戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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第四話

キューバ島東岸沖三二浬、キューバ島近海、カリブ海

同日 午後四時二六分

 

 

 

 黄昏色に染まりつつある空に、咲き競い合うかのように咲く幾つもの黒い華。

 

 次々と開く華は、蜜を求めて群がる蜂の眼前で花弁を広げ、それを包むかのように萎むと海面へ散っていく。

 

蜂のように空を飛び交う敵機を道連れにして。

 

 <武蔵>上空で繰り広げられている戦闘は、第一波と同様に敵機の撃墜から始まった。

 

 前檣楼基部の司令室にあるPPI式モニタの前では、電測員が敵機の動向を見逃さないように真剣に睨んでいる。その電測員が新たな報告を上げる。

 

「接近中の敵機は二隊に分離。本艦と<蒼龍>に向かっていきますが、電波欺瞞紙(チャフ)を撒かれたので正確な機数が確認出来ません」

 

 電測員の報告を聞くと、彼女はすかさず指示を下す。

 

「砲術、光学照準の準備をしてください。面舵一杯、<蒼龍>との距離を縮めます」

 

 敵機編隊は複数の中隊規模に分裂し、それぞれの方向から襲撃しようとしている。

 

 だが、敵機の指揮統制が不十分なのか、<武蔵>の艦尾方向に回ろうとする敵機が多い。両用砲はその方向に射撃を集中し、彼女が瞬きする僅かな時間で三機も撃墜していた。

 

 主翼が折れた敵機は紅蓮色の炎を噴き出し、機首を海面に向けて一気に降下していく。機体後部をもぎ取られた敵機は、ひらひらと舞う竹とんぼのように回転しながら高度を落としていく。

 

 <武蔵>の対空火器がその能力を全力発揮出来れば、敵機が簡単に近づく事は出来ないという事実を戦果で証明していた。

 

 発砲の轟音で空気が震えるが、彼女の心は臆して震える事なく敵機が飛び交う空を見上げていた。敵機を次々に撃ち落とすと反比例するように、彼女に精神的な余裕が生まれていく。

 

 そんな彼女は、自分自身に確認するかのように心の声で呟き始める。

 

 この様子ならば第五波のような被害は避けられそう。だって、あの空襲では誘導弾を三方向から同時に発射されたのだもの。あんな飽和攻撃で全弾撃墜なんて無理よ。

 

 でも、何かがおかしい。メキシコ湾海戦で空母や重巡を何隻も屠ったドイツ海軍第一航空戦隊が、航空戦に無知な私が楽観してしまうような攻撃をする訳が無い。絶対に何かおかしい! 

 

 何か違和感を持った彼女が新たな指示をしようとした時、左舷側の見張員が声を張り上げた。

 

「左舷から敵機が接近中」

 

「航海、面舵」

 

 彼女は反射的に転舵を指示して左舷側へ顔を向ける。そこには、白く輝く通常弾や焼夷弾だけではなく、赤、黄、緑に輝く曳光弾が次々に飛翔する空域に、臆することなく小型機が接近していた。

 

 その小型機は、メキシコ湾海戦で第一機動艦隊に甚大な被害を与えた、ドイツ海軍の主力戦闘爆撃機であるMe462だ。世界で最初に量産された実用型ジェット戦闘機Me262の艦載型である。

 

 それらが四機、横一列に並んだ横隊を組んで接近している。その翼下には幾つかの噴進弾が吊り下げられていた。

 

 ドイツ人たちは、日本海軍によって<フリードリヒ・デァ・グロッセ>が航行不能に追い込まれた状況を、彼らの手によって再現しようとしていたのだ。

 

 だから、彼らは射点に到達すると<フリードリヒ・デァ・グロッセ>の仇を取るかの如く、次々に噴進弾を発射した。その目標は<武蔵>左舷側の対空火器である。

 

「敵機先頭集団、噴進弾発射しました!」

 

「航海、面舵一杯!」

 

