戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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(幕間)とある月刊雑誌の編集局長による随筆(4)

 ねずみ輸送とは、日没前にグアンタナモ泊地を出撃し、夜間に目的地で物資の荷揚げや兵員を上陸させる作戦だ。

 

 彼女の証言によると、敵に見つからないように夜間だけ積極的に行動する様子が、夜行性の小動物であるねずみに似ているからだという。

 

 この作戦における主な目的地はキューバ島ではなく、カリブ海に点在する島々だった。その理由について、彼女の次のように語った。

 

「カリブ海に浮かぶ島々は、複数のデザイナーが相談せずに織り上げてしまった一枚のタペストリーのように、国籍や言語がバラバラなのです。ある島が英国領だったとして、隣の島は合衆国領になります。その隣は仏国領で、さらに隣は独立国ですが英連邦諸国の一国でもあるような状態です。そして、わたしたちは枢軸陣営の一員である英国領や英連邦諸国、合衆国領の島々へ民需物資を届けなければならなかったのです」

 

 カリブ地方の政治的情勢に詳しい日本人は非常に少なく、わたしも正確に説明出来ない。だから、どの島が枢軸陣営だったのかという説明を省かせていただく。

 

 北米大陸を南下していくドイツ軍はカリブ海にも進出し、一九四八年六月にパナマへ、同年七月にキューバ島やバハマ諸島を占領した。

 

 だが、他にも点在する英領や合衆国領の島々には上陸しなかった。戦略的価値が低いと見なされていたのか、戦力に余裕がなかったからだと思われる。

 

 さて、ドイツ軍に見向きもされなかった島々に暮らす住人は、戦乱の緊張下にありながらも日常的な暮らしを営んでいた。だが、島々の統治者たちや駐屯している軍の指揮官たちは次第に苦悩していく。

 

 ドイツ軍はカリブ海でも、無差別潜水艦戦を実施することを宣言したからだ。こうして、民需物資しか載せていない貨物船でさえ、Uボートの餌食になってしまう。そして、海上交通路が寸断されていったのだ。

 

 彼らは予想していた。このままでは軍の防備態勢を強化する以前に、民間人の生活物資が欠乏してしまうと。

 

 その予感は的中し、その影響は次第に濃くなっていく。燃料が欠乏して自動車は動けなくなり、漁船も沖合へ出漁できなくなる。そして、洗剤や医薬品まで底をついてしまう。

 

 この状況を受けて、島々の統治者たちはドイツ軍へ降伏することを申し入れた。しかし、ドイツ軍は降伏さえも拒否した。

 

 戦後に亡命してきたドイツ軍高官の証言によると、戦略的価値が無い島々に暮らす住人は二級国民以下の存在だったからだという。現在でも人種差別政策を取る大ドイツ帝国にとって、それらの面倒まで抱え込みたくなかったのだろう。

 

 カリブ海の島々に起きた苦境はさらに厳しくなり、遂には食料さえ不足してしまう。民間人たちが必要とした食料の総量は、島で採れる穀物や海産物だけでは足らないからだ。

 

 こうなると、民間人から餓死者が発生するのは時間の問題となった。

 

 食糧難に陥った住民の一部は、難民になって近隣の島に避難していく。しかし、その島でも食糧難が続いているので、難民と住人は対立してしまう。それが、血しぶきを上げるような殺し合いに発展し……。

 

 道端の随所で色鮮やかに咲き誇る花々は、被害者から飛び散った鮮血を涙のように滴り落としていく。そして、美しいカリブブルーに囲まれた島々は餓島(がとう)と化していた。

 

 その窮状を見兼ねた日英同盟寄り中立国が、人道支援を名目として支援物資を運びこむことを決意する。貨物船の船尾に国籍旗を堂々と掲げて、ドイツ占領下にあるパナマ運河を超えてカリブ海に進入したのだ。

 

 ドイツ軍はこれらの貨物船が通行することを許可した。パナマ運河通過前に貨物船を臨検し、積載物に軍需物資が無いことを確認しているからだ。

 

 なお、中立国の船舶なので攻撃を受けないという理屈は、相手側が国際法を守っている前提での理屈だ。実際には国籍を確認せずに発射された魚雷に被雷してしまい、あえなく沈んだ貨物船もある。

 

 だから、中立国が人道支援のために貨物船を派遣したのは英断なのだ。

 

 そのような中立国の努力によって民間人の飢饉は凌いでいたが、明くる年である一九四九年四月になると一気に変化する。枢軸軍がグアンタナモを奪回したからだ。

 

