戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第三八話

ボケロン港、グアンタナモ市郊外、キューバ島

同日 午後三時五二分

 

 

 

 同期会を楽しんでいるのか女給の仕事をしているのか、わたし自身が判別出来なくなってきた頃、どっちつかずの状況は強制的に終了させられる。

 

 悲しいことに、強制終了させられたのは同期会だった。第三種軍装の襟章が真新しい海軍少尉が店内に駆け込んできたからだ。

 

「艦長、迎えに来ました。出撃の時間ですよ」

 

 わたしも艦長(ケップ)だから、この少尉がどの艦長を呼んだのか分からず戸惑ってしまう。だが、わたしが問い掛ける前に調理室にいるミケちゃんが返事をした。

 

 つまり、この少尉は<晴風>の乗員だったのである。

 

 桟橋からここまで走ってきたらしく、妙に息が荒い。わたしは、その様子を見て「ご苦労様」と声を掛けてみたが、彼はキョトンとした顔でわたしを見つめる。そして、彼もわたしの正体を誤解したまま話し始めた。

 

「あの、小母さん。昔からここで仕事しているの?」

 

「今日、来たばかりよ」

 

「へえぇ、日本語上手な人が現地人の小料理屋(スモールレス)で働こうとするなんて思わなかった。小母さん、すげえよ」

 

「なんで、そう思うの?」

 

「だって、日本の商人女たちは料亭(レス)遊郭(ピーハウ)でしか見たことがないので」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 つまり、彼もわたしのことを娑婆の商人だと誤解しているのだ。

 

 第三種軍装の上着を脱いで割烹着を着ているので、そう見えても仕方が無い。厳めしい軍装という箔が無ければ、わたしは単なるひ弱な女だという事実を突きつけられたようなものだ。

 

 そんな事を考えているうちに調理室の隣にある小部屋で、身支度を整えたミケちゃんが姿を現わす。

 

 この飲食店に来た時と同じように青褐色の第三種軍装を着ており、襟には少佐の襟章が括り付けられている。同色の艦内帽も被っているので、誰がどう見ても立派な海軍少佐だ。腰に短刀を吊り下げず、ネクタイの代わりに同色のスカーフを巻いているのが、彼女らしいと言えるが。

 

 ミケちゃんはわたしと少尉を会話を聞いていたらしい。彼女は少尉へ説教を始めたのだ。

 

「戸田、貴様が話している相手は誰か分かっているの?」

 

「この店の女給です」

 

「彼女はね、武蔵屋旅館の女将だよ」

 

「そうだったのですか。グアンタナモに日本旅館が建ったのは知りませんでした」

 

「違う、そうじゃない。武蔵屋旅館は、戦艦<武蔵>の隠語だ。貴様が舐めた口を利かせている相手は、その艦長(ケップ)だ!」

 

 その言葉を聞くと、少尉はポカンとした顔をしたまま凍り付いてしまう。彼にとって衝撃的な事実だったようだ。

 

 彼は我に返ると姿勢を正して敬礼するが、その動作が妙にぎこちない。

 

 そして、席に座って黙々を食べている憲兵たちも「マジ、ヤバい」と語っているかのような表情になっている。

 

 そんな彼らからの視線は、もの凄く苦手だ。

 

 唯一、この場でわたしに無関心だったのは、黙々と食べている陸軍中佐だけだった。階級の上下関係に厳しい陸軍には珍しく、何の反応も示さないのが面白い。

 

 恐らくだが、わたし自身が階級章を括り付けた上着を脱いでいるので、大佐だと気づいていないのだろう。いや、わたしが大佐だと主張しても信じ無いような雰囲気だったが。

 

 さて、ミケちゃんは調理室に残っているシロちゃんに挨拶すると、わたしにも挨拶してくれる。

 

「今日は短い時間だったけれど、楽しかった。機会があれば、どこかで会おう」

 

「そうだね。三人で一緒に集まろう。そう言えば、緊急出撃の行き先ってどこ?」

 

 わたしの質問に対して、彼女は小声で教えてくれた。

 

「サンティアーゴ・デ・クーバの沖合に行ってくる。グアンタナモの西にある、キューバ島で二番目に大きい港町だよ」

 

「なんで、そんな所に行くの?」

 

「哨戒中の<朝霜>に機関トラブルが起きたから、代わりに店番へ入ることになったのよ。明日の朝にレイキャビクから帰ってきた輸送船団が港に入るから、それまでにUボートを追い払って安全にしなきゃいけない。ホント、Uボートってムカつくくらい面倒な敵だよ。でもね、わたしは負けないよ」

 

「大変だけど、頑張ってね」

 

「ありがと。行ってくるよ」

 

 彼女はわたしに背を向けると、店の出入口に向かっていく。その途中、憲兵たちの前に立つと、彼らに向けて彼女らしい嫌味をぶつけた。

 

「ねえ、憲兵さん。この店は営業許可書が必要だったかしら?」

 

「……どうやら、この店は営業許可書が対象外だったようだ。十分に堪能……。いや、確認できた」

 

