戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
このため、同人誌を発刊するのは中止します。代わりに、原稿をハーメルンで公開することにしました。
学会主催者も予定通りに開催するか悩まれていた様子ですが、この情勢では難しいですよねえ……。心中お察しします。
ちなみに、学会で販売する予定だった短編小説本の表紙は、こんなイラストです。
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頑張れば、DocuWorksでも作れるんですね。
さて、英文字のフォントは再現できましたが、カタカナのフォントは微妙に違うんです。よく見ると「ド」や「ブ」の濁点配置が違うでしょ。
比較のために、文庫本の表紙もアップします。
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いろいろと検索してみましたが、条件がピタリと当てはまるフォントが見つからないのです。実際に使ったカタカナのフォント名は何でしょう?
太陽が沈むと、北太平洋は真っ暗になります。
とある作家先生は「大空に墨を流したような闇」と表現しました。それがピタリと当て嵌まる様子でしたナ。
夜闇の表現は他にもあります。あっしが知っているものを挙げれば「夜の谷底」とか「
あっしなら車庫に泊まっている都電の車内で、酔いから目覚めた時のような雰囲気だと表現しますカナ。
アハハ。
さて、ここは冬の北太平洋です。空はいつも曇っていて、月どころか星でさえ全然見えません。乗船中に晴れたのは、もう少しで目的地に着く頃だけでした。
甲板に出ると、身体が右舷と左舷のどちらを向いているのか分からなくなります。手のひらさえ見えません。それくらい、真っ暗なんです。
灯りが一寸でも漏れないようにするため、船の窓は厳重に閉じていました。船のマストには航海灯があるのですが、これも消しています。だから、洋上には一切の灯りがありません。これは、敵潜水艦に見つけられないようにするためです。
あっしが海に落ちても、誰も気づかないでしょう。常に兵隊さんが甲板にいるので、あっしが落ちた音に気づく筈ですが。
その兵隊さんとは、甲板にある便所で用を足したり煙草を吸ったりするために、船内から出てきた人ではありません。この船に二基ある高射砲や機関銃を操作する人でした。これらの火器で敵機を追い払うのだそうです。
船は相変わらず右へ左へと揺れながら進んでいきました。
あっしが誤解していたのですが、この揺れは荒波によるものだけでは無かったんです。実は、船が右へ左へと
さすがに、あっしが酒でベロベロに酔っぱらったとしても、ここまで酷い千鳥足にはなりません。だって、家まで歩くくらいなら都電の線路を枕にして、朝までぐっすり寝てしまいますから。
あの、作家さん。あっしの冗談を信じないでください。
線路を枕にしたことは一度もありません。念のため。
そうそう、船が針路を逐次変えているのは、敵潜水艦からの攻撃を避けるためです。
我が軍がパナマ運河を奪還すると、敵潜水艦が太平洋に入りにくくなりました。だから、それらによる攻撃は著しく減ったそうです。それでも、重要な航路では未だに被害が続いていました。
TV五八船団は、そんな重要な航路を進んでいたのです。
北太平洋を東航する航路は幾つかありました。一般的なのは日本列島の南三陸沖から北米大陸へ向かう航路です。
この航路は海流の力を借りて航行できるので、風が無くても進んでいくし燃費が良い。おまけに最短時間で到着できるので、現在でも多くの船が利用しています。
TV五八船団は、その航路の南側を進んでいました。冬型低気圧がもたらす波浪を避けるためだそうです。
他にも、
ですが、これらの航路は大圏航路より時間が掛かるので、積極的に使われていません。むしろ、冬季限定ですが、北米大陸から西航する場合に使っているそうです。
TV五八船団は夜も休むこと無く航行し続けます。そんな船団にとって、夜は危険な時間帯でした。敵潜水艦の潜望鏡が、黒々とした海と闇に溶け込んでしまうからです。
