戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
舞踏会会場、グアンタナモ市、キューバ島
同日 午後七時一〇分
オルギン州知事は年配だが、かっこいい男だ。銀髪と口ひげだけでなく、彼の人生そのものが渋い顔を形作っている。例の外務省弁務官とは大違いだ。
わたしたちはお互いに自己紹介すると、会場の中央に広がる舞踏場へ歩いていく。
舞踏会とはいっても、ここは欧州の格式高い会場ではなく南国の広い居酒屋だ。だから、誰もが適当に踊っていた。
酒で出来上がった日本陸軍の中佐が、両手に日の丸を描いたうちわを握って盆踊りしている。その隣で貴婦人が、美形な合衆国海軍の男性士官を捕まえて本格的なワルツを踊っていた。
それを、アフリカ産ギネスビールを小瓶から直接飲んでいる、英連邦空軍の士官たちが談笑しながら眺めている。
控え目にいってもカオスと呼べるような状況だ。
さすがに、数人が軽快に足並みを揃えて踊るのが特徴的な、アイリッシュダンスを披露する猛者たちはいなかった。このダンスが誕生した経緯を知れば、こんな所で踊る勇気なんて湧かない。
さて、わたしは上流階級の出身ではないので、ダンスは女学校の授業で学んだだけだ。その後は英海軍との公式晩さん会で踊った程度の経験しかない。
だから、未だに相手の動きに合わせて踊るのが精一杯である。姿勢をまっすぐに、右手を水平に伸ばし、左手を知事の左肩に沿える。首を傾けて態勢を整えば、その後は成行き任せだ。
だが、相手はわたしより遥かに上手であり、わたしを誘導するのように踊っていく。いや、わたしは操り人形のように踊らされていたのだ。
「本当にお上手ですね。どこで覚えられたのですか?」
「ニューヨークだ。儂のカミさんはキューバの富裕層の娘でな、その関係でニューヨークにあるキューバ出身者たちの会合に顔を出している。そこで、練習も兼ねて何度か踊るうちに人並みに踊れるようになったのさ」
「キューバ人はルンバしか踊らないと聞いておりましたが」
「それは偏見だ。キューバ人は合衆国の経済界だけではなく、欧州の経済界にも人脈があるのだ。だから、そいつらから莫迦にされないようにダンスにも手を抜けないのさ」
「ここまでお上手なら、合衆国の社交界にも顔が広いのでしょうね」
「残念ながら、それも人並みだ。何しろ、合衆国は建国してから二〇〇年も経っていない、移民と成金たちの寄せ集め国家だ。奴らは自慢できる伝統的文化さえ持っていないから、誇れるのは資金力だけなのさ。そんな国では、儂らはアマガエルと同じような価値しかない」
アマガエルか……。うん、気持ち悪いもんね。特に卵が。
そういう事ではなく、合衆国の経済界からは下等生物のように扱われていたことを嘆いているのだろう。でも、やっぱり気持ち悪いよね。アマガエルって。
そもそも、彼らのような白人たちは第三次世界大戦の勃発によって、その地位が大きく揺らされた者たちである。
それまで、白人以外の人種にとって、白人はガラスの天井の上に立つ者たちだった。しかし、日本軍が上陸したことでガラスの天井が砕かれ、白人たちは有色人種たちが立つ硬い床まで引きずり降ろされてしまう。
それは、大航海時代から受け継がれてきた白人としての
そんな白人たちは、各々で自分の人生を選んでいく。
ある白人たちは、決死の覚悟で潜水艦や艦艇が浮遊するメキシコ湾を突破し、白人優越政策を行なう合衆国の南部諸州に亡命する。別の白人たちは、この島で有色人種と共存する決意を固めた。
そして、舞踏会の会場でわたしと踊ったオルギン州知事は、それ以外の方法を模索している者だった。
具体的には、この島で生き抜く覚悟を固めているが白人としての地位を守るために、有色人種や日本軍とは距離を取ろうとする者だ。
孤高の白人たちと言うべきなのだろうか。何だか、かっこいいなと思える。交渉相手としては手ごわい相手でもあるが。
そんな事を考えているうちに、知事は本題を持ち出した。
「さて、儂もそんな世界で生きてきたから金の話には敏感なのさ。儂は実業家の一員として、この島を発展に貢献してきた。そして、オルギン州の知事になり、ここに来た。だから、あなたに聞く」
「何でしょうか?」
「日本政府はニッケル鉱山を、再操業させる気はあるのかい?」
とうとう、本題が来ました!