 この時から平穏なカリブ海域は戦闘海域に一変し、中立国の船舶が航行するには危険な海域になる。それだけではなく、連合軍は全世界に点在する中立国へ通告した。

 

 中立国が一方の陣営に肩入れし続ければ、敵国として見なすと。

 

 このような経緯で、枢軸軍の新たな作戦としてカリブ海各諸島への民需物資輸送が加わった。カリブ海に点在する島々で飢えに喘ぐ住人を、宗主国は助ける責務がある。それを、英国や合衆国は忘れていなかったのだ。

 

 これを受けて、軍令部は民需物資の輸送計画を立案していく。

 

 最初の計画では、太平洋を横断してパナマに到着した貨物船団から、数隻の貨物船を分離させてカリブ海の島々へ直航させようとした。だが、すぐに問題に直面してしまう。

 

 しかし、殆どの島々の港湾設備が貧弱だったのである。太平洋航路を横断する積載量一万トン級貨物船では喫水が深すぎてしまい、目的地の岸壁や桟橋に接岸出来ないのだ。

 

 艀を使って貨物船から降ろした貨物を桟橋に移す手段もあるが、現実的ではない。キューバ島やジャマイカ島のような大きな島ならば、天然の防波堤や防潜網となる半島によって貨物船を隠せられる。だから、揚陸作業に時間が掛かっても許される。

 

 しかし、ケイマン諸島やカイゴス諸島の場合、桟橋が外洋に面していた。その沖合に停泊して揚陸作業を続ければ、Uボートの餌食になるのは確実である。無防備な姿を晒す貨物船を見逃すような愚か者では、Uボート艦長に成れないのだ。

 

 つまり、カリブ海域の島から島への輸送に適した貨物船は、瀬戸内海で活躍しているような積載量一五〇トン級貨物船だったのである。そして、それらの貨物船は、Uボートによって波間に姿を消していた。

 

 では、積載量一五〇トン級の貨物船をどうやって調達するか? 

 

 この問題を短時間で解決するためには、瀬戸内海で活躍している貨物船を二〇隻徴発してカリブ海に送ればいい。海軍大臣の朱印が捺された書類一枚で済むため、とても簡単だ。

 

 そして、その提案は統合軍令本部によって即時却下された。

 

 ただでさえ、これらの貨物船は阪神工業地帯へ原材料を運んだり、完成品を運び出すために日夜休むこと無く航海し続けていたのである。それを徴発されたら、軍需品の生産工程が大きく狂ってしまうし、前線へ軍需物資が届けられなくなる。

 

 銃身の工作機械は鋼材が無いと線条痕さえ刻めない。それを、作戦計画の立案者は理解していなかったのだ。

 

 対策案として、一五〇トン級の貨物船を速やかに建造する案が持ち上がったが、これも現実的に不可能なので却下されてしまう。

 

 当時、日本、豪州、合衆国西岸にある造船所では、<松>級駆逐艦や戦時標準船を量産中であり、この積載量の貨物船を建造する余裕が無かったのだ。

 

 中立国である(タイ)王国から中古の貨物船を調達する案も生まれたが、数隻しか購入出来なかった。この国は中立国の立場だが、国内の余剰船舶を使って枢軸国への貨物輸送に協力していたのである。

 

 このように、民需物資輸送作戦では様々な問題に直面していた。

 

 だが、軍令部は作戦を成功させるために、あらゆる手を尽くした。あちらこちらから戦力や機材をかき集め、GF指揮下の第九艦隊に配属させたのだ。

 

 さらに、グアンタナモに将旗を掲げていた第九艦隊も、指揮下の艦艇に新たな任務を与えた。こうして、民需物資輸送作戦が、<晴風>にとって哨戒任務と並ぶ重要な任務になったのだ。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 明乃は彼女自身が経験した、ねずみ輸送の実情を語ってくれた。

 

「民需物資を満載した貨物船は、グアンタナモ泊地に着くと荷下ろしをします。その貨物は港や倉庫で仕分けしてから、戦車揚陸艦に乗せました。これらは艦首が浜辺に向かって開き、車両が直接乗り降りできる艦艇です。<晴風>はこれらの艦艇の旗艦として目的地に向かいました。目的地はジャマイカ島、ケイマン諸島、カイゴス諸島です」

 

 彼女の説明に出てきた戦車揚陸艦は、船内の車両や貨物を浜辺で揚陸させられる艦艇である。本来の用途は敵地への上陸作戦用なので、銃砲撃を浴びるような過酷な環境で使用される艦艇だ。それを、この作戦に投入していた。

 

