戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第二二話

枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島

同日 午後五時

 

 

 

 数時間前の司令部作戦室は、悲観的な空気が漂っていた。

 

 それは、室内に漂う煙草の紫煙臭が不快感を与えるように、危機的状況でも気丈に振る舞おうとする士官さえ陰鬱な気分にさせてしまう。

 

 ところが、現時刻ではそのような空気が一掃され、作戦室にいる将兵たちの表情も明るくなっていた。

 

 何故なら、連合軍の攻勢を阻止しているからだ。それは、作戦室に広げられた地図と、そこに置かれた駒によって把握できる。

 

 キューバー島東海岸側の戦線を担当する合衆国陸軍は、相変わらず大きな変化は無し。中央部の戦線を担当している日本陸軍は、戦線の一部を後退させたとはいえ

大規模な突破を許していない。

 

 それに対して、西海岸側の戦線はドイツ軍機甲大隊によって突破されていた。

 

 だが、この機甲大隊は消滅し、残余兵力は降伏している。この大隊へ、日英航空隊による爆撃、英連邦陸軍による防御戦闘、その他による打撃を与えたからである。

 

 なお、致命的な打撃は、<武蔵>による艦砲射撃だった。

 

 司令部作戦室に入室を許された士官たちは、このまま戦況が枢軸軍に有利な状況が続けば、連合軍の突破を阻止できるだろうと判断していた。

 

 さらに、グアンタナモ近郊から日本陸軍の戦車第四旅団が応援に駆け付けている。計画より遅れているが、幸運にも敵機による妨害を受けずに走行していた。

 

 この戦車隊がこのまま走行出来れば、明日から戦闘に参加できるだろう。そうなれば、近日中に連合軍を戦線まで押し返すことが出来ので、枢軸軍の優位は確固たるものになる。

 

 とはいえ、この部屋には楽観的気分になれない将兵もいる。その一人が、この戦闘で<武蔵>を地上砲撃に充てることを進言した森口航海参謀だ。

 

 彼が浮かぬ顔をして「勝ったのか?」と自問自答しつつ、作戦用地図を見下ろしていた。

 

 彼が気にしているのは、キューバー島における地上戦の展開ではない。<武蔵>が対地砲撃に参加するきっかけとなった電文と、グアンタナモに備蓄している艦艇用燃料の残量に関してである。

 

 実は二四日の未明に、哨戒中の駆潜艇から緊急電を入電していたのだ。

 

 その駆潜艇は、キューバ島とケイマン諸島の間に広がるケイマン海峡のうち、もっともキューバ島に近い海域を哨戒していた。

 

 緊急電を入電したのは〇〇一七、電文は「我、敵艦ノ砲撃ヲ受ケク」である。

 

 電文を受信したカリブ艦隊司令部は、この駆潜艇へ詳細報告を求めるが返信が無い。そのため、司令部は敵艦隊が襲撃してくると予測して、在泊艦艇のうち戦闘可能な艦艇に出撃命令を下したのだ。

 

 この命令によって<武蔵>と松級駆逐艦<榧><槇>が、日が明けない時間帯である〇三三〇に出撃した。途中で他の任務に就いていた三隻の駆逐艦と合流し、陽炎型駆逐艦<晴風>の先導によって一路西進していく。

 

 この時、この艦艇だけで臨時に戦隊を編成している。戦隊番号は、<武蔵>の秘匿名称「三四分の六(分子から分母へと読めばムサシとなる)」を元にした六三四戦隊だ。

 

 この戦隊の指揮官となった知名艦長は、寝ぼけ眼をこすりながら敵艦隊と対決すべく全速で急行していく。駆潜艇が砲撃を受けた時刻と敵艦隊の速力を元に計算すると、早ければ〇四三〇過ぎにサンティアーゴ・デ・クーバが砲撃される可能性があったからだ。

 

 だが、カリブ艦隊司令部の予想は大きく外れた。

 

 臨時六三四戦隊は朝日に照らされたカリブ海を航行して、キューバ島南岸の最西端にあるカボ・クルス沖合に到達する。しかし、ここまで来ても敵影を捉えなかった。敵艦隊の迎撃は空振りに終わったのである。

 

 丁度その時に連合軍の地上部隊が反攻作戦を開始した。これを好機を捉えた司令部はこの戦隊をグアンタナモに帰さず、地上部隊へ加勢させるために北上を命令したのだ。

 

 このような状況があったから、<武蔵>は対地砲撃に参加できたのである。もし、地上部隊の攻勢後に出撃したならば日没前までに到達出来ず、トリダニー市街への侵入を許していただろう。

 

 臨時六三四戦隊の出撃が無駄ではなかったという戦果(いいわけ)は出来たが、未明に駆潜艇が()()を受けた状況が不明のまま残っている。

 

