戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第三〇話

枢軸海軍部隊総司令部、オアフ島、布哇諸島

同日 午後五時五分

 

 

 

 キューバ地方を基準にした各地の時差は、ニューヨークでは同時刻だが太平洋に浮かぶ布哇諸島は五時間遅れになる。

 

 アドルフ・ヒトラーがニューヨークに到着した件は、ニューヨーク現地時間の夕方になると一斉に報道された。それによると、北米戦線で奮戦する将兵たちを慰労したり、占領地の軍需品生産施設を視察したりするために来たのだという。

 

 大方の予想では、一進一退の激戦が続くキューバ島には来ないと考えていた。

 

 そんな危険な地域ではなく、小安状態になっている北米戦線の何処かと、五大湖周辺にある工業地帯を視察するだろう。ついでに、ニューヨークの高層建築物を見学するのだろうと考えていた。

 

 何故なら、建築デザインに独特のセンスがある彼にとって、ニューヨークの高層建築物は大いに関心を示す筈だからだ。そのように判断されていた。

 

 この都市の中心街であるマンハッタン島には、合衆国独立一〇〇周年を記念して建設された自由の女神像が建っている。それ以外に「世界一高いビル」の称号を誇る、エンパイア・ステート・ビルディングを始め、ニューヨークの摩天楼を象徴する高層建築物が建ち並んでいる。

 

 いずれも、ドイツの首都であるグロス・ベルリンには存在しない建築物ばかりだ。

 

 これらの建築物が戦禍を免れた理由は、ニューヨーク市がドイツ軍による攻撃を受ける前に自由都市宣言を行ったからだ。この宣言によってドイツ軍は無血で市内に入り、ニューヨーク市の建築物は無傷で守られたのだ。

 

 しかしながら、市民の心は深く傷ついてしまった。新たな支配者となったドイツになびく親ドイツ派と、合衆国に慣れ親しんだ旧守派が触発寸前で対立をしているからだ。

 

 そんなニューヨークの内部事情は山口GF長官や兄部GF参謀長にとって、興味を示すべき対象ではない。

 

 何故なら、戦争は終わる兆しを見せず、さらに激しくなる一方だからである。戦争に勝利するために全力集中している彼らにとって、一都市の事情に一喜一憂する余裕なんて無いからだ。

 

 むしろ、彼らが興味を示したのは、ヒトラーがニューヨークに訪問した手段だった。

 

 ただでさえアドルフ・ヒトラー氏は国家運営に多忙であり、戦争指導にも日夜精力的に務めている。そんな彼が二週間近くも、北米大陸に滞在するのは異例なことだ。

 

 そのような事情を考慮すると、短時間で大西洋を横断できる手段を用いたのだと考えられた。具体的には、ドイツ空軍の大型爆撃機であるMe264の輸送機型に搭乗したのだと。

 

 しかし、ニューヨークから発信されたラジオ電波は、GF司令部要員たちが困惑してしまう事実を伝えてきたのだ。

 

 司令部の会議室内では各幕僚たちが様々な反応をする。その一人である兄部は冗談を交えた言葉で、中島GF通信兼情報参謀に尋ねた。

 

「なあ、情報参謀。()()が初めて大西洋を渡ってきたことを日本語で説明したら、『処女航海』と『初陣』のどちらが適切だと思うか?」

 

「そうですねえ……。むしろ『輿入れ』が適切かと思われます。就役後はバルト海から外洋に出ておらず『箱入り娘』状態でしたから」

 

「君は面白い奴だな。いつも素直に答えてくれない。いつから、ひねくれ者になったのだ?」

 

「情報参謀になった時からです。相手の情報を素直に受け取ったら、寝首を掻かれますので」

 

「では、情報参謀としての見解を聞きたい。ニューヨークに現れた戦艦は<フォン・ヒンデンブルグ>で間違いないか」

 

「間違いありません。報道ではドイツ海軍の新鋭戦艦としか紹介していませんが、他の戦艦の動向から推測すると、<フォン・モルトケ>級でも<フリードリヒ・デァ・グロッセ>級でもありません。正真正銘で世界最強でもある戦艦<フォン・ヒンデンブルグ>です」

 

 その戦艦は、ドイツ海軍の拡充計画であるZ計画によって誕生した戦艦だ。

 

 英国の情報機関が掴んだ情報によれば、全長三五〇メートル、基準排水量一四万八〇〇〇トンに達するという。そして、四基八門ある四九口径五三センチ連装砲塔、両舷合計一八基の一五センチ連装砲、三〇基に達する一〇・五センチ高角砲という兵装を装備している。

 

 そのような武装を搭載して最大速力二八ノットで海上を疾走できる戦艦は、正真正銘の怪物と言える存在だ。そんな戦艦に対抗可能な戦艦は世界を見渡しても存在しない。唯一対抗出来そうな戦艦は、九州にある大神工廠で艤装中だからだ。

 

