戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
わたしが受け継いだ戦記小説を刊行するにあたり、取材対象となった二人の元女性海軍士官に会わなければならないと考えていた。
そのため、わたしが刊行許可と取材を兼ねた訪問を申し込んだ。そうして一人の女性の自宅に、もう一人の女性とわたしが集まることに決まった。
これは、わたしにとってありがたいことである。二人が高齢であることを考慮して、各々の自宅に訪問するつもりだったからだ。
当日、わたしを出迎えてくれたのは三浦明乃氏だった。旧姓は岬だそうだが、結婚して苗字を変えている。
彼女の説明によると、かつては栗色の髪だったそうだが、今はすっかり色が抜け落ちてしまったという。それでも、大らかな性格は変わっていないそうだ。
わたしが到着して間もなくすると、もう一人の人物が到着した。それは、五分前集合という海軍の伝統を守り抜いている淑女というべき姿だった。それは、宗谷ましろ氏である。
現内閣で大臣を務め、次期総理大臣候補と期待される国会議員の妻であった。彼女の苗字が変わっていないのは、夫が婿養子として宗谷家に籍を入れたからだそうだ。
彼女も美しく年齢を重ねている。縁のある眼鏡から彼女の知性を、串で梳いた長い黒髪から彼女の気品を感じ取れた。
この後に取材していくが、彼女は生真面目だが融通はあまり利かない性格のようだった。これは明乃氏も指摘したので、間違いないだろう。
その後、わたしは簡単に挨拶を済ませると、訪問した主旨と取材を進めていった。
これより先は、彼女たちの取材状況を文章で再現したものである。
また、文章内における氏名は、一般的な小説における女性名の作法に合わせて、苗字ではなく名前で書かせていただく。
なお、取材内容が何十年前の出来事なので、彼女たちの記憶が誤っていたり脳内で改ざんされたりしている場合がある。また、わたしの実力不足で彼女たちの意図を十分に汲み取れず、謝った解釈で文章化している場合もある。
その点を、あらかじめご承知おきいただきたい。
◇◆◇◆◇
今回の取材目的は一九五〇年四月三〇日に生起した、ウィンドワード海峡海戦における彼女たちの行動だ。あの時にどこで何が起きたのか。誰がどのように判断したのか。どうやって解決したかを記録したいのである。
これは、この戦記小説を書きあげた作家が行なったことだが、改めてわたしも実行する。もしかしたら、前回は話し忘れたことを証言してくれるかもしれないからだ。
早速、彼女たちには自己紹介と、この海戦の時における配属先の説明を求めた。
「えっと、三浦明乃です。もかちゃ……、知名から『ミケちゃん』と呼ばれていました。わたしは彼女を『もかちゃん』と呼んでいます。ウィンドワード海峡海戦の時は駆逐艦<晴風>の駆逐艦長です。階級は少佐でした。この海戦のあと、反乱者として駆逐艦から降ろされてしまいましたが……。まあ、色々とありました」
「わたしは、宗谷ましろと申します。苗字は北海道最北端にある岬と同じ漢字ですが、読み方は『むねたに』です。だけど、『そうや』と間違われることが多いです。これは、わたしの夫も同じですわ。あの海戦の時は、グアンタナモ基地通信隊で勤務していました。階級は大尉、肩書は司令部付の通信科でした。業務は本来の通信以外に、カリブ艦隊司令部の長官や参謀たちの翻訳をしたり、いろんな雑務をさせられたりしていました。だから、通信以外の裏事情に詳しかったのです。あと、知名からは『しろちゃん』と呼んでいただきました」
ここで、ウィンドワード海峡を簡単に説明したい。この海峡はカリブ海と大西洋と繋ぐ航路の一つであり、グアンタナモ湾の湾口にも接続している。この海峡では大航海時代から、交戦国の命運を賭けた海戦が幾度も生起していた。
つまり、ここは文字通りの決戦海峡なのである。
そして、今回取材するウィンドワード海峡海戦も、キューバ島の支配権を決定づける海戦だった。
面白いことに、統合軍令本部戦史研究所が編集した第三次世界大戦叢書では、この海戦に関する記述は少ない。それとは対照的に、フロリダ沖海戦には何頁も割いて詳細に記録されている。
両海戦も、第二次キューバ沖海戦を構成している海戦の一つなのだが、これほど扱いに差があるのは興味深い。
