戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第二四話

グアンタナモ泊地、キューバ島

一九五〇年四月二五日 午前一一時

 

 

 

 戦場には平日と休日の区別が無い。だけど、我々には休養が必要だ。

 

 しかしながら、風の噂で「死んでから休めばいい」と仰せられるお爺様がいるらしい。

 

 そんな人物に会った時、わたしは躊躇わずに言うだろう。「お爺ちゃん、それは枕に頭を置いてから呟く言葉ですよ。だから、早く寝ましょうね」と。

 

 お年を召されると睡眠時間が少なくて済むそうですが、歩きながらの寝言はいけません。機会があれば、可愛い兎を抱えながら耳元で囁こうかなと、わたしは思っています。

 

 さて、トリダニーとシエンフエーゴスを対地砲撃した臨時第六三四戦隊は、今朝の〇六二〇に帰港している。昨日の〇三三〇に出航し、二箇所の地点を砲撃してから帰ってきた。

 

 この戦隊への被害は皆無だったとはいえ、乗員は疲れ切っている。第一機動艦隊の一隻としてグアンタナモを出航してから、今までの期間で休養する時間が無かったからだ。

 

 緊張状態を強いられると、体力の消耗は異様に早くなる。だから、彼らに休養を取らせてあげたいし、わたしも取りたい。

 

 しかし、昨日の夕方に届いた一本の電文で、わたしの疲労はさらに濃くなってしまう。それには、<武蔵>がグアンタナモ泊地に錨泊後に、カリブ艦隊司令長官が視察に来るという内容だ。

 

 その目的まで書かれていないので、指導なのか慰労の言葉をいただけるのか分からない。どちらにせよ、わたしたちの仕事が増えたも同然である。

 

 何しろ、<武蔵>の対空火器は大きな被害を残したままだ。左舷側に限ると、両用砲六基のうち一基が弾薬の誘爆によって消失している。機関銃座は四〇パーセント程度しか稼働していない。

 

 それ以外に、高射装置や機銃射撃装置も被弾している。管制出来なくなっていたり、電探が壊れて光学照準しか出来なくなっていたりしている。

 

 そんな状況を見て、小言なことを言われたら面倒になるだけだ。特に、部下の不手際や不始末を指摘するのが使命だと信じている上官なら、最悪に面倒でしかない。

 

 問題はそれだけではない。長官たちと打ち合わせする部屋が無いからだ。それは、長官たちの訪艦を聞いた伊東中尉の反応で、十分に分かるだろう。

 

 彼は小さな悲鳴をあげると、すぐに問題点を指摘した。

 

「長官たちを案内する部屋がありません。司令長官の個室は被弾によって埃まみれになっていますし、司令部用会議室は臨時の倉庫になっています」

 

「じゃあ、参謀たちの個室に案内しましょうか」

 

「あの部屋は先日の空襲で、天井に穴が開いています」

 

 困ったことに、<武蔵>に乗艦されても打ち合わせに使える部屋が無い。他にも部屋があるが、乗員たちの生活に必要な部屋ばかりだ。長官たちに長居されると、乗員たちの行動に支障が出る。それだけは避けたい。

 

 残りは士官たちの部屋しかなかったが、それを言葉にすると伊藤中尉は提案してきた。

 

「第二士官次室はいかがでしょうか」

 

 すかさず、隣にいた内務長が指摘する。

 

「おい、普通はおまえたちが率先して第一士官次室(ガンルーム)を差し出すんだよ!」

 

「ガンルームは我々の聖域です。酒保で買い占めた羊羹や酒を置いているので、部外者は入室をお断りしています」

 

「おっ、いい事を思いついた。羊羹はおまえたちの胃に隠せ。酒は俺が預からせてもらう。これでどうだ?」

 

「それは困ります!」

 

「あのね……。困っているのは、わたしなんだけど」

 

 ここで不毛な議論をしても時間の無駄なので、結論を出す。長官室に比べて狭い艦長室に案内することにしたのだ。

 

 この時に忘れてはならないことがある。わたしが大事にしている自家製梅酒と黒砂糖を、隠さなければならないことだ。

 

 大事なことなので繰り返す。梅酒と黒砂糖はお前たちに渡さん。

 

 その艦長室は、朝早くから数名の従兵に掃除してもらったので、長官たちを招くのにふさわしい部屋になった。これなら長官たちも不満を抱かないだろう。

 

 わたしは、この部屋で戦闘航行中に処理できなかった書類業務に没頭するが、長官たちの到着予定時間が近づくと適当に切り上げる。そして、書類を寝室に隠すと、彼らの到着を迎えるために飛行甲板に向かう。

 

