戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第一八話

シエンフエーゴス市南方、シエンフエーゴス州、キューバ島

同日 午後二時二三分

 

 

 

 元々はドイツ陸軍が実戦投入した無限軌道式自走地雷<ゴリアテ>。それを、少佐たちが改造した<バッグス・バニー>は快調に走行していた。

 

 目標であるパンテルⅡへ、凹凸ある大地を物ともせず、生い茂る雑草を踏み倒し、パンテルⅡへ目掛けて進んでいく。時折立ち止まると警戒するかのように周囲を見回して、その先へ進んでいく。

 

 その姿は、野ウサギの如くだった。長い耳で周囲を探る能力があれば、もっと野ウサギらしくなるだろう。

 

 ミッチェル中尉は無線機を片手にして誘導指示をしている。バッグス・バニーの前面に装備された撮像管(イメージオルシコン)による画像情報だけでは、状況把握が難しいからだ。

 

 この場で何もしていないのは俺一人だけ。ゴメス上等兵は少佐に呼び出されてトラックに向かった。つまり、俺は暇だったのだ。

 

 それが理由なのか知らないが、俺はいつの間にかあの小さな兵器が頼もしく思えるようになっている。気づいた時には拳を強く握り、あの兵器に心の声で声援を送っていた。

 

 どうやら、この中尉の傍にいると俺までおかしくなるらしい。さすがに、このままではいけないので、軍人としての責務を思い出すために中尉に質問した。

 

「中尉、そろそろ教えていただけませんか。少佐たちがやろうとしていることです」

 

「あれ、少佐から聞いていなかったのか。じゃあ、最初から説明しよう。まず、最初にバニーちゃんをパンテルⅡの一五〇メートル前まで近づけて、迫撃砲を撃つのさ」

 

「はい」

 

「迫撃砲に装填されている砲弾は俺たちが特別に製作した砲弾で、ゲル化した油脂を詰めている。この砲弾が命中した時に信管が燃焼して油脂も燃え上がる。粘り気がある油脂だから簡単には消火できないので戦車の装甲も熱くなる。ここまでがバニーちゃんの任務だ。質問あるかい?」

 

「はい、ありません」

 

「次にトラックに残った少佐が<ダフィー・ダック>を発射する。諸元を地上目標にある熱源に設定して飛翔距離を調整すれば、ロケット弾が自動的に熱源を探知してくれる。だから、ロケット弾は必ず戦車に命中する」

 

「なるほど、光学照準しなくても遠距離から攻撃できるのですね」

 

「どーよ、凄いでしょ」

 

 もし、実戦投入されたならば敵性勢力に気づかれない地点から、先制攻撃できる素晴らしい兵器になるだろう。間違いなく俺たちの負担が大幅に減る。

 

 だが、誘導方法には改善の余地が幾らでもあった。

 

 今回の攻撃対象は停車中の敵戦車一両だけなので、誘導準備に時間を掛けられる。

 

 これが、敵味方入り乱れて交戦中の状況だと、それが出来ないので使い物にならない。どんな兵器でも、撃つのは簡単に出来だが命中させるのは難しい。

 

 ところで、中尉の説明で気になったことがあったので質問してみた。

 

「あの、ダフィー・ダックとは、アニメーションのキャラクターでしょうか」

 

「そうだよ。バニーちゃんより人気があると思い込んでいる、頭がイカれた黒ガモなのさ。だから、ロケット弾に相応しい名前だろ? ほんの一瞬だけど、バニーちゃんより空高く飛んで行けるからね」

 

「はぁ、そのとおりだと思います」

 

 俺は感情が籠っていない声で答えた。バッグス・バニーを知らないから、ダフィー・ダックなんて知る訳が無い。

 

 お前ってサイテー! 

