戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
サルガッソー海、中部大西洋、大西洋
一九五〇年四月二二日 午後八時
人類がこの世界に誕生した時から、生命の源として海を親しみ、気候によって豹変する海を恐れ、流木をヒントにした筏や丸木舟を漕いで海と共に生きてきた。
人類は子供を産んでは育ててその数を増やし、経験を蓄積したり哺乳類史上稀にみる優秀な頭脳を駆使したりして科学技術を飛躍させていく。
そして、様々な災難や悲劇に直面しても諦めることなく、大海原を自由自在に航行できる夢を実現しようとした。
その努力は次第に花を咲かせて実を結び、その種子が人類の飛躍に繋がる新たな技術を開花させていく。
陸地の沿岸に沿って航行する技術しかなかった人類は、時代を得るごとに東シナ海や地中海を横断できる技術を身につけた。更に、欧州から北アフリカへ航行したり日本列島から台湾やベトナムへ航行したりする技術を磨いていった。
そして、遂に人類はそれまでの技術を駆使して、大西洋横断に挑戦した。
一四九二年八月三日、クリストファー・コロンブスを団長とする調査船団は、帆船サンタ・マリア号以下三隻でスペイン帝国領のパロス港を出航した。
そして、アフリカ大陸の北西沿岸に近い大西洋上のカナリア諸島で整備を済ませると、進路を西に向けて出帆し広大な大西洋を進みだしたのだ。
この船団には約九〇名(一説には一二〇名とも伝えられる)の水夫たちが乗船していた。
彼らは出航当初こそ意気揚々だったものの、当初の計画以上に長期間の航海になるにつれ水夫たちが不安に駆られていく。そして、彼らにとって未知の海域に到達した頃になると、小規模な暴動が起こり水夫たちの不満は頂点に達してしまった。
その時、コロンブスは「あと三日で陸地が見つからなかったら引き返す」と約束した。更に、海面に漂う流木を見つけると近くに陸地があると言って船員を説得した。
そして一〇月一一日の日付が変わろうとする頃に、船団の一隻であるピンタ号の水夫が陸地を発見した。
翌朝、コロンブスはその島に上陸し、ここを占領してサン・サルバドル島と名づける。欧州にとって新大陸である北米大陸が発見された日として、歴史に記録された瞬間であった。
だが、実際にはコロンブスの到着以前に北欧州のヴァイキングが上陸していた。残念なことに、彼らの主張は千鳥足で歩く酔っ払いが偶然にも見た、地球外生命体の目撃情報並みに聞き流された。
当時の南欧州における世間の一般常識では、ヴァイキング≒海賊≒キリスト教(カトリック派)ではない邪教の狂信的武装集団である。彼らの証言は信ぴょう性に疑いが掛けられているのは仕方が無いことだからだ。
もし、自ら海賊だと自称する麦わら帽子を被った少年が、コロンブス上陸前に仲間が北米大陸に上陸した事実を語ったとしたら、その方面に教養ある者たちが彼の言葉に耳を傾けるだろう。
だが、弾力あるゴムのように両手を伸ばしたり、仲間として二本足で歩くトナカイが登場したりした時点で、奇人変人としか表現できない彼らは逮捕される運命に遭う。
既にこの時代では魔女狩りが盛んに行われている。彼らは悪魔と契約して人類社会の破壊を企む「魔女(性別は男だが)」として捕らえられ、処刑しなければならない存在だからだ。
何しろ、彼らは悪魔の実を食べており、身体の中で悪魔と共存しているのだから言い逃れは出来ない。彼らが選べるのは素直に処刑されるか、常人では真似出来ない身体能力で捕縛者をなぎ倒して逃走するかのどちらかだ。
結局、北米大陸に到達した栄誉はコロンブスしか掴めないのである。
さて、船乗りは一航海ごとに航海日誌へ記録する。その内容は詳細であり乗員の健康状態、積み込んだ貨物の種類や重さ、毎日変化する天候や海面の状況、航海用六分儀で測定した船の現在位置、それ以外にも当日に起きた出来事を記録している。