 <武蔵>後部にある飛行甲板には、既に艦内の手空き乗員が整列している。さすが、大戦艦らしく軍紀が末端の水兵まで染みわたっている光景だ。

 

 そんな彼らが立つ飛行甲板は、かつて水上偵察機の発艦設備があった。これは、大神工廠で改修工事を受けた時に関連装備が撤去されている。

 

 水上砲戦時の被弾によって航空機用燃料が炎上する危険性の排除、対空火器の能力向上による偵察機の被弾率上昇、電探の普及と性能改善といった理由だ。

 

 回転翼機用の飛行甲板は、応急的に大穴を塞いでいるので着艦可能である。この機体による荷重に耐えられるように、強固にしているからだ。

 

 到着予定時間前になると、回転翼機の翼が空気を切る音が近づいてくる。そして、予定時間の五分前には扉が開き、三人の海軍士官が降りてきた。

 

 三日前に司令部でわたしが挨拶した春崎艦隊司令長官、<武蔵>と六隻の駆逐艦をカリブ艦隊に編入させた張本人である森口航海参謀、そして、副官らしい大尉が一名だ。

 

 わたしたちの敬礼に対して、彼らは答礼で返してくれた。そして、挨拶をする。

 

「正式な着任挨拶をしていませんでしたので、この場で改めまして挨拶させていただきます」

 

 一旦、話を区切る。そして、海軍士官の理想的な姿を体現するかのように姿勢を正し、挨拶を続けていく。

 

「<武蔵>艦長、知名もえか大佐以下乗員二九五八名は、四月二三日付でカリブ艦隊の指揮下に入りました。わたしたちにとってカリブ海は不慣れな決戦海域ですので、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」

 

「こちらも上官として挨拶させてもらうぞ。春崎だ。枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部の司令長官であるぞ。トリダニーでの活躍は航海参謀から聞いている。海軍として誇らしい戦果だ。今後も期待しとるぞ」

 

「ありがとうございます。後ほど、乗員に長官からのお言葉として伝達いたします」

 

「そこまで硬くならなくてもいいぞ。早速だが、<武蔵>を軽く案内してくれ。戦艦に乗るのは久しぶりなんだぞ」

 

 この司令長官のご所望により<武蔵>の最上甲板を案内していく。特に、<武蔵>の第三主砲塔を興味深く眺められた。

 

 かつては、四六サンチ艦載砲自体が軍機に指定されていたので、GF司令長官さえ近づけなかったそうだ。現在ではこれが解除されているので、誰もが容易に近づいたり触れたりできる。

 

 次いで、被弾の痕が生々しく残る左舷側を歩き、残骸と化したが手つかずの機銃座や被弾の痕が生々しく残る両用砲を見ながら進んでいく。血痕は洗い流しているが、火災による焦げ跡は鮮明なままだった。

 

 誰がどう解釈しても、被弾したのは艦長である自分の失態である。だから、それを見せるのは複雑な気分だ。そんな心境を察してくれたのか、彼らは何も言わなかった。

 

 その後、艦内の右舷側中甲板にある艦長室に案内する。

 

 この艦は、何隻も大型客船を建造している三菱重工業株式会社長崎造船所が、総力を尽くして建造した。この造船所は、豊富な内装技術さえ惜しみなく注いだので、この部屋の内装は客船の一等船室並みに豪華らしい。

 

 その部屋に置かれた四人掛けの机に座っていただくと、すぐに従兵が湯呑を置いていく。

 

 湯呑の縁まで並々と注がれた液体に気づいた長官は、顔を綻ばせて一口すすった。

 

「ほうじ茶か。美味いな、久しぶりに飲んだぞ」

 

「はい、お茶を美味しく飲んでいただくために、烹炊員に番茶を焙じてもらいました。新茶を用意したかったのですが、八十八夜には少し早いので」

 

「そうか、日本ではそろそろ新茶の季節か。ここにいると季節感を忘れてしまうぞ」

 

 グアンタナモは北緯二〇度の緯線にあり、同一緯線上には中国沿岸にある海南島やハワイ諸島のハワイ島がある。だから、ここは寒暖の差があるとはいえ、常に夏日和なのだ。

 

 予想以上に、ほうじ茶が効果的だったらしく長官は上機嫌になった。そんな彼は話を始めるが、ほとんどが大した内容ではない。

 

 だから、わたしは生返事するようになってしまう。本当は上官への無礼な応対なのだが、疲労で集中力が切れてしまったのだ。

 

 欠伸しなかっただけでも、自分で自分を褒めてあげたい気分だ。

 

 だが、それは罠だった。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 春崎長官は唐突に表情を変えると、油断していたわたしへ詰問するように話を切り出す。

 

「知名君、君は第一機動艦隊に電文を送ったそうだね。ドイツ海軍の航空艦隊がメキシコ湾かミシシッピ川に潜伏中だと」

 