 

 そんな言葉をぶつけたくなる。誰に対してとは言わないが。

 

 そんな俺たちがどうでもいい会話をしている間にも、バッグス・バニーはパンテルⅡへ接近していく。

 

 それはパンテルⅡの外で待機している戦車の搭乗員に、発見され易くなることでもある。射程距離を一五〇メートルに設定しているが、それまで気づかれずに接近しなければならない。

 

 バッグス・バニー自体に気づかなくても、不自然に揺れる雑草に気づかれたらお終いだ。

 

 だから、俺は祈った。

 

 

 

 頼みます。キャベツ野郎の皆様方が、永遠にあっちを向くようにしてください。代わりに、少佐の笑顔を差し出します。

 

 

 

 その祈りが通じたのか、遂にパンテルⅡを射程距離まで接近した。キャベツ野郎は、雑草の影にバッグス・バニーが隠れていることに気づいていないのだ。

 

 中尉は無線機で連絡を取り合い、それを終えると自信満々に無線機で指示した。

 

「ファイヤ!」

 

 迫撃砲弾は勢いよく発射され、上空で弾道経路を湾曲させながら一気に降下する。そして、戦車に命中した……。

 

 間違いなく砲弾は砲塔天蓋に命中した。それだけだった。

 

 砲弾は天蓋を転がり、パンテルⅡの側面に落ちてしまったのだ。

 

 不発だったのか、命中角が悪かったのか、砲塔天蓋に弾かれたのか、理由は分からない。戦果は乗員に精神的衝撃を与えただけ。以上。

 

 ここまで見ていただけとはいえ、必死に心の声で声援を送っていた。なのに、こんな無様な結果だとは……。

 

 俺は呆れ果ててしまう。そして、中尉は頭を抱えていた。

 

「あれぇぇぇ、おっかしいなぁ。ちゃんと狙ったのに」

 

「中尉、砲塔天蓋じゃなくてエンジンの吸気ルーバーか排気管を狙わないと……」

 

「そんな小さな的は狙えな……。大変だ、バニーちゃんが危ない!」

 

 キャベツ野郎は戦車に乗り込み、主砲で迫撃砲弾の発射位置へ狙い定めていた。その動きは歴戦のキャベツ野郎らしく素早かった。

 

 発砲、そして、爆煙。

 

 照準が正確ならば、榴弾はバッグス・バニーを切り刻んだであろう。そして、キャベツ野郎の戦車搭乗員は至近距離への照準をミスするような、初歩的間違いなんてしない。

 

 すぐに携帯無線機が鳴ったので、中尉に代わって俺は応答する。

 

「おい、バッグス・バニーからの信号が途絶えたぞ。どうなっている!」

 

「迫撃砲による攻撃は失敗、パンテルⅡは燃えていません。バッグス・バニーは撃破された模様です。ミッチェル中尉は頭を抱えています」

 

「了解、ミッチェルに伝えておけ。頭を冷やして戻ってこいと」

 

「もう、手遅れです。ただいま、小官の隣で立ち上がり罵声を飛ばし始めました」

 

「あっちゃー、やっちまったか。軍曹、ミッチェルをトラックまで連れ戻してくれ」

 

 ミッチェル中尉は俺が報告したとおりに、立ち上がって罵声を飛ばしていた。

 

 これじゃあ、確実にキャベツ野郎に見つかってしまう。困惑と諦観が混在している感情を抑えつつ、俺は軍人たる口調で相手に伝えた。

 

「小官は英連邦陸軍の軍曹であり、合衆国陸軍ではありません」

 

「それは分かっているけれど、頼む! 何とか連れ帰ってきてくれ」

 

 そう言われても困る。

 

 パンテルⅡの主砲は俺たちに向きつつある。それが見えないのか、ミッチェル中尉は激昂したまま親指を下に向け、下劣な言葉を吐き出し続けていた。

 

 俺にとって、現在の彼は囮として申し分ない存在である。俺が傷一つなく逃げるには、今が最善の機会なのだ。

 

 そこまで俺は瞬時に計算するとミッチェル中尉の脇に立つ。そして、未だに何かを喚いている彼の胸倉を掴むと、拳で殴り倒した。

 

 軍曹が中尉を殴るなんて軍法会議ものだ。判決次第では俺は激戦地帯に送り込まれ続けるだろう。だからといって、最短時間で彼を大人しくさせるにはこれしか思いつかなかった。

 

 結局、俺は人間でしかない。人種や血統の繋がりが無くても、共に戦う仲間を見捨てることなんて出来ないのさ。

 

 だが、それが唯一の正解だった。

 

 俺たちが倒れ込んだ途端に、何かが高速で頭上を通過していく。そして、地表に衝突すると周囲に鉄片をばらまいていった。

 

 タイミング良くパンテルⅡが榴弾を射撃したのだ。

 

