戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
第一機動艦隊司令部、サルガッソー海、中部大西洋
一九五〇年四月二七日 午前六時三〇分
布哇諸島オアフ島にあるGF司令部からの電文は、北米大陸やグアンタナモにある幾つかの通信基地を経由して第一機動艦隊司令部に届く。
電文は最高機密ランクである「軍機」に指定されており、強度が固い暗号に変換されて送信される。司令部からの重要電文なので、到着するまでに要した時間は三時間弱であった。当時の通信技術では高速といえる速度だ。
忘れてはならないが、時差の関係でキューバ島は布哇諸島より五時間進んでいる。
そのため、その電文を受け取るべき人物は起床した直後に受け取った。それに目を通した途端、目覚めたばかりですっきりしない頭脳は、血管が煮えたぎるように一気に熱くなってしまう。それほど、彼にとって信じられない内容だったのだ。
「貴様、寝ぼけたことを言ってんじゃねえよ。自ら作戦をぶっ壊そうとしてどうすんだ!」
城島司令長官は思わず声を荒げ、彼の上官であり兵学校の同期でもある男を罵倒した。彼の怒りはそれだけで収まらず、部下である参謀長を呼び出した。数十分後に朝食の席で顔を合わせるにも関わらずである。
参謀長は慌てて身繕いしたらしい。第三種軍装のネクタイが本来の形を成しておらず、帯を首に巻きつけたような姿で城島の前に姿を現わした。
「何でしょうか?」
「これを読んでくれ」
「はい」
電文を掴んだ参謀長は一字一句確認するように読み進めていくが、城島とは対称的に顔色を青くしていく。最後まで読むと最初から読み直し、溜息混じりの言葉で意見を述べた。
「いやぁ、参りましたねぇ……。これでは作戦計画を、すべて練り直さなければなりません」
「まったくだ。敵の航空艦隊を無視して、<ヒンデンブルグ>を攻撃しろと言ってくるなんて想像すらしなかったさ」
「しかし、電文には『第一攻撃目標ヲ<ヒンデンブルグ>ヘ変更サレタシ』と書かれています。『変更セヨ』ではありませんから、命令文ではありません。この戦艦への
「参謀長、官僚が使う言葉の真意を忘れた訳ではあるまいな。命令ではない曖昧な文末であっても、実質的には命令だ。こちらにとって都合のいい解釈をしたら、足元を掬われるぞ」
「長官のお考えは分かりましたが、<ヒンデンブルグ>へ攻撃するために戦力を分散するのは危険です」
「このままでは、一塁へ走るランナーを牽制しようとするうちに、三塁ランナーがホームインする状況になるからな。実行中の作戦のうち、どれかを諦めるしかない」
現在、第一機動艦隊を構成する第一から第三の各部隊は、各々に作戦行動していた。そのうち、空母四隻を擁する第二部隊が北部大西洋で作戦行動中である。
この部隊は数か月後に第二機動艦隊として独立するが、その初代司令長官として着任する加来少将が第二部隊の作戦指揮を執っていた。
第二部隊は前日にハリファックスを攻撃し、敵の追尾から逃れるために避退行動中だ。だが、その針路は南ではなく北に向いている。これは敵を欺くためだった。
常識的に考えれば、攻撃を終えた艦隊は燃料や弾薬を補給するために基地に帰る。だから、第二部隊はグアンタナモがある南へ向かう。連合軍側はそのように思い込んでいるので、逆方向に向かえば敵の追撃を避けられるのである。
もう一つ目的がある。
それは、数日後に再度ハリファックスを攻撃するためだ。
空襲直後のハリファックスは混乱していたが、現在は落ち着きを取り戻して復旧作業を進めている。岸壁に接岸したまま沈んだ貨物船を引き上げたり、壊れた倉庫の残骸を片付けたりしていた。
