戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第三話

キューバ島東岸沖三二浬、キューバ島近海、カリブ海

同日 午後四時一三分

 

 

 

 天空で白く輝いていた太陽が赤みを増して西の空へ向かう頃、<武蔵>は針路一四〇度(南南東)でキューバ島と西インド諸島のグレートイナグア島の間にある海峡に向かっている。

 

 このまま速力十二ノットで航行すれば、日没後に海峡を通過し翌朝にはグアンタナモに入港できる予定だ。

 

 防空指揮所にいる知名は、<武蔵>の右舷側に広がる島影をぼんやりと眺めていた。枢軸軍と連合軍が激戦を繰り広げているキューバ島だ。

 

 この島は西端のサン・アントニオ岬から東端のマイシ岬までの直線距離が一二二五キロある細長い島であり、その長さは東京から奄美大島までの直線距離に匹敵する。

 

 両陣営がこの島の支配権を巡って戦っている理由は単純で明瞭だ。

 

 枢軸軍は太平洋にある拠点からパナマ運河を経由して、大西洋北部にあるアイスランド島レイキャビク基地まで続く海上交通路(シーレーン)を維持するためだ。

 

 それに対して、連合軍はその遮断と占領地域である合衆国南部への脅威を除去するためだ。

 

 だから、<武蔵>はこの海に来た。

 

 連日連夜の砲爆撃に耐えつつ不衛生きまわりない劣悪な環境で、少しでも戦線を北上させようとする友軍地上部隊を支援するために。

 

 島影を見飽きた彼女が何気なく艦尾を振り向くと、彼女の操艦技術でも回避出来なかった無残な被弾痕が視界に入ってくる。

 

 回転翼機の離発着艦用に整備された飛行甲板は、中央に大穴が開いている。幾つもの機関銃座は、敵機から発射された多数の噴進弾の直撃を受けて鉄屑と化していた。

 

 大きな煙突の側面にあり探照灯同士の間に立つ機銃射撃装置は、基部にある兵員待機所に複数の噴進弾を被弾してしまい傾いている。ここにいた将兵たちは衝撃で失神してしまったので、次々に治療室に運び込まれていた。

 

 さらに、舷側から海上へ張り出している機関銃座スポンソンのうち、一基は至近弾による海水柱によってもぎ取られ跡形も無くなっていた。機関銃座一基につき九名の操作員と機関銃弾補充員が配置されているが、彼らは一人残らず大海原に流されてしまった。

 

 それ以外にも至近弾の弾片による損傷が至る所に生じており、内務科がその対策に追われて駆け回っている。

 

 これまでに<武蔵>が受けた被害は被弾八発、至近弾を含めて回避した爆弾五九発、雷装した敵機が現れなかったので被雷無し。総合的損傷判定は小破、戦闘航海支障無し。

 

 これまでに<武蔵>は空襲を第五波まで受けている。ドイツ空軍の敵失やグアンタナモ基地から駆け付けた戦闘機隊の援護によって被弾を免れたこともあったが、一時間程前に受けた第五波の空襲では多数被弾してしまった。

 

 元々、キューバ島に展開しているドイツ空軍航空隊は、地上目標への爆撃を得意としている。そのため、対空火器で十分に武装した艦船攻撃に慣れていない。

 

 だが、第一波の残余で編成された第五波は<武蔵>への攻撃手段を十分に練り上げた。彼らは気づいたのだ。枢軸軍航空基地へ爆撃する戦術を<武蔵>に当てはめればいいのだと。

 

 最初に誘導弾を機関銃座へ叩きこみ沈黙させる。次に、防空網に空いた穴から<武蔵>上空に接近して急降下爆撃して致命傷を与える。そんな戦術だ。

 

 その戦術は効果的だった。<武蔵>の防空火力は一気に減少し、敵機を易々と上空に侵入させてしまったからだ。四隻の防空駆逐艦による対空射撃と、知名による操艦が無ければ<武蔵>は更に被弾していた筈だった。

 

 彼女の卓越した操艦技術があったからこそ、この程度の損害で空襲を切り抜けられた。だが、彼女は全く異なる見方をしていた。

 

 <武蔵>、許して。皆さん、ごめんなさい。私も後から追いかけます……。

 

 彼女は「努力に勝る天才無し」の言葉を胸に刻み、常にその言葉どおりに行動しようとしていた。その反面、一度でも自分自身の努力不足だと思い込むと益々自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 だが、そんな心境では戦闘指揮なんて出来ない。何しろ、彼女がいる世界は常に多少の()()が許容される世界なのだから。

 

 彼女は思考を切り変えるために水筒を取り出すと、唇を湿らせる程度の量を口にする。お腹に溜まるほど飲んではいけない。何度も実戦を経験するとそのような飲み方になっていく。

 

 艦首方向に体を向けると、お椀のような形状をした船が前方左舷側の海面を進んでいた。<武蔵>が退却を援護している<蒼龍>だった。

 

