戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
枢軸海軍部隊総司令部、オアフ島、布哇諸島
同日 午後九時一三分
山口が電文用紙に署名すると、従兵が受け取って電信室に持ち込む。同時に、要件が済んだ兄部は退室すると、一人で廊下を歩いていく。
彼は自室へ向かわず、司令部庁舎の中庭に向かった。数分前に見たことが網膜に焼き付いたかのように、どうしても消えないからだ。
中庭に出ると、南国の樹木の代名詞とも言える椰子の木が彼を出迎えた。特徴的な形をした葉は、海風に吹かれて静かに揺れている。
激戦地であるカリブ海やパナマ、北米戦線から遥かに離れた布哇諸島は、戦場特有の喧騒が想像できないくらいに静かな時間が流れていた。
周囲に誰もいないことを確認すると、ポケットから取り出した煙草で一服して呟いく。
「あのメモは、どういう意味なんだ?」
彼は記憶が鮮明なうちに、それを蘇らせていく。山口の手帳に書かれたメモのことだ。
山口が見せてくれたのは
その内容は「孝子への手紙、一ヶ月に二通」という、個人的な用件も書かれていた。これは彼の奥方への
それより、気になったのは「山本大臣より、合衆国に警戒せよ」という一文だった。
日付は昨年一〇月、この島で首脳会談が行われた時に記したらしい。
この時、英国のウィンストン・チャーチル首相、合衆国のトーマス・デューイ大統領、そして日本の米内光政総理大臣が一堂に会したのだ。その目的は、第三次世界大戦の戦略方針を協議するためである。
この会談では、九月に実行された「剣」号の失敗が影響してしまい、各国の思惑がぶつかることになってしまう。そのため、枢軸軍としての共同声明が発表されるまで難航した会談でもあった。
この時、随員として山本五十六海軍大臣も来島している。彼は各国の要人たちとの会合する合間に、山口と話す機会を設けたのだろう。
さて、忘れてはならないことだが、この会談でキーマンとなるのは米内総理大臣である。そして、彼は航空機で長時間移動した経験が無く、高齢でもあった。移動中に体調悪化したら首脳会談を開催する意味が無くなってしまう。
このため、海路で一週間以上掛けて移動することになったが、彼らを乗せて太平洋を横断したのが<武蔵>だった。
<武蔵>は九月に改装工事を終えて、大神工廠から出渠したばかりである。この改装では、客船の一等船室並みの内装を残したまま、最新鋭電探の搭載から寝具の交換まで徹底的にされていた。だから、総理大臣たちの輸送兼護衛任務に最適だったのだ。
兄部にとって、<武蔵>が初めて真珠湾軍港に入港した時のことは、今でも印象に残っている。
この戦艦が軍港の岸壁に接岸した時、初めて入港するにも関わらずピタリと接岸したのだ。正直に言えば、<利根><長門>の艦長を務めてきた兄部でさえ、感心するような操艦だった。
船乗りではない者たちにとって、それは「誰もが出来て当たり前の操艦」と思われがちだ。しかし、海軍士官でも下手な者は幾らでもいる。
特に、海軍大学校卒業者たちは「勉強はできるが実践が下手」と陰口を言われるくらい、操艦技術が酷い者が多い。例えば、岸壁に接岸する時に目測を誤り、岸壁にぶつけてしまうか、いつまでも接岸できない事実が起きている。
だから、<武蔵>が何事もなく接岸した時、手練れの艦長が操艦を指揮していると思っていた。まさか、艦長が女性士官だったとは予想すらしていなかったのだ。
それだけではなく、彼女から艦長に就任した経緯も聞いて呆れかえってしまう。彼女とそれを上手に利用した黒幕に。
それは、日本海軍における人事制度に融通が無いことが起因していた。
<武蔵>がパナマ侵攻「贖罪」作戦に参加後、改装工事を受けるために大神工廠へ入渠した。この時、<武蔵>は当然ながら動けなくなる。だが、海軍の制度上では予備艦にならない限り、艦長が配属されていなければならない。