その頃を見計らって、再度攻撃を仕掛けるのだ。
連合軍が警戒していない北方から攻撃すれば、奇襲同然になり被害は抑えられるだろう。同時に港湾施設を復旧する機会を潰して、それを長引かせることもできる。
例えば、地味だが重要な攻撃目標として
沈んだ船を引き上げるサルベージ船は、航路や港湾の機能回復に必要不可欠な船だ。おまけに、用途が限定されるので僅かな隻数しかない。だから、これを沈めれば他の港からサルベージ船を持ってくるか、新たにサルベージ船を建造しなければならない。
どちらにせよ、港湾機能の復旧に時間が掛かるのは間違いなかった。
また、健在な倉庫や燃料槽、貨物揚重用
第一機動艦隊第二部隊が狙っているのは、そのような状況であった。
それに対して、城島の指揮下に残る第一部隊はサルガッソー海に留まり、メキシコ湾にいるドイツ海軍第一航空戦隊へ狙いを定めている。
四隻の大型空母に搭載しているジェット艦上戦闘機<旋風>、同じく艦上攻撃機<輝星><輝星改>合わせて約四〇〇機が、いつでも発艦できるように整備されていた。
また、連合軍艦艇の防空火器射程外から発射可能な、新型航空魚雷の先行量産型が
<飛鷹><雲鷹>に積まれている。
しかし、城島は積極的に攻撃する意図はない。むしろ、ドイツ軍からの攻撃を待ち続けていた。第一部隊の航空戦力はドイツ軍より劣勢だと想定しているので、迎撃に徹して敵航空戦力を削ごうとしていたからだ。
そんな状況で、<ヒンデンブルグ>攻撃命令が届いた。そして、その任務に相応しい戦力は第一機動艦隊第一部隊しかない。
忘れてはならないが、第一機動艦隊は第三部隊がある。それ以外に、英海軍と合衆国海軍が空母を含む艦隊を展開させている。
これらの艦隊は、大西洋横断中の連合軍輸送船団に次々と攻撃を仕掛けていた。護衛艦艇による対空火器の密度が粗く、陸上機による護衛を受けられないという理由もあって、貨物船は針路を大西洋の対岸ではなく海底に向けていく。
中々の戦果であった。
搭乗員たちにとって大いに不満なのだが。
では、搭乗員たちの不満を解消させるために、この艦隊で<ヒンデンブルグ>を攻撃すべきか?
答えは不可である。この艦隊はレシプロ機しか運用出来ないからだ。
<ヒンデンブルグ>が一隻だけで航行することは考えられず、護衛として駆逐艦や空母が同行するのは間違いない。
敵の迎撃機を振り切り、艦隊だからこそ実現できる濃密な対空火網を突破するには、レシプロ機では力不足だ。仮に、この機体で強行攻撃すれば、文字通り全滅するだろう。
だからこそ、第一部隊で攻撃しなければならなかった。問題は、ドイツ海軍第一航空戦隊と<ヒンデンブルグ>の位置関係だ。
現在、第一部隊はサルガッソー海で周回航行を続けている。フロリダ半島とキューバ島の間にあるフロリダ海峡を、交戦予想海域と定めているからだ。そこには、数時間の航行と母艦航空隊の飛行で到達できる距離である。
しかしながら、この海域から<ヒンデンブルグ>へ攻撃するには遠すぎた。ニューヨークを出航したことをリアルタイムで知らされ、全速力を出したとしても追いつけないのだ。何しろ、第一部隊の現在位置とニューヨークは、一〇〇浬(一八〇〇キロ)近くの距離がある。
そのため、第一部隊はサルガッソー海から北上しなければならない。だからといって、ドイツ海軍第一航空戦隊への攻撃を諦める訳にはいかなかった。城島たちは、この艦隊がカリブ海に再進出した最大の目的を忘れていないからだ。
では、どうするか?
