戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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日増しに秋の気配が近づいてくる今日この頃。皆様は健やかにお過ごしでしょうか。

作者は、本作主人公である「もかちゃん」を忠実に表現出来ているのか、頭を抱えており、日増しに髪の毛へのダメージが増えています。

どうやら、広葉樹が冬支度を始める頃、作者の頭部は既に冬を迎えているでしょう。

冗談はともかく(いや、切実な問題ですが)、もかちゃんについて「何かイメージが違う」とか「こういうのでいいんだよ」といった感想をいただけると幸いです。





余談ですが、もかちゃんを文字だけで表現するのが、こんなに難しいとは思っていませんでしたよ。

だって、彼女の台詞は「ミケちゃん♪」か「打ち~方始め!」しかないでしょ。

他の戦艦の艦長である上級生たちを、危険な面倒事に巻き込む天性の人誑しだし。

それだけではなく、躊躇いなく校長室を盗聴するし、スーちゃんを<晴風>に移乗させるのに、艦を横付けせずにワイヤーで滑らせています。これでは小包同然の扱いです。

論理観が一般人と異なるので、人間としてどうかと思いますよ。ホントに。

能力もチート気味だし、苦手科目が無い優等生です。
そんな、一般人の枠に収まらない彼女を、作者の力量で表現できるのでしょうか?




なお、<晴風>の針路を指示するために徹甲弾を撃つのは、常人は考えつかない戦術ですが合理的で最適な戦術です。……ですよね?







第二五話

グアンタナモ泊地、キューバ島

同日 午前一二時

 

 

 

 興味が無い人にはどうでもいい話だが、ハヤシライスの蘊蓄ならわたしの右に出る人物はいないと思う。

 

 諸説あるこの料理の発祥に関する話ではない。料理そのものの蘊蓄である。

 

 ハヤシライスの特徴と言えば、深みのある赤色のルゥ、それに含まれている具材だ。

 

 炒められて香ばしさを増し、煮込まれて余分な脂を落とした薄切り牛肉、飴色になるまで火が通って甘みを増した玉ねぎ、マッシュルームやその他の具材からの旨味がルゥに溶け込んでいる。

 

 ルゥに溶け込んでいるのは、それらの具材の旨味だけではない。トマトソースとドミグラスソースも加えられている。いずれも、欧州で一般的な料理用ソースだ。

 

 旨味だけではなく香りも素晴らしい。温められたルゥから湯気と一緒に、トマトの芳醇な香りが漂って鼻孔をくすぐる。

 

 もぎたての瑞々しいトマト特有の青臭さが残る香りではない。トマトを煮詰めて仕上げたトマトソースならばこそ、濃縮されたトマトの香りが楽しめるのだ。それに、コクがあるドミグラスソースが合わされば、もう無敵だ。

 

 辛いだけのカレーライスなんて、ハヤシライスの足元にも及ばない。

 

 それだけではない。カレーライスのように具材のバリエーションも豊富であり、豚肉や季節の野菜も使えるのだ。ハヤシライスの万能性を侮ってはいけないのだ。

 

 それを熱々のご飯と一緒にスプーンで掬って、口に含めば……。

 

 それ以上、語るのは止めよう。同席者の誰もが、わたしを見て笑っている。ハヤシライスが机に置かれた時に素直に目を輝かせてしまい、彼らの笑いを誘ってしまったからだ。

 

 わたしの前にはハヤシライスと野菜サラダが置かれている。ハヤシライスはルゥーを掛けられたご飯以外に、ふわっとろのスクランブルエッグと、縁起を担いで奇数個乗せられたグリーンピースが添えられている。

 

 そんな同席者たちの前にもハヤシライスが置かれている。これなら、わたしも堂々と食べられる訳だね。

 

 中尉、どうもありがとう。

 長官たち、わたしに合わせていただき、ありがとうございます。

 

 それを食べながら打ち合わせを続けていく。というより、長官の話を一方的に聞いていた。すると、彼はわたしにとって意外な指示を下した。

 

「知名君。二六日の舞踏会と二八日の前夜祭に、参加して欲しい」

 

「舞踏会ですか? 給仕のお手伝いは出来ますが、梅酒のどぶろく割りしか作れません」

 

「違う、そうじゃない。この島の有力者たちと話したり、踊ったりして欲しいのだぞ」

 

