戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
ボケロン港、グアンタナモ市郊外、キューバ島
一九五〇年四月二七日 午後七時三二分
日時は一日後へ、もえかたちが同期会を楽しんでいた後の時刻へ戻る。
この時間、もえかの同期たちが集まった食堂に、もえかは残っていた。より正確に書くと、次々に来店してくる客のために調理を手伝わされていたのである。
本来であれば、彼女が店に残る必要は無かった。明乃は<晴風>に乗って出港しているし、ましろは夕刻からの当直任務に就くために通信所へ戻っている。
さらに、彼女は特別半舷上陸という休暇中であり、明日の朝食前までに<武蔵>へ戻れば良いことになっている。その気になれば、所用を済ませた後にグアンタナモで遊び回ることもできたのだ。
だが、彼女はこの街を楽しむ気分になれなかった。
グアンタナモという町は官民問わず圧倒的に男性が多い街なので、女性が安全に楽しめるような施設は少ない。それだけではなく、鈴木中佐からの証言によって気力が削がれてしまったからだ。
そんな事情で店に残っていると、彼女が気づかないうちに一般客が増えていく。彼女が持ち込んだお好み焼きソースの香ばしい香りに、興味を惹かれて入ってくる。お好み焼きソースの香りは、空腹な男たちの胃袋を掴む力があったのだ。
そして店内では、ましろからレシピを受け継いだオリビアが、新メニューとしてお好み焼きを作ろうとしている。だが、作り慣れなれていない料理に悪戦苦闘していた。
もえかは、その様子を見ていると少しだけ手伝うつもりで調理室に入った。間もなく、それが間違いだったのことに気づくが、後の祭りだった。
先程よりさらに客が来店したからだ。早番で出勤した軍属たちの勤務明け時間に重なっていたこともあり、ソースの香りに釣られた客たちが続々と入ってくる。そんな事情で、彼女はオリビアが用意していた食材を使い切るまで、お好み焼きをひたすら焼くことになってしまったのだ。
彼女が軟禁状態だった調理室から解き放たれた時、日はとっぷりと暮れていた。
慣れない調理で疲れた身体を休めるため、空いている椅子の背もたれに深々と寄りかかりながら食堂を見渡す。
店内にいる日本人はもえかのみ。その他大勢として現地の軍属や民間人と思わしき白人や黒人、その混血児であるムラートがいた。彼女は区別できなかったが、先住民のインディオや、インディオと黒人の混血児であるサンボもいたのだ。
殆どの客は勤務明けを迎えた現地雇用の軍属だった。彼らは過酷な肉体労働で疲労していたが、それを振り払うように酒を一杯引っ掛けながら食べていたのだ。中には一心不乱に食べ続けている者もいたが。
各国の将兵がいないのは当然だと言えた。下士官や兵士の食事は専用食堂に用意されているからだ。棒給で好きな物を食べられる士官たちは、この店を現地人用食堂と認識しているので近寄らない。
もえかが何気なく店内を眺めていた時、不意に大事な要件を思い出し懐中時計を取り出す。いつの間にか、グアンタナモへ再上陸した目的を果たすための時間になっていた。
彼女がこの店から退店しようと決めた時、それを阻止するかのように彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
声の主は、彼女をボケロン港まで迎えに来てくれたスーザンだった。手には小さなスプーンを握っている。もう一方の手を背中に回し、何かを隠しているつもりらしい。
「もえか、いいもん、食べさせたげる。眼、つぶって。口、あーん、して」
スーザンとは今日出会ったばかりなのに、妙にもえかに懐いてくる。そんなスーザンに言われたとおりに口を開くと、もえかの口に中でプルリと震えるものが入った。
「美味しい♪」
それは、とびきり甘いプディングだった。思いがけない展開に喜び、久しぶりに弾んだ声を上げてしまう。彼女は自覚していないが、それは広島への反応弾攻撃で両親を失って以来の声色だった。
「もっと食べたい?」
「うん。お願い」
常日頃、甘い者は別腹だと公言している彼女にとって、スーザンの不意打ちは嬉しいものだ。疲れた身体に染みわたる、心地よい感覚でもある。
スーザンが食べさせていたのは、日本国内で「プリン」と呼ばれる洋菓子のキューバ版だった。現地ではスペイン語の「フラン」と呼ばれている。
日本と大きく異なる点は、材料が生乳ではなく練乳を使い、傷みにくくするために水分を飛ばして固めに仕上げる点だ。電力事情が不安定なので、冷蔵庫が満足に使えないキューバ島ならではの生活の知恵だった。
スーザンはスプーンで何度もすくっては、もえかの口に運んでいく。あっという間に最後の一口まで食べさせると、スーザンは感想を求めた。