思わず、そんな声を上げたくなる。これを説明するのが、わたしの役目の一つだからだ。
彼が話しているニッケル鉱山とは、グアンタナモから北へ九〇キロ離れたニカロという町にある。
一九四三年に操業を始めたそうだが、設備に問題があって十分に稼働していなかったそうだ。それだけではなく、枢軸軍がキューバ島に上陸した時に、連合軍は設備を徹底的に破壊してしまったという。
こうなると、設備一式を再建するところから始めなければならない。地元の事業者や労働者たちは、この鉱山の操業再開を求めている。そして、知事は経済界から政界に入ったので、事業者寄りの政策を取ろうとしていた。
その話題になっているニッケル鉱石は、戦略物資の一つである。この合金は艦艇の装甲や各種火器の銃身に必要不可欠な鋼材だ。だから、知事は枢軸軍が視線を逸らせられない点を突いてきたのだ。
だが、わたしは、この質問に備えて予習を受けている。
それを思い出していくが、益々脳内で混乱していく。
答えようにも答えられないからだ。
軍政監部の一員であり商工省から出向してきた弁務官は、「適宜に対処してください。適切な時に的確な解答を。相手に隙を与えず、我々の要求を押し付けずに飲ませてください。飲めなければ時間をかけても構いません。これを少しでも守らないと、知名大佐に責任を被ってもらいます。以上」と説明した。
これだけで、どう答えろと?
ていうより、そんな曖昧な指示で仕事ができるか! わたしが知りたいのは、日本政府としての方針だよ!
それを聞いていた例の男が、呆れた表情を隠さずに解説してくれた。
それによると、キューバ島のニッケル鉱山再操業は議論中だそうだ。むしろ、関心が薄いらしい。
事実、枢軸陣営はニッケル鉱石を合衆国領フィリピン諸島や、南太平洋に浮かぶニューカレドニア島から調達している。現時点で不足気味とはいえ、安定供給されているという。
だから、東京から見て地球の裏側に位置するこの島に、多額の投資をして採掘すべきかの結論が出ていない。
なお、ニューカレドニア島は仏領だが、この島のニッケル鉱山は荒業で確保した。一九四九年二月に決行された「FS」作戦によって、我が軍が奪取したからだ。
ここまでの経緯は思い出せたが、どう答えればよいのか誰も教えてくれなかった。
仕方ないので、わたしなりに適当に答える。
「日本政府としては、鉱石運搬船が駆逐艦の護衛を受けずにカリブ海を航行できるようになるまで、再操業へ支援出来ないそうです」
「それは、あなた個人の意見かね?」
「いえ、非公式ですが日本政府の方針だそうです」
わたしは話の締めくくりに、こんな言葉で彼の好意を引き出す。
「わたしは数日前にキューバに来たばかりです。だから、わたしが知らないキューバを色々と教えていただけませんか?」
この言葉に気を悪くする男はいない。これは、男にとっての優越感を叶えるために最適な言葉なのだ。
博識ある男は、その知識を披露する機会と相手を求めている。そんな男心をくすぐるような言葉で話せば、勝手にわたしを味方と思い込んでべらべらと喋っていく。
こうして、わたしはキューバ人とキューバ島における、光と闇の話を存分に聞くことになった。当然ながら、それは楽しくて面白い話ばかりではない。耳だけではなく心まで痛む話も聞かされた。
そんな話を最後まで聞いたのは、個人的な興味によるものではない。大日本帝国の利益に繋がる話題を探し求めるためにだ。
◇◆◇◆◇
オルギン州知事との会話は色々な意味で参考になった。
ここで得た情報が軍司令部の占領政策に役立つのかは微妙だが。それはともかく、彼に溜まっていた不満をガス抜きさせただけでも、評価に値する成果だと自画自賛したい。
喉が渇いたのでカクテルグラスを傾けると、誰かが話しかけてくる。どこかで聞いた男の声だと思い、顔を向けると見覚えがある顔があった。
それは、グアンタナモ行きのトラックに便乗した時に出会った少佐だった。彼の顔には疲れの色が現れているが、それ以外には何も変わっていない。
そんな少佐は、わたしにとって暇つぶしの良き相手になる。だから、冗談半分で彼に話し掛けていく。
「あらっ、お久しぶりです。キューバ戦線への旅行は楽しめましたか?」