 これも戦争の一環なのだろうか? こんなタイミングで舞踏会に参加するとは思っていなかった。約六〇〇キロ先にある戦線では、泥まみれで血みどろの戦闘を続けているのに、ここでは上流階級に属する人たちが舞踏会を楽しむのだ。

 

 日本列島で例えれば尾道市街で戦闘しているのに、横須賀では芸者たちが酒席で芸を披露するようなものである。余談だが、大半の客はその夜に芸者と怪しいことをするそうだ。詳しくは知らんが。

 

 話は逸れたが、舞踏会は誰もが着飾って純粋に踊りを楽しむための場では無い。それは参加者の誰もが理解している。実態は、政治な駆け引きの場になるのだ。

 

 その会場では権力、金、色事、将来の利益に繋がる情報が溢れている。それを参加者が自らの能力を駆使して手に入れようとしていく。

 

 交渉と称して相手の相手の腹を探ろうとしたり、欲望の果てに情事に持ち込もうとしたりするだろう。そんな魂胆を持つ魑魅魍魎(ちみもうりょう)な輩が多数参加する。

 

 そんな舞踏会を開催する理由は明確だ。日本軍を始め、枢軸軍が戦争による利益を獲得するためである。そんな場所に行かなければならないとは……。

 

 忘れてはならないことだが、わたしにとって命令を拒否する権限はない。上下関係に厳しい陸軍と比較すれば、海軍は上官への意見が許される風潮である。だけど、そうするつもりは無い。

 

 正直に言うと、面白そうだからだ。軍政を敷いた占領地で行なうお祭り。わたしの人生で体験したことが無いお祭りだ。是非参加してみたい。

 

 だけど、一つの問題がある。わたしはイブニングドレスを用意していないのだ。それを長官に伝えると、予想していたが少々残念な答えが返ってくる。

 

「第二種軍装で構わん。今では礼装の代わりになっているし、白い服は見栄えがいいぞ」

 

 それは潮風と太陽で焼けて肌が赤黒くなった男の人だけです。女は黒か赤が似合うことをお忘れではありませんか? そんなことを口走りそうになるが、わたしも第二種軍装を勝負服としているので口を噤む。

 

 普段は青みが強い青褐色の第三種軍装を着ているが、重要な局面では自らに気合を入れるために白色の第二種軍装を着用していたからだ。

 

 衣装は納得したが、別の疑問が解かれていない。だから、それを聞いてみた。

 

「衣装は分かりましたが、二八日の前夜祭とは何のお祭りでしょうか?」

 

「天長節だ。今上天皇の誕生日を忘れた訳ではあるまいな」

 

「四月二九日、ちゃんと覚えています。誕生日を覚え直すのは大変なので、陛下には長生きしていただきたいですわ」

 

「戦災に心を痛めずに長生きしていただきたいと願うぞ。それでな、グアンタナモでも天長節を祝うことにした。二八日に、その前夜祭をするのだぞ」

 

 これは本当に面白そうだった。

 

 そんなわたしの魂胆を見抜いているかのように、長官の後を継いだ航海参謀が説明していく。

 

「実は、英軍や合衆国軍は『なぜ、こんな時期にやるのか?』と聞いてきたんだ。だから、『お前らがイエス・キリストの聖誕祭を祝うから、俺たちは天皇陛下の誕生祭をやるのさ』と答えたら、何も言わなくなった。どうだ、面白いだろ?」

 

 英軍や合衆国軍も肯定しているのであれば、断る理由なんてない。

 

「面白そうですね。わたしで良ければ、是非参加します」

 

 わたしは微笑みながら答えたが、その時に長官でも航海参謀でもない、もう一人の士官が口を開いた。

 

「あの、知名さん。というか知名大佐。君は何をしなければならないのか、分かっているのかい? これは遊びじゃないよ」

 

 彼とは、長官と一緒に<武蔵>の降り立った時に挨拶している。長官たちの副官だと思っていたが、その時から参謀付士官のように尊大な態度をしていた。

 

 それだけなら、彼を個性的な士官として見なし、相応の態度で応対すればいいだけだ。何しろ、彼の上官は長官たちであり、下手に指導したら長官たちの面目を潰しかねないからだ。

 

 しかしながら先程の言葉遣いは、わたしの肩に括り付けている階級章を理解していない、非常識な海軍士官であることを自ら説明している。

 