そのような状況なので、敵潜水艦は闇に紛れて活発に攻撃してきます。そのため、我が海軍の駆逐艦が船団の周囲を駆け廻って、散布爆雷という爆弾を海に投げ込んでいくのです。こうすることで敵潜水艦を追い払ったり沈めたりするそうです。
しかし、敵潜水艦を撃退するのは、簡単ではありません。軍艦に積んでいる散布爆雷の数は限りがあるし、音や音波を頼りにして敵潜水艦を探し当てなければならないからです。
そして、夜が更けてきたころです。遂にチャンバラが始まりました。戦争がやってきたのです。
それまで、この航路上に潜む敵潜水艦は、散発的な攻撃しか仕掛けてこなかったそうです。しかし、この日だけは違いました。久しぶりに数隻の敵潜水艦が時間を合わせ、一斉に攻撃してきたんです。
その時、あっしは寝室で寝ていました。遠くから天地を震わせる爆発音を聞いてガバッと起き上がります。
勢いあまって頭をぶつけましたが。
覚悟していたとはいえ、恐ろしいもんです。船は魚雷を躱すためか、右へ左へと幾度も変針していました。こんな状況で甲板に出たら、波にさらわれそうなので寝室で待機します。
救命胴衣を傍らに置くと最後の一杯を味わうために、陸軍の将校から分けてもらった日本酒を呑みます。そのうちに酔いが回ったらしく、いつの間にか寝落ちしていました。その戦闘は朝になる前に終わったようです。
朝になってから、あっしは甲板に出ます。その時に思わず「噓だろ!」って声を出してしまいました。周囲に沢山いた船や軍艦が一隻も見当たらないんです。
あんだけの船や軍艦が全部沈んでしまい、あっしらだけ生き残ったなんて……。
その光景を見た時は、ものすごく心細い気分でした。生き残ったことを素直に喜べません。三途の川を渡し船で渡る時は、こんな心境になるんでしょう。恐ろしくて
そんなことを考えていたら、偶然にも船員さんが通り掛かります。その船員さんを捕まえて、昨夜の戦闘を聞いてみました。そうしたら、想像すらしなかった事実を教えてくれたのです。
「いやあ、Uボートから逃げ回っていたら船団からはぐれちゃったんです」って。
それを聞いた途端、膝がガクッと折れそうでした。
だって、噺家でさえ思いつかないオチなんですから。
なんでも、明け方まで敵潜水艦が暴れ回ったおかげで、船団がチリチリバラバラになってしまったそうです。殆どの船は船団に復帰したけれど、この船だけは一隻で進むことにしたとか。
船長と一緒に朝食を食べている時に、理由を尋ねたらこっそりと教えてくれました。陸軍の一番偉い将校が命じたそうです。
船団に戻らずに目的地まで独航しろと。その理由は、無電を発信したくないからだとか。
TV五八船団に再合流するためには、護衛隊の旗艦へ現在位置を報告しなければなりません。そうすれば、海軍が軍艦で迎えに来てくれます。しかし、そのためには無電を使わなければなりません。
無電は空中へ電波を放つことで、相手先へ電文を送れます。これが問題点でして、友軍だけではなく敵潜水艦でも傍受(ぼうじゆ)されてしまうのです。
電文は暗号文なので解読される恐れは少ないのですが、電文が発信された方向に船がいることがバレてしまう。
つまり、助けを求めると敵潜水艦も呼び寄せてしまいます。
だから、無電を発信せずに目的地へ向かうことにしたそうです。この船は陸軍の傭船なので、船長より陸軍将校の権限が強いのです。だから、そんな無茶が通りました。
実のところ、あっしは無電ではなく別の理由だと想像していました。それは、陸軍の将校たちが海軍に助けを求めると、彼らの面子が潰れるからだと。
現在は知りませんが、当時の陸海軍は非常に仲が悪いと言われていました。政治や軍隊に疎いあっしでさえ知っていることですから、世間一般に広く知られていたのです。
だって、桜会事件を企んだのは……。
ああ、この話は関係ないので止めましょう。
ほほう、あの船に電探(でんたん)が備わっているから、それで周囲を探る方法があるのですか?
いやァ、そんな話は船長から一言も聞かなかったです。無電も電探も電波を発する機器だから、結局は使わなかったと思います。そもそも、そんな機器がマストに載っていたのか分かりません。
他にも、護衛隊がはぐれた商船を連れ戻すために、護衛空母や対潜空母の艦載機を飛ばす方法があるのですか? だから、待っていれば艦載機が迎えに来てくれる筈だと?
