戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第一二話

サルガッソー海、中部大西洋、大西洋

同日 同時刻

 

 

 

 ふと、城島は苦渋の表情を浮かべた同期の顔を思い出した。

 

 そういえば、アイツは「母艦航空隊搭乗員は大切に扱え。艦艇と航空機は幾らでも増やせるが、搭乗員だけは簡単には増やせない。だから、無駄死させるな。一人でも多く回収して敵地に残すな」と、渋柿を齧ったような顔で話していたな。

 

 アイツが第二航空戦隊の司令官や第一機動艦隊の司令長官をしていた頃は、事故死寸前の過酷な訓練を母艦航空隊の将兵に課していた。

 

 それなのに、今では母艦航空隊の将兵の安否を気遣うようになったのか。

 

 母艦航空隊の将兵から「人殺し多聞丸」やら「気〇い多聞丸」やら、散々に陰口を叩かれたアイツがねえ。

 

 まあ、航空機搭乗員が不足しているので、それしか言えないのだろうな。アイツの性格が丸くなったと言うべきか。

 

 いや、違うな。過酷な訓練を手加減してもいいとは一言も言わなかった。

 

 つまり、何も変わっていないのか。うん。

 

 城島が回想したのは兵学校の同期であり布哇諸島のオアフ島にいる、聯合艦隊(GF)司令長官兼枢軸海軍部隊総司令部司令官である山口多聞(やまぐち たもん)海軍大将との打ち合わせの光景だった。

 

 彼はカリブ海に向かう途中で、そこに立ち寄って打ち合わせをした。真珠湾を見下ろす小高い丘にある庁舎の中で、山口は城島に何度も強調していたのが母艦航空隊搭乗員の重要性だった。

 

 そこまで山口が強調した理由は、日本海軍における空中勤務者が戦前の想定以上に消耗している現実と、早期育成計画が破綻しつつある問題に直面していたからだ。

 

 日本海軍は戦争が始まる数年前から、図上演習で明らかになってきた航空機搭乗員の消耗率に不安を抱き、大量の搭乗員を確保するために選抜基準を緩めた。同時に合衆国の搭乗員運用制度を参考にして二直制も導入している。

 

 二直制とは、仮に一〇〇機の艦載機が搭載可能な空母があった場合に、予備戦力として更に一〇〇機分の機体と操縦員を用意しておく運用制度だ。

 

 この運用制度が与える時間的余裕により、日本海軍の搭乗員が部隊配備されるまでの平均訓練時間は三〇〇時間を超えるほどになっている。これはアジア太平洋地域の資源を何の妨害もなく使用できる環境も好条件をもたらした。

 

 では、何が原因で母艦航空隊搭乗員の早期育成計画が破綻しつつあるのかというと、日本海軍が身内のことしか考えていなかったことが挙げられる。

 

 具体的には空中勤務適正者を、統合航空軍と奪い合う事態を想定していなかったのだ。

 

 誰もが操縦士や航法士になれる訳ではない。高所恐怖症は航空機に乗れない。畑で農作物と会話しながら育ってきた者は、航空機以前に機械部品を理解出来なかった。

 

 メキシコ湾海戦と「剣」号作戦で消耗した母艦航空隊が、再建するために半年近くも掛かってしまった理由はそのような事情があった。

 

 誰もがこの時になって空母機動艦隊という戦力を、戦場へ気軽に投入できる戦力では無いのだと思い知ったのだ。

 

 この問題を解決するためには、空中勤務適正者を統合航空軍ではなく海軍へ、集中投入すれば済む。しかし、それは海軍が判断することではなく、この戦争全般を作戦指導する統合軍令本部が判断する案件だ。

 

 そして、統合軍令本部はその人材を海軍ではなく、統合航空軍へ優先して提供することにしていた。

 

 ここの最高責任者である総長の井上成美大将は海軍出身であり、彼は空母機動艦隊の実力を十分に理解している。それでも、部下たちが提案した方針を承諾せざるを得なかった。

 

 この年の秋から始動する計画で進められている、大ドイツ帝国の中核都市を標的とした戦略爆撃のために必要だったからだ。

 

 そして、山口は大ドイツ帝国への戦略爆撃計画が進捗していることを知らない。統合軍令本部で進められている機密事項なので、海軍大将といえども容易に知ることは出来なかった。

 

 他にも統合軍令本部にとって頭痛の種となるような問題もあるが、そうした事情で母艦航空隊搭乗員の補充が難航している。

 

 城島は脳裏に浮かんだ山口の顔を消し去ると、机に広げた海図に視線を向ける。

 

 ドイツ海軍第一航空戦隊はメキシコ湾に居座り続けるだろう。そうであれば、作戦は振り出しに戻ったと考えるべきだ。

 

