戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第一〇話

枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島

同日 午後四時四五分

 

 

 

 わたしは航海参謀から「剣」号作戦という名称が出てきた時、闇が深そうな話だと予感したので事前に確認する。

 

「あの、わたしがその話を聞いても宜しいのでしょうか」

 

「軍機ではない。俺の愚痴だと思って聞けばいい。但し、俺が許可するまで誰にも言うな」

 

「その時点で軍機です」

 

「戦争が終わるまでに誰にも話さなければいいのさ。戦争が終われば誰もが知っている噂話程度になっている筈だからな」

 

 その後に続く話を聞いていくうちに、その予感が正しい事に気づき耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。それは、立案段階から杜撰を極めた作戦だったからだ。

 

 「剣」号作戦とは一九四九年九月後半に、合衆国領のメキシコ湾に面しているルイジアナ州に上陸して、枢軸軍と対峙している連合軍の側面へ攻勢を掛ける作戦だった。

 

 この作戦は連合軍にとって柔らかい脇腹に相当するメキシコ湾岸へ、剣のように陸上兵力を突き刺していく作戦だった。

 

 成功すれば合衆国領の北米戦線に新たな戦線を構築できる。そして、現行の戦線を圧迫し続ける兵力を、新たな戦線に配置転換せざるを得ない状況に強いる事ができる。

 

 もし、我が軍の思惑通りに状況が展開すれば、現行の戦線に綻びが生じて突破するチャンスが現れる。もちろん、新たな戦線から内陸部へ侵攻する事も出来た。

 

 何度も言うが成功すればの話だ。そして、我が軍は失敗した。

 

 その結末はあまりにも悲惨であり、言葉にするのを躊躇う程のものだった。

 

 さて、「剣」号作戦の失敗は、枢軸軍の隅々にまで衝撃を与えた。

 

 その中で<武蔵>の四六サンチ徹甲弾の直撃を受けたかのような衝撃を受けたのが、わたしが訪れている枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部だった。

 

 その理由は当然とも言える。この作戦を立案して東京にある軍令部へ上申したのが、この司令部だったからだ。

 

 だが、航海参謀の話では司令部だけでは対処出来ない問題もあったという。

 

 一つ目は枢軸軍という名前だけは立派な軍隊だが内情は足並み揃わず、日英米各国の思惑によって戦略方針が揺れに揺れまくっていたという。

 

 二つ目は様々な戦術的誤判断を積み重ねてしまい、航空偵察による情報を生かしきれなかったことだ。致命的なのが上陸海岸から二〇キロ内陸に、再編成中の親衛隊装甲師団がいる事に気づかなかったことである。

 

 特に、作戦前日に戦略偵察機<景雲改>が再編成中の親衛装甲師団を、高々度上空から撮影していたのに作戦司令部では重要視しなかった。そのため、作戦中止する機会を自ら握りつぶしてしまった。

 

 三つ目は、上陸支援として<翔鶴><瑞鶴>の二隻の空母で編成した小規模な機動艦隊が、その任務を十分に果たす事が出来なかったことだ。

 

 上陸支援程度でジェット機を運用できる空母を投入するのは、過剰だとの意見もあった。

 

 だが、既にジェット戦闘爆撃機が頻繁に飛び交っている北米戦線では、レシプロ戦闘機は七面鳥と同然でしかない。だから、この艦隊を投入したのだ。

 

 この機動艦隊は上陸開始日に合わせて行動を開始した。だが<瑞鶴>は海図に描かれていない暗礁に接触してしまい、艦底を損傷したので引き返してしまった。

 

 <翔鶴>は予定どおり上陸部隊への支援任務に就いたが、この空母は撃沈されてしまった。海底に張り付く様に潜んでいた潜水艦から雷撃を受けたのだ。

 

 撃沈した理由は魚雷命中による浸水拡大ではなく、気化ガスの爆発による火災炎上だった。

 

 魚雷命中による爆発によって航空機用燃料タンクに(ひび)が入り、漏れ出した燃料の気化ガスが引火したのである。

 

 この<翔鶴>損失という苦い経験をした日本海軍は、同様の被害が再発しないように他の空母の燃料タンクを保護していく。

 

 燃料タンク外周の空所へ鉄筋を組み、コンクリートを流し込んでそれを強靭化していった。また、同時に格納庫の通風装置も強化された。

 

 <武蔵>が護衛していた<蒼龍>が相次ぐ被弾によっても沈まなかったのは、これらの対策が功を奏していたといえる。

 

 空母の燃料タンク強靭化はすんなりと実施出来たが、作戦失敗によって日本海軍という戦闘組織に生じた亀裂は簡単に修復出来なかった。

 

 作戦失敗の責任は誰かが負わなければならない。そのため、作戦に関わった長官や多数の参謀が更迭されたのだ。

 

 そのうち、作戦の骨格を作り上げた海軍中佐は駆逐艦の艦長に転任し、北大西洋で戦死している。彼は自らの命によって責任を取った。

 

 さて、亀裂が入った装甲板を取り換えるように司令部の人員を交代したが、これが新たな亀裂を生む原因になった。

 