うーん、そんな話も聞かなかったです。そもそも、その空母が船団の護衛隊に加わっていたのか、覚えていません。艦載機って二人乗りか三人乗りの小さな航空機ですよね。そんな航空機が飛んでいたかなァ。うーん、記憶にございません。
ともかく、一隻だけで進むとの話でした。
この船は二〇ノット(時速三七キロメートル)の速さを出せる優秀船だそうで、追いかけてくる敵潜水艦を振り切れるそうです。そんな事情も考慮されたのでしょう。
まあ、そんなこんなの事情によって、一隻だけで東進してから三日も経った頃です。
その時、あっしは甲板にいました。明日には港へ到着すると伝えられていたので、上陸したら何をしようかと考えていた時です。
不意に
なんと、ネズミ色の空が裂けて神々しく光が差し込んでいるじゃないですか。そこに光り輝きながら飛んでいるケシ粒。それを船員さんが見つけたのです。
その正体は大型機です。それが遠くの空を飛んでいるので、光り輝くケシ粒に見えました。
大型機は貨物船から遠く離れたまま、曇り空の下を飛び去っていきました。しばらくすると大型機が回れ右をしたのか、あっしたちの船に近づいてきます。(統合航)空軍が、この船を探し回っていたのかと思いながら見上げます。
しかし、どうも様子がおかしい。
あっしを東京から北海道へ運んだ大型爆撃機に似ていますが、何か違和感があるんです。もしかしたら、イギリスかアメリカの大型機かもしれません。興味を持って瞳を凝らした途端、驚いたことに船の高射砲や機関銃が上空へ撃ち始めたのです。
何で撃つんだと思っているうちに、大型機はプロペラ音を立てながら船の頭上を通過していきます。その時になって、やっと気づきました。翼に日の丸ではなく鉄十字が描かれていたのです。
なんと、我が空軍や友軍ではなく、ドイツ軍の大型爆撃機だったのですヨ。
サア、大変!
そんでもって、マジ、ヤバイ!
敵機は優雅に旋回すると、機体の下部にある蓋を開きます。軍事面では素人なあっしでも、敵機の意図が掴めました。この船を爆撃しようとしていたのです。
港へ到着した後に聞いた話ですが、この時間帯に西海岸の造船所が爆撃されていました。
どうやら、敵機はそこを爆撃する予定だったのでしょう。しかし、航法を間違えたのか計器が故障したのか、詳しくは不明ですが洋上に出てしまったようです。そこで偶然見つけた貨物船を行き掛けの駄賃として、爆撃しようとしたとか。
あっしにとっては、本当にいい迷惑ですヨ。
敵機は爆撃体勢に入りますが、目測を誤ったのか爆撃せずに頭上を駆け抜けます。再び旋回すると、今後こそは本気で爆撃しようと近づいてきました。
貨物船の前後にある二基の高射砲や機関銃は、真っ赤な火焔を噴き出しながら射撃します。
敵機の針路は変更なし。カモメがヤドカリを狙うように、敵機は一気に距離を詰めてくる。
ああ、万事休す。最後の一杯を飲みたかったけれど、瓶の底は透き通るくらい空っぽ。あっしは海底にいる貝のように、なりたくなかった……。
そんなことを考えていた時です。目を疑うようなことが起きました。
突然、敵機の周辺に花開く九つの大きな爆炎。それに敵機が突っ込むと、主翼やエンジンから噴き出すオレンジ色の炎。敵機は空中でよろけながら高度を落として、遂に着水。
あの爆炎が敵機を墜としたんです。大金星ですヨ。
あっしが乗員脱出後に沈んでいく敵機を見ていると、いつの間にか隣に陸軍の一番偉い将校が立っています。その将校は、あっしに気づいていないのか、独り言を呟きました。
「どうして、ここまで追いかけてきた……」
その声は驚きや感激ではなく、怒りや不満といった感情が含まれる声でした。その将校は敵機に対して不満をぶつけているかと思いきや、そうでもない。彼は敵機ではなく別の方向を見ていました。
すると、誰かが大声で「おい、あの艦(ふね)が助けに来てくれたぞ!」というじゃないですか。
その方向を見ると、海上に小山のような一隻の軍艦が、小さな軍艦をお供のように引き連れて近づいてきました。
他の者が、「〈
そういえば、TV五八船団の後方に小山のような形をした軍艦がいました。あの軍艦が大和級戦艦だったのでしょう。
その戦艦に守られながら東進すると、前方に陸地が見えてきます。それが北米大陸の西海岸線でした。
苫小牧を出港してから十五日後のことです。それが見えた時、甲板で小躍りしたくなる気分でしたナ。
◇◆◇◆◇
ここから先は、あっしの勝手な推測です。
あっしが乗っていたTV五八船団が、敵潜水艦から執拗に襲われた理由です。