 一般的に隠密作戦に適した艦艇は、Sボート(魚雷艇)やUボート(潜水艦)である。これらの艦艇には主砲が搭載されておらず、魚雷による攻撃能力しかない。だが、駆潜艇は「砲撃ヲ受ケク」と報告してきた。

 

 では、砲撃したのはどんな水上艦艇なのか? その隻数は? なぜ、隠密作戦に向いていない水上艦艇で行動しているのか? 目的は? 彼にはこれが解き明かせなかったのだ。

 

 いや、考えすぎかもしれないと彼は考え直す。

 

 敵艦はグアンタナモかサンティアーゴ・デ・クーバを砲撃する計画だったが、駆潜艇に見つかったので作戦を中止したのかもしれない。

 

 考えれば考えるほど、真相は夏場の海面に漂う霧で隠された暗礁のように、有形無形の判別さえつかなくなっていく。そうであれば、現時点で拾える情報だけで報告書を作るべきだ。

 

 どのみち、そのような情報を盛り込んだ報告書を明日の会議で提出しても、参謀長から貶されるだろう。もしかしたら、報告書を突き返されるかもしれない。そんな展開が予測できた。その参謀長の隣に座る航空参謀が、ニタニタしていることも含めてだ。

 

 何しろ、参謀長と航空参謀の間柄は、錨鎖のように固くて簡単に断ち切れない。

 

 おまけに、この司令部における海軍作戦の実質的な最高指揮官は参謀長だ。彼は憶測でまとめた報告を認めない主義であり、今後の敵情の予測や作戦計画さえ提案できないのは無能な参謀と考えている。

 

 そして、森口は順調に出世して将官になることを目指していた。そのためには、常に足元をすくわれないように注意しなければならない。

 

 だから、彼は決めた。

 

 曖昧で明確に答えられない情報は伏せるべきだと。

 

 未明に哨戒艇が消息不明になっている事実は、会議の場では触れないことにしよう。参謀長か司令長官から質問された時だけ答えよう。

 

 そのように彼は考えていた。本気で考えていた。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 森口にとって、もう一つの問題がある。それは、艦艇用燃料の残量についてだ。

 

 今回、<武蔵>を含めた臨時第六三四戦隊が行動している燃料は、連合軍艦艇の襲撃に備えて計上していた燃料を充てていたからだ。このため、グアンタナモに備蓄している艦艇用燃料は枯渇寸前まで減少している。

 

 泊地哨戒用の燃料は確保しているし、最悪の場合は発電用燃料を転用するので数日間は凌げる。だが、早急に燃料を補給しなければ危機的状況になるだろう。

 

 こうなった原因はグアンタナモ向けの輸送船団が、第一機動艦隊の出撃までに到着しなかったからだ。彼としては無意味だと承知しているが、輸送船団を管轄している海上護衛総隊に文句を言いたくなる気分である。

 

 だが、東京に司令部を置いている海上護衛総隊司令部にとって、森口から愚痴をぶつけられても困惑するだけである。むしろ、彼らは反論するだろう。

 

 お前たちがパナマ運河の管理を怠っているから、輸送船団をホーン岬まで迂回させているのだ。だから、一週間以上遅れるのは当然だと。

 

 事実、パナマ運河は一週間以上通行不可能になっている。そして、戦時中におけるパナマ運河の管理は、カリブ艦隊司令部の管轄だった。

 

 原因はこの運河の弱点であるクレブラ・カットで、崖崩れが起きて運河を埋めてしまったからだ。この区間は、太平洋と大西洋の分水嶺にあたり、地質がもろいために崖崩れが起きやすかった。

 

 だから、運河の建設時は最も難工事となった区間であり、完成後に幾度も崖崩れを起こしている。そのため、第三次世界大戦前に合衆国がコンクリートで補強していた。

 

 だが、前年一月に実行されたパナマ侵攻を目的とする「贖罪」作戦によって、この運河は戦禍に巻き込まれている。その戦闘中、この区間へ砲弾が着弾したのだ。枢軸軍の誤射によって。

 

 その砲弾は、ガトゥン湖にいたドイツ海軍のモニター艦<メッテルニヒ>他二隻を撃沈するために、発射された徹甲弾だった。この敵艦が、日本海軍第1聯合陸戦師団の戦車隊と交戦しており、戦車隊側が劣勢に立たされていたのだ。

 

 目標から盛大に外れて着弾した理由は、目標への弾道経路に存在する分水嶺を考慮していなかったからである。

 

 その徹甲弾は、戦闘時の混乱によって誰もがその存在を忘れていた。だが、今頃になってから爆発してしまい、崖崩れを起こして運河を埋めてしまったのである。

 

 水深の浅くなった運河は喫水の浅い砲艦やモニター艦しか通過出来なくなった。当然ながら、貨物を満載して喫水を深くしている貨物船は通過不可能である。

 

 だから、インドネシアの油田から各種燃料を運んできた輸送船団は、ホーン岬まで迂回せざるを得なかった。

 

