戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

16 / 55
第一五話

トリニダー市北方、サンクティ・スピリトゥス州、キューバ島

同日 午後二時五分

 

 

 

 キューバ島西海岸線沿いに続いている街道は、内陸に向けて大きな曲線を描くと小さな平野の奥深くまで進んでいく。

 

 すると、コロニアル様式(スペイン植民地風)の建物が数多く残り、砂糖取引と奴隷の売買で繁栄したトリニダー市街に入っていく。

 

 ここは、クリストファー・コロンブス率いる調査船団に乗船していた経験を持ち、スペイン帝国に任命された初代キューバ総督ディエゴ・デ・ベラスケスによって、建設された街である。

 

 彼はスペインが世界中に覇権を広げていく目的の一つである、貴金属の鉱脈を探索するためにこの地に立ち寄った。その時、風光明媚な風景が気に入ったので市街地を建設したと伝えられている。

 

 そんな彼はこの街以外にも、バハマを始め市街地を幾つも建設していた。だが、それらの市街地は次々に戦禍に巻き込まれ、スペイン植民地時代の面影を失っている。

 

 そんな状況にもかかわらずトリダニーだけは、昔ながらの市街地が現存していた。その理由は偶然にも、この街で市街戦が起きなかったからだ。

 

 枢軸軍はトリダニーの北方にあるシエンフエーゴス近郊に、大胆不敵にも日本海軍第一聯合陸戦隊のうち一個大隊規模の兵力を敵前上陸させた。奇襲上陸で連合軍の側面を突いたのだ。

 

 それを予期していなかった連合軍は、トリダニーを守備していた部隊が分断されることに気づき速やかに後退させた。その結果、枢軸軍はこの街を無傷で手に入れたのである。

 

 その街の北側入口にあたる交差点付近でドイツ軍を待ち構えていたのは、アフリカ大陸からやってきたアフリカ黒人兵士(アスカリ)たちだった。接近するドイツ軍を迎撃するため、数両だけだが自走砲車も駆け付けている。

 

 もし、彼らがドイツ軍装甲大隊の進撃阻止に失敗すれば、トリダニーは易々と占領されてしまうだろう。トリダニーに直進せず、その北側にある交差点で曲がれば、日本陸軍第二師団の後方が脅かされる。

 

 どちらにしても、ここを守備する歩兵部隊を指揮するトマス中尉は、攻撃側と比較して少ない兵力で敵兵力を撃退する難問に挑まなければならなかった。

 

 彼が防御陣地を構築している地点から、正面を見ると小さな集落がある。そして、その奥には小川の河口が広がっている。そこにはドイツ軍がキューバ島全域を支配していた時に架けられた、戦車が通過できる頑丈な仮設橋があった。

 

 この地点から後方を振り返れば、トリダニーまでの間にも小さな集落が幾つかある。そこには質素な作りをした民家が建ち並んでいる。

 

 そして、彼の周囲には葉タバコの畑や、雑草や灌木が葉を広げる平原が広がる。いずれも、戦車が植物を踏みつぶしながら走行出来た。

 

 彼にとって、ドイツ軍を撃退するためにこの地形と障害物を利用するのは、当然のことである。そして、それを適切に利用する手段を見出そうとしていた。

 

 彼はもう一つの難問を抱えている。アスカリの逃亡による兵力減少が続いていることだった。初年兵の段階から軍人教育を受けて伍長や軍曹に昇進した者は、軍人としての責務を忘れることなく彼の命令へ素直に従っている。

 

 だが、戦争勃発によって徴兵された一般兵は、元から戦意が不足しているので逃亡が相次いでいる。それを制止するのは伍長や軍曹たちの役目だが、彼らもすべてを把握出来ている訳では無い。

 

 幾つかの難問を抱えて苦悩しているトマス中尉の頭上を、一群の航空機が通過していく。翼には英国空軍の国籍標識であり、中心から赤色、白色、青色に塗られた蛇の目(ラウンデル)マークが描かれていた。