あの時、輸送船団は兵隊さんや大砲弾薬以外に、重要な物を運んでいたのだと思っています。
我が軍がパナマ運河を押さえてから、敵潜水艦の活動は下火になっていました。それなのに、あの晩は何隻もの敵潜水艦が果敢に攻撃してきました。偶然なのかもしれませんが、それが妙に引っかかるのです。
そこで、あっしはピンときました。何か重要な物を運んでいたのではないかと。
金銀財宝や重要人物ではありません。危険な戦場へ運ぶ意味がありませんので。だから、別の価値がある物です。
それは、我が国が生産した反応弾ではないかと。広島と長崎を蒸発させる威力がある、あの反応弾です。その情報がドイツ軍に漏れたので、TV五八船団は執拗に攻撃されたのだと思います。
そして、この船団が反応弾を輸送している事実は、陸軍の一番偉い将校も知っていたのでしょう。彼は反応弾の威力を十分に知っていた。もしかしたら、広島市民の救助に赴いたのかもしれません。彼らは境港から船に乗ったそうですし。
そして、攻撃を受けて反応弾が誘爆してしまったら、彼らだけではなくTV五八船団まで消滅してしまうことも理解していた。だから、船団に再合流するよりは独航しようとしたのでしょう。
あっしとしては、彼の判断を莫迦にするつもりはありません。彼なりに部下たちのことを、真剣に考え抜いた決断なのでしょうから。
この道中は貴重な体験が出来たと、軍に感謝しております。噺のネタへ応用できますし。
そもそも、落語は喜怒哀楽、人情無常に
ああ、そうだ。これまでの話にオチはありませんが、代わりにナゾナゾを差し上げましょう。
さて、実際に反応弾を運んでいたのは、どの船だったのでしょうか? 軍艦も含めます。
作家先生は当てられますか? ここまでの話を振り返れば分かる筈です。あっしは、陸軍の一番偉い将校の呟きで、何となく分かりましたナ。
おっ、分かりましたか! そう、あの戦艦です。カリブ海で沈んだ、あの戦艦です。
そろそろ、寄席の時間が迫ってきました。あっしの話はこれくらいにして、失礼させていただきます。おあとが宜しいようで。
あとがき
作中で書けなかった設定を、Q&A形式でまとめました。
Q1
主人公のモデルは誰か。
A1
特定のモデルは無し。落語家の師匠で五〇代男性と設定しています。
Q2
原作が仮想戦記小説なのに、落語家を主人公にする理由は。
A2
「パナマ侵攻2」一一〇頁から始まる、落語家がカナダへ渡った時の回顧談がベースです。
これを選んだ理由は、RSBCどころか仮想戦記小説を読んだことが無い読者が、このジャンルに興味を持ってもらうためです。軍隊なんか興味無い読者にとって、庶民は慣れ親しんでいる存在です。
この庶民(一風変わった人物ですが)を主人公に据えれば、興味を持って仮想戦記に浸りやすくなるかなと考えた次第です。
間違っても、「沼に誘い込む」と声に出してはいけません。
Q3
師匠と陸軍将兵の上陸港はどこか。
A3
合衆国にあるオレゴン州の州都、ポートランドです。
作者独自の設定ですが、この町の近くには、戦争が始まってから操業を始めた造船所が幾つかあります。戦時標準船や駆逐艦を建造しているので、当然ながら連合軍の爆撃目標になっています。
Q4
秘録では「ほぼ壊滅状態におちいった北米における我が航空戦力がようやくのことで再建されたのは、昭和二四年(一九四九年)夏のことであった(六四頁)」と書かれている。
一九五〇年二月の段階だと、再建された航空戦力が連合軍の爆撃を阻止するので、師匠が載った貨物船が爆撃されるのはおかしいのでは。
A4
航空戦力は再建されたようですが、制空権を掴んだとは書かれていません。
そのため、作者なりの推測で、当時は連合軍による爆撃を阻止しきれない状況だったと設定しています。
Q5
作家先生のモデルは誰か。
A5
故人となられた佐藤大輔先生です。関係者へ取材をしていた時は、こんな様子だったのかと想像しながら書いてみました。
さて、本作における佐藤先生の再現度はどうでしょうか?
参考文献(レッドサンブラッククロス以外、敬称略)
『なめくじ艦隊』 (古今亭志ん生 一九九一 筑摩書房)
『びんぼう自慢』 (古今亭志ん生 一九八一 立風書房)
『洋上のインテリアⅡ』 (日本郵船歴史博物館 二〇一一 同上)
『海上護衛戦』 (大井篤 一九八三 朝日ソノラマ)
『商船戦記』 (大内健二 二〇〇四 光人社)
『戦時商船隊』 (大内健二 二〇〇五 光人社)
『駆逐艦キーリング』 (セシル・スコット・フォレスター 二〇二〇 早川書房)