 何故かといえば、空席になった司令長官や多数の参謀のポストに、新たな者を任命しなければならない。この時に日本海軍らしい一悶着が起きたからである。

 

 人事発動権は海軍省人事局の所轄だ。そして、人事局は慣例に基づいて兵学校の卒業年次の古い順に、その時点で重職に就いていない士官を割り当てていった。

 

 士官たちの考課表も考慮されているが、基本的には年功序列だ。

 

 これに異を唱えたのが山口多聞大将が長官を務める連合艦隊(GF)司令部だった。

 

 GF司令部の主張は、普段から揚げ足を取るかのように批判する者たちでさえ、反論する余地が無いものだった。

 

 敵情を分析する能力すらない無能な士官を、年功序列という理由で空席のポストに配置してしまうから作戦が失敗してしまう。そう主張したのだ。

 

 それだけで留まらず挑戦的な「要望」もした。()()()()()()()()()()()()が推薦した士官を参謀職に就かせて欲しいと。

 

 GF司令部は戦時中だからこそ世間の注目を集めている、実戦部隊の最高司令部だ。

 

 だが、海軍の組織上では戦争終結後に解散される臨時司令部であり下位組織でしかない。その司令部が「要請」してきたのだ。

 

 おまけに、海軍省や軍令部で勤務している士官連中を「無能で実戦経験が無い愚か者たち」だと断言している。

 

 周囲の予想通り、海軍省はそれを突っぱねようとした。しかし、その試みは不発に終わった。統合軍令本部総長の井上政成美大将からも同様に「要請」されたのだ。

 

 統合軍令本部から連なる指揮命令系統から外れているとはいえ、さすがにこの要請を無視出来なかったのだ。裏で「天下無双の戦狂人(ウォー・モンガー)」と呼ばれる真田忠道少将が動いたらしい。

 

 そのGF司令部が推薦した士官が、参謀長と航空参謀だった。年功序列ではなく実力重視による抜擢らしい。

 

 特に航空参謀は敵情分析と航空作戦の指導が非常に優秀だそうだ。だが、その優れた能力を対人関係の構築に生かす事が全く出来ない。

 

 そもそも、着任した時から部下に対して横柄な態度を取ったり、暴力を振るったりするような性格だという。それは益々エスカレートしており、今日の空襲で一気に沸点まで達してしまったらしい。

 

 つまり、わたしは航空参謀の八つ当たりを受けたという事だ。

 

 そして、航海参謀は心の奥底から航空参謀を嫌悪していることを、言葉の端々に漏らしている。どのように捉えてもこの司令部の人間関係は良好では無く、水漏れしてしまうような亀裂が入っているのは確実だ。

 

 それにしても、東京にある統合軍令本部や布哇にあるGF司令部が、この司令部との意思疎通が不十分なことに驚いた。

 

 「剣」号作戦が失敗した原因を聞いていくうちに、この司令部だけでは解決出来ない問題に気づく。

 

 特に一つ目の問題は、統合軍令本部で各国の利害関係を調整すべき案件だ。だが、実際にはこの司令部に丸投げしていたようだ。これでは、作戦失敗の責任を現地司令部に押し付けられたとしか思えない。

 

 横須賀を出航する前には「グアンタナモに戦争は任せられない」という発言を幾度も聞いていた。でも、無責任なのは東京だといえる。

 

 もちろん、航海参謀の話がすべて真実だという前提であるが。

 

 そんな話をしている最中に、うやむやになってしまった話題を再び持ち出した。

 

 伊東中尉が目撃した新型ジェット機の話だ。

 

 スケッチは破り捨てられてしまったので、伊東中尉が説明してくれた情報をわたしなりに口頭だけで説明した。

 

 すると、航海参謀は何かを考え始め押し黙ってしまう。やっと開いた口から零れた言葉は、わたしにとって意外な言葉だった。

 

「そんな莫迦な……」

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 わたしにとって航海参謀の言葉が理解出来なかった。

 

 既に第三次世界大戦が勃発した時から活躍してきたレシプロ戦闘機は、海軍にとってメキシコ湾海戦を境に過去のものになっている。

 

 統合航空軍の主力戦闘機も昨年の夏頃から、レシプロ機である五式戦闘爆撃機からジェット機である八式戦闘爆撃機へ少しずつ交代していった。

 

 既に制空権はジェット機でしか奪い取れない状況になっているのだ。

 

 だから、グアンタナモ基地を空襲した敵機編隊に、ジェット戦闘爆撃機が参加しても不思議ではない。わたしはそのような認識だが航海参謀は違うようだ。

 

「知名、この情報の裏は取れたのか?」

 

「裏と言いますと具体的に何でしょうか」

 

「この機体が本当に新型機かどうかという情報だ」

 

 それを言われても困る。わたしは<武蔵>艦長だが、陸上でできる事は限られている。

 

 敵機が落ちた位置は記憶しているので、その位置を説明することはできる。後は司令部からそこに向けて捜索隊を出してもらい、墜落機を回収して検分すべき案件だ。

 

 それをやんわりと説明すると航海参謀は素直に肯定し、そのまま話を続けた。

 

