戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第三七話

ボケロン港、グアンタナモ市郊外、キューバ島

同日 午後三時七分

 

 

 

 包丁を握るのは久しぶりだが、食材を刻んでいくにつれて勘を取り戻していく。普段から調理に専念している主計課に比べれば包丁捌きは遅いが、女学生時代に授業で学んだことは未だに身体が覚えていたので助かる。

 

 食材を切り終えた頃にはフライパンも十分に温まっており、残りは焼き上げる作業だけになる。ボールに入れた小麦粉を水で溶いて、千切りにした玉ねぎや薄切りにした豚バラ肉を加えていく。それを油を引いたフライパンに注ぎ、じっくり焼いていくのだ。

 

 本当は生地に具材を混ぜず生地の上に具材を乗せて焼くそうだが、それを上手にひっくり返すのは職人級の技術が必要である。だから、今回は素人が美味しく作れる方法にした。

 

 わたしが焼いているのは、「洋食焼き」や「お好み焼き」とか呼ばれている料理だ。正式名は知らない。というより、定まっていないらしい。

 

 この料理はわたしが国民学校を卒業後、孤児院から養父母に引き取られた後に養母が作ってくれた料理だ。それまで、朝昼晩の三食を白米ご飯ばかり食べていたので、これが主食として食卓に並べられた時は本当に驚いた。

 

 だけど、一口食べたら美味しくて感動してしまい、この料理が好きになってしまったのだ。それ以降に養母から何を食べたいかと聞かれる度に、この料理を希望したものである。

 

 同期会でこの料理を作った理由は、グアンタナモに長く居る二人がこの料理に飢えている頃だと思ったからだ。これは、遣印艦隊司令部で三年近くも勤務した経験からである。

 

 なぜなら、わたしだけではなく彼女たちも、この料理が好きなのだ。江田島で勉学中に彼女たちを連れて、広島中心街の紙屋町まで遊びに行ったことがある。その時に、この料理を食べてもらったのだ。それ以来、彼女たちもこの料理がお気に入りになった。

 

 そんな料理だが、日本国外で勤務している時には食べられない。基本的に海軍の司厨員たちが作った食事を食べるか、現地人が経営する食堂に通うしか選択肢が無いからだ。そして、現地人が作る食事の味付けは絶望的に合わない。

 

 日本海軍に限らず各国軍の司厨員は、海外で任務に就いている将兵へ母国の料理を供給しようと努力している。その努力は素晴らしいのだが物足りなさもある。

 

 その理由として、一度に大量の食材を食中毒が起きないように調理するため、調理方法に制約が生じてしまうからだ。

 

 大量に調理するのに適した料理法は、茹でる、煮る(炊く)、蒸す、揚げるである。それに対して、炒める、焼くは簡単に見えるようで難しい。中華鍋やフライパンを大きくすると掴めなくなるから、一度に作れる量に限界があるのだ。

 

 <武蔵>で例えると、三千人以上の乗員に満遍なくほぼ同時に料理を提供しなければならない。食堂に入った最初の乗員が食べ終わるのに、最後の乗員が食事にありつけないのは大問題だ。

 

 さらに火加減が難しい。表面を焦がすくらいならまだしも、内部が生焼け状態に気づかなければ食中毒の危険がある。特に豚肉のように寄生虫がいる食材は、確実に火を通さなければならない。

 

 そのため、日本海軍では炒めたり焼いたりする料理が少ないのだ。当然ながら、粉物料理は焼かないと美味しくないので、将兵の食事には不適当になる。

 

 さて、フライパンで焼かれている生地は、いい塩梅でキツネ色になっていた。仕上げの段階が来たようだ。

 

 わたしは、はるばる浅草の専門店から運んできたガラス瓶を傾けて、特製ソースを垂らしていく。

 

 特製ソースが熱い鉄板に触れると、水蒸気の音に合わせて踊るように跳ね上がる。味噌や醤油(ソイソース)と異なる特製ソースの香りが、熱気に煽られるように店内に広がっていく。

 

 この香りを嗅いだ途端に、わたしの腹の虫が騒ぎ出す。この時に備えてお昼を食べてこなかったからだ。

 

 特製ソースが焦げ付く前に平皿に移して食卓に置く。そして、湯気が立ち昇るうちに人数分へ切り分けると、すかさず各々が摘まんで食べていった。

 

「ああ、これを食べたかったのよ! 嬉しい」

 

「ああ、幸せ! もかちゃん、グッド・ジョブ」

 

「へえ、これが艦長たちが子供の頃に食べていた料理ですか。これは美味いです」

 

「美味しい!」

 

「ふんふん」

 

「お昼を我慢して良かったぁ」

 

 皆が口々に感嘆の声を上げていく。発言順は、シロちゃん、ミケちゃん、伊東中尉、スーちゃん、女店主、わたしとなる。

 

 ミケちゃんやシロちゃんが喜んでくれれば、わたしも嬉しくなる。しかしながら、この食材では食感が物足りないし甘すぎる気がした。

 