「十分に楽しんできたよ。キャベツたちの銃撃を受けたり、パンテルⅡから逃げたりしたさ。二度と経験出来ないことばかりだ。いや、したくたいことばかりだな」
少佐たちは宣言通り、前線に行って戦ってきたらしい。試作兵器の実用試験にしては過酷な環境だが、成果はあったようだ。そんな少佐に対して、わたしは話を掘り下げていく。
「つまり、少佐は新聞やラジオでは伝えられない戦場の実態を、十分に堪能されたのですね。銃後への土産話になりますわ」
「土産話が多すぎて選ぶのに悩みそうだ。勇敢な黒人兵士に出会えたり、わたしの試作兵器でパンテルⅡを撃破したり、色々ある。実は、帰りの船が来るまで一週間ばかり留まるつもりなのさ。グアンタナモでの土産話は増えるかもな」
「では、現在の一押し土産話は何ですか?」
「そうだな……。戦艦からの砲撃に巻き込まれそうになったことだ」
「戦艦ですか?」
「そうだ、戦艦だ。その戦艦はトリダニーとシエンフエーゴスの敵飛行場へ、艦砲射撃を行ったそうだ。わたしたちがトリダニーに着く前に砲撃が始まったが、タイミングを間違えれば巻き込まれていただろう」
「そうですよ。戦艦が積んでいる主砲弾のうち半数を地上目標へ射撃したら、五個師団分に相当する破壊力を与えるそうです。戦艦の主砲弾の威力を甘く見てはいけません。だから、戦艦に砲撃されそうになったら一目散に逃げてください」
「ほう、良く知っているな」
「まあ、こう見えても海軍の一員ですので」
「なるほど。ところで、お嬢さんの名前を教えてもらえないか? それとも『ポートサイドのヴァルキューレ』と呼ぶべきかね?」
「ひぎっ!?」
ここで、あの忌まわしき別名が出て来るとは予想しておらず、カエルが轢かれた時のような声を漏らしてしまった。
動揺してしまい慌ててカクテルを流し込むが、むせて涙を浮かべてしまう。わたし自身が別名の持ち主だと説明しているような状態だ。
ようやく、深呼吸ができるようになると素直に認めた。ついでに、誰かさんがわたしに名付けた、不愉快きまわりない別名ですと付け加えたが。
「噂で聞いていた英雄が、お嬢さんだとは思わなかった」
「その別名も、お嬢さんも、止めて欲しいです。せめて、お姉さんでお願いします」
年齢的にはオバさんだが、絶対にその言葉だけは言わせないぞ!
そんな気迫を感じたのか、少佐は理解を示してくれる。
「それで、お姉さんの名前は?」
「モエカ・チナです」
「モエカ・チナか。いい名前だ。しっかりと覚えたよ」
少佐は微笑みながら、わたしの名前を噛み締めるように小声で繰り返していく。そして、「ああ、そういう理由か」を小声で呟くと、納得したかのように一人で頷いた。
「あの、わたしの名前が面白いのでしょうか? 確かに、日本人でも珍しい苗字ですが」
「いや、気を悪くしないでくれ。わたしがシアトルを出発する前に聞いた、妙な話を思い出したのでな」
「はあ、そうですか」
少佐が聞いたという妙な話が気になったが、それより<武蔵>の艦砲射撃による戦果を聞きたくて、色々と尋ねてみる。
それは、<武蔵>艦長であるわたしさえ、鳥肌が立つ惨状を引き起こしていた。
パンテルⅡという重たい戦車が至近弾の爆風でひっくり返ったとか、対空戦車が破裂したかのように四散したとか、様々な被害を与えていたのだ。
忘れてならないが、多くのドイツ軍将兵たちも大地に還っていた。わたしは彼らの名前さえ知らないが、勇敢な戦士たちであったと確信している。
それを大地に還らせたのは、わたしの殺意だ。これは、見知らぬ誰かに問い詰められても絶対に否定しない。
その後は和やかに雑談していくが、少佐は何気なく腕時計を見て退室時間が来たのを告げる。
「時間なので、わたしは失礼する。今日は、知名大佐に会えて本当に嬉しかった」
「わたしも、マックス技術少佐とお話出来て楽しかったです。少佐の試作兵器が実戦投入されることを期待していますわ」
「ありがとう。今日は特別にわたしからプレゼントをあげよう。大佐なら意味が分かる筈だ」
「はい……」
少佐はポケットから二つ折りにされたメモ用紙を取り出した。わたしがそれを受け取ったことを見届けると、彼はわたしに背を向けて出口に向かっていく。
そして、振り向きざまに別れの挨拶をした。
「ごきげんよう、ヴァルキューレ」
わたしは真意を掴めないまま、彼が会場から出ていくのを見届けた。