 今度はノーフォーク港からではなく、メキシコ湾から引っ張り出す方法を考えなければならない。

 

 それ以前に確認しなければならないのは、<武蔵>というより彼女の推測が真実なのかという点だ。それを確認したく城島は参謀長に質問した。

 

「参謀長、この電文はどう判断する?」

 

「小官としては、現状を正確に捉えていると判断しております」

 

「「剣」号作戦と同じような失敗をしたくないから、敢えて聞くぞ。その根拠は?」

 

 第一機動艦隊の作戦目的は、ドイツ海軍第一航空戦隊を撃破することである。彼らはそれを達成するまで何度でも攻撃するつもりだった。

 

 そのために、GF司令部はこの機動艦隊だけではなく燃料、弾薬、航空機、糧食等を補給する専用の補給船団まで送り出している。

 

 誰もが戦果無しで帰港するなんて考えていない。だから、何としても敵艦隊に一撃だけでも攻撃しなければならなかった。

 

 そのためには敵艦隊を探さなければならないが、どこにいるのか突き止められないのだ。

 

 仮に第一機動艦隊がメキシコ湾へ進入したとしても、メキシコ湾の隅々まで捜索するのは困難である。偵察任務に使用できる機体数は有限であり、そもそも敵の制空権内で第一機動艦隊が行動するのは危険すぎる。

 

 メキシコ湾を安全に航行するためには、制空権を奪取するのが絶対条件だった。

 

 そのためにキューバ島ハバナに展開する敵航空隊以外に、合衆国から離反した南部諸州に展開している敵航空隊も撃滅しなければならない。

 

 もし、これらを個別に攻撃して撃破成功したとしても、その時点で過去の実績から残存航空戦力が二割から三割しか残存しないと予想出来た。

 

 この激減した航空戦力では、ドイツ海軍第一航空戦隊を撃破できることは不可能である。

 

 補給船団から機体や操縦士の補充を受けたとしても、完全な戦力の回復は出来ない。よって敵艦隊を撃破出来ず、むしろ第一機動艦隊に被害が続出してしまうだろう。

 

 城島はそこまで考えていたので、敢えて質問したのだ。参謀長は城島の質問を受けると真面目な表情になり、彼が求めている的確な答えをした。

 

「欧州の海軍は英国を除き現存艦隊主義(フリート・イン・ビーイング)が主流です。我々がキューバ島に上陸した頃、ドイツ人たちはカリブ海の制海権を奪回するために積極的に攻撃してきました。ですが、最近はそれも大人しくなっています。このことから、ドイツ海軍の戦略方針が元々の方針に戻ったのだと推測出来ます。そして、この電文はそのような推測を補強する材料だと判断しました」

 

 参謀長の返答は城島の結論とほぼ同じだった。そうでなければドイツ海軍の行動が説明出来ない。これで方針は固まった。

 

「参謀長、ドイツ海軍第一航空戦隊はメキシコ湾に引きこもっている。だから、我々はそれが出て来るまで自由気ままに暴れまわることにしよう。次はどこを空襲すべきだと思うか?」

 

「ハリファックスです。事前に定めた目標のうち最北端にある港町です。ワシントンDCやニューヨークに比べれば防備が薄いので、戦果は期待出来そうです」

 

「その方向で進めよう。遅い時間だが参謀たちを招集してくれ。一五分後に会議を始める」

 

「了解しました」

 

 参謀長が退出すると、城島は自分の思考を整理し始める。

 

 母艦航空隊搭乗員は揃っている。補給船団も随伴しているので、兵員の疲労を考慮しても洋上で一か月間の継戦能力がある。戦力は十分だ。

 

 だが、この作戦が戦果不十分であれば次が無い。更に母艦航空隊がメキシコ湾海戦の時と同程度の損害を受けてしまえば、その戦力を再建するのに一年近く掛かるかもしれない。

 

 果たして戦況がそんな悠長なことを許してくれるだろうか。いや、そんな問い掛け自体が無意味だ。明らかに答えが決まっていることを自問自答するのは、自分の考えを正当化したい時だけだ。そこまで俺は追い詰められていない。

 

 酷な話であるが、第一機動艦隊はそのような戦果を求められている。だから、やらなければならない。だから、第一機動艦隊は新たな針路に向かおうとしているのだ。

 

 人間とは不思議な生き物であり、あれこれ悩むより無理を承知で物事を進めたほうが吉となる場合がある。敵艦隊の動向把握に悩んでいた城島や参謀長にとって、<武蔵>の電文は吉報であった。

 

 少なくとも今夜だけは、彼らは悩むことなく熟睡出来そうだった。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 新鋭空母と優秀な戦闘能力を有する艦艇で編成された日本海軍第一機動艦隊は、日本が持つシーパワーの中核を成す存在である。

 

