戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第一九話

シエンフエーゴス市南方、シエンフエーゴス州、キューバ島

同日 午後二時三七分

 

 

 

 俺の罵声は遠方まで届いた。

 

 その罵声を浴びた二人のキャベツ野郎は、俺の方向へ顔を向ける。その途端に表情を引きつらせた。

 

 ほぼ同時に少佐は行動を起こした。上等兵が握っている小型ナイフを、奪おうとするかのように押し倒す。すると、奴らへの射界が十分に開けた。

 

 偶然ではなく少佐が強引にこじ開けたのだ。

 

 奴らの小銃は俺へ向いていない。奴らにとってあり得ない展開に身体が反応出来ていないからだ。

 

 間違いなく、この瞬間に俺は勝利を確信する。

 

 それを確固たる物にするため、俺は小銃の引金を引いた。

 

 カナダのアルバータ州にある州都カルガリー近郊に移転した、王立小火器工廠製リー・エンフィールドNo.4小銃は、乾いた破裂音と共に.303ブリティッシュ弾(七・七ミリ径の実弾)を次々に撃ち出していく。

 

 それは、俺の的確な照準によってキャベツ野郎へ命中した。

 

 一人目には三発命中。致命傷を与えた一発は心臓を貫き、目標は虹を描くかのように鮮血を噴き出しながら倒れていく。

 

 二人目には、腹部へ一発だけ命中。目標は弾着による衝撃と激痛によって腰を折り、地面に崩れ落ちていく。

 

 そして、座り込んだ瞬間を見計らい、その額へ撃つと目標は沈黙する。

 

 その時、俺は歓喜の声を挙げようとした。

 

 

 

 俺はキャベツ野郎に勝ったのだ!

 

 

 

 だが、それは束の間の勝利でもあった。突然、俺の背後から乾いた破裂音が連続したからだ。

 

 俺の腕や脛には、炎で真っ赤になるまで炙られたフォークを刺されたような激痛が、身体中を走り回った。俺はあまりにもの痛さで立ち続けることが出来ず、地面に倒れ込んでしまう。

 

 その時になって俺に迫っていた脅威に気づいた。俺の背後にパンテルⅡが接近していたことに。

 

 俺は射撃に集中していたので気づかなかったが、この戦車は街道から逸れて砂糖きびを踏みつぶしながら接近していた。そして、車体前面にある機銃で俺に射撃したのだ。

 

 

 

 畜生!

 

 

 

 そんな言葉しか思い浮かばない。完全に俺の油断だった。

 

 そんな俺の悪態が聞こえたのか、パンテルⅡは倒れた俺に向けて前進してくる。トドメを刺すために踏みつぶそうとしているようだ。

 

 どうやら、今度こそ本当に俺の人生最期のカウントダウンが、スタートしてしまったらしい。

 

 俺は接近しているパンテルⅡと、砲塔から顔を出している車長を睨みつける。

 

 茎が固い砂糖きびが折れていく小気味いい音と、履帯とエンジンの駆動音が次第に近づいていた。変速機が不調なのでエンジンが高回転しても速度が上がらない。

 

 このままでは、オーバーヒートしてしまうだろう。最期の瞬間を待つことしか出来ない俺には関係無い事だが。

 

 

 

 Ⅴ号中戦車H型パンテルⅡの車長よ、今度こそ俺の負けだ……。

 

 

 

 俺は無念の感情を込めながら、最期の言葉を呟く。

  

 その時だった。トラックの方角から誰かが声を挙げた。

 

「ファイヤ!」

 

 それは少佐の大声だ。空耳かと誤解してしまったが、それは間違いなく少佐による命令だった。

 

 俺は少佐たちのトラックがある方向へ首を振ると、そこではロケット弾が盛大に白煙を噴き出しながら天空高く飛翔していく。

 

 少佐の自信作である試作兵器<ダフィー・ダック>だ。

 

 それは天空の高みまで到達すると、重力とロケットの推進力によって一気に降下してくる。

 

 俺を轢き殺そうとしているパンテルⅡを目掛けて。

 

 変速機が不調でオーバーヒート寸前のエンジンは、砂糖きび畑では非常に目立つ熱源である。弾頭に熱源自動追尾機能があるロケット弾は、それを目標にしていた。

 

 己の立場が劇的に変化したことに気づいたパンテルⅡは、ただちに回避行動を取ろうとする。

 

 だが、変速機が不調では増速も後進も出来ない。左右のどちらかに変針しようとするが、その動作は鈍重だ。

 

 こうして、パンテルⅡの命運は確定した。ダフィー・ダックは車体上面にある換気口ルーバに着弾したのだ。

 

 ルーバーを突き破るとエンジンを破壊して、エンジンや燃料管に残っている燃料を車内へ撒き散らす。その数秒後に、時限信管によってロケット弾は起爆した。

 

 爆発によって撒き散らされた燃料は引火し、戦車の車内には爆風が吹き荒れる。

 

 通常であればエンジン区画に装備されている自動消火装置が作動するが、ロケット弾はこの装置も破壊していたのだ。この戦車は火災を消火する術を失っていた。

 

