戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross)   作:キルロイさん

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Q1:なぜ本編を書かずに外伝を書いたのか。
A1:大サトー学会で同人誌を販売しようと企んでいるから。

Q2:その学会の開催日までに同人誌は仕上がるのか。
A2:さあ?







外伝(1) 噺家(はなしか)が語るTV五八船団始末記
噺家(はなしか)が語るTV五八船団始末記(前編)


 ほほう、戦記小説の作家先生ですか。

 

 珍しい物を書かれていますナ。

 

 はあ、あっしがカナダに行った時の話を聞きたいと。

 

 奇遇です。先日も、とある新聞社さんから取材を受けたんですヨ。

 

 あっしはこう見えても落語界にいる噺家(はなしか)のなんで、戦地巡業でカナダやアメリカを回った時の話をしました。同じような話になりますが、それでも宜しいですかネ。

 

 ふむ、取材の目的が違うのですか。では、話しましょ。

 

 あっしがカナダに渡ったのは一九五〇年の二月です。我が国(大日本帝国)がナチスドイツ(大ドイツ帝国)と戦争を始めてから、かれこれ一年と九ヶ月が経っていましたナ。

 

 北米大陸や中東地方で、日英米枢軸軍と独仏伊連合軍が戦っています。特にカリブ海地方での戦闘が激しかった頃です。

 

 東京都内の至るところでは、去年の一二月に攻撃された広島と長崎のことを、話題にしていました。あっしでさえ、路上や寄席で誰かと会うたびに話のネタにしました。

 

 だって、敵の潜水艦(Uボート)から発射された一、二発の反応弾で、広島や長崎の中心街が丸々蒸発してしまったんですから。

 

 だから、次は東京が狙われると噂が飛び交っていました。あっしは暢気(のんき)に構えていましたが、うちの母ァは怯えていましたナ。

 

 買い物へ行くと誰それが疎開したとか、ご近所さんが防空壕を掘っているとかという話題を、魚の干物や豆腐と一緒に持ち帰ってくるんです。

 

 それだけなら、しょうもない奴だと思うだけなんです。だって、根も葉もない噂話は幾らでも聞こえてきますから。だけど、母ァは違いました。あっしにとって、斜め上の方向へ進もうとしていたんです。

 

 ある日、あっしが仕事から帰ってくるなり、母ァが話し掛けてきたんです。

 

「あんた、ピカンドンに効く薬を買ってきたわ。これ、欲しいでしょ?」

 

 その声は、魚市場で仲買人が競り合っている時のように威勢が良かったので、あっしは思わず「よし、買った!」と口走る寸前でしたワイ。

 

 ああ、巷では反応弾を「ピカドン」と呼んでおりました。母ァだけは「ピカンドン」と呼んでいましたが。

 

 話を戻しますが、母ァがあっしに見せたのは醤油瓶でした。瓶にはチャプンチャプンと音を立てながら、なんかの液体が入っています。

 

 それは何だと母ァに聞いたら、驚きました。

 

 「キニーネよ」と答えたんです。

 

 キニーネですよ!

 

 あのマラリア(東南アジアや中米で蔓延している感染症で、蚊に刺されると感染する。発症すれば四〇度近くの高熱と平熱を二日か三日おきに繰り返し、早期に治療しなければ重篤化してしまう)に効く特効薬ですよ。

 

 放射線や火傷には全然効きません。そもそも、液体のキニーネは注射する時に使うので、注射器の使い方が分からなければ扱えません。だから、母ァが持っているのはあり得ないことです

 

 だから、母ァが持っているのはあり得ないことです。どう考えてもおかしいでしょ。

 

 母ァの話だと、反応弾による毒はキニーネを一気飲みすれば中和されるそうですって。大八車(当時の荷物用人力車)を転がしている兄ちゃんから聞いたそうで、その場で買ったそうです。

 

 大事な事なんで繰り返しますが、どう考えてもおかしいでしょ! 

 

 だから、あっしは母ァへ問い詰めます。

 

「お前は騙されているんだ。目を覚ませ」と。

 

 すかさず、母ァが反撃してきます。

 

「あんたが酒ばかり飲んでいるから、酔って現実が見えていないよ。つべこべ言わずに顔を洗って、目を覚ましなさい!」

 

 こうして始まった、いつもの夫婦喧嘩。

 

 母ァは噺家の妻を職業にしてから心臓を鍛えてきたので、この程度では一歩も引きません。あっしも噺家の矜持を持っていますので、簡単には引き下がりません。三味線を引くのは上手いんですがネ。

 

 おっと、引くのではなく弾くのが正しかったですナ。これは失敬。

 

 作家さんも、この話を聞いて実感したでしょ。戦いの火種はあちこちに散らばっています。

 

 だから、戦争はどこかで必ず起きるものなんです。

 

 そんな夫婦喧嘩は、あっけなく終わります。

 

 母ァが例の醤油瓶を落とし、割っちゃったんです。あっしは床に広がった液体を舐めてみましたが、無味無臭でした。恐らく井戸水だったのでしょう。

 

