戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第二話

キューバ島東岸沖六八浬、キューバ島近海、カリブ海

同日 午前九時一二分

 

 

 

 急降下爆撃を回避したとはいえ、それは<武蔵>に接近した敵機の一部である。他の敵機が戦意を失う訳が無く襲撃する機会を伺っていた。

 

「艦長、新たな編隊が左舷側から本艦上空に侵入しつつあり。あっ、たった今、一機撃墜しました」

 

「高度は? 電測、報告して」

 

「高度六五(ろくじゅーご)(六五〇〇メートル)です」

 

「航海、舵中央。砲術、左舷側から接近中の敵機を撃ち落として!」

 

「別の編隊が本艦の中心線上に接近中です」

 

「……。航海、最大戦速即時待機、面舵」

 

 奇妙なことに水平爆撃隊は中途半端な高度で漫然と飛行している。その高度では<武蔵>の両用砲弾が容易に届くので敵機周辺で次々に炸裂していく。

 

 その敵機は回避する素振りを見せず、更に三機が撃ち落とされた。不用意に<武蔵>に接近すれば当然そうなる。

 

 両用砲の砲弾には主砲の七式弾と同様に、標的に命中しなくても設定された近傍範囲内に到達した時点で起爆し、弾片で敵機を破壊する機能を持つ近接信管を組み込んでいるからだ。

 

 敵機は急降下爆撃と同時に水平爆撃を仕掛ける様子だが、知名にとって水平爆撃隊の意図が読めなかった。<武蔵>との距離を計りかねているのだろうかと勘ぐってしまう。

 

 そもそも、水平爆撃は航行中で頻繁に変針できる艦船への命中率が極端に低い。一〇発中一発命中すれば上出来の命中率なのだ。

 

 その水平爆撃隊は遂に行動を起こす。機体下部から白煙をたなびかせて飛翔体を発射した。

 

 ドイツ空軍の主力武装であり、ロケットエンジンで得られた推進力と母機からの無線誘導によって標的に着弾する対艦誘導弾ヘンシェルHs293。

 

 登場してから現在に至るまで改良を重ねてきたこの飛翔体は、枢軸軍艦船を何隻も海底に叩きこんできた厄介な爆弾の一つである。それが<武蔵>を襲ってきたのだ。

 

「艦長、敵機が誘導弾発射! 四発接近します」

 

「後続の敵機編隊が急降下開始!」

 

「最大戦速、面舵五〇(おもかじごじゅう)!」

 

 知名の指示で出力を上げた機関がスクリューの回転数を増し、海水を切り裂く艦首の飛沫を更に大きくする。同時に大角度変針して艦尾を滑らせていく。

 

 知名ができるのはここまで、後は対空火器の奮戦を信じるのみだ。そして、対空火器とその操作員たちは彼女の期待に応えようとした。

 

 誘導弾の最大速度は八〇〇キロ程度であり、ジェット戦闘機よりやや遅い程度だから撃墜自体は可能だ。だが、発射されてから着弾するまでの時間が急降下爆撃より短くなっている。

 

 その短い時間で<武蔵>は一発目を、両用砲弾の直撃によって爆散させた。続いて二発目は、安定翼を破壊して姿勢制御を狂わせることに成功した。

 

 残りは二発。

 

 両用砲は大角度変針による船体傾斜によって照準が定まらなくなっている。機関銃は砲口から火焔を吹き出しながら、次々と砲弾を撃ち上げるが中々命中しない。

 

 誘導弾は母機からの無線操縦によって、変針後の<武蔵>未来針路に向けて飛翔針路を変えていく。その動きに機関銃射撃指揮装置が追従出来ていないからだ。

 

 <武蔵>への被弾が回避出来ないことを悟った時、知名は心の声を叫んだ。

 

 <武蔵>、みんな、ごめんなさい! 

 

 その瞬間、誘導弾が<武蔵>に命中した。

 

 三発目は<武蔵>後方にある第三主砲の砲塔天蓋に命中した。だが、弾頭を砕かれて海面に転げ落ちる。ここに使用している二七〇ミリVH表面硬化鋼への貫通能力が不足していたからだ。

 

 四発目は<武蔵>前方の第一主砲の前方左舷側に命中、直径二メートル程度の穴を開けて火災を発生させた。

 

 いずれも<武蔵>の戦闘能力に影響無し。水平爆撃隊の戦果はこれだけだった。

 

 そして、Hs293との同時攻撃による相乗効果を期待して突入した急降下爆撃隊は、再び海水の柱を立ち上げるだけで終わる。

 