 ロケット弾は車内の隔壁も破り、荒れ狂う炎が乗員室にも侵入する。そして、弾薬庫に収められた砲弾の炸薬を加熱し、砲弾は次々に誘爆していく。

 

 炎を伴った爆風はハッチを吹き飛ばし、車体前面にある機銃口から炎を迸らせる。さらに、ターレットリングからも炎を噴き出した。

 

 そして、遂に重量ある砲塔を宙に舞い上げた。パンテルⅡを完全撃破したのだ。

 

 俺は歓喜の声を挙げたくなるが、それよりも四つん這いになって必死に逃げ出すことを優先する。周囲には戦車だった得体の知れない物が次々に降り注ぐし、油脂の匂いが混じった黒煙に絡まれると窒息しそうだからだ。

 

 そうしているうちに、誰かが俺を身体を引き起こし肩を支えてくれた。それは頬から鮮血を流している少佐だった。俺は少佐の肩を借りて、片足で地面を蹴りながら必死に避難する。

 

 やっとの思いで安全圏まで避難したら、途端に二人とも力が抜けてしまい地面に座り込む。

 

 そして、笑い出した。久しぶりに腹の底から笑った。

 

 どちらが先だったのか分からないくらい、ほぼ同じタイミングだ。

 

 笑い出したら、それは簡単には止まらない。呼吸が続かなくなるくらい、笑った。(はらわた)(よじ)れてしまうくらい、笑った。

 

 俺が大嫌いなパンテルⅡ。俺に牙を向けたパンテルⅡを撃破したのだ。これを笑わずにしてどうしろと言うのか。

 

 そして、笑い疲れて正気に戻ると、俺たちは軍人らしい会話を始めた。

 

「少佐、やりましたね」

 

「ああ、皆よくやってくれたよ。小さな橋を渡ろうとしただけで、ここまで危ない橋を渡るとは思わなかったな」

 

 少佐はそう言うと手を差し出した。

 

「実戦経験乏しい我々に協力してくれたことに感謝する。合衆国陸軍少佐ではなく、わたし個人としてだ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は素直に少佐の手を握り、固く握手した。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 俺たちを乗せたトラックは南下を再開する。当然ながら全員揃っている。

 

 先程の戦闘で姿が見えなかったスミス中尉は、トラックの荷台に積まれている木箱の影に隠れていたという。だから、素早くダフィー・ダックを発射出来たのだ。

 

 気がかりだったのは、地雷を踏んで立ち往生したドイツ軍のトラック隊の存在だ。

 

 そのため、ゴメス上等兵が偵察へ向かった。だが、損傷したトラック以外に何も残っていなかった報告してきたのだ。

 

 推測だが、パンテルⅡの爆発音によってドイツ軍側の形勢不利を悟り、避退するために補給処へ向かったらしい。

 

 トラックは俺たちが通過するために悪戦苦闘した橋を、あっさりと通過して海岸線沿いを走っている。俺は久しぶりに潮風を頬に受けて、ご機嫌になっていく。

 

 トラックの荷台で小銃を構え、周囲を警戒しているのはミッチェル中尉とスミス中尉だ。俺は負傷したので、止血処理を施されて荷台に座っている。

 

 パンテルⅡが撃った銃弾は俺の身体を抉っただけだった。貫通して動静脈に命中していたら、俺は生きていない。

 

 俺は止血処置を施されたとはいえ、傷口はジクジクと痛む。それを紛らわすため、少佐と雑談していた。それは、色々と面白くて興味をそそる話だった。

 

 ダフィー・ダックの原型は合衆国に存在した、某軍需メーカの開発チームが考案した新兵器だという。

 

 その兵器は面白いことに、擲弾兵が携帯可能な対戦車用の迫撃砲というコプセントだったそうだ。対戦車砲とバズーカー砲の利点を合成させようとしたらしい。

 

 対戦車砲は長射程なので、ドイツ軍のパンテルⅡや新型重戦車(レーヴェ)を遠距離で撃破できる。だが、構造上の問題により重量がある。

 

 だから、自動車で牽引するか、分解して一個小隊規模の擲弾兵で運ばなければならない。配置するのも移動するのも面倒なのだ。

 

 それに対して、バズーカー砲は軽量なので簡単に持ち運びできる。しかし、射程は二〇〇メートルもない。これでは、ロケット弾発射前に敵戦車の機銃掃射に晒されてしまう。

 

 だから、開発チームは対戦車砲なみの射程と威力を持ち、擲弾兵が簡単に運搬できる兵器を作ろうとした。合衆国陸軍が興味を示さなくてもだ。

 

 当時、合衆国は対独宥和政策を実施していたので、ドイツを刺激しないように軍事関係の予算を抑制していたからだ。それでも、その軍需メーカは未来の戦争に必要な兵器になると確信していた。

 

 これは、どのメーカでも行われている将来への先行投資というものだ。

 

 何しろ、戦争は世界中で行われている。第三次世界大戦勃発前の段階で、大ドイツ帝国はウラル戦線でロシアと小競り合いを続けている。

 