 白煙を盛大に吹かしながら急接近する噴進弾は、声を張り上げながら報告する見張員だけではなく、知名の瞳にもはっきり映り込む。

 

 彼女が危惧したとおり、艦尾方向からの攻撃は囮だった。

 

 噴進弾を撃墜するために両用砲が旋回するが、電測測距が間に合わず光学照準で射撃を始める。だが、それでは測距精度が甘いので砲弾は噴進弾に掠りさえしない。

 

 機関銃も全力で射撃するが、それは敵機より小さく高速なので中々命中しなかった。

 

 被弾が避けられなくなった時、彼女は声を張り上げた。

 

「耐衝撃防御!」

 

 彼女の命令が艦内全域に伝達される前に、それが着弾する。

 

 <武蔵>左舷側で次々に爆発と火災が発生する。被弾による船体の揺れは僅かだ。

 

 彼女は被害状況を確認するために防空指揮所から見下ろすが、惨状を見て思わず呻いてしまった。左舷側対空火器の半数近くが被弾してしまったのだ。

 

 幾つかの機関銃は銃座ごと甲板から引き剥がされたり、銃架と操作員が一緒に四散したりしている。

 

 機関銃射撃指揮所のうち一基が被弾して沈黙し、両用砲一基も被弾による誘爆で炎上していく。それだけではなく、至る所で火災が発生し黒煙をたなびかせていた。

 

 <武蔵>の防空網を強引に破った敵機は、すかさずその穴から戦果を拡大しようとする。

 

「本艦左舷側に新たな敵機が接近、水平爆撃だと思われます」

 

「面舵一八〇。変針後、舵中央、宜候(ヨウソロ)

 

 左舷側の防空網が壊滅的な被害を受けた以上、健在な対空火器が多数残っている艦尾側と右舷側で迎撃するしかない。

 

 それまで射界制限で対空戦闘に出来なかった右舷側両用砲は、<武蔵>が変針すると左舷側両用砲と共に猛烈な射撃を始める。

 

 急激に多数の砲弾に晒されるようになった敵機は、翼やエンジンを撃ち抜かれ次々に海面に飛び込んでいく。だが、幸運にも被弾しなかった敵機は標的を<武蔵>に定めて接近し、その機体から爆弾を切り離しす。

 

 弧を描くように投下された爆弾は<武蔵>目掛けて落下したが、爆発したのは海面だった。敵機操縦員は変針中の<武蔵>未来針路を読み切れず、至近弾となったからだ。

 

 爆撃を終えた敵機が<武蔵>から全速で避退していくと、いつの間にか上空から敵機の姿が消えていた。防戦に成功したのだ。

 

 知名は安堵の溜息をつくと護衛対象である<蒼龍>の方向に体を向け直す。

 

 だがその瞬間、声にならない悲鳴を上げた。

 

 <蒼龍>の飛行甲板に爆発の閃光が現れる。急降下爆撃機による爆弾を連続して二発被弾してしまったのだ。

 

 被弾による黒煙を吹き出しつつも速力一二ノットで航行している。致命傷は受けていないようだが、その上空には新たな編隊が急降下爆撃を仕掛けようとしていた。

 

 そして、<蒼龍>はそれに気づいていないのか直進を続けている。

 

 <蒼龍>、回避して! 

 

 彼女は大声で叫びたくなるが、<蒼龍>とは三キロ以上も離れている。その爆撃機編隊は急降下を始めた。そして、<蒼龍>は未だに変針していない。被弾するのは避けられなかった。

 

 もう駄目だ。間に合わない! 

