戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第二八話

舞踏会会場、グアンタナモ市、キューバ島

同日 午後六時三〇分

 

 

 

 舞踏会の会場はホテル・マチャドの近くにある、大型大衆酒場を接収した士官専用の慰安施設だ。

 

 忘れてはならないが、ホテル・マチャドは枢軸軍にとって機密の保管庫になっている。気易く部外者を立ち入らせる訳にはいかないので、ホテルでは開催出来ないのだ。

 

 開会間近になった頃の会場内には、鬼ごっこして遊ぶような年頃の子供たち以上の年齢がある老若男女が集まり、思い思いに談笑している。既に酒が入っているのか、異様に盛り上がっている集団もいた。

 

 そんな会場内を見渡せば、少々気が滅入る光景が目に映る。

 

 軍服、軍服、軍服。一部が背広。そして、軍服。

 華やかなイブニングドレスで身を装った女性たちが目に眩しい。

 

 天気予報に例えると、本日は一日中曇り、ところにより薄日が差すような天候だ。

 

 何しろ、軍服は戦場で目立たないように地味な色合いをしている。だから、温かみがある白熱灯に照らされたとしても、どんよりとした雰囲気になってしまうのだ。

 

 当然ながら、わたしは雨雲を構成している一員だ。白地の服を着ているとはいえ、軍服を着ている事実は揺るがない。

 

 そんな、雨雲に浮かぶ色鮮やかな風船のように、華麗なドレスで着飾った女性たちが何名かいた。その殆どが、地元の政治家や実業家たちの同伴者だ。永遠の伴侶となる婦人なのか、愛娘なのか、何人目の愛人なのかは分からないが。

 

 舞踏会の開催時間になると、司会者の紹介で春崎海軍大将が演台に立つ。現地人特有の曖昧な時間感覚ではなく、予定時間ぴったりに登壇したのは秒刻みで時間に正確な、軍隊らしい行動だ。

 

 そんな春崎長官は、堂々と日本語で演説を始めた。

 

 枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部の司令長官と、キューバ・カリブ地方の統合軍最高司令長官を兼任している重厚な肩書きに相応しく、胸に幾つもの勲章を吊り下げている。

 

 演台の脇には英語とスペイン語が話せる二人の翻訳者が立ち、長官の演説を各言語で翻訳していく。英語の担当者はわたしが知らない浅黒の男性士官だが、スペイン語の担当者はわたしやミケちゃんが知る人物だ。

 

 その人物の名前は宗谷(むねたに)真白。わたしたちの同期であり、「シロちゃん」と呼んでいる女性士官である。

 

 日本海軍だけではなく、政界にも影響力を持つ名門宗谷家の三女であり、ミケちゃんやわたしと一緒に兵学校の門をくぐった同期たちの一人だ。その家柄を考慮すれば、彼女は最前線であるこの島で任務に就くのは異例なこととだと言える。

 

 日本海軍では有能な海軍士官が払拭しており、その補欠要員を女性士官で補っている結果なのか。家柄に関係なく優秀な人材ならば、女性士官でも積極的に登用する決意の証しなのか。

 

 それを受け取る者にとって評価が左右されるだろう。

 もちろん、わたしは後者だと信じている。

 

 長官は演説を終えると片手にグラスを掴んで高々と上げ、乾杯の掛け声と共に舞踏会の開会を宣言した。

 

 会場の参加者たちも各国の言語で乾杯の声を上げると、司令部に随伴する音楽隊が演奏を始めていく。最初の曲は主催幹事である日本海軍が、行進曲として作曲した「軍艦」だ。二曲目以降も軽快な曲が流れ、次第に会場内は盛り上がっていく。

 

 式典は会食を兼ねた懇願会と舞踏会を交互に行い、二時間後に閉会する。音楽隊が数曲の演奏を終えて休憩に入った頃、わたしたちは外交工作に没頭していた。

 

 その相手とは、キューバ島南部にあるグアンタナモ州を始め、幾つかの州から来た知事たち、同じく実業家たちだ。さらに、ハバナから逃げてきた政治家たちもいる。

 