 何本も立ち上がる海水柱は<武蔵>の前檣楼より高く立ち上がり、重力に逆らえなくなると<武蔵>に向けて崩れていく。

 

 敵機の戦果は<武蔵>だけではなく、憎たらしい<武蔵>艦長の知名もえかを海水でずぶ濡れにしただけだった。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 ドイツ空軍による第一波は、被弾すれども致命傷を受けずに凌いだ。

 

 平然と航行を続ける<武蔵>を忌々しげに見下ろしながら敵機が去っていくと、彼女は「打方止め」を指示し漸く安堵の溜息をついた。

 

 防空指揮所では、防空戦によって燃え上がった興奮が冷めない見張員が口々に感想を話している。彼女はそんな見張員達へ声を掛けると、一層下の階にある第一艦橋へ降りるべく指揮所後方へ向かう。

 

 そして、垂直梯子に申し訳程度の傾斜をつけた階段に足を掛けた瞬間、本来の彼女が姿を現した。

 

 足元から脊髄に向けて一気に駆け上がる悪寒、脳細胞まで氷結しそうな感覚になると頼りない手摺を掴んだまましゃがみ込む。

 

 彼女の脳細胞は氷結を回避すべく高熱を発生する演算処理を繰り返し、繰り返し……、そして平常に戻った。

 

 私、撃ち殺される寸前だった……。

 

 敵機が急降下爆撃後に<武蔵>に最接近した際に、数機が<武蔵>へ銃撃を加えた。その時、彼女はある敵機の爆撃手と視線が合ってしまい、敵機の銃口が向けられてしまう。

 

 彼女は数秒後に撃たれる筈だった。偶然にも発生した機関銃の玉詰まりさえ無ければ。

 

 一瞬だが死の深淵を覗き込んだ彼女の脳裏では、厳重に鍵を掛けた筈だった心の宝箱から様々な記憶を引き出される。彼女が幼い頃に亡くなった母親、二度と顔を合わせたくない父親、そして、彼女にとってかけがえのない存在である幼馴染(ミケ)

 

 私、ミケちゃんみたいに上手に出来ない。やっぱり、艦長なんて向いていないよ……。

 

 ほんの数秒だけ彼女だけの世界に浸るが、我に返って立ち上がる。階段下端で心配そうに見上げる乗組員の視線に気づいたからだ。

 

 何の問題も無いと言うかのように身振りで説明すると、第一艦橋に降り立ち小さな椅子に腰を掛ける。間もなく、<武蔵>損傷の応急処置を担当する内務長が、第一艦橋に昇ってきて彼女に被害状況を報告した。

 

 被弾による火災は鎮火、戦死者無し、負傷者一四名か……。そうだ、艦内全員に知らせよう。

 

 彼女は艦内放送用送受話器を手に取ると、内務長からの報告を伝えていく。

 

「艦長より総員に伝達です。先程の攻撃では敵機を八機撃墜しました。本艦は二発被弾、戦闘能力異常無し、戦死者は無し。最高の成績です。これは、全乗組員が一丸となって日夜訓練に励んできた結果です。私は日本海軍最高技量を持つ<武蔵>乗組員と共に戦えることに感謝し、感激しています」

 

 ここで話を一旦区切り、第一艦橋に居る見張員や各職長の反応を横目で見ながら話を続ける。海軍士官らしかぬ彼女らしい丸みを帯びた言葉は、次第に各員に浸み込んでいく。

 

 そろそろ本題に入る好機だと判断し、彼女は話を続ける。

 

「今朝放送にて伝達しましたが、寝ぼけ眼で話を聞き流した乗組員のために改めて本艦の任務を伝えます。本艦の任務は大破して高速航行出来ない<蒼龍>を援護することです。<蒼龍>は敵空襲圏内から逃れつつありますが、完全に我が方の制空圏内に入るまでには時間が掛かります。それまでの間、<蒼龍>撃沈に向かう敵航空兵力を本艦と四隻の駆逐艦で誘引しなければなりません」

 

 再び話を一旦区切り、彼女の話を真剣に聴くために静まり返った第一艦橋の様子を見回しながら、次に話すべき内容を整理する。

 

 第一機動艦隊司令部が彼女に約束したことと、現状が大きく乖離していることを話そうとした。だが、乗員が混乱するだけだと考え直しバッサリと省略する。

 

 そもそも、<武蔵>上空には戦闘機による直衛がある筈だったが、未だに姿を見せずに迷惑千万な敵機ばかり接近する。どうなっているのやら。

 

 彼女は邪念を払い、伝達の締めを話し始めた。

 

