戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第一四話

枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島

同日 午後二時

 

 

 

 連合軍の反攻による戦線後退によって、司令部は慌ただしくなっていた。それは、廊下を駆け足で走る士官が増えていることからも十分に把握出来た。

 

 グアンタナモ湾を囲む丘陵の頂上には、開戦前に合衆国が建設した大型無線塔がある。

 

 ここで受信した電文は電気信号に変換されて、無線塔に隣接する通信指揮所の一部屋に伝送されていく。そこには、専用の通信機材が複数台も配置され、暗号帳を扱える権限がある通信員が二四時間体制で席についていた。

 

 彼らは通信機材を用いて、長音と短音の符号だらけの電文を筆記用紙に記録していく。そして、その電文を彼らの上官たちが読解できる言語に変換し、指定された用紙に書き記す。

 

 その用紙は隣の部屋に送られていく。すると、隣の部屋にいる当直員は地下に埋設された専用電話回線を使用して、司令部が置かれたホテルの当直員に口頭で伝達していく。

 

 それを受けたホテル側の当直員は、指定された用紙に書き記すと復唱する。聞き間違えていないことを確認すると、それを別の部屋へ持ち込んでいった。

 

 その部屋は、結婚披露宴や大会議を開催できる大広間を改装した、司令部の作戦指揮所だった。

 

 室内には短辺が大人の身長以上の長さがある、大きな地図が幾つか広げられている。そこには、大西洋全域が描かれた地図や、北米大陸全域が描かれた地図があった。

 

 それ以外にもあるが現時点で大勢の司令部職員が群がっているのは、キューバ島全域が描かれた地上戦指揮用の地図だ。その地図上にはチェスの駒のような形状をした、赤色と青色の駒が幾つも置かれている。

 

 シエンフエーゴスとサンタ・クララを結ぶ、複雑な形状をした戦線に沿って青色の駒が並べられている。その駒のグアンタナモ側には赤色の駒が幾つか置かれていた。

 

 赤色は連合軍、青色は枢軸軍を表しているので、赤色の駒を見れば連合軍がどこまで侵攻したのか一目瞭然だ。

 

 その地図上にある駒を動かしている士官の元へ、電文用紙を持った通信員が駆け寄る。電信員はその士官の前でそれを読み上げると、士官は赤色の駒を一つ摘まんでグアンタナモ側に動かした。

 

 その駒を見て、陸軍司令部の参謀たちは打ち合わせを始めたり、副官を呼び寄せて指示をしたりしている。そして、陸軍司令官は腕を組んだまま黙って地図を見下ろしていた。

 

 そんな彼らから二歩下がった位置に立ち、直接戦闘に関わらない任務を担当する陸軍の後方・兵站参謀は、彼の隣に立つ海軍の航海参謀へぼやいた。

 

「畜生、今朝からの攻勢を威力偵察と誤解しなければなあ。キャベツ野郎たちがこんな深くまで侵攻しないように対処出来た筈なんだけどなあ」

 

「今更悔やんでも仕方が無い。今は成すべきことをする時だ」

 

「オタクに言われても、こっちが虚しくなるだけだ」

 

「そうかい。アンタが現実を直視していると分かったから俺は嬉しいよ。いつもは居眠りを楽しんでいる時間だから、てっきり夢物語の世界に浸っているかと思ってたぜ」

 

「失礼な! 俺は眼をつぶって戦争の行く末を見通そうとしているんだ。いつも真っ暗で視界不良だけどな」

 

 海軍参謀は自信満々に答える陸軍参謀に呆れたが、これが彼の個性的な魅力でもあった。このくらい図太い精神力を持たないと、この島では生き残れない。

 

 何しろ、着任してから半年しか経過していない海軍参謀と違い、彼はパナマ地峡と運河を奪取する「贖罪」作戦が始まってから、この地方で戦争を続けている古強者だからだ。

 

 そんな陸軍参謀の突っ込み待ちに応えるため、海軍参謀は軽口で返していく。

 

「陸軍の後方・兵站参謀が闇夜の灯火を求めているようじゃ、この戦争はお先真っ暗だな。海軍から夜戦見張能力が高い見張員を派遣しようか? 最近は電探に頼りすぎているので腕は鈍っているが、それでも一〇〇〇〇メートルで軍艦のマストを発見できる凄腕の連中さ。どうする?」

 

「断る。俺たちは女の裸体を識別できる視力があれば十分だからな」

 

「さすが、眼の付け所が違いますなあ。まあ、うちの後輩がそんなことを聞いたら裸になる前に、微笑みながら無言であんたの眼を潰すよ。海軍では見敵必戦(けんてきひっせん)を教え込んでいるのでね」