コロンブスもこの航海を日誌に記録している。
カナリア諸島を九月一日に出帆してからしばらくの間、順調に航海を続けていたが九月一六日になると海藻が多く浮遊する海域に入ってしまう。
この海域は凪が多いので帆船では進まなくなってしまったのだ。どうやら、この頃に水夫たちの暴動が起きたらしい。
しかし、無風状態が続いた訳ではなく船団は徐々に南南西に進んでおり、一〇月四日には海藻がなく風が吹く海域に到達している。
この海藻が多く浮遊する海域は現在もあり「サルガッソー海」と呼ばれている。
海流によって囲まれた海域であり、貿易風と偏西風の狭間にある海域でもある。帆船の航行に適した良風が吹きにくい海域なので、当時の船乗りにとって忌避すべき海域であった。
だが、人類が操る船は帆船から蒸気機関を搭載した船に進化し、現在は何万トンもある鋼鉄の船を推進できるようになっている。だから、「サルガッソー海」という航海の難所は過去のものになっていた。
その海域に、フロリダ半島やバハマ諸島にあるドイツ基地を空襲した枢軸海軍第一機動艦隊が浮遊していた。
この艦隊の主力艦は九九九艦隊建造計画に基づいて建造や改装が行われており、日本海軍にとって最新の技術を投入した艦艇でもあった。
この艦隊建造計画は、一九三三年にアドルフ・ヒトラー党首の
同党は、第一次世界大戦の敗北によって足枷のように嵌められたヴェルサイユ条約の破棄を宣言すると、西欧諸国の警戒を無視しつつ再軍備に着手したのだ。
この欧州における政治的環境の変化に対応すべく、日本は英国の了承を得た上で海軍増強の検討作業に着手した。
これが発展して日本が立案した唯一の艦隊計画(同時に戦時建艦計画でもある)となった、九九九艦隊計画として国会で承認されたのだ。
この計画は旧式戦艦九隻の改装、新戦艦九隻の建造、新空母や就役済み空母九隻の建造や改装、その他護衛空母や護衛駆逐艦、油槽船の建造が予定されていた。
この計画によって建造された艦艇が第一機動艦隊の主力として組み込まれ、連合軍へ攻撃する機会を伺っていた。
日本海軍は、この艦隊に一〇隻の空母と数隻の戦艦を投入している。
○第一部隊
・第一航空戦隊 <飛鷹><雲鷹>
(いずれも<飛鷹>級(改大鳳級))
・第二航空戦隊 <大鷹><翔鳳>
(<飛鷹>級と<大鳳>級)
○第二部隊
・第三航空戦隊 <大鳳><海鳳>
(いずれも<大鳳>級)
・第四航空戦隊 <瑞鶴><蒼龍>
(<翔鶴>級と<飛竜>級)
(但し<蒼龍>はグアンタナモへ避退中である)
・第二戦隊 <武蔵><信濃><甲斐>
(但し、<武蔵>は<蒼龍>護衛任務のためグアンタナモへ寄港している)
○第三部隊
・第五航空戦隊 <天城><赤城>
(いずれも<天城級>、レシプロ機のみ運用)
・第四戦隊 <加賀>
これ以外にも、英海軍は<イラストリアス>(レシプロ機のみ運用可能)、合衆国海軍は<レキシントン><サラトガ>(レシプロ機のみ運用可能)を参加させてる。
空母以外にも戦艦<信濃><甲斐><加賀><プリンス・オブ・ウェールズ><ノースカロライナ><ワシントン>や超甲巡、重巡、防空巡、駆逐艦を合わせて五〇隻以上が参加している。
この機動艦隊に参加していない空母に<飛鷹>級の<隼鷹>があるが、日本近海で慣熟航海中のため実戦参加は出来なかった。他に<飛龍>級の<飛竜>は<祥鳳>級軽空母や<キング・ジョージV>と共に印度洋や紅海で作戦行動に就いている。
この艦隊の旗艦は<飛鷹>である。一九四〇年九月に決行された英本土からの撤退作戦「ダンケルク」において、<翔鶴>の初代艦長として英軍の撤退を支援した戦歴を持つ城島高次大将が、艦隊司令長官として乗艦していた。