 アジア大陸の東端にあり、世界四大文明の一つである黄河文明発祥の地である大陸国家では、国民党軍と共産党軍が内戦継続中だ。

 

 現時点でこの兵器の販売先は無くても、時間が経過すれば兵器の販売先は次々に開拓されていく。人類が家畜ではなく人類として存続する限り、戦争は世界のどこかで勃発するからだ。

 

 人類が誕生してから幾世紀も経過しているが、未だに親子や夫婦の喧嘩さえ抑止出来ていない。そんな人類が戦争を阻止できるなんて笑止千万だ。

 

 さて、ダフィーダックの開発が中断した理由は、誰もが想像できるとおり第三次世界大戦が勃発したからである。

 

 大ドイツ帝国軍を主力とする連合軍が合衆国へ侵攻してくると、この軍需メーカは行動を起こした。最新鋭の兵器や兵器開発技術が、ドイツ軍に奪取されるのを防ぐために移送したのだ。

 

 それらの移送先は合衆国西海岸側にあり、カナダとの国境に近い大都市シアトルだった。

 

 この地には、航空機メーカであるボーイング社が拠点としていた。

 

 それだけが理由ではないが、磁石に引き寄せられるように、東海岸や内陸地帯にある他の軍需メーカが次々とこの都市に疎開する。

 

 そして、いつの間にかシアトルは合衆国に残された軍事技術の最後の拠点となった。

 

 この地では、合衆国陸海空軍の手によって各メーカの技術を掛け合わせた新兵器が、幾つか誕生して実戦投入されている。

 

 ダフィー・ダックも同じように、某軍需メーカの開発試作品に他メーカの地対空ミサイル開発技術を合成して完成させたのだ。その作業を指揮したのが少佐だった。

 

 その少佐は、この兵器を改良の余地ありと判断した。目標へ誘導する方法に課題が多く、それを再検討しなければならなかったからである。

 

  ここまで少佐の話を黙って聞いていたが、俺にはどれほど重要なのかさっぱり分からない。だけど、この後に続く話が俺にとって重要であった。

 

 少佐にとってダフィーダックの開発スケジュールは、新兵器開発としては非常にタイトだという。そして、それは上層部から厳守するように命令されているそうだ。

 

 それを少佐自ら語った。

 

「この兵器は今年の六月か七月に実戦投入しなければならない計画だ。はっきり言って達成困難な計画だ」

 

「そんなに急いでいたのですか」

 

「そうだ。四月末までに実地試験して、五月末までに改良と先行量産する計画だった」

 

「そんなに急いでいるのであれば、この島ではなく合衆国の北米戦線で試した方が早かったのではありませんか?」

 

「合衆国の北米戦線はロッキー山脈東側の麓だ。この時期は寒暖の差が激しいので、寒ければ畜電池が眠ってしまう。だから、常夏のキューバ島に来なければならなかったのさ」

 

「もしかして、例の作戦に実戦投入する予定だったのでありますか?」

 

「例の作戦? 何のことかね?」

 

「噂話ですが、近々に北米戦線で総反攻作戦を始めるとか延期したとか」

 

 少佐はニヤリとしたが、とうとう答えなかった。

 

 噂話だが、合衆国のロッキー山脈東側の麓にある前線を攻撃発起点として、ミシシッピー川に向けての大規模な反攻作戦が準備中らしい。

 

 少佐の話から推測すれば、それは今年の六月以降に決行するのだろう。一つだけ確実なのは、俺が知るべきでは無い話だということだ。

 

 トラックは海岸線に沿って右へ左へと曲がり、入り江に架かる小さな橋を渡って走っている。

 

 俺は何気なく腕時計を眺めた。半日近くが経過したような疲労を感じていたが、時計の針は午後三時過ぎを指している。

 

 意外なことだが、パンテルⅡの発見から一時間少々しか経過していなかったのだ。

 

 俺は目を背けたくなるような過酷な現実を見せつけられ、たまらずに空を見上げる。その時、俺の耳に砲声が聞こえてきた。

 

 空耳ではない。間違いなく重々しい砲声だ。それが連続して轟いている。

 

 俺が逃れることが出来ない現実は、満潮のように俺へ迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここで、作者オリジナルのキャラクター紹介です。

シアトルからやってきた技術少佐たちと黒人運転兵のグループは、映画「ゴーストバスターズ(1984年版及び1989年版)のキャラクターたちを元にしています。

マックス少佐はヴェンクマン博士、ミッチェル中尉はマシュマロで有名なスタンツ博士、スミス中尉は丸眼鏡をかけたスペングラー博士、ゴメス上等兵は体つきは立派なのに臆病な性格であるゼドモアです。

なお、ヴェンクマン博士は、口八丁で常に女性を口説こうとする軽薄で冷淡な性格ですが、マックス少佐は任務に対して熱心に取り組んでいます。女好きなのは一緒ですが。

それに対して、コンゴ軍曹は元となるキャラクターがいません。

読者の皆様方にて、精強なるアフリカ系黒人兵士を脳内に思い浮かべていただければ幸いです。

今後も投稿していきますので、宜しくどうぞ。





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