 

「怖いねえ。男は魅惑的な二つの丘さえ、落ち着いて偵察も出来ないのか」

 

「それ以上は止めとけ。本気で艦砲射撃を受けるぞ。話の方向を戻すが、陸軍は予備戦力を投入すると聞いている。どうなっている?」

 

「我が陸軍の戦車第四旅団の主力は移動中、現地到着は日没後になってしまう予定だ。だから、我が軍の第二師団に付属している増強戦車隊から、戦車一個中隊を引き抜いて敵さんにぶつける。間もなく戦闘が始まるだろう」

 

 現在の戦況は日本語特有のオブラートで包んだ言葉を用いても、極めて劣勢だとしか表現出来なかった。

 

 カリブ地方に展開する陸軍部隊の指揮権を握り、枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部の指揮下にある枢軸陸軍第一七軍司令部は、今朝から始まった連合軍による攻勢の意図を読み違えていたのだ。

 

 昼過ぎに戦況判断が誤っていたことを認めるまで、昨日まで活発に行われていた威力偵察だと判断していたからだ。

 

 一般的に偵察とは相手に探知されないように注意を払いながら、敵情把握する隠密任務を指す。それに対して威力偵察とは、敢えて小規模の攻撃を仕掛けて敵側の反応を把握する方法だ。

 

 例えば、敵軍が支配する戦域の状況を把握をしたい時には、無線傍受や偵察機による上空からの偵察、更に少人数の偵察隊が敵地に侵入して偵察することで敵情を把握することができる。

 

 その結果、この戦域に戦車が配置されていないことが把握できるが、その精度を高めるために実際に攻撃してみるのだ。

 

 一例として中隊規模の戦車だけで敵地に侵攻する。この時に敵戦車が反撃してくれば、今までの偵察で判明しなかった敵戦車の存在が明らかになる訳だ。

 

 この威力偵察にも偵察側と被偵察側の駆け引きがあり、これが各級指揮官の腕の見せどころでもあった。

 

 威力偵察隊に過剰反応して全力で反撃してしまうと、被偵察側は戦線を維持する余力が無くなっている事実を見破られてしまう。弾薬や燃料の残量がひっ迫していたり、精神的に余裕がなくなったりしていると、不安に駆られた兵士が過剰に反応して攻撃してしまうからだ。

 

 逆に、被偵察側が威力偵察隊へ反撃せずに戦線の奥深くまで誘導する方法もある。このようにされると、偵察隊は何の情報も得られないまま帰っていくしかない。

 

 他にも十両配置されている戦車のうち一両だけで反撃することで、被偵察側の戦力を過小評価させることも出来た。

 

 さて、ここ最近の連合軍は如何なる理由か分らぬが、本格的に攻撃せず威力偵察程度しかしていない。その程度で枢軸軍の手の内を明かすのは愚かな対応なのだ。

 

 更に、枢軸軍側も兵力に余裕が無いので、これ幸いとばかりに積極的な反撃を控えるようになっていた。

 

 それを逆手に取られてしまい、今朝から始まった攻勢を威力偵察と誤認識してしまったので戦線での侵攻阻止に失敗したのだ。

 

 連合軍は日英米がそれぞれ担当している防衛戦を、随所で破ろうとしていた。

 

 戦線中央部の担当で、サンタ・クララ市の正面に展開する日本陸軍第二師団は、主要街道と鉄道線を抑えている。だから、連合軍主力の猛攻を受けていた。

 

 戦線を構築する塹壕線を突破されている箇所もあるが、全般的には辛うじて戦線を維持しているといえる。

 

 だからといって、このままでは戦線が崩壊するのは避けられない。弾薬が恐ろしい勢いで消費されていくし、塹壕に籠る将兵が次々に傷ついて戦闘不能になっていくからだ。

 

 それと比較して、東海岸側の戦線を担当する合衆国陸軍第23歩兵師団は、僻地を守備していることもあって難なく維持し続けている。

 

 一番酷い状況なのは、英連邦陸軍が担当している西海岸側戦線だ。

 

 この戦線は王立アフリカ小銃隊師団のうち、タンザニア人のみで編成した連隊が担当していた。だが、戦線を破られてしまい、西岸の海岸線に沿って続く街道の封鎖にも失敗してしまった。

 

 その結果、ドイツ軍装甲大隊は南東方向にあるトリニダーに向けて、快進撃を続けている。

 

 このままでは、戦線の中央を担当している日本陸軍の後方を遮断されかねなかった。更に、東岸側の戦線を担当している合衆国陸軍の側面にも圧力を与えてしまう。そうなると、シエンフエーゴスとサンタ・クララを結ぶ戦線を大きく後退せざるを得なくなる。

