戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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(幕間)とある月刊雑誌の編集局長による随筆(1)

 わたしは予言する。本誌を手に取り嬉々と読み始めたあなた方が、この頁まで読み進めると表情を変えるだろうと。

 

 読書による興奮が掻き消されて不機嫌になるだろう。いや、口を無一文に結び古代から語り継がれる神話の真実を探り当てようとするかもしれない。

 

 もしかしたら、現実世界で否応が無く経験する「愛想と本心」に明確な区別をつけるべく、方程式を編み出そうとするだろう。

 

 特に最後の方程式は重要だ。何しろ本誌は掲載している作品の構成上、殆どが男性読者だ。大多数の男性読者にとって、愛想を振りまく女性の本心を理解できるのは棺桶に足を入れた時だけなのだ。

 

 特に三月一四日の()()()()()()で本命チョコを貰えたと信じ、心躍らせていたが現実は義理チョコであったこと。そして、あなた方が選び抜いた返礼品を喜んで受け取って貰えたかと思いきや、屑物入れに直行するという残酷な現実を目の当たりにした時、誰もが心の奥底から思うだろう。

 

 三次元のオンナは面倒くさいと。

 

 ある読者は打ちのめされて頭を抱え、別の読者は「二次元の嫁」に逃避してしまうのが容易に想像できる。

 

 いずれも漢字で書けば不満と困惑と衝撃という熟語で説明がつく。

 

 ……どうやら、話の本筋から外れてしまったようだ。元に戻そう。

 

 そして、あなた方は表紙や裏表紙を見て、この雑誌が愛読している月刊誌である事を確認すると、それを持って本屋の会計で客待ちしている売子へ持っていく。

 

 そして、あなた方はこう言うだろう。

 

「これ、乱丁本です。きちんとした本を取り寄せてください」

 

 ちょっと待ってほしい。雑誌に綴じられている広告はしっかり目を通して欲しい。弊社の営業担当者が必死に仕事した成果なのですから。

 

 いや、そうではなくこの月刊誌は、あなた方がいつも読んでいる月刊雑誌です。そして、これから始まる短編小説は本誌に寄稿された特別な小説なのです。

 

 現在、本誌はサイエンス・フィクション(もしくはサイエンス・ファンタジー)の専門誌(本誌では仮想戦記小説をSFに分類している)として市場に認識されているが、以前は実録戦記小説も連載していた。

 

 この連載を取り止めた理由は、時代と共に読者が求めるジャンルが変化していったからである。実録戦記小説の主な読者層であり「北米世代」と呼ばれる世代は、定年引退し鬼籍名簿に名前を書き込んでいく人数が日々増加している。

 

 だから、実録戦記小説というジャンルは読者層の減少と共に廃れ、今では同業他社一社だけ(流星社発刊の月刊戦記雑誌「旭」)が細々を続けている。

 

 この小説を本誌が掲載する事になったのは、鬼籍に載ったとある作者の遺族から提供していただいたからである。

 

 その作者はSF小説を専門に書いており本誌で幾度か連載させていただいた。わたしが以前担当させていただいた作者でもある。

 

 だが、この作者は誰もが個性的である作者の中で一、二を争うほど個性的で扱いづらく、人間としてどこかおかしい作者でもあった。

 

 正直に書くと彼の鼻にマジックペンをぶち込んで、夜光虫が光る暗い海面でもはっきり読めるように、脳味噌に書き込んでやろうかと思った事が何度もある。

 

 その文章は、「黙れ! つべこべ言わずに締め切りまでに原稿仕上げろ!! このエロゲ豚!!!」だ。

 

 だが、彼が書き上げた小説は読者の心を撃った。訴えるのではない。鷲掴みするのではない。文字通り撃ち抜いたのだ。

 

 説得力ある世界設定、一癖も二癖もある登場人物たちの諧謔(かいぎゃく)ある会話、そして、リアリティーあふれる戦闘描写。すべてが、従来の小説とは一線を成す小説だったのだ。

 

 そして、わたしも彼の愛読者となった。

 

 そうでなければ、彼の担当編集者として長年お世話する事は出来なかった。噂で言われるように出版社の人員不足で、わたしと交代できる編集者がいなかったからではない。

 

 その彼が実録戦記小説を執筆していたとは聞いたことがなかった。そもそも、彼には従軍経験が無い。

 

 わたしは遺族から渡された原稿を手に取ると、活版印刷で活用していた活字を一文字づつ拾い集めるかのように読み始め、読み進めるうちにすべてを理解した。これはSF小説風の実録戦記小説だと。

 

 この小説は彼が書く文章の特徴が随所に散りばめられて、一見すると彼のオリジナル小説だと思える。しかし、彼では書けない(想像出来ない)描写もあり本当の作者は別人物だと推測出来たからだ。

 

 小説と一緒に手渡された資料を読んで、それは確信に変わった。

 

 彼は元海軍士官二名への取材、最近になって公開された公式記録、その他関係者への取材を基にしている。それを、彼が磨き上げた文体で小説化したのだった。

 

 遺族である彼の姉に質問すると、彼の遺品を整理していた時に見つけた物だと言う。小説を書いた経緯は知らないそうだ。当然ながら、作中に登場する二名の元海軍士官も面識がなかった。

 

 ここに届けに来たのは生前世話になった弟の良き理解者だったので、この小説と資料を預けても大丈夫だと思ったからだという。

 