参謀長以下司令部幕僚たちは意見を述べられるが、決断するのは城島しか出来ない。『二兎を追う者は一兎をも得ず』ということわざのように、さらに兵力を分散するのは愚の骨頂である。
ほんの数分で、彼は決意の言葉を発した。
「参謀長、第一部隊を<ヒンデンブルグ>攻撃に向かわせようと思う。他の参謀たちの意見も聞いて、決断したい」
「分かりました。その前に、朝食を食べましょう。従兵も待っていますし」
通路へ繋がる扉から、困った顔をした従兵が覗いていた。食事の時間が過ぎているので城島たちを呼びに来たのだが、何度かノックしたのに気づいてもらえなかったからだ。
「もう、こんな時間になっていたか。ああ、参謀長。言い忘れていた事がある。食堂に行く前にネクタイを締め直せ」
「長官、わたくしからも言わなければならない事があります。寝間着のまま食堂へ行かれないようにしてください」
「分かっておるわい。さっきの話に戻すが、フロリダ海峡をガラ空きにしたくない。何か案があるか?」
「そうですね……。第三部隊を配置しませんか? 敵艦隊への牽制になります」
「<天城><赤城>では非力だぞ。敵が本気で殴り掛かってきたら大打撃を受ける」
「指をしゃぶりながら黙って見ているより、遥かにマシかと」
「やれやれ。泣けば飴玉を貰えるように空母が増えたら、こんな事に悩む必要が無いのだがな」
彼は身支度を整えながら愚痴をこぼすが、心の奥底では別のことを考えていた。
なあ、山口。
貴様が<ヒンデンブルグ>の攻撃を優先する理由は何だ?
戦後になって兵学校の同期会で山口から真相を聞いた時、彼は開いた口を塞ぐことすら忘れたかのように呆然とすることになる。
◇◆◇◆◇
グアンタナモ市、キューバ島
一九五〇年四月二七日 午前〇時一二分
第一機動艦隊が<ヒンデンブルグ>への攻撃を決断した時刻から数時間前、グアンタナモ市内では殺人事件が起きていた。
被害者は公務中に殺されたので殉職死なのだが、戦死と呼べるか微妙であった。だが、事故死ではないのは明らかである。その理由は、喉が鋭利な刃物で切り裂かれていたからだ。
この人物が
非常に厄介なものなのだが、地平線に連れ戻す相手がいるからこそ、それを快感として実感できるからだ。経験者にしか分からないことだが。
遺体は、青いセロファンを貼られたトラックの前照灯によって、夜闇から姿を現わしている。それを見下ろしながら、二人の男が会話している。
「少佐、憲兵隊に報告しましょうか」
「いや、必要ない。すぐに立ち去るぞ」
「しかし、何もしないと我々が疑われます」
「こんな時間に移動していれば、誰にだって怪しまれる」
マックス少佐とゴメス上等兵の会話に割り込むように、スミス中尉が話し始める。いつの間にか遺体のポケットから手帳を引き抜き、身分証明書を兼ねた手帳をめくっていた。
「少佐を追いかけていた男は、日本陸軍の中佐だそうです」
彼は被害者である男の行動履歴や重要なメモを読み取ろうとしたが、それを諦めてポケットに戻す。彼は日本語が読めなかったからである。それ以前に、情報工作官であれば重要な情報を手帳に記さず、本人の頭脳に記憶させるからだ。
そんな彼は、市内で少佐と別れた後に調べてきたことを報告した。
「噂は本当のようですね。合衆国陸軍の司令部がある建物は、空っぽでした」
「わたしも呼ばれていないのに、堂々と舞踏会の会場に入って聞き回ってみた。二日前、いや三日前の攻撃で破れかけた前線を補強するために、軍司令部自体がカマグエイまで前進したそうだ。資材や兵員はグアンタナモから運ばなければならないし、口だけ達者な司令部が前進しても邪魔なんだけどなぁ」
合衆国陸軍キューバ派遣軍は、東海岸側の戦線を担当する合衆国陸軍第23歩兵師団、後方治安と離島の防備を担当する第24歩兵師団、機動戦力である合衆国陸軍第201独立機甲旅団で構成されている。
先日の戦闘で第23歩兵師団はほとんど被害を受けていない。それにも関わらず、合衆国陸軍は軍司令部を前進させた。後方治安と予備兵力と兼ねた第24歩兵師団を引き連れて。