 <蒼龍>を中心に配置して<武蔵>と六隻の駆逐艦で輪陣形を組んでいる。その上空はグアンタナモ基地から飛来した八機の戦闘機隊が警戒していた。

 

 この空母の外観からは大破している様子を伺えないが、その艦内は深刻な被害を受けていたのだ。

 

 そもそも、この空母は大改装によって設計上五〇〇キロ爆弾の直撃にも耐えられる、強靭な飛行甲板に換装されていた。それでも大破したのは、それらが設計段階での想定を超えてしまったからである。

 

 爆撃機の高速化による爆弾落下速度の上昇、誘導弾のように重力以外のエネルギーで加速する爆弾の衝撃応力が、鋼板の許容応力を上回ってしまったからだった。

 

 この空母は飛行甲板への被弾以外に、煙突へ誘導弾を被弾していた。この誘導弾内部に収められていた一〇〇キロの炸薬によって、煙突と艦橋構造物の一部が吹き飛ばされていたのだ。

 

 さらに、誘導弾後部に残っていた固体ロケット燃料の欠片が煙路に落ちてしまい、ボイラーを炎上させてしまった。

 

 ボイラーは緊急消火して損傷を最小限に食い止めたが、焼け爛れた部品を交換しなければ運転出来ない。そのため、<蒼龍>は生き残ったボイラーの蒸気エネルギーだけで航行せざるを得なかったのである。

 

 天候が変わりつつあるのか、海風は午前中より強くなっていた。

 

 その風は、彼女が着用している白地の第二種軍装に染み込んだ潮と硝煙の匂いを、むしり取るかのように彼女の体にぶつかっていく。

 

 空襲は第五波以降受けていない。<武蔵>は既に友軍基地航空隊が制圧している海域に進入している。敵機が日没前に基地へ帰還できる時間を考慮すれば、先程の空襲が最後だと思われた。

 

 知名がそろそろ第一艦橋に降りようかと考え始めた時、不意に伝声管から彼女を呼び求める声が聞こえてくる。

 

 何となく嫌な予感がしたが、それを心の隅に押し退けて応答した。

 

「艦長です。どうしましたか」

 

「敵機を探知しました。敵味方識別信号に応答しないので間違いありません。方位三四〇度、約五〇機、本艦に接近中です」

 

「方位三四〇度? 間違えていない?」

 

「間違いなく方位三四〇度です。電探の反応からみて小型機だと思われます」

 

「了解」

 

 現在の<武蔵>から見て、方位三四〇度はバハマ諸島東側沖合の方向になる。

 

 敵機はキューバ島ではなく、バハマ諸島かフロリダ半島から飛来してきたのか? しかし、そこに点在している敵航空基地は、第一機動艦隊が昨日の黎明時に奇襲して大損害を与えた。

 

 では、ドイツ空軍の基地復旧能力は枢軸軍の想定以上だったのか? 

 

 ドイツ空軍の大型爆撃機であるMe264V18ならフロリダ半島から飛来できる。だが、この機体は戦略爆撃に適した機体であり急降下爆撃能力は無い。そもそも、この機体は大型機であって電探が捉えた情報と合致しない。

 

 そこまで考えれば答えは一つしかない。第一機動艦隊の最大攻撃目標であり、<蒼龍>や<武蔵>を囮にしておびき寄せていた対象が食いついて来たのだ。

 

 だが、彼女にとってグアンタナモ港に入港するまで遭遇したくない対象である。

 

 彼女は通信室を呼び出すと、電文を伝えていく。

 

「宛、第一機動艦隊司令部。本文、我レ、敵海軍航空戦隊ノ空襲ヲ受ケツツ有リ、此レヨリ()()()()()ヲ遂行セントス。位置、時間、以上」

 

 遂にノーフォーク港で停泊していたドイツ海軍第一航空戦隊が、第一機動艦隊の相次ぐ航空攻撃に痺れを切らして出撃したのだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 <武蔵>から発信した電文を読んだ第一機動艦隊司令部は、大雑把に分けて二つの反応を示した。

 

 第一航空戦隊の殲滅に執念の炎を上げていた参謀は、この戦隊をノーフォーク港から引きずり出せたことに歓喜の声を上げた。

 

 だが、現状を冷静に分析できる参謀は疑問に思った。なぜ、この時間帯に攻撃を仕掛けてきたのかと。何故なら、この攻撃隊が母艦に着艦するのは日没後になるからだ。

 

 操縦士を大量に育成している日本海軍でさえ、空母に夜間着艦できる技量を持つ熟練操縦士は極めて少ない。そんな操縦をこなせるドイツ海軍の操縦士は何人いるのだろうか。

 

 もしかしたら、<武蔵>攻撃後は空母ではなくキューバ島かバハマ諸島に着陸するのだろうか。

 

 どちらにせよ基地航空隊より対艦攻撃が得意なので、<武蔵>が苦戦するのは免れない。<蒼龍>撃沈も避けられないかもしれない。

 