 そんな戦艦に乗ってヒトラーが北米大陸にやって来たのは、GF司令部要員たちにとって迷惑千万でしかない。攻撃目標が増えてしまったからである。

 

 既に大西洋では、第一機動艦隊が暴風雨のように暴れ回っていた。

 

 この艦隊は、今朝から北米大陸の北側にあるハリファックスへ、日没までに第三次攻撃隊まで送り出している。その海鷲たちは、欧州から到着したばかりの輸送船を多数撃沈したり、港湾周辺の揚重機や倉庫を破壊したのだ。

 

 さすがに、第一次世界大戦中の一九一七年に起きた、貨物船同士の衝突事故による大爆発事件のような被害は与えられなかった。

 

 この原因は一隻の貨物船に積まれていた多量の火薬が爆発したからだ。その爆発力はTNT火薬に換算して2.9キロトンに等しく、優美な市街地を阿鼻叫喚の地獄に様変わりさせている。

 

 それに比べると、第一機動艦隊が与えた被害は遥かに少ない。

 

 だが、連合軍へ戦争継続能力に痛手を与えたのは間違いなかった。だから、第一機動艦隊は明日以降も連合軍の急所に攻撃を加えつつ、ドイツ海軍航空戦隊を誘き出す作戦を続ける予定だったのだ。

 

 そんな時にヒトラーが北米大陸へ訪れた。

 

 <ヒンデンブルグ>を総統専用艦として。

 

 日夜暗殺を恐れているヒトラーにとって、安全に移動できる乗り物として戦艦は最適だった。艦内では海軍の将兵が警備しているので暗殺の恐れは無いし、潜水艦の雷撃や敵機の襲撃を受けても簡単には沈まないからだ。

 

 そんなヒトラーが北米大陸に上陸する様子は、映画の脚本のようにすべてが段取りされていた。それは、ドイツ宣伝省が総力を尽くして準備した脚本でもある。

 

 彼はニューヨーク沖合に到達すると通船に乗り移る。<ヒンデンブルグ>の喫水が深いため、マンハッタン島にある客船専用桟橋に接岸出来ないからだ。

 

 彼は通船に乗り移ると船内に入らず、暗殺を恐れないかのように堂々と船首に立った。そして、ハドソン川の両岸にいる市民たちに手を振りながら、川を遡上していく。

 

 川の両岸では大小の鍵十字(ハーケンクロイツ)の旗が振られ、新たな統治者であるヒトラーを迎えていた。そのような歓声で満たされた空間を通船は進む。

 

 そして、彼は桟橋に到着すると大勢の市民の歓迎を受けつつ、念願の上陸を果たしたのだ。

 

 この情景を撮れば、大ドイツ帝国の国威発揮になる映像になる。これだけでも十分だが、宣伝合戦に手抜きをしないドイツ宣伝省は他の情景も用意している。

 

 それは、戦艦<ヒンデンブルグ>の威容だ。

 

 日本の天守閣のような優美さがある<武蔵>と異なり、<ヒンデンブルグ>は質実剛健なドイツの城郭を彷彿させる。そんな戦艦が、自由の女神像やマンハッタンの摩天楼を背景にして停泊しているのだ。

 

 その光景は、世界の覇者がドイツになったことを決定づける映像になるだろう。

 

 GF参謀長の職を拝命している兄部でさえ、そのような映像を見たら敵国海軍の戦艦とはいえ心を躍らせてしまう恐れがあった。それくらい、海軍の将兵に強烈な印象を与える映像に仕上がるのだ。

 

 だからこそ、彼は迷っていた。

 

 彼の隣に座っている山口も迷っている。

 

 今なら、第一機動艦隊の戦力を総動員してニューヨークを強襲し、停泊中の<ヒンデンブルグ>を攻撃できる。停泊中の艦船にとって、潜水艦と航空機による攻撃は脅威だからだ。

 

 当然ながら、ドイツ軍も第一機動艦隊の空襲を許す訳が無い。ニューヨーク近郊に建設された空軍基地から、多数の戦闘機が離陸するだろう。

 

 残念なことに第一機動艦隊の航空戦力では、その迎撃戦闘機を制圧する力が足りない。対空火器も十分に配置している筈だ。だから、その攻撃は失敗し、第一機動艦隊は航空戦力を消耗してしまうのは確実である。

 

 そんな結末は誰も望んでいない。

 

 誰も口にしないが、はっきり言って無謀な攻撃だ。

 

 ここで、第三者視線で状況を俯瞰できる者ならば一つの疑問が浮かぶ。

 

 そこまでして沈めなければならない目標なのか? 

 

 たかが一隻の戦艦ではないのか? 