 

 知名は伝声管を強く握りしめて覚悟を決めた時、被弾とは異なる轟音が(とどろ)き足元が揺らぐ。急展開する状況に追いつけない彼女の目の前で、赤く輝く砲弾が飛翔していく。

 

 その砲弾は急降下中の敵機に三〇〇〇度で燃焼する焼夷弾子と弾片の洗礼を与える。そして、黒煙が風によって散る頃には敵機の姿は消えていた。

 

 七式焼霰弾一発あたりの危害半径は約二五〇メートル、信管起爆後に拡散される九九六個の焼夷弾子と弾片を受けても、飛行し続ける機体は存在しない。

 

 <武蔵>砲術長が知名より先に敵機に気づき、装填済みだった七式弾の起爆設定を手動変更して射撃したのだ。

 

 彼女は再び安堵の溜息をつき、防空指揮所の伝声管を使って率直な気持ちを言葉にした。

 

「砲術長、お見事です」

 

 伝声管特有のくぐもり声で返って来た言葉は「仕事だからな」だった。砲術長らしい返事である。 

 

 彼女は戦況を確認するために周囲を見渡す。洋上には相次ぐ被弾によって行き脚を止めた<蒼龍>や、小火を起こしながら航行している駆逐艦、未だに上空へ射撃している駆逐艦がいた。

 

 未だに敵機は攻撃を諦めるつもりは無いらしい。では、その敵機はどこにいるのか? 

 

 その疑問に見張員が答える。彼女は反射的に空を見上げ、その顔を一瞬で凍り付かせた。

 

 通常爆弾を搭載した四機の敵機編隊が<武蔵>へ急降下爆撃を仕掛けようとしていたのだ。彼女が()()()()()と判断していた艦首方向から。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 彼女はすぐに伝声管へ声を注ぎ込む。

 

「面舵一杯。右舷後進全速。艦首上空から接近する敵機に射撃集中!」

 

 その指示は的確だが、直進している<武蔵>はすぐに変針出来ない。遅すぎたのだ。

 

 主砲と両用砲は射程圏内以下のため電測測距出来ないし、光学測距で射撃しても近接信管が有効に作動しない。

 

 残存数少ない機関銃による防御射撃だけが頼みの綱であった。しかし、機関銃指揮装置による管制を受けていても、中々撃墜出来ない。

 

 誰もが敵機撃墜に集中するあまり肝心な事を忘れていたからだ。一日中射撃して酷使した機関銃の銃身が、加熱によって歪んでしまい集弾性が悪化している事実を。

 

 敵機は対空砲火に構うことなく接近し、絶好の爆撃開始点で機体を捻ると降下態勢に移行した。後続の列機も次々に機体を捻り先頭機の後に続く。

 

 そして、敵先頭機は一気に降下して投下高度に達すると、機体から爆弾を投下した。

 

 高速で飛行する敵機から運動エネルギーを十分に受け取った爆弾は、重力による加速力も活用して<武蔵>に落下する。その爆弾は優秀な敵先頭機操縦士の計算どおり、<武蔵>の中心線上に命中した。

 

 完璧な爆撃だった。

 

 だが、操縦士が考慮していなかったことがあった。命中点は最上甲板の面積を大きく占める<武蔵>第一主砲天蓋であり、通常爆弾では二七〇ミリVH表面硬化鋼への貫通能力が不足していることを。

 

 主砲塔からはじかれた爆弾は、海面に落下し海水柱を立ち上げる。敵先頭機の爆撃はこうして終了した。

 

 先頭機に続けて二番機、三番機も投下する。二番機の爆弾は左舷側錨鎖装置の付近に命中、中甲板で炸裂して大きな錨を鎖ごと海底に沈めた。三番機の爆弾は前檣楼の左舷側にある機関銃を直撃し、鉄屑にしてしまった。

 

 そして、最後尾である四番機は三番機よりやや遅れて降下態勢に入る。

 

 この戦闘において四番機は常に幸運であった。他の敵機が次々に撃ち落とされる状況においても、日本統合航空軍の戦闘機による迎撃や艦艇からの対空砲火を受けていない。

 

 その幸運は現在も続いている。

 

 砲口から火焔を噴き出しながら撃ち上げる機関銃弾は、赤く輝く光跡を残しながら四番機の上下左右を通過していくだけだ。そして、先頭機から三番機の爆撃結果を考慮して爆撃点を修正できる幸運も掴んだ。

 