大被害を受けた英連邦軍の代わりに、第24歩兵師団を配置するためだという。その理由だけなら納得できるのだが、彼らが聞いている噂話を下敷きにしてみれば別の思惑が透けて見える。
雲に覆われて月の光さえ届かない夜空の下で、何気なくミッチェル中尉が呟いた。
「我らの上官たちは本気なんですな」
「そのようだな」
「少佐はどこまで噂話を聞いていらっしゃるのですか」
「物まねが上手だが戦争は下手な黄色いサルと、本国を失ったのにプライドだけは高い紅茶野郎に戦争を任せたら、何年たっても奪われた領土を取り戻せない。だから、合衆国が戦争の主導権を握るべきだ。しかし、奴らは理由をつけて手放さないから、奪い取るしかない。そんな噂だった。陸軍の佐官連中が同じような事を話していたから、こりゃ本気だと思った」
「しかし、まあ、何というべきか……。合衆国がキャベツと手を組んで、日本人と英国人を蹴散らそうするなんて、凄いことを考えますね」
「それも違う。合衆国軍はドイツ軍による大規模軍事攻勢が引き起こす、混乱を利用するだけだ。情報機関に二重スパイがいる可能性は否定出来んがな」
スミス中尉は、何か情報が残っていないか調べていたが、手帳以外に価値あるものを見つけらない。彼は手を止めると上官へ提案した。
「遺体を隠しましょう。そこにあるドブ川に落とせば、我々の痕跡も消えます」
「えらく詳しいな」
「軍に志願する前は、医学生の研修として検視の手伝いをしていたのです」
「何で医学生が携帯式誘導弾の開発チームにいるのだ?」
「あなたが引き込んだですよ。マックス少佐」
マックス少佐が尾行に気づいたのは、舞踏会の会場を出てからしばらく経った時だった。最初は物乞いだと思って気にしていなかったが、いつまでも距離を保ったまま後を追ってくる。この時、尾行だと気づいたのだ。
このままでは、別行動を取っているミッチェル中尉たちと合流できない。別に怪しいことをしている訳ではないが、試作兵器に関する余計な事を話してしまいそうだったからだ。
仕方ないので、灯火管制で真っ暗なグアンタナモ市街地を、ぶらぶらと一時間近く歩きまわることにする。そうすると、尾行者が消えていた。
尾行を諦めたらしいと思っていたが、合流後にスミス中尉から受けた報告に驚いた。尾行者が殺されていたからだ。
当然ながら、彼は殺していない。
ミッチェル中尉とスミス中尉は、それぞれアリバイまで主張している。面白いことに、体つきは立派なのに臆病な性格であるゴメス上等兵まで、真剣な眼差しで主張していた。だから、マックス少佐は彼らの話を信じることにしたのだ。
さらに、スミス中尉の検視では、被害者は背後から襲われて一瞬で喉を切られたという。どうやら、暗殺のプロフェッショナルに襲われたのだろう。そして、この開発チームにそのような特技を持つ者はいない。
スミス中尉とゴメス上等兵が遺体を運び出すと、その場に残ったミッチェル中尉は地面に残った痕跡を消していく。その作業を続けながら、彼は呟いた。
「合衆国は、どこへ向かっているのでしょうか?」
その言葉に、マックス少佐は答えられなかった。
なぜなら、彼も呟きたかったからだ。
全ては、ルイジアナの上陸作戦の失敗が発端だった。合衆国軍が熱望していた北米大陸南部からの逆上陸作戦が、日本軍の偵察軽視と僅かな兵力しか捻出しない英軍の冷淡さによって失敗した。
真相はどうであれ、合衆国陸軍はそのように判断した。
だから、日英軍の評価を一気に下げたのは理解できる。信頼していたのに裏切られたら、誰だってそのような反応をするだろう。
合衆国軍が日英軍の実力を過大評価していたとしてもだ。
そして、日英軍から枢軸軍の作戦指揮権を引き継いで、失地回復を目指そうと発想するのも仕方ないことだった。しかしながら、その指揮権を掴むために日英軍を窮地に追い込もうとするのは、あまりにも危険だ。
ことわざで説明すれば「諸刃の剣」となる。
彼は、スミス中尉たちが戻ってきたことに気づかないまま、小言を呟く。
「作戦名が悪かったのさ。
腹立たしい気分を吐き捨てるために、彼は空を見上げる。枢軸軍における相互の不信感を表したかのように、空には雲が広がっていた。