 わたしは<武蔵>艦長在職中に限り大佐になっているが、それを解かれば元の階級である少佐に戻る。それでも、大尉である彼より、わたしのほうが上官だ。

 

 軍隊は年齢より階級によって上下関係が決まる。これは絶対的なものだ。

 

 普段のわたしならば、階級差を無視するような相手と出会った時に、ごく一部を除いて叱ることはしない。砲術長を例にすると、彼の経歴や訓練によって磨いてきた砲戦技術に敬意を示しているからだ。

 

 しかしながら、この大尉のふてぶてしい態度と言動には、温厚なわたしでさえ納得出来なかった。長官たちの前とはいえ本気で叱りたくなってしまう。

 

 というより、柔らかく叱った。

 

「大尉、あなたは何様ですか!」

 

 思わず怒声混じりの声で詰問するが、彼はどこ吹く風と受け流した。それだけではなく、余裕に満ちた表情で彼は話し始める。

 

「失礼、自己紹介を済ませていませんでした。ある時は売れない画家、またある時は日本海軍の予備役大尉。だが、その正体は! ……なんだと思うかい?」

 

「知りません。興味ありません。そんな自己紹介が面白いと思えるような、心の余裕がありまっせん!」

 

「ったく、冷たい態度だねえ。いいだろう。僕から教えてあげよう。名前は平田だ。外務省の大臣直属機関である対中南米工作班の班長を勤めている。今回の舞踏会と陛下の誕生会では、僕のパートナーとなってもらうよ。宜しく」

 

 そう言うと、彼はわたしと握手するために手を伸ばした。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 しかしながら、わたしはこの男と握手する気になれない。

 

 むしろ、その手を引っ叩きたかった。その代わりに精一杯の皮肉をぶつける。

 

「面白い方ですね。職業は売れない画家で、暇なときは在外日本大使館で事務仕事をしていると。独学で日本語を覚えた現地採用の方とお見受けしますが、礼儀作法が下手ですわ。それが学べる学校を紹介しましょうか?」

 

「君も中々な人だねえ。僕は、東京の外務省から来た弁務官だよ。現地採用の事務員とは格が違う」

 

「あら、そうでしたの。弁務官特有の気品が感じられなかったので、うっかり口を滑らしてしまいました。東京の下町で生活している、売れない画家のような風貌をされているので」

 

「外務省はともかく、僕への侮蔑と受け取るぜ。ついでに画家を莫迦にして欲しくない。画家は常人では理解出来ない、独特の世界観を持っているのさ。まあ、君には分からないと思うがね」

 

「へえぇぇぇ、絵が売れなくて挫折したオーストリア人の伍長のように、ビヤホールで酔っ払いたちを扇動したいと? あのちょび髭総統は常人では理解出来ない独特の世界観をお持ちですよねぇ」

 

「おい、ヒトラーと一緒にしないでくれ」

 

「まあ、日本では居酒屋で騒いでも共産系過激派と一緒くたにされるだけですもの。中国の西方か東北に行かれるのなら、英雄になるチャンスがあるかもしれませんよ。トウモロコシを握りながら演説すれば、野ネズミたちが話を聞いてくれるでしょう」

 

 それまで雄弁だった大尉は、とうとう沈黙した。わたしの皮肉交じりの言葉に反論できなくなったらしい。なにせ、わたしの言葉は両用砲のように次々に繰り出せないが、主砲のように相手の心を打ち砕く威力がある。

 

 わたしは、嫌いな相手には容赦しないのだ。決定的な場面で、言葉の使い方を間違えてしまう欠点があるのは自覚しているが。

 

 件の大尉は、身体を静かに震わしている。内心は憤怒の嵐が吹き荒れているだろう。いや、爆沈寸前の戦艦のように、外見だけはまともな姿を保っているとも言える。どちらにせよ、わたしにとっては当然の結末だ。

 

 そんな彼に変化が現れる。何かの言葉を呟き始めたのだ。それは笑い声になり、しまいには身体を大きく揺すりながら高笑いしていった。

 

 それを見ているわたしは、彼の変化についていけずに黙ってしまう。

 

 そんな大尉は笑い疲れて大人しくなると、わたしに顔を向ける。すると、呆れてしまうような言葉を放った。

 

「知名大佐。あなた、合格です」

 

「えっ!?」

 

「あなたには試験を受けてもらいました。予告したら試験になりませんから。改めて申し入れます。外務省が主催する天長節には、あなたのような人物が必要なのです。どうか、協力していただけないでしょうか」

 

「お断りします」

 

 即答すると相手は困惑の表情を浮かべる。それでも、わたしの決断は揺るがない。こんな男と一緒に舞踏会に参加するなんて冗談じゃない。

 

 この大尉とチンパンジーのどちらかを選べと問われれば、チンパンジーを選ぶ。いや、吸血鬼でもいい。絶対に選んでやるから! 