 

 この機体は英国空軍が日本から譲渡を受けた四機の<流星>である。接近するドイツ軍に向けて翼下に吊るしたロケット弾と爆弾で攻撃を仕掛けようとしていたのだ。

 

 彼はドイツ軍戦車隊を迎撃するために待機している対戦車自走砲車隊に、注意を促すために無線で呼びかけた。

 

「ボウラー01、ウィケットキーパー、友軍機が四機編隊で接近中だ。間違って撃つなよ」

 

 彼らは英連邦で盛んに行われているスポーツであるクリケット用語を、無線符牒にして無線通信で会話をする。

 

 ちなみに、ボウラ―(投手)は自走砲車隊の、ウィケットキーパー(捕手)はトマス中尉が指揮するアスカリ部隊を指している。

 

「ボウラー01、了解。少しは爆撃機の連中に遠慮してやろう。俺たちでは獲物を食いきれないからな。それで、そっちの準備はどうかね?」

 

「腰を屈めれば身体を隠せる程度の蛸壷は掘った。数が少ないけれど対戦車地雷の埋設も終わった。だけど、キャベツ野郎たちを捕虜として収容する大きな穴は、掘る時間が足らないぜ」

 

「それは仕方ないな。それより、アスカリたちは仕事しているかい?」

 

「ああ、しっかりと仕事している。蛸壷を掘るのは本国兵の俺より上手いし早い」

 

「ならば、射撃の腕も期待できそうだな。おっと、爆撃機が爆撃降下を始めたようだ」

 

「了解。上の連中が唖然とするくらい、俺たちでキャベツ野郎を叩きのめしてやろうじゃないか。終わり」

 

「そうだな。お互いにラム酒で乾杯できるくらいに戦果を挙げようぜ。終わり」

 

 お互いに余裕ぶった会話をしているが、二人とも冷静に両軍の戦力差を比較すれば厳しい展開になるだろうと自覚している。

 

 何しろ、これから彼らが戦闘する相手は、大ドイツ帝国陸軍の一個装甲大隊なのだ。世界最強の陸軍という呼称は伊達ではない。

 

 トマス中尉からは丘陵地帯によって視界が遮られてしまうが、爆撃機はドイツ軍の装甲大隊に被害を与えたらしい。爆撃位置から推測すると、ドイツ軍はかなり近づいている様子だった。

 

 爆撃機はドイツ軍へ容易く攻撃出来た様に見えるが、決して鼻歌混じりで射的を楽しむかのように攻撃出来た訳ではない。

 

 ドイツ軍も擲弾兵が携帯できる対空火器や、戦車を改造した対空砲車を実戦投入しているからだ。それを裏付けるかのようにロケット弾を発射し終えた爆撃機が、海岸線沿いの丘陵から姿を見せた時には二機に減少している。

 

 更に、爆撃を許してしまった敵戦闘機が、爆撃機との距離を急速に詰めていく。残酷なことだが、友軍戦闘機は他の敵戦闘機と交戦中らしく爆撃機を護衛していない。

 

 トマス中尉は爆撃機が基地に生還することを祈りつつ、大声で指揮下の兵士達に命令を下した。

 

「敵戦車が来るぞ。蛸壷掘りは中止、戦闘配置に就け」

 

 彼の声が届かない遠方の蛸壷の兵士には、トマス大尉自ら無線兵を引き連れて駆け足で伝えていく。

 

 不意に前方の集落の方向から射撃音が聞こえてくると、すかさず彼は生い茂った葉タバコの陰に隠した。すぐに、トマス中尉に付き従う無線兵が、彼に無線の送受話器を渡す。相手は当然ながら自走砲車隊の隊長だ。

 

「ウィケットキーパー、どうぞ」

 