 

 戦線後退は合理的判断なのだが、この戦線は枢軸軍将兵が流した血と引き換えに築いた戦線である。

 

 だから、簡単に放棄する訳にはいかない。これが司令部勤務員たちの共通認識だった。

 

 この進撃を阻止するためには重砲による射撃や航空機による空襲以外に、陸上機動戦力による攻撃が使える。残念ながら、枢軸軍にはすぐに使える戦力が無かった。

 

 戦場に一番近い機動戦力である合衆国陸軍第201独立機甲旅団は、破れかけている戦線を維持するだけで精一杯だった。

 

 この旅団はM4中戦車や、日本製の一式中戦車を再改良した八式中戦車で編成されている。

 

 だが、ドイツ軍のⅤ号中戦車H型パンテルⅡとの戦闘では防御面で難点があり、正面から戦えば戦果を得る事なく撃破されてしまう。そのため、戦車壕に籠ったり障害物の影に隠れたりしてしながら要撃していた。

 

 他にも機動戦力があり、司令部直轄の予備機動戦力として後方に待機している日本陸軍の戦車第四旅団がある。この旅団は七式中戦車改で編成されている。この島に展開している連合軍が保有しているV号中戦車H型パンテルIIに十分に対抗できる戦力だ。

 

 だが、待機地点がグアンタナモ近郊なので、出撃命令が下ってから六〇〇キロ先にある戦線に到着まで半日以上掛かる。

 

 また、戦車は車両の特性により航続距離が短いので、現地に到着までに最低二回は給油しなければならない。日没後に到着するだろうと言った陸軍参謀の発言は、すべてが順調に進んだ前提での計算だ。

 

 移動中に戦車への燃料補給用トラック隊が敵機の空襲を受けたり、道路が破壊されて走行不可能になったりしたら更に遅くなるだろう。

 

 だから、戦車第四旅団から抽出して第二師団に付属した増強戦車隊の一部をドイツ軍装甲大隊にぶつける方が早いのだ。この中隊も七式中戦車改を装備している。その戦力だけでドイツ軍の進撃を阻止できるかは微妙だが。

 

 更なる問題は、ドイツ軍の進撃を阻止する態勢が整う前に、それが接近してしまうことだ。

 

 雑談しながら戦況の変化を待つことしか出来ない二人の前で、地図上の駒を動かしている士官の手が動く。その手に掴まれた赤色の駒がトリダニー市街の北方にある交差点の近くに置かれた。交差点の近くには青色の駒も置かれている。

 

「なあ、森口航海参謀。あの駒が置かれた状況が分かるかい?」

 

「分かるよ。両軍の交戦が始まるのだろ?」

 

「ああ、そうだ。そして戦車隊は間に合わなかった」

 

 確かに、その交差点から北方に伸びる道路上には、青色の駒がもう一つ置かれている。それが急行中の戦車隊を指していた。つまり、七式中戦車改の戦車隊は戦場に到着していないのだ。

 

「先にドイツ軍が到着しちゃったのか」

 

「そうさ。この交差点を守備しているのは、英連邦王立アフリカ小銃隊師団第1タンザニア連隊の残余兵力だ。数両だけだが対戦車自走砲車が到着している。とはいえ、この戦力だけで迎撃せにゃならん。おまけに、本国軍の士官が指揮しているとはいえ、植民地兵の戦意は本国兵より劣る。トリニダー市街への進撃を阻止するのは難しそうだな」

 

「市街地に入られると、どうなるのか?」

 

「市街地自体が敵の抵抗拠点になってしまう。多くの建物が遮蔽物として活用したり、建物自体を特火点(トーチカ)の代わりにできる。日本の城郭にある城下町と同じように、防御戦闘に適した施設と同じになるのさ。そんな所に戦車を突入させたら、死角から一方的に撃たれるだけだ。そうなると、街を奪回するために多数の銃弾や幾人もの兵士の命が必要になる。だから、奴らをトリニダーに入れたくないのさ」

 

「戦争資源の無駄な浪費を防ぎたい訳か」

 

「そうだ」

 

 陸軍参謀は個人的理想というより、陸軍としての戦術規範が実現出来ない事態を悔やんでいた。兵員の流血を最小限に抑えながら最大限の戦果を獲得する事が、各級指揮官に求められているからだ。

 

 闇雲に兵力をぶつければ戦果が得られる場合もあるが、そのような戦術を取る指揮官は何も考えずに場当たり的に済ましていく只の無能者でしかない。

 

 だが、すべてが後手に回っている現状では理想的手段が使えない。彼らは現地の将兵の奮戦に期待することしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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