彼は日本海軍にとって、当時の最新鋭航空母艦の艦長として北大西洋で戦い、ドイツ軍急降下爆撃機の洗礼を受けつつも空母の運用実績を築き上げ、そして生還した貴重な人材である。
そんな彼が昇進してこの艦隊を指揮するようになったのは、ごく自然の流れであった。
その本人は司令長官室で机に広げた海図を睨んでいた。
深夜に近づきつつあるこの時間は、戦闘中とはいえ幾らか落ち着いている時間帯である。それを活用して明日以降の戦闘方針を模索中だったのだ。
その時、誰かが彼の居室の扉を叩く。
彼の応答を聞いて扉を開いたのは参謀長であり、その手は電文が書かれた用紙を何枚か掴んでいた。城島は参謀長の姿を見るなり即座に言葉を放つ。
「参謀長、前もって教えてくれ。良い話と良くない話のどちらだ」
「両方あります。明日の朝に気持ちよく目覚める順で話しましょうか」
ドイツ海軍第一航空戦隊を発見出来ずに意気消沈していた参謀長が、妙に気分を昂らせながら尋ねてきた。
喜怒哀楽が非常に分かりやすい彼が、報告しに来たということは吉報があるのだろう。それに期待して城島は参謀長に促した。
「それでいい。頼む」
「では、一枚目は洋上補給するために後退した第二部隊からです。『我、補給作業終了。今夜中ニ艦隊ヘ復帰セントス』です」
第二部隊は空母<大鳳><海鳳><瑞鶴>、戦艦<信濃><甲斐>を擁する艦隊だ。
この艦隊は第一機動艦隊にとって一番槍を務めることになっていた。だから、常に第一部隊を基準にして敵の襲撃方向に配置されている。
これを敵側から見れば最も近い位置にいる部隊になるので、敵機や敵艦隊はこの部隊に攻撃を集中する事が予想された。それを考慮して飛行甲板を装甲化した空母や四六サンチ砲戦艦が数隻組み込まれている。
別の見方をすれば敵機の空襲や敵艦隊の砲撃を引き寄せることで、第一部隊や他の部隊への被害を極限させる役割を与えられている。この電文はその部隊が復帰する報告だった。
「参謀長、明日以降の戦闘は期待できそうだな。それで、次は明日の目覚めが良くなる電文だろうな?」
「当事者にとっては胃が痛くなるよう電文です」
彼は不安を誘うような参謀長の予告を聞くと胃腸薬の瓶を思い浮かべる。
何しろ、メキシコ湾海戦後に三川軍一大将と交代した彼にとって、この戦闘が日本海軍空母機動艦隊の将来を賭けた海戦になるだろうと予想していた。
もし、これから起こるであろう海戦で引き分け以下の決着になれば、空母を中心に編成した大艦隊は縮小されると危惧していたからだ。
だが、参謀長の報告は彼にとって予想外の話だった。
「軍令部からの問い合わせです。グアンタナモに向かった艦艇八隻の指揮権を、
とある艦隊から数隻の艦艇を引き抜いて、別の艦隊に編入することは頻繁にある。
しかし、作戦行動中の艦隊から引き抜くのは極めて異例だ。だから、軍令部は命令ではなく、第一機動艦隊側の意見を求めたくて問い合わせしてきたらしい。
城島は軍令部へどのように返信するか考えるため、参謀長へ質問していく。
「<蒼龍>以外にそこへ向かったのはどの艦だ?」
「第二戦隊の<武蔵>、
「損傷艦ばかりか。おまけに大飯食らいの<武蔵>まで……。確かにカリブ艦隊の連中にとって胃が痛くなる話だな。では、軍令部へ返信してくれ。艦艇だけなら委譲に問題無し、母艦航空隊と搭乗員は断るとな」
「はい。そのように返信します」
城島にとって四六サンチ砲戦艦一隻が戦列から離れた程度では、痛くも痒くもない。それより<蒼龍>が被弾して、グアンタナモに向かわざるを得なくなったほうが辛かった。
カリブ艦隊が<武蔵>をどのように使うのか予想出来たが、彼がとやかく言う立場ではない。そもそも第一機動艦隊自体が、幾つかの艦隊から艦艇を借り入れて編成した臨時編成の艦隊なのである。
<武蔵>の運用方法について意見が言えるのは、柱島泊地で錨泊中の<尾張>に将旗を掲げた第一艦隊司令部だけだ。