 この艦隊は枢軸軍にとって最強の艦隊であると自信を持って言える艦隊であったが、その戦歴は戦前に予想されたような華々しいものではない。

 

 一九四九年六月に生起した、史上初の空母機動艦隊同士による海戦として有名な「メキシコ湾海戦」では、勝敗がつかず引き分けに終わった。

 

 この海戦で枢軸軍が勝利出来なかった理由として、日本と合衆国との連携が悪かったからだと解説される事が多い。

 

 だが、それを突き詰めていくと、戦前から研究していた運用や戦術の幾つかが実戦では役に立たなかった事が、浮き彫りになっていく。

 

 一例として、敵機が断続的に空襲してくる状況下では、攻撃隊の発艦準備に時間を要することを想定していなかったことだ。

 

 急降下爆撃機を回避する度に空母が大きく傾斜するので、爆撃機に爆弾を括り付ける作業を中断せざるを得なかったのである。

 

 また、機体整備員たちは他の兵科の応援任務も兼ねているので、空襲を受けると空母が被弾した場合に備えて消火用放水筒を抱えたり、機銃弾の装填補助に回ったりしなければならない。

 

 こんな事を続けていれば、攻撃隊の発艦準備が益々遅れてしまう。

 

 平時の訓練では発覚しなかった問題点がこの段階で明らかになり、艦隊司令部の作戦計画に綻びが生じるのは避けられなかった。

 

 この時は第二次攻撃隊の準備をしていた。

 

 すべての爆撃機に爆弾や魚雷を取り付けようとしたので時間が掛かり、一時的であるが二五番(二五〇キロ爆弾)を取りつけたのに発艦出来ない機体が格納庫に溢れてしまったのだ。

 

 ようやく発艦準備が整い母艦航空隊が次々に発艦する頃、偶然にもドイツ海軍母艦航空隊が空襲を仕掛けてきた。

 

 そして、日本海軍が恐れている急降下爆撃機が、発艦作業中の空母に目掛けて次々に爆弾を投下していったのだ。

 

 艦隊上空を守るはずだった直衛隊はドイツ海軍戦闘機隊との戦闘だけで精一杯になり、爆撃機を阻止する有効な攻撃が出来なかった。

 

 また、艦艇の防空火器は敵機を次々に撃墜したが、それでも急降下爆撃を阻止しきれなかった。

 

 爆撃を受けたのは<天竜><雲竜>だった。この二隻は改装工事の対象艦だったが、工廠の作業工程都合によって飛行甲板の装甲化が間に合わず、就役時の姿のままで実戦に参加していたのだ。

 

 <天竜>には二発、<雲竜>は三発命中し、いずれも重装甲化されていない飛行甲板を貫通して格納庫で爆発した。

 

 格納庫には発艦前で爆弾や燃料を搭載した戦闘機や爆撃機が、所狭しと並べられていたのである。

 

 これらが爆弾の爆発によって誘爆が始まってしまうと格納庫は炎上し、炎が艦艇内部に塗られた塗料に燃え移ると延焼範囲を拡大していく。

 

 そして、遂に機関室の吸気口から機関室へ延焼してしまい、機関を停止せざるを得ない状況になってしまった。

 

 そうなると消火用放水筒から勢いよく放たれていた海水も途絶えてしまい、延焼を阻止する手段を失った各空母では総員退艦が下令された。

 

 この海戦では、二隻の空母以外に巡洋艦一隻と駆逐艦三隻も失っている。他に数隻の空母が大破し、防空任務に就いていた多数の艦艇も被害を受けていた。

 

 恐るべきことに被害は艦艇より母艦航空隊のほうが深刻だった。母艦航空隊の稼働機は戦闘終了時点で三〇パーセント程度まで低下しており、その残存機は殆どが戦闘機だった。

 

 つまり、空母だけではなく母艦航空隊も攻撃能力を喪失したのだ。

 

 海戦後に第一機動艦隊は、稼働可能な空母だけに母艦航空隊の補充を受けて小規模な機動部隊を編成する。

 

 この機動艦隊が、「剣」号作戦の上陸支援艦隊として作戦に参加することになる。だが、この時にも甚大な被害を受けた。「翔鶴」が雷撃を受けて撃沈してしまったからだ。

 

 唯一生き残った<瑞鶴>は作戦行動中に艦底を損傷してしまい、上陸開始前に帰港していたので戦局に寄与出来なかった。

 

 相次ぐ戦闘で深い傷を負った空母機動艦隊は、その傷を癒すべく日本本土へ帰港する。そして修理や母艦航空隊搭乗員の補充を受けて再編成されると、継続した訓練によって戦力を回復させていく。

 

 城島が指揮する日本海軍第一機動艦隊は、そのような試練を乗り越えてきた。そして、再びドイツ海軍と対決するために大西洋に進出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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