「ボウラー01。キャベツ野郎のお出ましだぜ。橋の対岸にはパンテルⅡが一〇両以上、こちらの都合に構う事無く好き勝手に撃ってきやがる。後続車両もあるが樹木の影に隠れて確認出来ない。擲弾兵は仮設橋に爆薬が仕掛けられていないか確認中のようだ。まあ、爆薬なんて仕掛けていないから、間もなくキャベツ野郎が渡ってくる。先頭車両が仮設橋を通過後に射撃開始する。終わり」

 

 ドイツ軍装甲大隊指揮官は橋の最寄りにある集落に、英軍が対戦車兵器を携えて潜んでいると予想していた。だから、橋を渡る前にそれを潰そうとしていたのだ。

 

 大隊指揮官が慎重になる理由は、橋を渡る最中に攻撃を受けると先頭の戦車が擱座してしまう可能性があるからだ。そうなると、後続車両が通過出来なくなってしまうし、この大隊の目的である日本陸軍第二師団の後方遮断が達成出来なくなってしまう。

 

 実際のところ、この装甲大隊指揮官の予想は的中していた。

 

 英連邦の一員であるオーストラリアが設計、製作した対戦車自走砲車<アンブッシュ>が、ドイツ軍戦車隊の砲撃を受けつつも迎撃態勢を崩していなかったからだ。

 

 パンテルⅡの射撃音が連続するようになった頃、前方の集落から破壊音が轟き土煙が立ち登っていく。砲撃によって柱を折られた民家が崩れたのだ。

 

 その時、新たな砲声が聞こえてきた。

 

 パンテルⅡによる砲撃の嵐に耐えて、反撃する機会を今かと待ち構えていたアンブッシュが射撃開始した瞬間だった。それは、パンテルⅡの先頭車が橋を渡り終えた瞬間でもあった。

 

 英軍とドイツ軍による戦場音楽が連続して奏でられるようになると、数発射撃したアンブッシュ4号車が、陣地を変更するために民家の影から姿を現した。

 

 狙撃兵(スナイパー)と同じように移動せずに射撃を継続すれば、発砲炎によって位置を特定されてしまう。それを防ぐためには、二発か三発を射撃後に射撃位置を変更をして、新たな位置で射撃を再開すればいい。

 

 そうすれば敵を翻弄させられるので、自らの被害を抑えつつ敵へ攻撃を与えることができるからだ。

 

 そのアンブッシュは別の民家の壁に体当たりして、それに大穴を開けると室内に車両ごと入っていく。既に何軒かの民家が砲撃で破壊されているので、その車両の操縦手は躊躇う事なく壁を壊した。

 

 既に誰もが戦場心理に飲み込まれている。自分の生命を守るために他人の財産を傷つけたり壊したりすることを躊躇うような、人間としての矜持を失っていた。

 

 両軍の砲声が区別つかなくなると、トマス中尉は無線兵と共に彼らが隠れる蛸壷に引き返していく。後方の民家に向かうことも考えたが、パンテルⅡが民家を狙い撃ちしそうなので止めた。

 

 何度か陣地変更をしたアンブッシュは、パンテルⅡへ攻撃を続行する。しかし、その進撃を押し留めることは出来ず、次第に火力で圧倒されていく。

 

 先程、民家の壁に大穴を開けて侵入したアンブッシュは、再び表に現れたが車両後方から炎が上がっている。

 

 敵戦車の砲弾が掠った衝撃で燃料管が破損してしまい、燃料が加熱したエンジンによって引火してしまったからだ。

 

 そのアンブッシュ4号車は民家から完全に姿を現した所で、砲身を敵側に向けたまま黒煙を吹き出して停止してしまう。乗員が脱出して一目散に走り出す頃には完全に炎上していた。

 

 この島に対戦車自走砲車アンブッシュが配備され、強敵であるドイツ軍装甲大隊と交戦している理由は英国の内部事情によるものである。

 