 榴弾の破片は樹木を切り刻み、地表に露出した岩石を打ち砕いでいく。たが、俺たちは切り刻まれない。

 

 奇跡的にも榴弾の破片が飛んでこなかったのだ。 

 

 心に余裕を取り戻した俺は、殴られたショックと榴弾の弾着で呆然としたミッチェル中尉に向けて、言い放った。

 

「おい、合衆国人(ヤンキー)。動くな、じっとしていろ!」

 

「お、おう、分かった」

 

 パンテルⅡは俺たちが榴弾の破片によって切り刻まれた、無残な死体だと誤解してくれたのだろうか? 

 

 その時、遠方から爆発音が聞こえてくる。その音の正体は、あれしか思いつかなかった。

 

「中尉、キャベツ野郎のトラック隊が地雷に引っ掛かったようです。正面のパンテルⅡに動きがあるまで、じっとしていてください」

 

「軍曹、済まなかった」

 

「私も非礼をお詫びします。しかしながら、五体満足で祖国に帰りたければ私の指示に従ってください」

 

「ああ、軍曹の指示に従うよ。必ずだ」

 

 中尉が納得してくれた様子で一安心する。なので、これからパンテルⅡがどのように行動するか予想してみた。

 

 トラック隊を攻撃した何者かが街道を南下してくると予想すれば、主砲を街道に向けるだろう。そうなれば、俺たちが逃げ出す隙が生まれる。そして、夜になってから再びパンテルⅡに忍び寄って攻撃すればいい。

 

 俺たちを警戒し続けるのであれば、トラックの荷台に試作兵器を載せた少佐たちが忍び寄り、光学照準でロケット弾を撃つだろう。どちらにせよ、パンテルⅡの運命は俺たちが握っているのも同然だった。

 

 だが、俺の予想は大甘だった。それは、可愛い女の子に思いきって告白したのに、彼氏がいることに気づかなかったのと同じくらい、衝撃的な事実だった。

 

 なんと、パンテルⅡが動き出したのだ。それまで、敵戦車は俺たちに車体後部を向けていたのに、低速で前進したまま方向転換して正面を向けてきた。

 

 

 

 畜生。パンテルⅡは動けないのではなく、変速出来ないだけだったのか。騙された! 

 

 

 

 いや、違う。勝手に思い込んでいたのは俺たちだ。

 

 パンテルⅡは街道に入ると爆発音がした方向へ、人間の歩く速度並みの速さで走っていく。地雷で被害を受けたキャベツ野郎を救援するために。

 

 俺たちは戦車が視界から消え去ると、ただちに起き上がる。そして、徒歩だからこそ可能な最短経路で、少佐たちの元に駆け戻っていった。

 

 俺たちは木立の中を駆け抜けて砂糖きび畑を走り、トラックが見える所まで戻ってきた。その時、俺たちはその先にある異様な光景を見て立ち止まってしまう。

 

 トラックの脇に少佐とゴメス上等兵が立っているが、何故か上等兵が少佐に刃物を突き付けていた。

 

「おい、ゴメス。何やってんだよ……」

 

 ミッチェル中尉が悲鳴のような声を出すが、俺は彼らの雰囲気から違和感を感じた。上等兵と少佐の視線が、とある一点に揃って向けられていたからだ。

 

 だから、俺はひとまず様子を伺うために中尉へ()()をした。

 

「中尉、身を隠してください。絶対に、敵に捕まらないようにしてください」

 

「うんっ? ああ、分かった」

 

 俺はミッチェル中尉を、硬い茎が生え並ぶ砂糖きび畑へ押し込む。そして、俺だけで少佐たちの後方に忍び寄っていくが、状況が把握していくにつれて困惑してしまった。

 

 ゴメス上等兵は片腕で少佐の首を巻き取るように抱え、もう一方の手で少佐の頬に小刀を突きつけている。それだけなら少佐の自業自得なので、俺が二人の間に割り込むのは無粋である。

 

 だが、二人は足並みを揃えるようにじりじりと後退している。その正面には、何とキャベツ野郎が二人もいるのだ。

 

 軍装だけは見慣れない防暑服だが、ドイツ陸軍の制式装備である鉄兜(シュタールヘルム)を被っている。それだけではなく、ドイツ軍が開発した歩兵携帯兵器で最高傑作であるMP47突撃銃を構えている。

