戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
人の嫌がる軍隊に
志願で出て来る莫迦もいる
可愛いスーチャンと泣き別れ
「可愛いスーチャン」第一番より
作詞者、作曲者は共に不明
第三四話
枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島
一九五〇年四月二七日 午前六時三〇分
部屋のカーテンは大きく開かれていた。雲の切れ目から見え隠れする朝日が、室内に射し込んでいる。
その部屋にいるのは、バスローブと呼ばれる西洋式寝間着で身を包んだわたし。そして、あの男。その男の眼は、一点を凝視していた。わたしの顔ではなく、バスローブがはだけて露わになったわたしの胸を。
目覚めたばかりで状況が掴めないわたしは、身動きすることすら忘れている。男がゴクリと喉を鳴らす音を聞いて、慌てて胸を隠したが十二分に遅すぎた。
「き、きれいで、柔らかそうな胸だね。揉みごたえがありそうだ……」
朝一番から露骨にエロい言葉を言うな!
そんなことを平気で言える心理が理解出来ないし許せない。そんな、わたしの気持ちを理解してくれず、男は余計な言葉を放っていく。
「南十字星みたいな痣も、似合っているよ。うん」
貴様ぁ、わたしが隠していたことをじっくり見るな!
許さん! 成敗してやる!
わたしは躊躇わずに、枕元に置いた短刀を鞘から抜き出した。
「きれいだわ。この輝きにうっとりしちゃいそう」
思わず言葉を零してしまうくらい、刀身は朝日を受けて妖しく輝いていた。そして、あの男を睨みつける。
だが、男は状況を飲み込めていないようで、怪訝な表情のまま聞いてきた。
「何をしているの? そこに置いているバナナの皮は、手で剥けるよ」
「わたしはね、本気になったら手加減しないのよ。剥くのは、貴様の分厚い面の皮だ!」
そう言うと、わたしはベッドから立ち上がり一歩ずつ男に歩いていく。
ようやく、わたしが怒っていることに気づいたらしい。男は慌てふためきながら制止するが、その程度で許す甘い女ではない。しばらくすると、攻撃目標が悲鳴混じりの声を上げる。
「待った、何で怒っているんだ?」
「この際だから言わせてもらいますが、女が男のアレを見て感想を言いますか? 言わないでしょ! それなのに、わたしの胸のことを言う無神経さが理解できないのよ」
「す、素直に褒めたのに、何がダメなのさ?」
「黙れ! わたしを誰だと心得ている! 恥を知れ!」
わたしは深呼吸すると短刀を構え、必殺技を繰り出す前の決め言葉を告げた。
「全集中。
思いついた順に術式名を唱えていくが、本当に剣士になった気分になる。
これなら、桃から生まれた剣士に頼らなくても、鬼を殲滅できそうだ。いや、緑と黒の市松模様の羽織を着た着た少年かな?
そんなことは、どうでもいい。わたしは、腰を抜かして床に座り込んだ男に向けて、キラリと光る刃先を構える。
そして、掛け声と共に一気に突いた。
「チェストォォォォォ!」
………………………………
……………………
…………
短刀は男の身体ではなく、逸れて壁に突き刺さる。
これは計算どおりだった。
だが、計算どおりに進まないこともある。わたしによる殺人未遂が、司令部庁舎全体に瞬く間に伝わってしまったのだ。
偶然にもこの部屋の前を通った者が、わたしたちの声を聞いて憲兵隊を呼んでしまったのだ。それだけではなく、この男と痴話喧嘩したとか朝からプレイをしていたとか、事実無根の噂まで広まってしまう。
つまり、わたしは自滅したのだ。
自滅の刃。何て、わたしに相応しい言葉だろうか。とほほ……。
◇◆◇◆◇
昨夜の舞踏会から今朝までの出来事を思い返すと、わたしがこの男と朝を迎えたのは避けられないことだった。
舞踏会終了後に会場に残った軍政監部のメンバーたちと、反省会を兼ねた慰労会に加わっていた。
今だから冷静に振り返られるが、この時は少々浮かれていた。何しろ、キューバ島の政府要人たちと気軽に話せたので、成果を上げた自分自身に酔ってしまったのだ。
だから、警戒心も緩んでしまい避けるべき人物に会ってしまった。数日前に司令部内でわたしを罵倒した航空参謀に。
タイミングが悪く、わたしが一人でアルコールを注文していた時だ。軍政監部のメンバーたちは、わたしに気づかずに話を続けている。だから、たった一人で数分間に嫌味や皮肉をたっぷり浴びてしまった。
彼にとって、わたしが撃墜した敵機について意見を述べたこと自体が気にくわないらしい。どうやら、航空戦だけではなく彼の領分に口を出すのが許せないようだ。
それだけではなく、実力不足なのに真田少将の力で<武蔵>になったと思い込んでいる。それも、わたしが女だから可能な肉体的技能を発揮したからだとか。