参謀長が次の電文を取り出すと、城島は念のために確認する。
「参謀長、今度こそ明日の目覚めが良くなる電文だろうな?」
「長官を尊敬する女性からの熱い電文です。小官はこの電文を読んだ途端に思わず鼻息を荒くしてしまいました」
「おい、そこまで言われると気になって眠れないぞ。早く読んでくれ」
「はい。カリブ艦隊司令部からです。『本日
「ふむ、グアンタナモが空襲を受けるなんて久しぶりだな」
枢軸軍地上部隊が連合軍と対峙する戦線を、シエンフエゴスとサンタ・クララを結ぶ線まで押し込んだのは、一か月以上前の出来事だった。
何度かドイツ軍機甲師団の猛攻を受けて戦線が破れかけた事もあったが、現在に至るまで何とか維持し続けている。この戦線が維持されているからこそ、グアンタナモは空襲を受けなくなったのだ。
作戦前に第一機動艦隊が安全に集結する地点として、グアンタナモ湾が選ばれたのもそのような戦況によるものだった。
もし、グアンタナモ湾が安全に使用出来なかったならば、パナマ運河の大西洋側出入口にあるコロン湾が集結地として選ばれただろう。
城島がキューバ島の戦況について思い巡らしているうちに、参謀長は新たな報告を始める。
「実はカリブ艦隊以外に、<武蔵>艦長個人名義でも届いています。その電報には追伸があり『新型機は空母艦載機ト思ワレル。敵機動艦隊ハ、めきしこ湾モシクハみししっぴ川ニ潜伏中ト推測スル』です」
「空母艦載機?」
「はい、空母艦載機だそうです。<武蔵>から受信した電文のみ具体的に書かれているのです」
「ふむ、<武蔵>艦長は誰だ?」
「知名もえか、長官を尊敬する綺麗な女性ですよ」
「確かに俺の血が滾るような熱い電文だな。やはり、敵機動艦隊はそこに潜んでいるようだな……」
グアンタナモを空襲したのが敵機動艦隊であれば、この艦隊が連合軍の浴場ともいえるメキシコ湾にいるのが確実だからだ。もしかしたら、母艦航空隊だけを地上に降ろして艦艇はミシシッピ川に係留しているのかもしれない。
外洋航行能力を持つ船舶がミシシッピ川の河口からニューオリンズ市街を通過して、更に河上へ遡上を続けると南ルイジアナ港に到着する。
この港は川岸に大型貨物船が接岸できる岸壁があるので、敵艦隊もこの周辺にいる可能性があった。ここへ第一機動艦隊が空襲を仕掛けるのは無謀でしかない。
そもそも、第一機動艦隊にとってドイツ軍第一航空戦隊が予想外の行動を取ったので、今後の展開に悩んでいたのだ。
以前にも掲載したが、改めて第一機動艦隊の作戦計画をここに記す。
(1)連合軍の合衆国本土からキューバ島へ続く
各基地への空襲は基本的に一回だけと決めていた。そして、帰還した航空隊を収容後は敵機の空襲を回避するため、速やかに中部大西洋まで退避する。
(2)状況が許す限り同基地へ反復攻撃をするか、攻撃目標をメキシコ湾、合衆国東海岸にある軍港や航空基地に向ける。
(3)空襲による被害続出に痺れを切らしたドイツ海軍第一航空戦隊を、ノーフォーク港から引き摺り出して洋上で決戦を挑む。
城島たち第一機動艦隊司令部は、ノーフォーク港から出撃したドイツ海軍第一航空戦隊が決戦を挑んでくると想定していた。
脅威となる敵艦隊に危機感を抱いた海軍は、どれほど無謀に思えても敵艦隊を叩こうとする。それが万国共通の海軍における常識だ。
いや、常識だった筈だと書くべきかもしれない。
第一機動艦隊司令部にとって想定外の事態が起きてしまったからだ。
ドイツ海軍第一航空戦隊は、<武蔵><蒼龍>に一撃加えただけで大西洋から姿を消し、何処かに隠れてしまったのである。
まるで「モーゼの道」作戦でアデン港から脱兎のごとく逃走した、イタリア海軍東洋艦隊を参考にしたような手際の良さだった。
これが原因で、第一機動艦隊司令部の方針が二転三転するようになっていく。