別の観点から見ると、ドックから動けない艦艇に艦長を務められる士官を配置するのは、人的資源の無駄でもあった。
艦艇の増加や戦没によって、各艦艇の職長や艦長として必要な大尉から中佐までの士官が、非常に不足しているからだ。ドッグから動けない艦艇のお守りをするくらいなら、竣工した新造艦の艦長に就かせるべきである。
艦長を配置しない方法もある。<武蔵>を予備艦に指定することだ。
この場合、艦長は不要になるが<武蔵>の乗員すべてが転属してしまう。そうなると、改修工事が完了する頃に集められた乗組員が、<武蔵>を扱い方を知らない将兵ばかりになるのは明らかだ。
これでは、全将兵が最初の段階から訓練しなければならず、戦力化までに半年以上も時間が掛かる。以上の事情を考慮すると、ドッグに収まっている<武蔵>にも艦長が必要だが、ボンクラ士官でも十分という結論になるのだ。
だから、彼女が選ばれたらしい。
これは、ボンクラ士官と自称した彼女による説明だ。
そして、本来であれば<武蔵>の改修工事完了前後に、後任者が着任する筈だった。だが、後任者が戦死したり、「剣」号作戦失敗による混乱で人事移動が凍結されたりしているうちに、彼女がそのまま艦長として残っている。
俄に信じられない話だったが、あり得る話でもあった。
真珠湾軍港には、女性士官が乗艦している艦艇が何隻か出入りしている。さらに、女性艦長と男性乗組員との組み合わせで組織された駆逐艦が、決戦海域で活躍しているからだ。
<武蔵>は一週間に渡る会談終了後、すぐに横須賀へ帰還する。この時点で、彼女は「武蔵屋旅館の女将」と呼ばれるようになっていた。それぐらい、真珠湾で彼女は注目を浴びたのだ。
そうするうちに、兄部は気づいた。何故か手帳のメモではなく、<武蔵>艦長のことを思い出していたからだ。
彼は新しい煙草に火をつけて、それを推理していく。
そもそも、そのメモが書かれた理由は何か?
それが謎のままだった。
メモが書かれた昨年一〇月の時点で、合衆国が「剣」号作戦の失敗に激怒したのは事実だ。
だが、それから半年以上も経っており戦略環境も変わっている。今さら、それを蒸し返すような者は少なくなった。この作戦で生死を彷徨った者は除くが。
それ以外にも奇妙なことがある。「剣」号作戦と布哇首脳会談は昨年度の出来事だが、その時のメモを今年度の手帳に書き写しているのだ。山口にとって、それぐらい重要な記録なのだ。
夜風に吹かれながら煙草を吸えば、何か気づくかと思って一服してみた。だが、結果は変わらない。
その時、彼は別件で重要な説明を忘れていたことに気づく。
それは、作戦案を立案した航空甲参謀が懸念した、ヒトラー総統がベルリンに帰る手段である。彼が<ヒンデンブルグ>ではなく大攻で帰るのならば、作戦は確実に失敗する。それを、山口に説明し損ねていたのだ。
火がついた煙草を靴底で消し、急いで司令部庁舎に戻る。行き先は電信室だ。
彼にとって久しぶりに駆け足だ。電信室に向かうと、泡を食ったような当直士官に命令して作業を止めさせようとした。従兵が電信用紙を受け取った時からの時間を考えると、暗号文に変換している最中だろう。
だから、間に合う筈である。しかし……。
「申し訳ございません。電文は送信し終えました」
当直士官と担当した電信員が、申し訳なさそうに説明する。既に手遅れだったのだ。
送信済みの電文を取り消すためには、発信者の署名が必要だ。そして、その電文には山口が署名している。
今から、山口に事情を説明して電文を取り消すことも考えたが、同時に山口へ異議を唱えるようなものでもある。兄部が独断で取り消すことも可能だが、山口の決断を止めることなんて出来ない。
だから、彼は声に出さずに自分自身へ罵倒する言葉をまくし立てながら、自分の部屋に戻ることしか出来なかった。
こうして、彼が投げたサイコロは止まる術を失い、どこまでも転がり続けていったのだ。