 養母はキャベツを使っていたが、南国では手に入らないので玉ねぎを使ってみたのだ。これをもやしにすれば、もっと美味しくなりそうな気がする。機会があれば試してみたい。

 

 その後、わたしたちは料理担当を交代しつつ、わたしたち三人だけにしか理解できない話で盛り上がっていく。伊東中尉は一枚ペロリと平らげると、溜まった業務を片付けるために<武蔵>に戻った。

 

 面白いことに小母さんがこの料理に興味を持ち、わたしたちと一緒に料理を始めたのだ。

 

 ちなみに、この小母さんの名前はオリビアという。スペイン系の血筋を受け継いでいるそうだ。すべて、スペイン語が話せるシロちゃんが居たからこそ聞き出せたことである。

 

 シロちゃんは枢軸軍がグアンタナモを奪回した直後から、この地で任務に就いていた。彼女が選ばれた理由は、スペイン語で会話できる数少ない通信科士官だからだそうだ。

 

 意外なことに、彼女は赤道に近い南国の島で通信任務に携わることを喜んでいない。むしろ、こんな展開になるなら学ぶべき外国語をスペイン語ではなく、フランス語にすれば良かったと嘆いている。

 

 そして、その後に続く決め台詞は、いつもどおり「ついてない」だ。

 

 開戦前の日本は、第三次世界大戦の主戦場を中東地方や北アフリカ地方と想定していた。だから、この地方でほとんど使われないスペイン語を学べば、前線に行く事無く終戦まで日本国内に居られるだろう。彼女はそのような思惑でスペイン語を学んだのだ。

 

 しかし、世の中は予想どおりに動かないものである。

 

 圧倒的な生産量を誇る工業力を持ち多数の国民が居住する合衆国が、ドイツ軍の奇襲攻撃によって崩壊してしまう展開は誰も予想していなかったからだ。

 

 このため、主戦場はカリブ海と大西洋に変わり、スペイン語を話せる通信士官が必要になる。そして、この言語に強い彼女へスポットライトが浴びせられた。脇役中の脇役が主役として舞台の中央に立った瞬間だ。

 

 これを「ついてない」と言っていいのだろうか? まあ、彼女は自宅に近い通信基地か鎮守府で任務に就いて休日に子供と会うことを望んでいるから、そんな風に考えているらしいが。

 

 それとも、わたしが母親としての心境を理解していないだけなのだろうか? 

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 特製ソースの香ばしい匂いは日本人の胃袋を刺激するようだ。だから、招かれざる客も来店してしまう。

 

 彼らは店内に入ると開口一番に「貴様ら、ここで何をやってんだ。軍の営業許可書を見せろ」と言い出した。その客は威圧感だけですべてを支配しようとする、典型的な軍人である二人の憲兵だったのだ。

 

 貴様と呼ばれたのは久しぶりだが、そんな些細な事より路上で軍靴についた泥を落とさずに、ドカドカと店内に入ってくるのは閉口してしまう。

 

 雨が降り続いて道路はぬかるんでいるから仕方ないのだが、少しは気を利かせて欲しい。貴様たちは国民学校の無邪気な児童なのかと問い質したくなる。

 

 それが日本陸軍なのだと強面の彼らが言い切られると、それまでなのだが……。

 

 憲兵たちは店内を見渡すと食卓に置かれた皿に気づく。そして、わたしたちが制止する間も無く手を伸ばし、お好み焼きを一切れ食べてしまったのだ。

 

 そのタイミングで、調理室にいたミケちゃんが意地悪そうに声を掛ける。

 

「ねえ、憲兵さん。これでも営業許可書が必要かしら? 許可書を持ってきてくれるのなら、もう一枚焼いてあげるけど。どうする?」

 

 憲兵たちは顔を見合わせると何かを小言で相談していたが、呆れたことに堂々と席に座ってしまう。それだけではなく、厚顔無恥であることを宣言するかのように、碌でも無いことを言い出したのだ。

 

「例外的に許可書が無くても、営業を認める場合がある。そのためには、もう一枚試食して安全性を確認しなければならないのだ」

 

 完全にタダ飯を狙っている魂胆がミエミエだから情けない。日本陸軍はこんな奴らばかりなのかと疑いたくなる。

 

 わたしも手伝おうとして調理室に入るが、お好み焼きはシロちゃんが一人で焼いていた。意外なことに、ミケちゃんは鶏肉の串焼きを作っていたのだ。

 

 わたしは乗り気なミケちゃんに納得できず、不満を隠さずに意見するが彼女は平然と答えた。

 

「まあ、いいじゃない。ギブアンドテイクだよ」

 

「だけど、相手を選ぶべきだよ。一度でも許すと、わたしたちが居ないときタカリに来るよ」

 

「その時は、ナディアに『ワタシ、日本語ワカンナイ』って言わせればいいのよ。憲兵隊は話が通じない相手に強く出れないし、本気でゴリ押ししてきたら不味い飯を食わせればいいのさ」

 

「うげっ、本気で言っているの?」

 