「美味しかった?」
「美味しかった。ありがとう」
「まだ、あるよ」
「もう、お腹一杯だよ」
そう言うと、彼女はスーザンを引き寄せて抱きしめる。本当はもう一皿食べたかったが、これ以上長居する訳にはいかない。そして、頬を擦りつけながら、感謝と別れの言葉を告げた。
「ありがとう。わたし、次の仕事がある。だから、今日は帰る」
「分かった。待ってたげる」
スーザンの返事は微妙に間違っていたが、彼女は深く考えなかった。そして、身支度を整えると店を後にしたのだ。
◇◆◇◆◇
枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部、グアンタナモ市、キューバ島
同日 同時刻
航海参謀の森口にとって、外務省執務室からの帰り際に棘のある台詞をぶつけられた件は、非常に腹立たしいものであった。
学生時代の後輩にあたる平田から、黙殺や隠蔽という言葉を聞かされるとは思っていなかったからだ。
彼にとって平田とは少年時代からの仲であり、慇懃無礼な態度を取りながら暴言寸前の言葉を放つ男だと知っている。
だからとはいえ、物事には限度がある。
あの時は、感情的衝動を理性で抑えられたが、機嫌が悪ければ鉄拳制裁を加えていただろう。
しかしながら、時間が経過すると冷静になり平田の主張を思い返していく。彼は外交官特有の肌感覚で、ヴェネスエラ側の変化を察知していたからだ。
それ以外に、森口には未だに引っ掛かることがあった。今から三日前にあたる二四日未明に、ケイマン海峡を哨戒中の艦艇から発信された緊急電だ。
大型漁船を改造した特設駆潜艇は、キューバ島とケイマン諸島の間に広がるケイマン海峡のうち、もっともキューバ島に近い海域を哨戒していた。その駆潜艇が「我、敵艦ノ砲撃ヲ受ケク」と連絡してきたのだ。
彼にとって謎なのは「砲撃を受けた」という報告だった。一般的に隠密作戦に適した艦艇は、Sボート(魚雷艇)やUボート(潜水艦)である。だが、これらの艦艇には主砲が搭載されておらず、魚雷か機銃しか攻撃手段がない。
では、駆潜艇は「砲撃ヲ受ケク」と報告してきた理由は何か?
銃撃と砲撃を間違えて報告したのか? それとも、本当に敵艦艇が砲撃してきたのか? そして、欧州連合海軍はグアンタナモかサンティアーゴ・デ・クーバを砲撃する計画だったのか?
未だに真実は分からない。この駆潜艇は消息不明になっているので、なおさらである。
だから、森口は自問自答していた。俺は何かを見落としているのではないか、参謀長に報告すべき案件なのだろうかと。
森口が参謀長への相談を
そして、新たに任命された司令部の幕僚たちには共通の問題があった。新体制になってから半年近く経っているのに、業務が円滑に進んでいないからだ。
その原因は、有能だが独善的な航空参謀という個人では無い。相次ぐ海戦でも勝機が見通せない戦況でも無い。彼らにとって、真の原因は統合軍令本部だったのである。
その問題は、枢軸軍が昨年初頭に決行した「贖罪」作戦によって、パナマを奪回した時から燻り始めていた。この運河を自由に通行する支配権を獲得したからである。
そのため、次の攻略目標を決めるために作戦会議が開かれた。日英同盟と合衆国の高級士官たちが一堂に会してである。
出席者の誰もが、決議に持っていくまで難航するだろうと予想していた。そして、殆どの者が予想を的中させてしまったのだ。悪い意味で。
この時の様子は、戦後に統合軍令本部戦史研究所が編纂した「第三次世界大戦叢書」に記されている。
それには、「何度か開かれた会議では幾度も紛糾し、怒声も飛び交う状況まで陥った。常に
それぐらい、各国の作戦案は相反していた。
何しろ、その作戦案は純粋な軍事的合理性だけを追及しても、複数の案を一つの案に絞り切れなかった。さらに、日英米各国の政治的思惑が作戦案に投影されるようになってしまい、議論は益々紛糾するようになってしまったのだ。
英国の作戦案はグアンタナモ奪取後、キューバ島南部だけを占領してすることを提案した。彼らは、ウィンワード海峡を通過して大西洋に向かい、カナダの東海岸を奪還することである。
そして、英国は最終的に英本土を奪回することを狙っていた。
それに対して、合衆国はグアンタナモだけではなく、キューバ島を完全に奪回してから前進基地化することを目指していた。その後、合衆国のメキシコ湾岸や東海岸から逆上陸して、欧州連合軍を北米大陸から駆逐することを計画していたのだ。
合衆国は、それを果たすために枢軸軍に参加した。
忘れてならない事だが、合衆国人にとって
そんな両国の利害を調整しようとしたのが日本である。