 彼女の懸念は出版業界の問題の一つを正確に突いていた。

 

 事実、いい加減な編集者は作家からお預かりした原稿に珈琲をこぼしたり、紛失してしまったりする事を繰り返してしまい、その都度編集長であるわたしが作者に謝罪せざるを得ない状況を作り上げてしまう。

 

 これは非常に心労に負担が掛かり、作者と編集長の双方が寿命を縮めてしまう状況になる。絶対に再発防止しなければならない案件である。

 

 とはいえ、誰もがわたしの懸念を理解できる訳ではない。

 

 件の編集者は被害者である作者の前で「僕は悪くないもん! ゴミと間違えるような原稿を書く作者が悪いんだ」というような事を言ってしまう。そのため、わたしと作者の寿命は更に縮んでいく。

 

 件の編集者を七式散布爆雷投射機に押し込み、北太平洋の冷たい海に向けて発射したくなる衝動を何度も抑えたことか! 

 

 ……また、話の本筋から外れてしまったようだ。進むべき航路に復帰しよう。

 

 作家としての彼が、わたしを信頼していた事実に心の底から嬉しく思った。例え、それが職務上の立場だったとしてもだ。

 

 わたしは彼女からそれを受け取ると、取材対象者である二名の元海軍士官へ連絡を取った。刊行許可をいただこうとしたからだ。

 

 その二名は高齢ながら健在であり、わたしの説明を聞くと快諾していただいた。ここまで来ればわたしの努力次第だ。

 

 通常業務の合間を縫って編集し、こうして本誌に掲載することになりました。

 

 

 

 

 

 さて、ここから小説の()()の解説を始める。

 

 

 

 

 

 誰もが学校で学んでいる歴史だが、復習のために第二次世界大戦前の時点まで遡ってから始めたい。

 

 欧州の歴史では比較的新しい強国であるドイツは、第一次世界大戦で敗北した。

 

 敗戦後、政治的混乱が続く最中に頭角を現した政党が、アドルフ・ヒトラー率いる国家社会主義労働者党(NASDP)である。

 

 我が国では「ナチ党」もしくは「ナチス」と呼ばれているが、この政党によって「ワイマール共和国」は皇帝が存在しない「ドイツ第三帝国」へ国名を変えた。

 

 そして、当時としては斬新な政策を実施していった。

 

 ドイツ全土に張り巡らさる高速道路の建設、福祉や失業対策、教育改革、その他である。国内の失業者対策と治安回復、その他の改革だけなら優れた政策として、長年に渡り評価されただろう。

 

 だが、この国は第一次世界大戦で失った領土であるラインライトへ進駐し、ヴェルサイユ条約の破棄を宣言してしまったのだ。

 

 これを契機にしてドイツ第三帝国は、ドイツ人が多数居住している周辺国に侵攻して、ドイツ領に併合する政策を実行していく。

 

 これに危機感を抱いたイギリスとフランスは、様々な対策を講じ外交交渉で阻止しようとした。だが、ドイツは両国の説得を理解出来なかった。

 

 そして、ドイツが新たな領土とすべくポーランドに侵攻した時、遂にイギリスとフランスは宣戦布告した。

 

 第二次世界大戦の勃発だった。

 

 この戦争の結果、イギリスは本土を失った。フランスは本国領土の半分を割譲され、残り半分は強制的にドイツの同盟国となる。

 

 更に、漁夫の利を得ようとしてドイツ領に侵攻したソビエト連邦は、逆襲されてモスクワを奪取された。

 

 欧州における覇者がドイツになった事は一目瞭然であった。

 

 少年誌の連載漫画ならば、次のような展開になる。

 

 読者が反感を覚えるような大口(ビックマウス)を叩く、経験豊かな老人のようなイギリスとフランス。人間を無慈悲に殺害する狡猾な野蛮人のようなソビエト連邦。

 

 この国が若き勇者であるドイツを倒すべく、戦いに挑み無様に敗れたのだ。

 

 滑稽というしかない。これでは連載漫画における王道展開と一緒である。

 

 さて、この時の欧州から視野を全世界に広げると二つの強国が見えてくる。一つ目の国は米独不干渉協定を盾にして、戦火に包まれる欧州を眺めながらポップコーンを食べていた米国だ。

 

 二つ目の国は約半世紀続く日英同盟条約による成約を果たすべく、イギリス本土へのドイツ軍上陸を阻止しようとして必死になっていた日本だ。

 

 残念ながら日本による救援は間に合わずに、イギリスは本土を失陥してしまった。そのため、本国政府はカナダのトロントへ遷都(せんと)している。

 

 一方、ドイツは欧州の覇者になっただけでは物足らず、大西洋の先にある新天地へ手を伸ばす機会を伺うようになる。

 

 その企ては間もなく実行された。

 

 詳細は省くがドイツは大西洋にある島々だけではなく、カナダ領ケベック州にも進駐を果たした。そして、ようやく危機感を覚え始めた合衆国を横目に見つつ、ドイツは一方的に第二次世界大戦の休戦を宣言したのだ。

 

 誰もが戦争休止を喜んだ。

 

 だが、それは仮初(かりそめ)の平和でしかなかった。

 

 日本とドイツは確信していた。次の戦場は北米大陸だと。それも数年以内に勃発するであろうと。

 

 そして、ドイツ軍の攻撃によって全世界に戦火が広がった。第三次世界大戦が勃発したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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