 

 そんな疑問に、兄部や山口はこう答えるだろう。貴様は海軍を理解していないと。

 

 彼らは面食らった相手に向けて、さらに言葉による矢玉を浴びせるだろう。海軍士官たる者は見敵必戦(けんてきひっせん)の精神を忘れてはいけないのだと。

 

 しかしながら、彼らは勇敢と無謀を履き違えるような無能ではない。特に育成に時間が掛かる航空機搭乗員は、大切に扱わなければならないことを心得ている。

 

 だからといって、<ヒンデンブルグ>への攻撃を諦めるのは早計だ。

 

 ニューヨークへの強襲以外にも方法がある。

 

 それを実行すべきか否か……。

 

 兄部の脳内では<ヒンデンブルグ>撃沈への作戦計画が組み上げられていく。

 

 短時間で組み上げたので概略案になるが、その状態で決裁を受けるために長官へ伺う。

 

「長官、ヒトラーがベルリンに帰る時を狙い、大西洋上で<ヒンデンブルグ>を攻撃するのはいかがでしょうか」

 

「戦力は?」

 

「第一機動艦隊の戦力を充てます。数隻の空母を抽出して大西洋上で待ち伏せし、帰路についた<ヒンデンブルグ>へ空襲を仕掛けます」

 

「よし、いいだろう。『箱入り娘』に教育してやれ。戦争を、国土を失い荒らされている友軍の怒りを、そして、我が海軍の本気をだ」

 

「はっ、ただちに詳細な作戦計画を作成します」

 

 山口の決断は下された。

 

 それから幾つかの連絡事項が伝えられて緊急会議は閉会される。出席者が次々に会議室から退室していくが、一人の士官が兄部に近づく。それは、航空参謀だった。

 

「参謀長、宜しいでしょうか」

 

「なんだ?」

 

「<ヒンデンブルグ>への攻撃案をまとめる件です」

 

「ああ、君に任せようと考えていたところだ」

 

「はい、これより立案に着手します。その件で質問ですが、ヒトラーがベルリンに帰る時に<ヒンデンブルグ>に乗るのは確実なのでしょうか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「はい。ヒトラーは『大攻』で帰るのだと思ったからです。<ヒンデンブルグ>は北米艦隊所属になり、北米に留まるのではないでしょうか」

 

 この参謀は統合航空軍の呼称である「戦略爆撃機」を、かつて陸上攻撃機が海軍に所属していた時代に用いていた「長距離大陸上攻撃機」、略して「大攻」と呼んでいる。

 

 いずれにせよ、この参謀はヒトラーがベルリンへ帰る時に、大西洋を横断できる爆撃機か輸送機に乗るのだと予想している。だから、大西洋の真ん中で第一機動艦隊が網を張っても、無駄だと指摘しているのだ。

 

 兄部にとって、この指摘は盲点を突いたものである。

 

 往路と復路で移動手段を変える発想が無かったからだ。

 

 しかしながら、今さら長官から決裁を受けた方針を変更するのは、兄部にとって避けたかった。

 

 ただでさえ武闘派である山口GF長官は、海軍のエリートコースに乗って順当に昇進して来た兄部と反りが合わない。特に、山口は東京都出身であるにもかかわらず、内面で妙な論理規定がある。それを頑なに守ろうとするところがあるのだ。

 

 大佐か少将の頃に都電に乗車した際、座席に座っていた中学生に「おぃ、そこの学生。立て!」と怒鳴りつけて、空いた席に彼が座るというようなことをしている。

 

 この時の中学生の態度が不明とはいえ、大人げないと言うべき行動だった。中学生に社会の厳しさを教育したかったのだという見解もあるが、そのような逸話を持つ性格なのだ。

 

 そんな長官へ、<ヒンデンブルグ>への攻撃計画を取り下げたらどうなるか……。

 

 誤解してはいけないが、海軍内部において彼は部下を丁寧に扱う男である。特に階級差があればあるほど、それが増す傾向だ。

 

 とはいえ、山口は大将であり兄部は中将である。そして、常にGF参謀長としての役割を求められていた。山口の恩情を期待すべきではない。

 

 そのため、長官の機嫌が良い時を狙って別の提案をするのが望ましい。しかし、現時点では決済を受けた計画を下敷きにして、速やかに立案しなければならない段階だ。

 

 兄部がそのように議事を誘導してしまったのが原因だが。

 

 だから、兄部はこの参謀が納得できるように説明した。

 

「どんな事情があっても準備は怠ってはならない。もし、ヒトラーが<ヒンデンブルグ>に乗って帰らなかったとしてもだ。もし、君の予想が外れたなら、それこそ絶好のチャンスを失ったことになる。そんな時、君はどう思うかい?」

 

「失礼しました。ただちに着手します」

 

 そう言うと参謀は兄部に敬礼する。

 

 彼が足早に会議室から出て行くと、中学校の図書館並みに広い部屋には兄部だけが残った。そんな彼は、一息つくと壁に貼られた大西洋の海図を眺めながら思い巡らしていく。

 

 この時、彼にとって<ヒンデンブルグ>への攻撃作戦は、第一機動艦隊が遂行中の作戦より重要度が低い作戦だと認識していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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