 酒なら舐めただけで、酒造を的中させる自信があったんですがネ。

 

 さて、あっしが戦地へ慰問することを決めたのは、そんな世相の雰囲気が嫌になってきたからです。それ以前にも軍隊から幾度か話がありましたが、今まで断っていました。

 

 あっしより先に太平洋を渡った師匠は、「カナダでは洋酒が幾らでも飲み放題だ」と言っています。それでも、カナダに行くのは気乗りしませんでした。

 

 その気が変わったのは、あっしが育ててきた弟子の一人から手紙が届いたからです。奴は軍隊に徴兵されると、陸軍兵としてカナダに渡っていました。だから、奴の顔を見に行こうかなと考えた訳です。

 

 あっしが電話でカナダ行きを伝えると、次の日には予防接種やら書類手続きが始まります。本当に軍隊というのは早手回しが得意なんですナ。

 

 女というのは心配性なんでしょうか。あっしが着々と準備を進める姿を見て、母ァや娘はオロオロしていました。それを見ると、あっしも複雑な気分になってしまいます。

 

 身辺整理は済ませましたし、家や母ァたちのことは息子(せがれ)に任せたつもりです。それでも、自分の葬式準備を進めていくような気分でしたヨ。

 

 数日後に迎えに来た車に乗ると、あっしは立川の航空基地に連れていかれました。

 

 そこから大型爆撃機(富嶽)で千歳に向かい、さらに車で苫小牧港まで移動します。そこで待っていた船へ乗り移ると、まもなく出港しました。

 

 船名は覚えていません。日本からニューヨークへ向かう航路で活躍していた大型貨物船でした。船の中央には箱形の大きな建物があり、その前側と後ろ側にマストやデリックが立っています。

 

 その船内には多数の兵隊さんが乗っていました。つまり、あっしはカナダでドイツ軍と戦う兵隊さんたちと、一緒に太平洋を渡ったのです。

 

 船が沖合に出ると、大きく揺れ始めました。やはり、北太平洋の波は東京湾の波と違いますナ。

 

 この日の北太平洋は猛烈に時化(しけ)ていたので波が高く、大きな貨物船でさえ大きく揺れます。船首が波間に突っ込んで飛沫(しぶき)を上げると、船尾からプロペラの回転音が聞こえてくるんです。ガラッガラッて重々しい音が。

 

 だから、船内では何かに掴まらないと歩けません。船酔いする兵隊さんたちも多かった。

 

 あちこちに置いている金ダライ(海軍ではオスタップと呼んでいる備品)に、何人も群がってゲロゲロしていました。まるで、夏になると水田で鳴く蛙(かえる)の合唱団でしたヨ。

 

 だって、ゲ~ロゲロゲロゲロパッパって歌っているでしょ。何となく似ているじゃないですか。

 

 学童の頃に蛙が鳴く理由を調べたことがありますが、それは若くて別嬪(べつぴん)な蛙を呼び寄せるためだとか。

 

 それに対して、船内にいる蛙たちは同類を増やしていく一方でした。一人が吐くと、あの独特の匂いにやられて何人も吐いてしまうからです。換気が悪い船内は酷い惨状でした。

 

 あっしですか? 船酔いにはなりませんでしたナ。普段から酒に酔っているせいでしょうか。アハハ。

 

 さて、翌日に甲板に出たら驚きました。周囲に沢山の船がいるんです。いつの間にか輸送船団に加わっていたんです。

 

 あっしは近くを通りかけた船員さんに「こんなに船を集めて何を始めるのか」と聞いたら、船員さんは笑いながら答えてくれました。「いつものことです」って。

 

 カナダで戦っている友軍のために、戦車や大砲、分解した戦闘機や弾薬を運んでいるという話でした。戦争とは予想以上に金が掛かるのだと、妙に感心していました。

 

 そうそう、輸送船団という用語も教えてくれました。

 

 普段は単独行動している船が、集団になって航行することだそうです。護送船団とも呼ぶそうですが、意味は同じです。その集団を数隻の軍艦が囲んでいました。こうすれば、敵の潜水艦や航空機からの攻撃を防げるのです。

 

 北太平洋は敵地から遠くて広いので、敵機からの爆撃や雷撃を受ける恐れは僅かです。しかし、敵潜水艦から雷撃される危険は常にありました。だから、このような船団を組んでいたのです。

 

 これは、あっしが乗っていた船の船長から教わりました。

 

 その説明を聞いてから周囲を見渡すと、確かに船団の外側に軍艦がいます。船団の後ろには小山のような形をした軍艦もいました。ちなみに、この船団はTV五八船団だそうです。

 

 その後、船は順調に東へ進んでいきます。出港した頃は、船長から「師匠、一席お願いします」なんて頼まれるくらい、誰もが余裕を持っていました。

 

 ですが、数日経つと船員さんの目つきが(するど)くなっていきます。敵潜水艦が航路上に潜伏しているとの警報も出ていました。灰色狼との別名を持つ敵潜水艦が待ち構える海域へ、差し掛かろうとしていたのです。