 彼女は何十年前の出来事であるにも関わらず、昨日の出来事のように話していく。

 

「民需物資輸送作戦の時は、空が明るいうちにグアンタナモを出撃しました。大抵の場合、陣形は<晴風>ともう一隻の駆逐艦を先頭したY字形、基本的に速力は一二ノットです。後に続く戦車揚陸艦は、目的地にいる住人の人数によって参加隻数を変えました」

 

「積み荷について教えてください」

 

「自動車や漁船の燃料、軍の携帯食料、水タンク、赤ちゃんの粉ミルク、土木用の資材、医薬品。どれも生活に必要なものばかりです。現地に駐屯している部隊向けに銃火器も載せました」

 

「輸送作戦の決行日について教えてください」

 

「ねずみ輸送は新月前後で、天候が安定した時に決行しました。天候に左右される理由は、戦車揚陸艇が独特の構造をしているからでした。艦首が車両の傾斜路を兼ねているので、平らな面が大きく波を切りにくいのです。航洋性は<松>級駆逐艦よりも劣っていたので、悪天候に航行すると、艦首が損傷して沈んでしまう恐れがあったのです」

 

「天候が悪い時はどうするのですか?」

 

「現地から苦情を言われますが、一か月先まで延期します。だからとはいえ、ナチスによる攻撃を受けた時には、緊急で物資を送らなければならない時もありました。その時は<晴風>以下数隻の艦艇に、救援物資を詰めたドラム缶を三〇本くらい積んで届けに行った時もあります。ドラム缶は空てい部隊で使用しているロープで、数珠つなぎにしていました。そのロープの端を目的地で待機している小舟に結んでから引っ張らせると、ドラム缶が次々に海中に落下する仕組みです。こうすることで、揚陸作業が短時間で行えました」

 

「連合軍からの攻撃を受けましたか?」

 

「はい。ほとんどがUボートからの攻撃でした。航海中や揚陸作業中に関係なく、魚雷を撃ってきました。敵機からの爆撃は、揚陸作業中に二回だけ受けています」

 

「Uボートを探知したら、どのように戦いましたか」

 

「航海中であれば<晴風>か僚艦一隻だけでUボートの動きを封じ、その隙に揚陸艦を通過させました。それだけではなく付近で哨戒任務に就いている僚艦や、対潜航空機に応援を頼んだこともあります。不思議なことに、殆どのUボートは揚陸艦に見向きもせず<晴風>ばかり狙ってきました。戦車揚陸艦より全長が長いので、Uボートから見ると大物に見えたのかもしれませんね」

 

 この彼女の証言を裏付けるように、当時のUボート艦長も戦車揚陸艦への雷撃は難しかったと証言している。

 

 それによると、戦車揚陸艦の喫水が駆逐艦より浅いので雷撃深度の設定に悩んだという。

 

 通常ならば小型艦艇への雷撃深度を三メートルから四メートルに設定するが、この深度では戦車揚陸艦の艦底をすり抜けてしまうのだ。

 

 深度を浅く設定すれば波頭に持ち上げられて、海面に飛び出してしまう。こうなると、魚雷の針路が狂ってしまい見当違いの方向に進んでいくのだ。

 

 ここで、第三次世界大戦で両陣営が使用した魚雷に詳しい読者ならば、Uボート艦長の証言が奇妙なことに気づくだろう。それは、魚雷に装備された複数の信管のうち、磁気信管に一切期待していないような証言をしているという点だ。

 

 当時のUボートで使用していた各種魚雷には触発信管と磁気信管という、二種類の起爆装置が組み付けられていた。触発式は艦腹にぶつかった衝撃で起爆し、磁気式は鋼鉄製艦船の磁気に反応して起爆する。

 

 磁気信管が有効に機能していれば、戦車揚陸艦の艦底をすり抜ける瞬間に目標の磁気を感知して起爆するのだ。だが、それが起爆しないことが当然のようにが証言していることから、磁気信管の信頼性は低かったのだと思われる。

 

 このような技術的情報は未だにドイツ政府が公開していないので、この真偽は今後明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 あのミケちゃんがUボート狩りや水上砲戦で、血に飢えた様に戦う姿が想像できませんでした。そのため、ねずみ輸送という地味な民需物資輸送作戦を設定し、これを確実に成功させる裏方のエキスパートになってもらいました。

 また、ねずみ輸送を海上護衛総隊(EF)ではなく第九艦隊が担当しているのは、EFが戦車揚陸艦を持っていないという設定だからです。

 なお、シロちゃんは原作では砲雷科所属ですが、本作では通信科所属にしています。ご注意あれ。




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