それは、事実と推測を混ぜた妄想でしかない。
わたしや伊東中尉が撃墜した敵機を、新型ジェット機だと主張したのは正しかった。その敵機を調べていくと、着艦フックまで装備されていたので空母艦載機だと判定されている。
その後の分析によると驚くべきことに、ドイツ海軍第一航空戦隊の空母から飛び立ったのだと判定された。メキシコ湾に入ってユカタン海峡を越え、キューバ島の西海岸側から攻撃してきたのだ。
その航空戦隊は、一度だけ攻撃するとメキシコ湾かミシシッピ川に隠れている。結果として、わたしの推測は半分だけ正解だった。そして、間違っていた点だけ注目すれば、春風長官が怒るのも道理なのだ。
もう一つの批判である、わたしが夜伽したから<武蔵>艦長になったのも事実ではない。
わたしが<武蔵>艦長に着任する前に、統合軍令本部で仕事をしていたのは事実だ。コロンボから帰ってきて兵学校で教官を務めていた時に、真田少将によって引き抜かれたからだ。
真田少将とは、紅海で英軍撤退戦の任務に就いていた時にお会いしている。わたしが乗った駆逐艦が彼の指揮下に入った時だ。
この士官と出会った時、いろんな意味で衝撃を受けた。
はっきり言って頭がおかしいのだ。
なぜなら、彼はこの駆逐艦に乗るために紅海を泳いできたからである。それも、真夜中に。
彼は、水雷戦隊の旗艦である軽巡で作戦指揮を執っていたが、水中に潜む潜水艦から雷撃を受けてしまったのだ。
通常ならば軽巡は減速して沈没しないように努めつつ、指揮権を後続の駆逐艦に譲る。だけど、彼は通常の枠に収まらない男だったらしい。軽巡は増速して、浮上退避中の潜水艦に体当たりしたのだ。
潜水艦は沈み、さらに損傷が大きくなった軽巡は浅瀬に乗り上げた。それだけではなく、水雷戦隊司令部の幕僚たちは軽巡から降りて、暗い海を泳いでいく。わたしがいる駆逐艦に乗るために。
そんな彼らが全身ずぶ濡れ状態で乗り込んだ時、わたしは心の声で「深海棲人が来たぁ!」と悲鳴を上げてしまった。
だって、真夜中でしょ!
重油臭いでしょ!
だれもが驚くでしょ!
どうみても異様な姿をした男は、艦橋に入って艦橋要員たちを一通り見回すと大声で問いかけた。
「戦争が嫌いな奴は居ねぇが?」
その気迫で誰も答えられない。下手に答えたら、なまはげのように鎌で首を刈られそうだ。
沈黙を肯定と捉えた男は、高らかに宣言する。
「これよりドイツ艦隊に夜襲を掛ける。貴様ら、戦争を存分にやり尽くせ!」
後に、「戦争狂」と呼ばれる彼の真価が発露した瞬間だった。
その後、いろんなことがあったので、彼はわたしのことを覚えてくれたらしい。だから、彼が海軍大学校で対ドイツ戦の図上演習を研究する時に、助手として呼ばれたのだ。
さらに、彼の異動に合わせて統合軍令本部で仕事をするようになり、将来の展望についての幾つかのレポートを作成した。そして、現在に至るという訳である。
<武蔵>艦長に就いた理由は、今でも不思議だが。それ以前に、真田少将がわたしを評価していただいた理由も不明のままだ。
とにかく、わたしは女だけが使える特技で彼を墜とした訳ではない。だから、わたしの目の前に立つ航空参謀から、あれこれ言われる筋合いはないのだ。
忘れてはならないが、人間を殺害するためには幾つかの方法がある。
短刀があれば心臓に突き刺して失血させればいい。
銃があれば眉間を撃ち抜いて脳の活動を停止させればいい。
外側ではなく内側から、即ち精神面から殺めるのであれば、人格を否定する言葉を連続して聞かせれば十分だ。
そして、航空参謀はわたしという人間を全否定してきた。
このままでは、黙ってやり過ごす訳にいかない。
とうとう、我慢の限界を超えたわたしは、反撃を決意した。
「肝っ玉が小さい人ですね」
「あん? 今、何て言った?」
「肝っ玉が小さい奴って言ったんです。そんなに、わたしが卑怯な手を使ったとおっしゃるのであれば、ご自身でやれば如何ですか? そもそも、航空参謀は山口GF司令長官による抜擢人事で
「貴様ぁ!」
「他人を批判する人は、ご自身で同じような手段を考えているか実際にやってみた人ばかりなので。それとも、裸の王様なのに賢人ソロモン王のように、立派に見せなきゃいけないからですか? 大変ですね。その苦労はまったく分かりませんが」
「黙れ!」
酒を飲んでいる航空参謀は拳を振り上げた。
その拳を、わたしに向けて一気に振り下ろす。
酒の勢いを借りて暴力を振る男がいるが、航空参謀もそれに当てはまる男らしい。
別の観点から見れば、わたしは相変わらず男を見る目が無いという事実を、彼の拳によって突きつけられたようなものだった。
だって、本当に殴るなんて思わなかったんだもん!