 

 しかし、舞踏会には個人的事情で参加可否すべきではない。それは重々承知しているので、わたしなりに言葉を選んで話していく。

 

「ご安心ください。舞踏会や陛下の誕生祭には参加しますわ。外務省や平田大尉の要請ではなく、カリブ艦隊司令部からの命令ですので」

 

 わたしは満面の笑みを浮かべつつ、慇懃無礼な態度で大尉に答えた。

 

 幼馴染(ミケ)から見れば、倍返しを企んでいる危険な笑顔だそうだが。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 昼食を召し上がり、わたしとの打ち合わせを終えられた長官たちは、司令部庁舎であるホテルへ帰ろうとする。

 

 そのために回転翼機を呼び寄せるが、到着するまでの間に長官の要望で第三砲塔にお連れする。彼は砲塔の内部に入り、主砲弾装填訓練の実演を見学されていた。

 

 砲術科畑なのに戦艦は<土佐>しか乗艦しておらず、その後は軍政系の仕事ばかりしていたそうだ。だから、四六サンチ艦載砲に触れるのは初めてだという。

 

 これが<武蔵>に来た目的の一つでもあったらしい。

 

 忘れてはならないが、<土佐>は海軍休日期間中にGF旗艦を務めた戦艦だ。その艦に配属された砲術科将校ということは、わたしなんて足元にも及ばない存在なのだ。

 

 この時は第三砲台長が張りきり、弾薬庫から引き上げた砲弾や炸薬を主砲に装填したり、旋回や仰角を掛けて目標を捉えたりして、実戦さながらの訓練を披露していく。

 

 それだけでは飽き足らないのか、長官自ら旋回ハンドルを回そうとしたり、測距儀を覗いたりしていた。その姿は砲術技術の研究に熱心な士官というより、玩具で遊ぶ幼児のように楽しんでおられた。

 

 その間、わたしたちは砲塔操作の邪魔になるので、甲板で待機している。この機会を利用して、わたしは森口航海参謀に相談した。

 

「あの、特別半舷上陸の許可を願います。連日の戦闘で将兵たちが疲れ切っていますし、大和魂の発散が何とやらなので」

 

「ふむ。長官が砲塔から出て来るまで、待っていろ」

 

 しばらくすると、十分に堪能された長官は第三砲塔から降りてこられる。その足で、将官級士官と特別な任務を帯びた司令部職員以外は搭乗出来ない、回転翼機に向かわれる。

 

 その時に航海参謀は長官に相談する。その返事は、わたしや乗員にとって待ち望んだ内容だった。

 

「知名、長官から艦長の判断で半舷上陸しても宜しいとの許可をいただいた。帰艦時間も好きなように設定して構わんとのことだ。君の指揮下にある駆逐艦にも、長官からの指示として伝えてくれ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 そして、長官たちは回転翼機で帰って行かれた。

 

 機体が小指の爪まで小さくなった頃、乗員たちに解散を伝える。すると、乗員たちは艦内に入ったり、被弾箇所の修理作業に戻ったりしていく。

 

 だけど、わたしは最上甲板に残っていた。今日はもう一人の来客予定があるからだ。

 

 グアンタナモ泊地に錨泊中の駆逐艦からの発光信号。航海科出身のわたしであれば読み取れる。両腕を大きく振って手旗信号を送ると、駆逐艦の艦上に動きが現れた。

 

 相手はわたしを高角双眼鏡で覗いていたのだろう。まあ、着替え中を覗かれている訳ではないから、気にしない。気にしない。

 

 駆逐艦から降ろされた短艇は、波静かな湾内に真一文字のような航跡を描きながら<武蔵>に近づいてくる。

 

 駆逐艦の艦名は<晴風>。もう一人の来客とは<晴風>駆逐艦長であり、わたしの同期であり、わたしの幼馴染でもあるミケちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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