 

 船は北太平洋の荒波によって、前へ後ろへと大きく揺れ続けていました。だから、揺れに耐えながら周囲を見張るだけでも大変なのです。さらに、敵潜水艦の潜望鏡が荒波の谷間に隠れてしまうので、本当に見つけにくくなっていました。

 

 船員たちの心に余裕が無くなるのは当然ですナ。

 

 あっしにとって意外だったのは、この船に乗っていた陸軍の将校たちの様子です。

 

 この船は貨物船ですが、一〇人少々の乗客が乗れるように寝室とサロン室があります。それらの部屋は、陸軍の将校たちの専用室として使われていました。あっしは特別に、その部屋に入ることが許されていました。

 

 昼過ぎの頃だったと記憶しています。あっしは、背もたれが大きくてフカフカしている椅子に腰掛けて、サロン室にいる将校たちの様子を見ていました。

 

 彼らは神妙な顔をして座っていたり、こわばった表情のまま煙草をスパスパ吸っていたりしていました。他にも、船酔いで寝室から出てこない将校もいたらしいです。

 

 街中では随分と威張っているのに、ここでは人間としての本性をさらけ出していました。それが妙に面白かったのです。

 

 しかしながら、あっしも他人のことを言える立場ではございません。

 

 正直に話すと、生きた心地が失せていく気分でした。金玉が縮むどころじゃない。心臓そのものが押し潰されそうな気分になっていくんです。

 

 そもそも、あっしが乗っている船が沈んでしまったら、命が助かる見込みは殆どありません。

 

 敵潜水艦は、魚雷(ぎょらい)という水中を突き進んでいく爆弾を、次々に発射します。これが船に当たると船底に大穴が開いてしまうので、あっしは船と一緒に海底へまっしぐらです。

 

 もし、沈む船から脱出して海上に漂うことが出来たとしても、すぐに助けてもらえないと死にます。

 

 作家さんもご存知でしょうが、冬の北太平洋はホントに冷たい。爪先を浸しただけで背筋が震えるくらいです。そんな海に飛び込んだら、低体温症で死ぬまで三〇分掛からないそうです。

 

 そんな事を考えていた時でした。突然、「ダダーン」という大きな音が聞こえたんです。あっしは何事かと思う間もなく、どえらい声で「魚雷が当たった!」って怒鳴る奴がいる。

 

 その直後に「ガリッ、ガガガッ」という凄まじい音まで聞こえてきた。

 

 サア、大変!

 

 船に乗った時に救命胴衣の使い方を教わったけれど、さっぱり思い出せない。

 

 下の階から大騒ぎする兵隊さんたちの声が聞こえてくるし、サロン室にいる将校たちは泡を食っているのかヘンテコな命令を出しています。

 

 その時、あっしは覚悟を決めました。こりゃ駄目だと。

 

 そう思うと不思議なもので、腹が据わっちまう。それだけではなく、なぜか家族や知り合いの顔が、スッと頭ン中に浮かんでくるんです。母ァや子供たち、師匠や仲間たちの顔が次々と。

 

 人生の末端にある冥途(めいど)の入り口に辿り着くと、未練がましく過去を振り返るもんなんですナ。そんな話は以前から聞いていましたが、自ら体験すると驚きます。

 

 そういえば、ある名言を聞いたことがあります。

 

 人生は驚きに満ちている。母親の産道を潜り抜ける時に最初の驚きを味わい、脳か心臓がその活動を止める時に最後の驚きを体験すると。

 

 誰の言葉か忘れましたがネ。

 

 しかしながら、北太平洋の冷たさに驚くのはまっぴら御免(ごめん)です。

 

 あっしはカバンに入れていた焼酎の小瓶を取り出すと、グイっと飲んで目を(つむ)ります。酔いが回れば、苦しまずに死ねるかもしれませんし。

 

 そして、冥途に着くのを嫌々ながら待ち構えます。

 

 目を瞑って静かに待ちます。

 

 じっと待ちましたヨ。

 

 でもね、様子がおかしい。

 

 あっちこっちから、人間の笑い声が聞こえてくるんですヨ。

 

 冥途の世界とは、活気に溢れる陽気な世界でしたっけ?

 

 あっしは隣にいる人に聞いてみたら「魚雷でもなんでもないです」とか言うんです。

 

 なんでも、甲板に吊しているボートの繋が切れちまって、そいつが船にぶつかった音だったそうで。落ち着いて耳を澄ませてみると、船が右へ左へと大きく揺れるたびに「バターン、バターン」と音を立てていました。

 

 こんな騒ぎになったのは「魚雷が当たった!」って叫んだ奴のせいなんですが、そいつは兵隊さんや将校ではありません。なんと、この貨物船の航海士だったそうです。

 

 なんでも、印度洋で撃沈を食らった経験者だったそうで、その時の音と同じだから咄嗟に叫んだとか。

 

 そんな話を聞くとバカバカしくなり、残っていた焼酎を一気に呑んじゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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