わたしは、顔に痣が残ることを覚悟したが、拳は振り下ろされず新たな男の声が聞こえてきた。それは、平田大尉の声だった。
「航空参謀、上官としてのモラルが問われる行動です」
「手を放せ。これは上官を冒涜する奴への教育だ」
「航空参謀は支那の軍事顧問団とタラント空襲の勝ち戦しか、戦闘に参加していないと伺っております。お間違いありませんね? しかしながら、こう見えても彼女は北大西洋や紅海の撤退戦で戦い、生還した歴戦の士官です」
「なぜ、この女のことに詳しいのだ」
「彼女のことを調べたからです。彼女の別名の提案者なので。ついでに、失礼を承知のうえでお伝えしますが、航空参謀は彼女と比べる以前の段階ですぜ」
「黙れ! 文官如きが軍人に余計な口出しするな!
そう言うと、航空参謀は強引に振りほどき、わたしを救援しようとしてくれた男に拳をぶつけて立ち去る。残されたのは、わたしと流れ弾を受けた例の男だ。
その後は気まずかった。
わたしは、氷水を入れた袋で腫れた男の頬を冷やしてあげる。すると、軍政監部のメンバーたちは何故か会場から出ていってしまう。「上手くやれよ」と言い残して。
その意味が分からないが、しばらくはこの男に付き合わなければならなかった。さすがに、身体を張って航空参謀の暴力を止めようとした男を、この場に置いていくような冷淡な女ではない。
せっかくの機会なので、この男のことを聞き出してみた。何県の生まれで、どこそこの大学を卒業したとか、外務省の何局でどんな業務を担当してきたのか、そのような個人的な事情は一切興味が無い。
この島で何を企んでいるか、それだけだ。
そんな質問を投げかけた時、この男は待ってましたとばかりに、顔を綻ばせて答えた。
「カリブ海の海賊になるためさ」
「えっ?」
「カリブ海の海賊だよ。ドクロマークを描いた旗をマストに掲げて、カリブ海を縦横無尽に進み、金銀の財宝が眠る宝島を見つける。これこそ、男のロマンなのさ」
「わたし、外務省に連絡しますよ。『平田大尉の首に縄を掛けて日本に引き戻してください』って。それとも、『憲兵さん、この人です』と名指ししましょうか?」
「憲兵には捕まんないさ。こう見えても、少年時代は盗塁王と呼ばれるくらいに逃げ足だけは速いからね。冗談は程々にして、子供の頃に『宝島』を読んで海賊になりたいと思ったのは事実だ。だから、学生時代にこの地方を研究し、卒業論文として提出するまで浸るようになった。それぐらい、カリブ海と周辺諸国は僕にとって憧れの世界なのさ」
そんな事を語る男の瞳には、子供のように純粋な輝きがあった。母性本能溢れる女性ならば、それをくすぐられる様な輝きだ。
あいにく、わたしはそんな仕草で騙されるような女ではない。とはいえ、この男の内面にある何かに、引き寄せられそうなのは否定できない。
だから、今後はこの男に親しみを込めて、彼と呼んであげようじゃないか。そう、決めた。
◇◆◇◆◇
ここまで振り返ってみたが、昨夜だけで色々な出来事があったのだ。
しかしながら、その程度の理由で彼と同じ部屋で一晩過ごす必要はない。わたしが泊まるべき部屋は用意されているからである。
実は、もう一つの出来事があった。彼がまともに歩けなくなってしまったからだ。
泥酔状態になるまで飲んでいたからではない。彼も体内にアルコールを流し込んでいるとはいえ、仕事中の付き合いとして飲んでいるだけだ。それなのに、ふらふらと歩くようになってしまったのだ。
こうなった理由は分からない。わたしが別の士官と話しているときに、私が飲もうとした水を彼が奪うように飲み干したことが原因らしい。
仕方ないので、彼の執務室がある司令部まで案内してあげた。その道中に彼の嘔吐まで浴びてしまうが、何とか部屋に着いて彼をベッドに寝かしつける。
ついでに、部屋のシャワーを借りて軍服についた汚れを洗い流した。胃液が下着まで浸み込んでいたので、わたしの身体と一緒にきれいに洗う。もちろん、代わりの服なんて用意していないから、部屋にあるバスローブを着て乾くのを待つことにした。
そうしたら、いつの間にか眠ってしまい朝を迎えていたのだ。
こんな騒ぎになるなら、彼を介護しなきゃ良かったなぁと思う。
いや、騒ぎを起こしたのはわたしだっけ? だよね……。