイメージを世間は簡単には忘れないのだぞ。

 

 そのイメージを覆すためには、彼女たちが活躍した時代の歴史背景から説明しなければならない。しかしながら、時間をかけて説明する機会があったとしても、殆どの者は退屈して居眠りしてしまうだろう。

 

 そんな労力を掛けるのであれば、神話とはいえ海外で知れ渡っている北欧の女性戦士の名前を当てはめたほうが早い。

 

 そこまで苦心して選び抜かれた渾名が、「ポートサイドのヴァルキューレ」だ。

 

 その渾名は、大欧州連合軍の後方支援任務に就いている軍人や欧州の居住者に向けて、厭戦気分を高まらせる宣伝活動に使用されている。

 

 つまり、わたしは日独両政府の、宣伝と称する誹謗中傷合戦で主役(ヒロイン)として祭り上げられたのである。

 

 はっきり言えば大迷惑だ。それだけではなく、とても恥ずかしい。

 

 そんなわたしの心境にはお構いなく、航海参謀の話は続いた。

 

「それにしても、あの運河を<武蔵>が通るのは大変だったのではないか」

 

「運河通過中は<武蔵>が座礁してしまうのかとヒヤヒヤしていました。運河の岸辺が崩れていたり、浚渫されずに水深が浅くなっていたりしていたからです。運河を通過するために一二時間以上掛かりましたが、その間は一歩も艦橋から動けませんでした」

 

「あの運河の水深は一一メートルで底部の幅が四〇メートルしか無いと記憶していたが、<武蔵>ではギリギリではないか」

 

「ドイツが<フォン・モルトケ>級を通過できるように掘り下げていたので、<武蔵>でも何とか通過出来ました」

 

「成程な。その甲斐があってポートサイドに辿り着けたのか」

 

「はい、おかげで有難迷惑な渾名を戴いてしまいましたが」

 

 事実、わたしは<武蔵>艦長として何人もの連合軍将兵を、「ヴァルハラ」に送り込んだ。それだけではなく、ポートサイドの沖合から市街地へ艦砲砲撃もした。

 

 その標的は、ドイツ第三帝国によって建てられた建造物だった。

 

 地中海に面しスエズ運河の北端にあるこの都市は、欧州と亜細亜の結束点であるトルコのイスタンブールに代わる新たな結束点として、ドイツによって整備されつつあった。

 

 欧州と印度を結ぶ海上交通路の最短経路として、スエズ運河は重要である。その欧州側起点にあるポートサイドは、欧州への南玄関口に相当するからだ。

 

 一般的に都市の発展には、近隣の住人を呼び寄せる建築物を増やすことが欠かせない。

 

 それなのに、何故かドイツは占領地へ記念碑(トーテンビュルゲン)高射砲塔(フラックトゥルム)といった、意図不明な建築物ばかり建てていた。

 

 それが邪魔なので、短期間で解体するために<武蔵>の四六サンチ砲で協力してあげた。

 

 それだけだ。それが宣伝工作のネタとして使われるなんて……。

 

 わたしと航海参謀はこの話題以外に幾つか雑談を続けたが、ふと思い立って新型機だと言い張る伊東中尉の証言と航空参謀から受けた暴言の話を持ち出した。

 

 すると、航海参謀は「だから、あの男は信用出来ねえんだよ」と内心から吹き上がる怒りを抑えるような声で言った。

 

 わたしはその言葉の真意が気になって尋ねると、航海参謀は言葉を選びながら説明をしてくれた。

 

 それは、誰がどう評価しても成功とは言い難い「剣」作戦によって、大きく揺さぶられた司令部の内情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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