そして、平田大尉の執務室の前ですれ違った情報機関員らしき男が、少佐を追いかけていく様子に困惑してしまったのだ。
◇◆◇◆◇
いつの間にか、舞踏会が終わる時間が近づいてきた。
最後に誰と踊ろうかと考えていた時、誰かがわたしに声を掛けてきた。男の声だったので愛想よく返事したが、顔を見た途端に思いっきり後悔した。例の男だったからだ。
「せっかくの機会だから、僕と踊らないか?」
「じゃあ、一回だけですよ」
わざわざ一回だけと強調しなくても、これが最後に踊る機会となる。だが、釘を指すように言わないと、わたしの絶対領域にズケズケと踏み込んできそうだからだ。既に手遅れのような気もするが。
差し伸べた男の手を握って会場の中央に歩いていくが、踊ろうとするのはわたしたち以外に数組しかいない。
会場に居る参加者たちの殆どが、壁際に置かれた椅子に座ってお喋りに夢中になっていた。この時間まで立ち続けるのは、さすがに疲れてしまうからだろう。
皆の視線が集まるので少々恥ずかしい。だが、曲に合わせて踊り始めれば、そんなことも忘れてしまう。
なぜなら、この男のリードが上手いのだ。オルギン州知事より上手いかもしれない。そんな男から、わたしは質問を受ける。
「キューバの要人たちと話した感想は?」
「そうですね……。同床異夢かな。爽快に目覚めた後に見る悪夢、辛くて悲して儚い現実だわ」
「面白い表現だ。どうやら、あなたも真実の一端を掴んだようだね」
「皆が好き勝手に言っている。モデルニスモ文学の影響を受けている者。経済的な事情で合衆国との関係を強固にしたい者。明日の生活のことしか考えていない者。さまざまな思想がぶつかりあっている。だけど、彼らに共通しているのは『この島は僕たちの島だ』と言っていることだわ」
「では、日本がこの島を統治するために必要なことを答えて欲しい」
「答えなければ?」
「あなたの手を離さない」
それは困る。本気だったら本当に困る。
だけど、冗談っぽい言い方なので、わたしも冗談で答えることにした。
「実は、わたしは一緒に踊るべき相手がいます」
「僕じゃないの?」
「違います。その人はガリラヤ湖の水面を、歩いたりダンスしたりできる男の人です」
「へえぇ、稀代の扇動者を選ぶなんて、独特なセンスを持っているようだね。手を繋いでゴルゴダの丘を登りたいという女性を初めて見たよ。それとも、一緒に十字架を背負いたいのかい」
「いいえ、彼と付き合えば、彼の父親を紹介してくれるかなって思ったので。彼の父親に大事な事を話したいのです」
「どんな話かい?」
「なんで、わたしのお母さんを連れて行ったんだ! 今すぐに還せ! そんな言葉をぶつけるためです。わたしの母は、わたしが四歳の時に亡くなっているので」
「あなたは悲しい経験をしてきたのか……。同情するよ。一点忠告してあげよう。男を説得する時には、身体を使って衝撃を与えることが必要だ。言葉による説得だけなら聞き流される」
「ご忠告ありがとうございます。心の手帳にしっかりと書き記しますわ」
わたしの返事に満足したのか、弁務官であり軍政監部副部長でもある男は微笑む。そのお礼をするかのように、興味を引く話を切り出した。
「じゃあ、僕からも面白い情報を教えてあげよう。先程届いたホットな情報だ」
「どんな情報ですか?」
「考えてみな。ヒントをあげよう。世界中に暮らす人類にとって、一度でも名前を聞いたことがある男だ」
アルコールで頭脳が侵されて思考能力が低下しているが、それでも真剣に考える。だが、世界的な超有名人というキーワードが漠然し過ぎているので、選びきれない。
映画界なら喜劇王チャールズ・チャップリンかな?
スポーツ選手なら誰だろう?
いろんな競技があるから分からない。
馬術ならバロン西で一択なんだけど。
あれこれ考えたが答えが分からず、遂に降参のポーズを取った。
勝ち誇った表情になる男を見ると屈辱感が湧いてくるが、同時に答えを知りたい好奇心も混じる。そんな複雑な心境のまま正解を求める。
すると、男はわたしの耳元に顔を近づけて、声を潜めながら驚くべき事実を打ち明けたのだ。
「君も僕も大嫌いな男だよ。いや、地球上にいる人類の半数が嫌っている男だ。大ドイツ帝国の総統アドルフ・ヒトラーが、新大陸にやって来たのさ」