統合軍令本部から参加した士官たちは、矢面を立つ覚悟で英国と合衆国による論戦を打ち切らせようとする。しかし、その背中を切りつける者まで登場してしまい、遂に彼らも論戦に巻き込まれてしまったのだ。
下手人は、
海軍は英国案に積極的に賛成し、陸軍は合衆国案に全面協力しようとしていたからだ。それぞれの軍隊が、主戦力として活躍できる戦場が異なるからだ。
それに比較すると統合航空軍は大人しく、会議の最終日まで態度を保留し続けていた。この時の統合航空軍側出席者たちは一様に精彩が無く、彼らを無責任で卑怯だと非難する者もいたのだ。
だが、これは統合航空軍が創設された時の環境によるものだった。
統合航空軍は、一九四四年の春に創設されてから六年しか経過していない。その佐官や将官クラスの人材は、陸海軍から引き抜かれた者たちで占められている。
だから、彼らが士官として一人前になるまでに育ててきた陸海軍の先輩士官たちに、耳を傾けざるを得なかったのである。日本人的組織の美徳である年功序列が、言葉による圧力に化けてしまったのだ。
もちろん、統合航空軍独自で人材育成を行なっているが、その者たちが統合航空軍を切り盛りしていくには二〇年先の話だ。こうなると、現時点で在籍する高級士官たちで決議しなければならない。
その結果、統合航空軍内部では海軍派と陸軍派に分裂してしまい、方針がまとまらなかったのである。
そして、それらの問題を解決するのは統合軍令本部しかなかった。その上位に当たる者は米内総理大臣と天皇陛下しかいない。彼らにその問題をぶん投げる訳にもいかないし、そんな馬鹿げた事態を井上統合軍連本部長は絶対に許さないからだ。
しかしながら、統合軍令本部の内情も微妙だった。この組織は陸海空の各軍から派遣された将兵たちで運営されている。だから、各軍の主張をそのまま議場に持ち込んだのだ。
これは、国政選挙で当選した議員に例えられる。
この議員が評価されるのは、どちらの政治活動か考えて欲しい。
1)日本国の未来のために外交へ積極的に関わる。
2)選挙区にある土建企業に稼がせるため、採算が合わない公共事業を実現させようとして首都を東奔西走する。
一般的には前者が圧倒的に評価されるのだ。
なぜなら、評価する人数が圧倒的に異なるからである。諸外国で重職に就く政治家より、選挙区に生息する凡人クラスの有権者が多いのは明らかだ。
統合軍令本部で業務に勤しんでいる将兵たちも同様である。彼らはいずれ派遣元である各軍に復帰するが、その段階で提案を握り潰した裏切者として恨まれたくないからだ。どんな最善の判断を下したとしてもである。
そのような事情に翻弄されていくと、担当官たちに異変が現れていく。
酒の飲酒量が増加したり、胃腸薬の瓶を手放せなくなったりしたのだ。家庭内での不和が生じて離婚寸前まで悪化した佐官もいたくらいである。
だから、彼らは決断した。英国と合衆国が双方納得する作戦を練り上げて、上層部へ提出してしまおうと。
その時の担当官たちは「総花的だが徒花になる作戦計画とか、玉虫色な作戦計画と批判したければ勝手にほざけ」とさえ愚痴をこぼしていた。彼らの主張は明確であり悲壮的とも言える。
後世から見れば呆れる作戦計画といえる。だが、幾つかの会議で決済されると、この作戦計画が推進されることになったのだ。こうなると、誰にも止められなくなる。
この作戦案は英国案と合衆国案の折衷案となった。最初にグアンタナモ奪取後、ここを前進拠点として整備する。その後に二方面作戦を実施するのだ。
合衆国案は前述のとおり、合衆国領のメキシコ湾岸や東海岸から逆上陸する。
英国案は縮小していた。それは、果実の果肉は
カナダ東岸沖にあるニューファンドランド島と、ポルトガル西岸沖約一〇〇〇キロの大西洋上に浮かぶアゾレス諸島を、中堅拠点として奪取するだけとなったのだ。当然ながら、最終目標である英本土奪回は固持している。
一癖も二癖もある英国軍高級士官たちが作戦案の見直しに同意したのは、日本の担当官が英国人たちを説き伏せたからだ。
合衆国は建国してから二〇〇年も経っていない、腕白坊主のような国だ。図体は大きくて腕力もあるが、実力は一二歳の子供同然でしかない。だから、今回は大人であり成熟した
その担当官は、さらに言葉を続けた。
子供が成長していくと、彼らを畑や工場で働かせられます。当然、農産物の売り上げや賃金を持ち帰ってきますが、それを管理するのは大人である親の特権です。だから、後のことはご自由にどうぞ。
最後に、日本人も安堵した。
同盟から離脱しかねなかった合衆国を連れ戻せたし、英本土奪還までの道筋が見えてきたからだ。胃の痛みが治まったことも理由の一つだ。
だが、日本の担当官たちは甘く考えていた。その作戦案が、彼らの首を真綿で締め上げるようになることを。