「そう、良かったわ。それより、どうしてもアンタたちに言いたいことがあるのよ」

 

「な、なんでしょう?」

 

「今後、同じような事を言い出したら」

 

「……『したら』?」

 

「只では済まないからね!」

 

「お、覚えておこう」

 

「じゃあ、これで話はお終い。あ、そうだ。アンタたちが食べた料理の代金はいらないけれど、代わりにオートバイを借りるわ。港に置いておくから取りに来てね」

 

 ミケちゃんは一気に喋ると、オートバイの座席に跨ってエンジンを掛ける。サイドカーに少尉を乗せるとアクセルを吹かし、あっという間にオートバイは加速していった。

 

 残されたのは不愉快そうな憲兵たちと紫煙、そして、言葉を失ったわたしたちだ。

 

 調理室から出てきたシロちゃんが、わたしの隣に立つと何気なく呟いた。

 

「ミケちゃんがこんな大胆に行動するなんて……。本気で怒っていたんだね」

 

 シロちゃんが呟くように、ミケちゃんがこんな思い切った行動をするなんて想像すらしていなかった。

 

 表情では分からなかったけれど、本気で怒っていたのは間違いなさそうだ。その時、ミケちゃんが学生時代に話したことを思い出した。

 

「ねえ、ミケちゃんは学生の頃に『船のお父さんになりたい』って言っていたよね」

 

「そうだっけ?」

 

「さっきのミケちゃん、船のお父さんみたいだったよね」

 

「そうかな? あれじゃ、海賊だよ」

 

「そうだね……」

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 憲兵たちはブツクサ文句を言いながら店を出ていくと、店内には陸軍中佐だけが残る。彼は黙々とお好み焼きを口に運び、ビールで胃に流し込んでいた。

 

 わたしは彼の前に座り、手酌で彼のコップにビールを注ぐと美味そうに飲み干してくれる。いい飲みっぷりだ。

 

 そんな彼は、素直に料理の感想を伝えてくれた。

 

「おう、これは美味い。ビールが進むな」

 

「どういたしまして。しかしながら、昼からビールを飲まれるのは如何なものかと思いますが」

 

「戦争には昼も夜も関係ない。それは前線だろうが後方の司令部だろうが一緒だ。戦う時に戦い、休める時に休めばいいのさ」

 

「左様ですか。それとも、左様でありますかと答えるべきでしょうか」

 

「どっちでも構わん。それにしても、今日は海軍さんだけで貸し切っていたのか。割り込んでしまって済まんな」

 

「こちらこそ助かりました。中佐が来ていただいたおかげで、憲兵たちが大人しくなりました」

 

「俺は座って飯を食っただけだぜ。話を変えるが、アンタの本名は何て言うのさ? カリブ艦隊司令部にいる森口(航海参謀)からは、別名しか聞いていないのでね。確か、『ポーキサイトで割るリキュール』だって聞いたような」

 

「知名もえかです。それと、別名は『ポートサイドのヴァルキューレ』です。数文字しか合っていませんし、そんなお酒飲んだら胃袋が超合金になりますよ」

 

「清濁飲み込まにゃならん奴に、相応しい酒だと思わんかね?」

 

 茶目っ気溢れる声で返されるが、どう答えればいいのか分からずに曖昧な返事をしてしまう。

 

 この参謀をどのように捉えればいいのか分からなかったからだ。上手い冗談を言おうとして滑ったのか、元から天然なのか。

 

 少なくとも参謀職についているので、底抜けの愚か者では無いのだろう。

 

 彼は鈴木と名乗り、枢軸陸軍第一七軍司令部の後方・兵站参謀だと教えてくれた。彼の説明によると枢軸軍の陸海空による区別なく、各種物資や燃料を管理する仕事をしているという。

 

 つまり、グアンタナモ泊地に在泊する艦艇の燃料も彼が掌握しているのだ。

 

 彼がここに来た理由は、カイマネラ港やボケロン港の周辺にある倉庫を視察するためだという。軍需品の備蓄状況を抜き打ちで視察することで、備品の横流しを防ぎたいからだそうだ。

 

 だから、わたしは海軍が自由に使える燃料事情を尋ねてみた。数日前に対岸のカイマネラ港にある出張所で聞いた時から、状況が進展していると思ったからである。

 

 しかし、燃料事情は相変わらずであり、むしろ備蓄量は益々減っている。第一航空艦隊に燃料を供給した後、油槽に補充する燃料が到着していないからだ。それだけではなく、この参謀は深刻な事実を話してくれた。

 

「ああ、ベネズエラから重油を調達する件はダメになった」

 

「えっ? 油槽船に駆逐艦の護衛までつけて取りに行ったのですよ」

 

「今日の午前中にベネズエラから連絡が届いたそうだが、油を送れないって言ってきたそうだ。外務省から来た奴が説明してた」

 

「その外務省から人物とは、平田大尉ですか」

 

「そう、その男だよ。今までに色々と悪い事をしているから、こっちも面倒事に巻き込まれる。本当にいい迷惑さ」

 