 各州から来た知事たちの顔ぶれを見れば、各州における枢軸軍への協力具合が把握できるから興味深い。

 

 知事が自ら参加したのは、軍司令部があるグアンタナモ州とニッケル鉱石の再操業を目論んでいるオルギン州だけだ。他の州は知事の代理として、序列二番目か三番目の人物が参加している。

 

 どの州も木っ端役人を送り込んでいないのは、素直に枢軸軍へ期待しているからだろう。キューバ島を奪回できる唯一の戦力として。

 

 驚いたことに、先日わたしが砲撃したトリダニーを擁するサンクティ・スピリトゥス州からも、副知事が駆け付けてくれたのだ。

 

 そんな彼らから放たれる言葉は玉石混交の如く、わたしたちにぶつけられる。枢軸軍への労いならありがたい。しかしながら、殆どが枢軸軍への要望や意見だ。

 

 辛辣な意見もあり、中には罵倒寸前の批判さえ放つ者さえいた。そのうち、一人が英語を話せるので、わたしが率先して話を聞いてみる。

 

 その内容とは泥と硝煙で薄汚れた日本陸軍兵のうち一人の兵士が、一〇代後半になった自分の愛娘と、仲良くおしゃべりしていたからだとか。その兵士はあどけなさが残っていたという。

 

 当然ながら、地方自治には一切関係が無い。大変に微笑ましい話である。そして、この男がわたしと戦う一人目となった。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 わたしとしては、枢軸軍の一員として頭を下げることは出来ない。

 

 戦闘に命を賭けている兵士が、つるっぱげ親父に幼女愛好家(ロリコン)だと批判されるなんて、とんでもない話だ。

 

 もし、それが事実だったとしても、一度でも謝れば日本軍が非を認めたことになる。そうすると、慰謝料の請求とやらで無理難題な要求を突きつけられてしまう。だから、日本以外での地域では、むやみに謝ってはいけないのだ。

 

 だから、批判の矛先を変えるため、とある提案を持ち出してみた。

 

「そんな時に備えて、日本の女性は東洋の秘術である護身術を学んでいます。もし、娘さんを日本海軍の女性士官に預けていただければ、一年後に相手を木の葉のように投げ飛ばせられますよ」

 

「ホントかい?」

 

 彼への説明に足りていないが、当然ながら個人差はある。

 

 就学中の女子が鍛えられた兵士を投げ飛ばせるのは、幼女が敵戦車を撃破するくらい有り得ないことだ。だが、今さら補足すれば小莫迦にされるだけなので、新たな話題で取り繕っていく。

 

 この時に忘れてはいけないことだが、嘘を言ってはいけないことだ。軍人教育では間違いを隠さずに報告し、隠したり嘘をついたりしてはいけないと徹底的に教育している。

 

 だから、わたしも()()()()()に話を続けていく。

 

 但し、事実は幾らでも大きく誇張していいそうだ。精強なる軍隊の実態を糊塗するためには、何事も大袈裟に話さなければならないと学んだからだ。

 

 それを誰かがことわざにした。「法螺と喇叭は大きく吹け」と。

 

 だから、わたしは()()()()()()()()をしていく。

 

「はい。本当のことです。日本の女性は護身術も学んでいますし、男性も震えるくらいに戦闘的な武術も会得しています」

 

「ほほう、どんな戦闘が得意なのだ? まさか、ベットでの寝技じゃあるまいね?」

 

「いえいえ、それは忍術です。忍者という特殊任務部隊が生み出した武術ですが、ご存知でしょうか?」

 

「聞いたことはある。詳しくは知らん」

 

「忍者とは中世の時代に、敵の軍隊の動向を偵察したり軍の司令官を暗殺したりする、軍の特殊任務部隊です」

 

「ほうほう」

 