「本気だよ。奴らがわたしたちを敵に回したらどうなるか、思い知らせてあげようじゃん」

 

 それを聞くと、わたしは憲兵隊が可哀そうに思えてくる。ミケちゃんが本気になると、わたしでさえ止められなくなるからだ。

 

 ミケちゃんからすれば、わたしのほうが危ないそうだが。

 

 そんな事を考えている時に新たな男が姿を見せた。店の入り口にある扉を開けっ放しにしているので、誰もが容易に入れるからだ。しかし、部外者が続々と来てしまうと、わたしたちの同期会が成り立たなってしまう。

 

 その男が遠慮なく店内に入ってくると、客席に座っていた二人の憲兵は飛び上がるように立つ。

 

 客の開襟背広型の防暑衣に縫い付けられた襟章は、この男が陸軍中佐であることを無言で告げていた。それだけではなく、要職である参謀にだけ許される飾緒(モール)まで吊り下げている。只の陸軍士官では無いのだ。

 

 彼も憲兵たちと同様に店内を見回すと、たまたま目が合ったわたしへ話し掛けてきた。

 

「おい、女給。美味そうな匂いがするが、何を作ってんだ」

 

「えっ、はい。『洋食焼き』とか『お好み焼き』と呼ぶ料理を作っています」

 

「よし、それを一人前持ってきてくれ。ビールも一本だ」

 

「あの、今日は営業していないのですが」

 

「憲兵には食わせられるのに、俺には用意できないとはどういうことかね? 金は払うから、作ってくれ」

 

 そこまで言われると断りづらい。

 

 調理室にいるミケちゃんとシロちゃんに相談すると、彼女たちは笑いを堪えながら料理を作り始めた。彼らが、わたしを女給と誤解しているのが面白いらしい。

 

 事実、わたしは第三種軍装の上着を脱いでいるし、腕まくりもしているので階級を表す襟章を身に着けていない。更に、特製ソースが跳ねても汚れないように割烹着も着ている。

 

 だから、女給に見えないことも無いけれど……、まあ、いいか。

 

 わたしは「はい、用意します」と答えると、注文どおりに常温のビールを用意したり、焼き上げたお好み焼きを食卓に置いたりして、給仕の仕事をそつなくこなしていく。

 

 女学生の頃に養父の仕事を手伝っていたから、手慣れたものだ。

 

 わたしを引き取った養父は貿易商社の経営者であり、広島の中心街にあるカフェも経営している。そこで、わたしは休日限定で働いていた。

 

 養父は世間の流行に敏感であり、商才も優れていた。そのおかげで貿易商社は、中国大陸における国民党軍と共産党軍の内戦で稼いでいた。その利益を元に、東京の銀座で流行り始めたカフェ店を開いたのだ。

 

 この店は珈琲だけではなくビールや洋酒を純粋に味わうための店であり、女給の性的接待をしない純喫茶だ。

 

 ここで働いていた時、たまに勘違いした客に堂々とお尻を撫でられたり、胸を揉まれたこともあった。それを除けば快適な職場である。

 

 もちろん、お客は珈琲を味わいながら静かなひと時を過ごしていた。

 

 この店の特徴として防音対策をした個室が用意されており、数人が談笑しながら珈琲を飲むことができたのだ。その個室が、知らないうちに謀議にも使われていたのだが。

 

 この件で、わたしは実の父親に暴力を振るわれた時より、酷い目にあったからだ。それだけではなく、間違いなく殺されていた筈だった。

 

 わたしの記憶にだけ生き続ける、あの人が助けてくれなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 さて、今回は調理方法のうち、炒める事と焼く調理方が、食中毒防止の観点から避けられていることに触れました。

 これは作者のうろ覚えな記憶に基づいています。専門的な文献を読んでいないので、事実と違うのであればお詫びいたします。

 この記憶は、カイワレ大根O-157騒動の時にテレビニュースで紹介されていた事でした。この時、O-157は七五度以上に加熱すれば殺菌できるのですが、炒めるのと焼くのでは不十分なのだそうです。

 その理由としては、炒めると焼くでは食材の片面しか焼けないし、表面が焦げても内部まで火が通っていない事が多いからだとか。

 それに対して茹でるや煮るだと、食材の表面積すべてから熱が伝わっていくので内部まで火が通りやすいそうです。だから、小学校の給食では炒めたり焼いたりする料理を採用していないのだと覚えています。

 これ以外にも諸説ある、お好み焼きの歴史に触れてみましたが、事実と異なる点がありそうです。それに気づかれた方は指摘していただけると助かります。

 なお、この小説でお好み焼きを登場させた理由は、スーちゃんの公式設定のうち好きな食べ物が粉物全般だからです。しかし、この設定をグアンタナモで実現させるのが大変でした。

 ところで、鈴木先生は何でスーちゃんをこんな面倒な設定にしたのでしょう? この設定を生かすために、すっごく頭を捻ったんですけど。

 いろいろと書き連ねましたが、今後も投稿していきますので宜しくお願い致します。




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