「はい。おっしゃる通りです」

 

「それが問題なのだ。その電文で第一機動艦隊は北大西洋に行ってしまったのだぞ」

 

「えっ? わ、わたし、北大西洋に行くべきだなんて言っていません」

 

「しかしな、第一機動艦隊はドイツ艦隊がメキシコ湾から当分の間、出てこないと判断したらしい。それで、北大西洋にある戦略拠点を攻撃するそうだぞ」

 

 そんな話は初めて聞いた。城島大将はわたしが遣欧艦隊司令部付の、新品少尉の時にお会いしている。その時は、彼や第五航空戦隊の原司令官の通訳として働いていた。その時の印象だと、やる時には果敢に攻める人だと思っていた。

 

 だからといって、北大西洋に行ってしまうとは……。

 

 積極的に敵軍の勢力圏内に切り込んでいくことは、逆襲を受けて大被害を被る可能性もある。わたしなら、そんな危険は冒したくない。というより、出来ない。

 

 それより、文句は第一機動艦隊に言って欲しいと思う。それを、角を立てないように話していくが、長官の表情は苦いお茶を飲んだかのように渋くなっていく。

 

 どうやら、彼にとって痛い所を突いてしまったらしい。代わりに航海参謀が説明してくれた。

 

「知名、しっかりと聞け。第一機動艦隊はGFの指揮下、我々は軍令部の指揮下だ。だから、我々から第一機動艦隊には、命令ではなく要請しか出来ない。それは分かるか?」

 

「はい」

 

「我々はカリブ海北部とメキシコ湾の制海権確保を目指している。我々はこの制海権を掴み取るために、軍令部に何度も第一機動艦隊の投入を懇願してきた。半年近くもだ。この努力を理解してくれるか?」

 

「わ、分かります」

 

「思い出して欲しいが、統合航空軍は制空権さえ自力で維持できない。だから、我が海軍や同盟国海軍は水上砲戦艦隊を投入している。聞いているか?」

 

「……聞いています」

 

「我が海軍は世界最強の海軍だった筈だ。それなのに、連合軍の艦隊とチャンバラしても勝てない。あわよくば、引き分けになるだけだ。当然ながら被害は続出している。駆逐艦だけではなく、重巡や防空巡が何隻も沈められている。戦艦を投入しても、大破するだけで勝利に繋がらない」

 

「はい……」

 

「一年近く戦い続けても、この有様なんだよ。だから、第一機動艦隊による強烈な一撃が欲しかった。だが、第一機動艦隊は北大西洋に行ってしまった。つまり、我々の努力は水の泡になったのさ」

 

「そ、そんな、そんなつもりでは……。ごめんなさい、本当に申し訳ございません」

 

 航海参謀、顔が怖いです。わたし、目が潤んじゃいました。決して、カリブ艦隊司令部を陥れるつもりではありません。ですから、許してください! 

 

 わたしはそんな思いを込めて、頭を下げて全力で謝る。それなのに、航海参謀はわたしを海に蹴り落とすように追い打ちを掛けていく。

 

「実は、知名を軍法会議に掛けるべきだと言う奴らがいてな。どうしようかと議論しているのさ」

 

「軍法会議!?」

 

 電報一本でそこまで大事になるの?

 ……うん、なるよね。

 

 知名もえか、弁解の余地無し。完全終了です。

 

 わたしは、あまりにものショックで涙を流してしまうが、それを見た長官が声を掛けられた。

 

「知名君。顔を上げなさい。わたしとしては、これ以上説教するつもりはない。まあ、ほうじ茶が美味かったから、これまでのことは帳消しにするぞ」

 

「……は、はい。ありがとうございました」

 

 ちょうどその時に扉がノックされ、伊東中尉が従兵を連れて艦長室に入ってきた。涙目になっているわたしに顔を向けると、何か思うところがあるのか恭しく話し出した。

 

「艦長、昼食の時間ですので注文を伺いに参りました。皆様は如何されますか。本日のおすすめは『武蔵定食』です」

 

 <武蔵>艦長になってから一年も経っていないとはいえ、そんな定食は初めて聞いた。その言葉に興味を持った長官が尋ねると、中尉は自信満々に答える。

 

「本艦の艦長が好きな料理を定食にしたものです」

 

 誰もが無言のまま、わたしを見る。気のせいだが、その視線は日光が肌を焼くようにチクチクと痛みを伴っていた。

 

 確実なのは、それから逃げたり隠れたりする余地は無いということ。それを悟ると、素直に答える。

 

「あの、ハヤシライスが大好物でして……」

 

 その後は、笑って誤魔化した。背中に冷や汗を流しながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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