「実は、忍者には女性も加わっており『くノ一』と呼ばれています。彼女たちは人里離れた山奥で生活し、いつでも任務へ遂行できるように日夜訓練を続けてきました。それは、子孫にも受け継がれ、いまでも活躍しているそうです。得意技は暗殺。標的がぐっすりと寝ている時に忍び寄り、首をスパっと切るのです。まあ、寝技の変形版ですね」

 

「そんな話は初めて聞いたよ」

 

「わたしで良ければ今夜再現しましょうか? 短刀も研いできたので準備万端ですわ。添い寝と睡魔を呼び寄せる魔女の子守歌はオプションですけれど」

 

 わたしは短刀を引き抜いて、彼の喉元をスパッと切るようなジェスチャーをした。

 

 その短刀は私物のショルダーバッグと一緒に、手荷物預かり所に預けている。腰にぶら下げていないので、すべてジェスチャーだけで表現しなけれだならない。

 

 それだけではなく、彼からの返事に期待するかのように、胸を弾ませるような仕草で誘いを待つ。ご希望とあらば決行するつもりだった。

 

 だが、彼は目を白黒させながら、わたしを気落ちさせるような言葉で返してきた。

 

「……いや、その必要はない」

 

「あら、残念ですわ。お試しできる絶好の機会ですのに」

 

「まだ、天国から呼び出されていないのに、自らノコノコと出向く訳にはいかないのさ」

 

「分かりました。余談ですが、男性士官は女性忍者に寝首をかかれないように、寝る時もネクタイを締めたり詰襟の軍服を着たりしています。初めて聞いたでしょ?」

 

「本当かよ!」

 

 くノ一の説明は事実に基づくことだから、嘘はついていない。

 幾らか誇張しているが。

 

 ネクタイの話は……。

 まあ、いいか。噓も方便ということわざもあるし。

 

 オプション云々は……。

 ノリと勢いで話してしまい、恥ずかしくて身悶えしそうだ。

 ()(この)んでヤッタことは、一度も無いのに!

 

 わたしとしても少々過激な話題を連発したが、初対面でこのくらいの冗談を言わないと相手の記憶に残らない。特に、舞踏会では多数の参加者たちが集うので、他者によってわたしの印象がどんどん薄れてしまう。

 

 だから、今は深く考えずに適当に話して、相手の興味を惹きつける段階だった。

 

 どのみち、他者との会話による記憶は会話全体の二割程度しかできない。そして、濃く記憶されるのは会話の後半とオチだからだ。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 しかしながら、わたしより話上手な人物は幾らでもいる。わたしの隣にいる例の外務省弁務官は、初対面の実業家と自動車論議で盛り上がっているのだ。

 

 この実業家は自動車の輸入販売業を営んでおり、趣味が実益と兼ねたような自動車コレクターだという。だから、このメーカーの車はこの点が素晴らしいとか、この島に自動車を搬入する方法が面倒だとかいう内容を熱く語っている。

 

 対して、例の男は相槌を打ちながら合衆国における大衆向け自動車の販売数と、新生児出生率の関連性を語っていく。それは、学会で論文を説明するように流暢な話し方だった。

 

 この男による考察は次のとおりだ。

 1)一九一〇年代の後半から、運転席と後部座席が鋼板で囲われ屋根が被せられている、クローズドボディーの自動車が販売される。

 2)スタイリッシュな外観と素敵なカラーデザインされた自動車は、二〇代前半の男たちの心を掴んだ。

 3)男はその車で女の子たちを誘い、ドライブに出かけてデートを楽しもうとする。欲望の発散も兼ねてだ。

 4)若い男は金が無い。車は分割払いで買ったがモーテルで泊まるお金さえ用意出来ない。

 5)そんな男が名案を思いつく。それは彼が買った車でアレをするのだ。欲望を果たすだけならば、風雨を凌げる密閉された車内は最適な空間だった。

 6)こうして、狭い車内にいる二人は力尽きるまで愛情行為を繰り返していく。

 7)そして、可愛い赤ちゃんが生まれる。こうして、一九一八年から一九二九年にかけて合衆国の出生率が急上昇していった。

 

 この男は男女間にそびえる垣根を、自動車が踏みつぶしていったのだと結論づけて話を終える。

 