 枢軸軍にとって幸運なことだが、崖崩れが発生したのは第一機動艦隊の通過後だったことである。なので、この艦隊に参加出来なかった艦艇はいない。

 

 さて、グアンタナモの燃料事情は危ういが、海上護衛総隊に頼らずにカリブ艦隊だけで燃料を調達する方法があった。そのためには鍵を握る男を取り戻さなければならない。

 

 そんなことを考えているうちに、陸軍の後方・兵站参謀がニンマリしながら近づいてくる。彼は森口が待ち望んでいた結果を伝えた。

 

「俺から司令官に話を通した。アイツを返すので今夜から使ってもいいぞ。後で構わんから要請書を出してくれ」

 

「恩に着るよ」

 

「礼はいらん。むしろ、陸軍としては海軍の協力に感謝すべき立場だからな」

 

「では、有り難く平田を使わせてもらうよ」

 

 森口は上官である春崎艦隊司令長官の署名で要請書を発行する前に、陸軍の後方・兵站参謀へ下相談をしたのだ。

 

 彼らは軍人であり、命令による無茶振りにも器用に対処していかなければならない。だからといって、印籠に描かれた葵の御紋を予告なく振りかざすかのよう、書類を突きつければ発行すれば相手は嫌悪する場合がある。

 

 下手すると命令に対して警戒し、通常の事務手続き以上の速さで対応をしてもらえなくなる可能性もある。

 

 例え、菊の紋章の透かしが入った用紙を持ち出しても同じだ。むしろ、皇室の威光を盾にするのは、相手から蔑まれるだけだ。

 

 そのため、森口は事前に話をつけようとしたのだ。

 

 森口と彼とは、一九四三年に英軍がエジプトから撤退する作戦で出会った。それ以降、森口は陸軍の情報源として彼と付き合うようになったのだ。だから、彼との関係を拗れさせないために先手を打ったのである。

 

 もちろん、相手も海軍側の情報源として森口を利用している。双方にとって利益が得られる関係であった。

 

 そんな森口が連れ戻そうとしたのは、司令部付の短期現役主計科大尉なのに佐官のような態度をしている扱いづらい男だ。

 

 その正体は外務省から出向している外務官僚であり、司令長官の親戚なので軍人の扱いにも慣れている男である。そんな彼の力を借りようとしていた。

 

 その目的は、南米大陸北部にある産油国ベネズエラから燃料を購入することである。

 

 この国は中立を宣言しているが、戦時中でも自由貿易を継続している。そのため、枢軸軍と連合軍の双方へ石油資源を販売していた。

 

 だが、この国の油田は両陣営にとって使い勝手が悪かった。

 

 その理由として、この油田から採掘される油種の都合で重油しか精製できないのだ。両陣営にとって一番欲しい航空機用燃料(ケロシン)は、精製設備の能力や添加物の原料入手難によって精製できなかった。

 

 さらに、毎月の供給量が制限されているし、その都度に交渉しなければならない。おまけに、代金は世界で通用する日本円、合衆国ドル、英ポンド、独マルクのいずれかを現地で決済することになる。戦争当事国ではないので軍票は通用しない。

 

 このため、連合軍側は主にテキサスやカンサスの油田で精製した燃料を使用していた。枢軸軍が防備するグアンタナモを迂回して引き取りに行くより、危険が少なく面倒も無いからだ。

 

 枢軸軍側としても供給量が制限されているので、魅力が少ない。

 

 それでも、この国から定期的に重油を購入しているのは、ベネズエラが中立政策を捨てて連合国側に立つのを防ぐためである。

 

 中南米諸国にとって、敵の敵は味方ではない。敵なのだ。

 

 だから、自国の利益にならないと、硬貨を指先でひっくり返すかのように簡単に外交方針を変更してしまう。本当に実施するかは不明だが。

 

 そんなベネズエラから石油を購入するのは、カリブ艦隊司令部にとって最後の手段でもあった。それほど、燃料事情がひっ迫していたのだ。

 

 この国へ艦艇用燃料を引き取りにいく二隻の油槽船<雄鳳丸><八紘丸>は、今日の午前中にサンティアーゴ・デ・クーバから出港した。燃費が最適になる巡航速力で航行するので、二日後である二六日の夕方頃に到着予定となる。

 

 これを、<武蔵>と共にカリブ艦隊に移籍した<涼月><冬月><若月><初月>が護衛している。この油槽船団は海上護衛総隊でも実現できない、非常に手厚い護衛を受けていたのだ。

 

 森口は少年野球団の後輩にあたる平田の顔を思い出しながら、声に出さずに呟いた。

 

 

 

 後は平田に任せよう。奴をこき使ってでも、交渉を済ませなければならないからな。まあ、外務省から苦情が届かない程度にすればいい。文句を言い出したら、いつもどおり()()()()()を与えるか。

 

 

 

 森口としては、明日までに交渉が成立するように急がせるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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