 そこで話し終えると、彼は最後の一切れを口に入れた。

 

 じっくり味わうように噛み締めていく最中、わたしは心の中で毒づいていた。「平田大尉、何やってんのよ!」と。

 

 あの男に好感を持ってしまった自分が阿呆だと思えてくる。

 

 その時、ふと大切なことを思い出す。それは、日本陸軍でしか通用しない独特な報告方法のことだ。

 

 例えば、街道沿いにトーチカを構築すると仮定する。

 

 上官から進捗状況を求められた場合、海軍の設営隊ならば「現在二〇パーセントまで作業完了。作業完了まで三日掛かると見込まれます」と答えるだろう。

 

 だが、陸軍の工兵隊は違う。彼らは「トーチカの建築は完了しました」と答えるのだ。

 

 さらに、上官が掘り下げるように質問していくと、ようやく「残工事は八〇パーセント残っています」と返答するのだ。工兵隊は嘘を言っていないし事実を隠した訳でもない。上官から聞かれなかったから報告しなかっただけである。

 

 困ったことに、これが工兵隊特有ではなく日本陸軍における報告方法だそうだ。未だに陸軍内部に蔓延る員数主義の残渣らしい。

 

 それは、表面上は立派な装甲を備えているが、内部は腐食した鋼板だらけの戦車に例えられる。高速走行すると、車体が平行四辺形のようにひしゃげる戦車だ。

 

 外見と虚栄心だけで満足してしまい、中身が伴っていない時代の日本陸軍に実在した悪しき慣習の一つだった。そして、当時から世代交代が進んでいるとはいえ、今でも残っていると聞く。

 

 そんな事実を思い出したので、わたしは目の前にいる鈴木中佐へ聞き出していく。

 

「その平田大尉は、今までにどんな悪い事をやってきたのですか」

 

「今朝の話だが、司令部の外務省執務室へ女を連れ込んで一戦交えたそうだ。軍事や外交の機密情報があちこちに積まれている司令部に、他所から女を連れて来るなんて非常識なことだぞ。こういう事をやらかすから、面倒な男なんだよ。まったく……。女遊びは待合でやれって」

 

「さ、左様であります」

 

 そっちの話かよ!

 

 この場を上手く切り抜けようとするが、知らないうちに顔が熱くなっていく。誰がどう見ても当事者だと自白しているようなものだ。

 

 そもそも、カクカクジカジカあって、わたしは被害に遭った側なんです。だから、あの男と夜の一戦を交えていませんって! 

 

 そんな事実を打ち明けそうになるが、ぐっと堪える。中佐は、そんなわたしの様子に気づかなかったらしく、別の事実を打ち明けてくれた。

 

「ベネズエラの件は送油装置が故障したからだと言っていた。あんなに青ざめた顔をした平田を見たのは初めてだ」

 

「そんな事情があったのですか。日本側では、どうにもならない事ですね」

 

「オタクはどう思っているか知らんが、俺はあの男を信用しておらん」

 

「なぜですか」

 

「あの男の兄貴は、櫻会事件を仕掛けようとした首謀者たちの一人だからさ。あの男も学生の頃に関わっていたらしいぞ」

 

 その話を聞いた途端に、わたしは顔から血の気が引いていく。

 

 櫻会事件、海軍ではトライアングル・アロウ事件と呼んでいるクーデター未遂事件だ。そして、この事件に巻き込まれて殺されかけた。

 

 そのせいで、今でもトライアングル・アロウ事件と聞いただけで身の毛がよだつ。

 

 どうやら、あの男は手首や足首を縄で縛ってから荷札を括り付け、日本へ送り返すべき人物だったらしい。それよりも、首に縄を巻いたほうが似合うかも。

 

 わたしの脳内では、悪徳令嬢が微笑みながら実行する残忍な手段を想像をしてしまうくらい、平田大尉への好感度は落ちていく。そして、わたしの身体から力が抜けてしまうくらい、衝撃的な証言だった。

 

 鈴木中佐は立ち上がるとオリビアに軍票を渡す。そして、わたしに向けて「味方につける相手を選べ。これは俺からの忠告だ」と言い残すと店から出ていった。

 

 彼を追うようにヨロヨロとした足取りで店の外に出ると、泥を跳ね上げながら走り去る公用車の後ろ姿が視界に入る。彼は、その後部座席に座っていた。

 

 今の話は、どこまで真実なんだろうか。わたし自身が分からなくなってきた。

 

 平田大尉は何かを企てているのだろうか? 

 

 それとも、鈴木中佐の妄言なのだろうか? 

 

 何気なく見上げたグアンタナモの空は、未だに雲で覆われているが雨は止んでいる。

 

 だが、再び雨が振り出すのは時間の問題のように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最近学んだのですが、名古屋にも名古屋風お好み焼きがあるそうです。片手で食べられるように半折りにするのが特徴だそうで。

 お好み焼きって、地方バージョンが豊富なんですねえ。

 というより、本家ってドコなんでしょ?
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