この理由について、取材前には辛勝と完勝の違いだと考えていた。敗北戦と誤解してしまうような損害を出した海戦を、注目させないようにしたいからだと邪推さえしていたのだ。
だが、取材を進めていくと、その認識が大きく間違っていたことに気づく。
彼女たちからの爆弾発言が無ければ、永遠に気づかなかっただろう。それくらいに衝撃的な証言は、後ほど紹介する。
ちなみに、フロリダ沖海戦は世間の一般人でさえ耳にしたことがある海戦だ。
詳細は読者諸氏が詳しいので省くが、日本海軍第一機動艦隊とドイツ海軍第一航空戦隊がメキシコ湾以来の航空戦を繰り広げた海戦だ。この時に日本海軍はドイツ海軍の航空母艦を幾隻も撃沈し、航空戦で念願の勝利を掴んだのだ。
次に聞いたことは、<武蔵>艦長だった知名もえか氏のことだ。彼女の人柄、彼女との関係や親交を答えられる範囲で話してもらう。偶然だが、二人とも海軍兵学校で彼女と一緒に学んだ同期生だった。
最初に証言したのは明乃だった。
「もかちゃんは本当に凄い人だった。勉強も出来るし、優秀でリーダーシップがあった。わたしが落ち込んだ時には、いつも励ましてくれた。わたしにとって友達以上の存在でした。それだけではなく、ウィンドワード海峡海戦は彼女がいたからこそ、辛うじて勝てた海戦だと思っています。彼女がいなければ、あの海峡でわたしは命を落としていた筈です。グアンタナモ基地も連合軍に奪われていたでしょう」
続いて証言したのは、ましろだった。
「わたしは勉強できるけれど不器用だと自覚しています。でも、彼女は勉強できたし器用でもあった。だから、相手が気づかないように手のひらで転がしてしまうことさえ、何食わぬ顔でやっていました。だから、わたしには真似できないくらい、実力差は大きかったのです」
ここまで聞いてから、少々意地悪な質問をしてみる。
「もえかさんとお二方を比べた時、もえかさんより優れていた点は何ですか?」
二人は記憶を辿りながら思い出し、それが間違っていないか相談していく。その結果、運動能力と動体視力は明乃が優れ、兵学校を卒業した時の成績順では、ましろが優れていたという。
しかしながら、もえかは数値では示せない実力があったそうだ。二人が口を揃えて話すので間違いないだろう。ちなみに、兵学校女性クラスの卒業成績順では、ましろは主席、もえかは三番目、明乃は一四番目だったという。
このクラスは三〇人でスタートしたが、授業についていけずに辞めたり病気で身体を壊したりして、徐々に減っている。最終的に一八名しか卒業できなかったそうだ。
もえかの人柄について、もう少し掘り下げてみることにした。
「もえかさんは、お二人しかいない時だけ雰囲気が違いましたか?」
二人は揃って頷いた。
「つまり、腹黒い性格だったのですね?」
その質問にも二人は頷いた。それだけではなく、明乃が裏話を語る。
「う~ん。腹黒いというより、公的と私的の区別をきちんとしていたわ。わたしたちだけで集まった時は、素の彼女を見せてくれたと思う。わたしは幼い時から、もかちゃんと一緒に遊んだり勉強したりした仲だから、彼女も本来の人懐っこさを隠そうとしなかった。普段から落ち着いた性格だし冗談も言えるから、一緒にいると楽しいのよ」
「なぜ、そんな性格になったのでしょうか?」
「艦長になれば、嫌でもそんな性格になるわ。特に、もかゃちゃんは努力を惜しまない性格だから、戦艦の艦長として相応しい人格を演じていたのだと思う。だけど、ストレスはかなり溜まったようね。グアンタナモで集まった時に彼女の愚痴を聞いてあげたら、物騒な言葉が連発したので怖くなっちゃったわ」
「その物騒な言葉について、印象に残ったのはどんな言葉ですか」
「それまで言うの? まあ、いいけれど……。確か『焼き鳥を作るのって楽しいよね。遠慮なくお肉に串を挿せるし、炙れるし』とか『包丁を握るとワクワクするよ』とか言ってた。もう一つ、『ちくわの穴に、皮付ききゅうりを挿し込めたっけ?』って話していたわね。だから、何があったのか考えたくないでしょ?」
「ただの感想や質問にしか聞こえませんが」
「目つきが怖かったのよ!」
どうやら明乃にとって、もえかの心の闇が見えた瞬間だったのだろう。
それにしても、焼き鳥や包丁は何の暗喩なのか想像できる。それに対して、ちくわの穴に皮付きゅうりは何の暗喩なのか分からなかった。
それとも、わたしが触れるべきではない言葉なのだろうか?