 

 どっからどう見てもキャベツ野郎だった。

 

 そのキャベツ野郎は、奇妙なことに何故か射撃しない。小銃は少佐たちに向けられているし、有効射程距離内でもある。

 

 それは、奴らの行動を見ているうちに謎が解けた。

 

 奴らは少佐をドイツ軍の捕虜だと誤解しているのだ。そして、ゴメス上等兵が人質として少佐を捕まえ、彼を盾にしつつ小刀を突きつけているだと思っているらしい。

 

 どうやら、奴らは地雷で被害を受けたトラック隊に乗ってきたらしい。新たな地雷が埋まっていないか探索機で探しているうちに、偶然にも少佐たちを発見したのだろう。

 

 

 

 本気でどうしたもんだろ? 

 

 

 

 仮に、この位置からキャベツ野郎へ撃ったとしても、流れ弾が少佐や上等兵に命中する可能性が高い。さらに、スミス中尉の姿が見えないので、少佐たちの救出に成功したしても彼が危険になる可能性もあった。

 

 俺も手を出しあぐねる状態だ。そんな状況なのに俺の大嫌いなパンテルⅡが低速で接近中なのだ。そうなったら、終わりだ。

 

 だが、俺の脳内に生息しているもう一人の俺が、人類史上初めての女性(エヴァ)を誑かせた(サタン)のような笑みを浮かべながら囁きかけた。

 

 

 

 さっさと逃げちまえ。

 

 お前は黒人だが、有能で歴戦を重ねてきた勇敢な英連邦陸軍の軍曹だ。

 戦争を道楽の如く楽しんでいる奴らを助けても、お前が得になることはない。

 

 神の子と自称する大工の息子(イエス・キリスト)が日頃から唱えたように、隣人愛なんて銃後の世界にしか通用しない。何しろ、ここは戦場だ。

 

 戦場で生き残るには理屈なんて必要ない。

 必要なのは冷酷な現実を受け入れる心の用意と、幸運を掴み取る勇気だけだ。

 

 さあ、速く行動しろ。少佐たちが敵を引き付けているうちに早く逃げろ。

 

 ドイツ軍の戦線を突破するのは非常に難しい。

 だが、トリダニーまで南下すれば何とかなる。

 

 そこから、陸路ではなく小舟を使って珊瑚礁沿いに進んでいけばいい。

 キャベツ野郎の妨害を受けずに友軍と合流できる筈だ。

 

 さあ、急げ! 

 

 

 

 俺は脳内にいる、もう一人の俺の襟首を掴むと隅に放り投げた。

 

 それは選挙における得票数稼ぎのために、空虚な選挙演説のような戯言を言っているからだ。もう一人の俺の主張は理解すれども、受け入れることは出来ない。

 

 だって、前提条件を忘れているからだ。

 

 信仰心は誰もが逆境においても信じられるものだから信仰と成り得る。本人の気分次第でコロコロと変えるのならば、それは信仰ではない。

 

 そして、俺はキリスト教徒だ。神に代わって世界を支配しようとするナチスドイツを認める訳にはいかないのだ! 

 

 俺は頭を振って邪念を振り落とし、キャベツ野郎の将校用軍服を着ている少佐の背中に目を向けた。その少佐は背中に手を回し、何かを握りしめている。そして、等間隔ではなく妙な間隔で振っていた。

 

 それが日光を受けて反射すると、俺は少佐が伝えたいことが読み取れる。

 

 それはモールス信号だった。長音と短音を反射光の間隔で表現していたのだ。

 

 その符号は"・- …… ──”。

 

 アルファベットに変換すれば"a・i・m"である。文字どおり「狙え」だ。ここまで()()されれば躊躇う理由なんて存在しない。

 

 

 

 少佐殿。ご存知ないでしょうが、俺は少佐殿が紛らわしい行動したら銃を向けることにしていました。

 

 だから、撃ってやるよ。アンタのお望みどおり撃つぜ! 

 

 

 

 俺は覚悟を決めると、キャベツ野郎が十分に聞き取れるくらいに大声を挙げる。

 

「死ね! ナチの豚野郎!」

 

 そして、俺は躊躇うことなく小銃の引金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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