 英国は昨年末に奪還した中東地方の長期持久戦態勢を維持しつつ、英本土奪還のために戦力を蓄積していかなければならない。そのため、キューバ島には精鋭とは言い難い歩兵部隊や二線級の急造兵器を配備していた。

 

 かつて、太陽が沈まぬ国と呼ばれ英国の平和(パックス・ブリタニカ)を大いに享受(きょうじゅ)した英国は、世界中で展開されている戦闘地域へ精鋭部隊や最新鋭の兵器を、無尽蔵に供給する体力を失っているからだ。

 

 英語で迎撃(Ambush)を意味するこの砲車は、英本土失陥による政治的衝撃と長年に渡る日英同盟の強固な絆によって生まれた。

 

 何故かと言うと、英本土失陥をきっかけにオーストラリア自治政府が独力で設計、量産した初めての戦車である<センチネル巡航戦車AC I>の車体と、日本が譲渡した<六式一〇〇ミリ戦車砲>を組み合わせたからだ。

 

 この自走砲車の母体となる戦車の名称は、英語で番兵、歩哨(Sentinel)を意味する。その名の由来は、オーストラリアに迫ってくる脅威に備えるためであった。

 

 何しろ、英連邦オーストラリア自治政府は、英本土失陥から始まり、地中海、北アフリカ、中東が、ドイツに次々と奪われていく過程を直視している。

 

 そんな状況では、次は印度、その次は豪州に攻めてくると予想できる。だから、誰もが冷静さを失って戦車の製作に邁進したのだ。

 

 とはいえ、オーストラリアにとって初めて製作する戦車なのに、試作と先行量産の過程を飛ばして一気に量産したのは強引すぎた。

 

 まず、戦車を製作するためのノウハウが無いので、エンジニアが勉強するところから始めなければならなかったのだ。また、当時のオーストラリアの鋼板生産能力で製作できる構造にしなければならないという制約もあった。

 

 さらに、当時の戦車砲に相応しい口径五七ミリの<オードナンス QF 6ポンド砲>は、在庫が払拭してしまい製作工場も稼働していなかった。

 

 そのため、代わりに口径四〇ミリの<オードナンス QF 2ポンド砲>を搭載したが、既にこの砲では敵戦車に対して火力不足なのが明らかだった。

 

 つまり、オーストラリア人は訓練用にしか使えない戦車を量産してしまったのだ。それだけ、ドイツ軍の快進撃に恐怖を抱いていたとも言える。

 

 そして、そんな戦車を自走砲車に改造した理由はただ一つ。合衆国を崩壊させたドイツ軍に恐怖を抱いているからだ。

 

 アンブッシュは急造兵器特有の精錬されていない外観であり、砲室の天井が無い典型的な自走砲車である。

 

 だが、他の自走砲車にはない特異的外観をしている。それは戦車砲を()()()()に配置している点なのだ。

 

 重心バランスの都合や母体となる戦車の車体を、最小限の改造で済ませたいという意図があって、このような構造になった。

 

 面白い事だがこの車両を見た者たちは口を揃えて、後ろ向きに配置されている戦車砲が運用上の問題を引き起こすと指摘した。だが、実際に運用してみると、敵戦車へ射撃後に車体の向きを変えずに新たな射撃位置へ、迅速に移動できることが判明したのだ。

 

 これは自走砲車ならではの長所であり、全高を低く抑えたい車体形状と相まって優れた迎撃兵器として活躍することになったのだ。

 

 そのような経緯で誕生したアンブッシュが、トマス中尉たちの正面で戦っている。その数は既に炎上しているのを除くと四両だ。

 

 それに対して、ドイツ軍装甲大隊は戦車定数四五両のうち、被弾や故障を免れて健在な三九両のパンテルIIが残っている。

 

 そして、戦車だけではなくその他の支援車両と共に、トマス中尉たちが守る防衛線を突き破ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。