 参謀の懸念は全般的視点では重要だが、これから空襲を受ける<武蔵>にとっては他に優先すべき事が幾つもある。そもそも、敵情分析は彼女たちの仕事ではない。

 

 <武蔵>からの警報によって、<蒼龍>と各駆逐艦は戦闘体制を整えていく。

 

 高速航行出来ない<蒼龍>にとって、発艦に必要な自然風力があれば艦内に残されてる戦闘機が発艦できる。だが、現在の風力では不十分だ。

 

 上空を周回していた戦闘機隊は、接近中の敵機に機首を向けると<武蔵>から遠ざかっていく。グアンタナモ基地では、第一機動艦隊司令部の要請により戦闘機が次々に離陸していた。

 

 だが、この戦闘機隊は<武蔵>が空襲を受けるまでに間に合いそうもない。

 

 上空にいる戦闘機隊の迎撃が不完全だった場合、第一波と同様に<武蔵><蒼龍>と各駆逐艦の対空火器だけで迎え撃つしかなかった。

 

 彼女は再び水筒で唇を湿らせて平常心を取り戻すと、為すべき事を始める。

 

「通信、<蒼龍>、第三と第四一駆逐隊に発信。『我レ、此レヨリ<蒼龍>後方ヲ防衛セントス』、以上」

 

「復唱、『我レ、此レヨリ<蒼龍>後方ヲ防衛セントス」

 

「航海、取舵一杯、変針後は舵中央、宜候」

 

「復唱、取舵一杯、変針後に直進します」

 

「砲術、高射、対空戦闘用意、左舷砲戦」

 

 <武蔵>の任務は<蒼龍>の直衛なので、敵機と<蒼龍>との間に<武蔵>を割り込ませていく。

 

 対空戦闘は<蒼龍>の援護を最優先しなければならない。そのため、彼女は近接信管採用後に改訂された対空戦闘要領に基づいて、左舷側を敵機に向けた。

 

 第一波空襲時のように自由自在に回避したら、網目が粗い防空網の隙を突いて敵機が<蒼龍>に接近してしまう。また、敵機を効率的に多数撃墜するためには、<武蔵>両舷に配置している各射撃指揮装置の測距を邪魔すべきではない。

 

 もし、<武蔵>上空に海鳥が飛んでいたら、手際良く対空戦闘態勢を整えていく姿を思う存分に観察出来たであろう。

 

 何しろ、大神工廠で改装された<武蔵>は、日英米の各海軍の最新技術を贅沢に取り入れた艦艇になったから、そうする価値は十分にある。

 

 既に、前檣楼後部に増設された七式一号二型電探が、四角い網のような形状した送受信機を敵機を指向している。

 

 その電測情報に基づいて、主砲射撃指揮所の頂部に突き出ている潜望鏡が旋回する。さらに、巨人が両手を水平に伸ばしたような形状をした一五メートル測距儀も旋回していく。

 

 そして、その装置に管制されて四五口径四六サンチ三連装主砲塔三基が、会話が困難になる大きな動作音を立てながら旋回していった。

 

 同様の動作は両用砲以下の火器も実行していく。

 

 左舷側にある二基の高射装置は、最新鋭の<妙風>型駆逐艦から搭載され始めた五式六〇口径一二・七サンチ連装両用砲のうち、左舷側六基を管制している。一基の高射装置で三基の両用砲を管制するのだ。

 

 左舷側の機銃射撃装置も二十基以上もある五式四〇ミリ機関銃座や、三十基以上もある九六式二十五ミリ機関銃座のうち、左舷側の火器を管制していく。これらは機銃射撃装置一基につき二基ないし三基の砲座や銃座を管制するのだ。

 

 各火器は、動作確認を兼ねて敵機に向けて旋回したり、砲口を上空に向けたりしていく。

 

 その射撃距離は<武蔵>独自で設定しており、敵機が二〇キロから十〇キロ圏内に接近した時に主砲が射撃開始をするようになっている。

 

 一〇キロから六キロ圏内になれば両用砲が、六キロから三キロ圏内であれば四〇ミリ機関銃が、三キロ圏内以下であれば二五ミリ機関銃がそれぞれ射撃開始をする。

 

 <武蔵>が射撃態勢を整える間にも、彼女の元へ様々な情報が届く。

 

「電測室より艦長、友軍直衛機隊が敵戦闘機と交戦開始。敵機編隊の半数が分割して本艦へ接近中です」

 

「砲術より艦長、友軍直衛機が邪魔で主砲が撃てません。主砲は七式弾を装填して待機、両用砲以下で迎撃します」

 

「航海より艦長、針路、宜候」

 

「艦長、敵機発見。左舷から接近中」

 

 知名は大きく息を吸い込むと、凛とした声で命令した。

 

「対空戦闘、打方始め」

 

 その直後、<武蔵>は天空に向けて砲弾を赤く輝かせながら撃ち上げる。ドイツ海軍第一航空戦隊と対決した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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