 四番機の操縦士は、二、三番機の爆弾が<武蔵>左舷側に命中した理由に気づいた。<武蔵>の右舷側から左舷側へ吹く風が爆弾の進路に影響を与えたのだと。

 

 ならば、爆撃点を<武蔵>の中心線上ではなく右舷側にすればいい。そうすれば風に流されても必ず何処かに命中する。可能ならば<武蔵>の中央にそびえ立つ前檣楼に命中させたい。

 

 操縦士は瞬時に方針をまとめると、<武蔵>への降下針路を僅かに変更する。風防から見える<武蔵>は次第に大きくなり、特徴ある前檣楼の輪郭がはっきり見えるようになる。

 

 その時に前檣楼頂部の指揮所にいる一人の士官に気づいた。面白い事に双眼鏡を使わず肉眼で操縦士を睨んでいたのだ。

 

 その士官の勇気に()()()()()ため、士官に目掛けて翼内機銃で射撃した。間違いなく、その士官は血まみれの肉片になり果てる。

 

 操縦士席後方で爆撃照準器を覗いていた爆撃員が「投下!」と叫んだ瞬間まで、四番機が挙げた最高の戦果に成る筈だと信じていた。

 

 だが、四番機の幸運は潰えた。血まみれの肉片になったのは操縦士たちであった。

 

 その四番機の最期は知名が見ていた。急降下して爆弾を投下した瞬間に別の物体が衝突し、敵機もろとも空中で砕け散ったからだ。

 

 彼女は一瞬だったが、その正体に気づいた。四散した尾翼に描かれている鮮明な日の丸を。

 

 敵戦闘機と格闘していたグアンタナモ基地航空隊の戦闘機が、<武蔵>を守るために敵爆撃機に体当たりしたのだ。

 

 四番機から投下された爆弾は<武蔵>前檣楼に直撃する進路だったが、体当たりによる衝撃波を受けて微妙に進路を変更してしまう。そして、誰にも補正されないまま海面に着弾し海水柱を立ち上げた。

 

 前檣楼より高く立ち上がる海水柱が、嫌味をぶつけるかのように知名に降りかかると、ドイツ海軍第一航空戦隊による攻撃は終了した。

 

 

 

        ◇◆◇◆◇

 

 

 

 敵機が避退して知名が「戦闘止め」を指示すると、先程まで散発的に続いていた射撃の轟音がピタリと消える。

 

 彼女は大きく息を吸っては吐き出し、耳鳴りのような違和感を振り払うかのように頭を振る。そして、被害報告の集計と応急処置を指示すると、日没が迫り闇に包まれつつある洋上を見回した。

 

 洋上には六隻の駆逐艦の姿が確認出来た。沈没するような被害は回避出来たが、第四一駆逐隊の<若月>には火災が発生している。

 

 そして、肝心の<蒼龍>は相次ぐ被弾によって炎上し、完全に行き脚を止めていた。格納庫では天井から泡沫消火剤が撒かれ、乗組員が必死に消火作業に取り組んでいる筈だ。

 

 いずれは鎮火し誘爆は防げるだそう。その理由は、先日の空襲による被弾後に航空用爆弾庫へ注水したり、格納庫にある機体から銃弾を取り外したりしていたからだ。

 

 この状況であれば<蒼龍>を海没処分して、残存艦だけでグアンタナモに向かうことも考えられる。だが、知名は火災鎮火後に<武蔵>で<蒼龍>を曳航するつもりだった。

 

 グアンタナモ基地の近くまで必死に戦闘しながら帰ってきたのに、ここで<蒼龍>を処分するのは納得出来なかったからだ。例え、この作戦において<蒼龍>損失が許容範囲内だったとしてもだ。

 

 そもそも、メキシコ湾海戦や「剣」号作戦で深刻な痛手を受けた日本海軍第一機動艦隊が、この海域に再進出を果たした本当の目的がある。

 