 それを、わたしは黙って聞いていた。そして、素直に拍手したくなる気分になる。それは、強引だが妙に納得できるような関連性でもあったからだ。

 

 それだけではなく、この弁務官は確実に実業家の懐に飛び込んで、その心を鷲掴みしたのだ。だから、この男は勢いに乗って本来の目的である、我が国で生産した大衆自動車を売り込もうとしていく。

 

 「日本も素晴らしい性能がある小型車を作っているです。日産、トヨタ、いすゞ。聞いたことがあるでしょ」

 

 「いすゞのトラックなら見たことがある。薄汚れているのは仕方ないとしても、あちこちがへこんでいるし、路肩で故障しているのを頻繁に見かける。あんたが勧める小型車は、ここからハバナまで故障せずに走り切れるのか?」

 

 途端に例の男は言葉を詰まらせる。それが分からないのではなく、故障せずに走り切る自信が無いのだろう。 

 

 黙るな! 何か喋れよ!

 

 わたしは心の声で叫ぶが、例の男は話すべき言葉を見つけられないらしい。だから、わたしは会話を途切れさせないために、割り込むことを決意した。

 

 「大丈夫ですよ。わたしが日本にいた時に、小型車に乗って山を越えました。だから、性能は抜群です。その山は富士山(マウント・フジ)っていうのですよ」

 

 小型車で、富士山を峠越え出来たっけ?

 そんなことはどうでもいい。

 

 どのみち、外国人がイメージしている日本は、芸者、ハラキリ、フジヤマだ。彼らが知っている言葉で関連性を繋げれば、勝手にイメージを膨らませてくれる。

 

 間違っても、わたしの嘘を信じた愚か者だと言ってはいけない。

 

 しかしながら、この実業家はわたしの嘘に騙されなかった。聞いていなかったというべきか。

 

 彼はわたしの正体を尋ねてきたのだ。

 

 わたしは、簡単に自己紹介を済ますが、<武蔵>の艦名は話さずに軍艦の艦長とだけ伝える。下手に艦名を教えてしまえば、それだけで艦隊の動向がばれてしまうからだ。

 

 それに乗っかるように、例の弁務官が口を挟んできた。

 

「艦砲射撃でドイツ軍の機甲部隊を壊滅させた凄腕の艦長です。これが大和撫子なのです。どうです? 彼女が欲しいでしょ? 狭い車内で彼女と一晩過ごすのは、乙なものですよ」

 

 途端に実業家は鼻息を荒くして、ゴクリと喉を鳴らす。

 そして、わたしは背筋を震わす。

 

 冗談じゃない。あなたの都合で、わたしを巻き込まないで!

 

 そんな悲鳴が口許から漏れそうになるが、その前に弁務官は信じられない言葉を放った。

 

「でもね、彼女は渡せません。僕と『ケッコンカッコカリ』した仲なので」

 

 そんな言葉をどっから持ってきたんですか!

 というより、そんな事実はありません!

 

 しかしながら、そんなことを部外者の前で言う訳にもいかず、わたしは引きつった笑顔で誤魔化す。この実業家が冗談だと受け取ってくれたのかは微妙だが。

 

 まったく……。

 わたし、外務省にチクリますよ。

 この男の話は嘘ばかりなので、相手(わたし)との信頼関係を壊しています。即刻、東京に連れ戻してくださいって!

 

 その時、休憩から戻ってきた音楽隊がテンポの良い曲を演奏していく。舞踏会の時間になったのだ。

 

 最初にわたしを誘ったのは、オルギン州の知事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

さて、大サトー学会運営本部より、第八回の学会テーマを「レッドサンブラッククロス」にするとの告知が発表されました。

恐らく、決戦海域における両軍喪失艦艇の考察や、開戦時における合衆国海軍の在籍艦艇の研究結果が発表されるかと思われます。

しかしながら、学会の開催時期だと本小説の変更が効かない段階に入りますので、作者の独自考察で進めます。

あしからずご了承ください。




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