「<蒼龍>がグアンタナモへ入港できるか否かは本艦の奮戦次第です。だからこそ、改めて告げます。<武蔵>乗組員は日本海軍最高技量を持つ乗組員だから、何度も訓練してきたことを実践してください。それだけ、それだけです。片時も忘れないように。以上」

 

 彼女が伝達を終えた途端に彼女の背中で咳払いが聞こえる。振り向くと、そこには砲術長が立っていた。

 

 彼は戦闘配置中は主砲射撃指揮所で砲戦指揮を執っているが、いつの間にか第一艦橋まで降りていたのだ。その彼は彼女の階級には敬意を示すが、彼女自身には敬意を払う素振りを見せずに話し始める。

 

「艦長、そういう時は『各員の奮励努力(ふんれいどりょく)に期待する』とか『奮戦(ふんせん)に期待する』とか言わないと。兵士達に舐められます」

 

「そんな堅苦しい言葉を使わなくて、誰もが十分に理解出来ます」

 

「ここは軍隊です。娑婆の世界とやらの常識を持ち込まないで下さい」

 

「この戦争が勃発してから招集された予備士官の人数はお忘れですか。娑婆の空気をたっぷり吸った、砲術長が苦手な予備士官ですよ」

 

 未だに開戦前における海軍の気質を守り抜こうとするが、艦長に反論できずに憮然とする砲術長を見て、内務長は笑いを堪えきれなくなる。

 

 航海長はあらぬ方向を見つめ、砲術長と共に第一艦橋に降りてきた高射長は二人の会話を聞き流している。年齢差が大きい二人は、傍目から見れば叔父と姪の口喧嘩にしか見えず、<武蔵>艦内で()()()()()()()()ことだったからだ。

 

 だからといってこのまま二人の喧嘩を放置する訳にはいかない。何しろ生死を掛けた戦闘中なのである。これを打ち切らせるべく内務長がおずおずと会話に割り込む。

 

「ところで、艦長。報告し忘れていたことがあります。負傷者の一四名の内訳ですが、殆どは弾片による切傷か打撲です。面白いことに一名だけは擦傷でした。それもケツ……、ではなく臀部です。その理由はお判りですか」

 

「えっと、階段から落ちたのかしら」

 

「違います。その兵が負傷した場所は厠、被弾した時に運悪く用を足していたため衝撃によって臀部を強打したそうです。ですが、打撲ではなく擦傷で済んだ理由について軍医が尋ねたところ、彼は自信満々に答えたそうだ。『日頃から他の兵よりケツを叩かれているから主砲防盾並みに硬くなっている』だと」

 

 内務長の狙い通り、第一艦橋のあちらこちらで笑い声が広がる。もちろん、これは彼による即席の冗談だ。

 

 知名が指揮する<武蔵>では私的制裁を禁止している。それには「海軍精神注入」と称して臀部を手加減せずに棍棒で叩くことも含まれる。

 

 本来であれば新兵への教育として行う愛のムチなのだが、実態は曹長試験に落ちて昇進出来ない無能な古参兵や若手士官の憂さ晴らしに利用されていた。

 

 叩かれた者は臀部が腫れあがり、仰向けに寝ることが出来なってしまう酷い暴力だ。知名が<武蔵>艦長に就任すると、私的制裁すべてを禁止させたのだ。

 

 制裁したくなったら訓練をさせなさい。必ず直属の下士官あるいは分隊士(少尉)を参加させること。既に日本海軍はあなたたちに私的制裁を許す余裕はありません。

 

 一九四九年一〇月、大分県の大神工廠艤装岸壁に接岸していた<武蔵>の第一砲塔上で、艦長として就任した彼女が出した最初の通達がこれであった。

 

 だからといって誰もが素直に従った訳ではない。古参兵は新兵を物陰に連れ込んで制裁を続け、その上官達は見て見ぬふりを続けていた。むしろ、彼女に見つからないように制裁を続けていたというべき状況だった。

 

 これが変化したのは彼女が夜な夜な艦内を巡回する粘り強い努力と、同年一二月に起きた広島・長崎への反応弾攻撃による乗組員への心理的衝撃だった。

 

 その通達が徹底されていくに従い、何度も棍棒で臀部を叩かれるのは素行不良な乗員だけになる。その乗員が悪びれもせずに堂々と答えるから、誰もが笑ってしまったのだ。ただ単に愚か者に対する失笑かもしれないが。

 

 くだらない口喧嘩を続けていたことに気づいた二人は口を(つぐ)み、砲術長は彼女に背を向けると主砲射撃指揮所に登っていく。

 

 戦闘継続中だからという理由だけではなく、彼は未だに彼女の方針に納得していなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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