 それは、枢軸軍の海上交通路(シーレーン)の保護ではなく、ドイツ海軍第一航空戦隊を壊滅させることだった。そのためには多少の損害が発生するのは想定していたのだ。

 

 第一機動艦隊の作戦計画は、以下のように策定されていた。

 

 (1)連合軍の合衆国本土からキューバ島へ続く海上交通路(シーレーン)を遮断するため、フロリダ半島やバハマ諸島を空襲する。

 

 各基地への空襲は基本的に一回だけと決めていた。そして、帰還した航空隊を収容後は敵機の空襲を回避するため、速やかに中部大西洋まで退避する。

 

 (2)状況が許す限り同基地へ反復攻撃をするか、攻撃目標をメキシコ湾、合衆国東海岸にある軍港や航空基地に向ける。

 

 (3)空襲による被害続出に痺れを切らしたドイツ海軍第一航空戦隊を、ノーフォーク港から引き摺り出して洋上で決戦を挑む。

 

 現時点では第一機動艦隊司令部の想定どおりに進展している。

 

 明日以降にドイツ海軍第一航空戦隊が何処に向かうか不明だが、この戦隊が第一機動艦隊との決戦を回避するのであれば、(2)の計画通りに連合軍の陸上基地を空襲する計画だ。

 

 もし、(3)計画通りに決戦を挑んでくるのであれば、両手を広げて歓迎するつもりだ。<大鳳>級と<飛鷹>級が主力の空母一〇隻と他の艦艇で、宴の準備を整えている。

 

 敵機がいそいそとやって来たら、洋上で舞いながら歓迎のラッパを吹く。敵機はこの宴に酔いしれ、半数以上が血が沸騰するような情熱を心に秘めて()()()()()。その行先は言うまでもない。

 

 その後、母艦航空隊が消耗した第一航空戦隊を追跡し、更なる舞踊を披露するだけだ。水上砲戦という伝統的武術で。

 

 第一機動艦隊の方針は彼女も十分に理解している。ここでの問題は現時点の<蒼龍>を、空母と捉えるか漂流する巨大な鋼鉄の箱と捉えるかの違いだ。

 

 これから成すべき事を整理するために考え込んでいた彼女は、何人かの見張員が彼女を見つめている事に気づいた。

 

 理由が分からず怪訝な表情をする彼女に向けて、見張員が口を開こうとした。その時、主砲射撃指揮所から降りてきた砲術長が、見張員と同じような事を口にする。

 

「おい! 艦長、大丈夫か!」

 

 彼女に対して「おい!」と声を掛けるのは砲術長らしいが、その彼が彼女を見た途端に目を丸くした。

 

「よく生き残ったなあ。怪我はないのか?」

 

 益々困惑する彼女を見て見張員が彼女の背後を指を差し、その方向へ彼女は振り向く。そこで、ようやく理解した。彼女の背後にある鋼板に幾つもの弾痕があったのだ。

 

 <武蔵>へ最後の爆撃を仕掛けようとした爆撃機が射撃した弾痕であり、彼女の頭部の高さに何発も撃ち込まれていた。少しでも左右にズレれば彼女の愛嬌ある顔は粉砕されていただろう。

 

 主砲射撃指揮所にいた砲術長が銃撃に気づいたのは、その金属音がその室内に響き渡ったからである。

 

 この時の知名艦長を目撃した見張員は、居酒屋で戦場での経験談を聞かれる度に次のように語った。

 

 彼女は弾痕が残る鋼板をじっくり見ながら微笑み、振り返ると笑顔で「これが戦争なのです。砲術長」と言った。普段から威圧的な態度をする砲術長も流石に絶句していた。あれは女に変装した戦争狂そのものだと。

 

 彼女にとっては心外な評価である。

 

 笑顔にしたのは急にこみ上げた恐怖に耐えるためである。砲術長に話しかけたのは何か言葉を出したかっただけであり、特に意味は無い。

 

 防空指揮所に漂った微妙な空気は夕闇で隠され、この日の対空戦闘は完全に終了する。<蒼龍>は未だに炎上し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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