「俺が問題にしているのはジェット機の行動半径だ。ドイツ空軍の主力戦闘爆撃機は開戦以来Me262だが、その行動半径は知っているか?」

 

「はい、分かりません」

 

「通常飛行で五〇〇キロ強だ。空戦機動で大量に燃料を消費することを考慮すれば三〇〇キロが妥当だろう。それに対してグアンタナモからハバナまでの距離は八〇〇キロ以上もある。だから、Me262はバハマから飛び上がっても、ここまでたどり着けない。分かるか?」

 

「はい、何となく分かりました」

 

 ジェット機が実用的な戦闘機として、天空を自由自在に飛ぶようになったのは僅か五年前のことだ。

 

 これらの機体はいずれも行動半径が短いので運用面で問題があるが、八五〇キロ以上の速度で飛行する高速能力は大変魅力的だった。

 

 だから、主要参戦国はレシプロ機より短くなった行動半径に目をつぶってでも、ジェット機を次々に実戦投入している。

 

 ちなみに、我が海軍にとって最後のレシプロ戦闘機と言われている、<烈風改II>の行動半径は八五〇キロある。

 

 同じく最新鋭ジェット戦闘機である<旋風一一型>は六七〇キロしかない。

 

 空戦による燃料消費を考慮すれば二〇〇キロ分をマイナスすべきだが、それでもジェット機のほうが行動半径が短いのだ。

 

「ジェット機の行動半径の問題は統合航空軍も同じだ。<震電改><迅雷>も、Me262より少し遠くまで飛べる程度だ。そうなると、どんな問題が発生するか分かるか?」

 

「そうですね……。我が海軍のレシプロ艦攻機<流星改II>の行動半径は九五〇キロですので、余裕ありませんがグアンタナモとハバナを往復出来ます。ですが、ジェット戦闘機では往復出来ません。爆撃機は戦闘機の護衛無しで飛行しなければならず、爆撃目標に到達する前に敵戦闘機によって次々に撃墜されるでしょう」

 

「そのとおりだ。ついでに対策を思いつけるか?」

 

「グアンタナモとハバナの中間地点に戦闘機用の飛行場を建設して、そこから戦闘機を飛ばせば爆撃機を護衛出来ます」

 

「正解だ。キューバ島で展開されている地上戦は、点在する野戦飛行場の争奪戦なのさ。これらの飛行場を我々が手に入れるか使用不能に追い込めば、ハバナにいるドイツ軍を海に突き落とせる」

 

 ここまでくれば航海参謀が伝えたいことが分かってきた。そして、航空参謀の補佐官たちが議論していた話題に繋がっている事にも気づく。

 

 キューバ島の市街地であるシエンフエーゴスとサンタ・クララを結ぶ線が、連合軍と対峙している戦線だ。

 

 この戦線はグアンタナモから約六〇〇キロ離れた所にあり、それよりグアンタナモ側は枢軸軍が制圧していた。この距離は横須賀から尾道までの直線距離に相当する。

 

 当然ながら、この戦線からグアンタナモ側には連合軍の飛行場は無いので、ドイツ空軍ジェット戦闘機がグアンタナモまで飛行出来ないのだ。

 

 いや、出来ない筈だった。

 

 片道飛行ならともかく、爆撃後に帰還する前提であればあり得ないのだ。

 

 そうなると、伊東中尉が主張する新型機の存在が真実味を帯びてきた。Me262より行動半径が大幅に広がった戦闘機が実戦投入されたのだ。

 

 もし、ハバナから飛び立ったのであれば、我が海軍の最新鋭ジェット戦闘機<旋風一一型>よりも長距離飛行できる機体になる。

 

 そんなジョット戦闘機が登場すれば第一機動艦隊の戦闘計画に影響するのは避けられない。

 

 わたしはあまりにも重要な情報を聞いて身が竦むような気分になる。対称的に航海参謀は顔を綻ばせ、溢れる喜びを抑えきれない声でわたしに話していく。

 

「知名、確認するが航空参謀はこの情報に興味を持ったのか?」

 

「はい、航空参謀は『今頃、こんな情報を持ち込んでくるな!』と言われましたので、全く興味が無いと思います」

 

「あの男なら、そう言うだろうな。それで、敵機の墜落地点は説明したのか」

 

「はい、副官が説明しようとしましたが航空参謀が邪魔したので、正確な位置は説明出来ませんでした」

 

「この案件は俺が貰うぞ。俺の権限で陸戦隊を出動させる。これから現地に向かわせるから知名の副官を貸してくれ」

 

「間もなく日が暮れますが、それでも出動させるのですか」

 

「もちろんだ」

 

 航海参謀は何処かへ電話を掛けている最中に、わたしは補佐官室で待機中だった伊東中尉へ陸戦隊を現地へ案内するように指示した。

 

 間もなく陸戦隊の士官が兵曹長を連れて航海参謀室に現れる。航海参謀は敵機の墜落位置を記した地図と伊藤中尉が再スケッチした図を渡し、彼らと伊東中尉を送り出した。

 

 数時間後には撃墜した敵機の正体が判明する筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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