戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
本編はいろいろな理由(キューバを勉強していたり、小説の設定を見直したくなったり、その他)で執筆中断しています。
代わりに外伝を書きましたので公開しました。
本作の主役は「はいふり」主計課烹炊員の三人娘である、杵崎ほまれです。
同期兵として美甘と杵崎双子姉妹の妹である、あかねも登場します。
では、彼女たちの活躍(?)をお楽しみください。
外伝(2)序章
航空基地には師走らしく冷たい潮風が、絶えることなく流れていた。
潮の香りを携えて大海原を渡ってきた潮風は、延々と続く海岸線を越えて内陸に向かう。そして、大地に点在している自然物や人工物を区別することなく、潮風を吹き付けていく。
葉を落とした木立は枝を揺らし、冬の寒さに耐える雑草も風になびいていた。地域の住民たちが暮らす家屋には風が流れていく音が聞こえ、線路を走る汽車の煙を散らしていく。
そして、この地に開設されたばかりの航空基地も例外では無い。
風は滑走路を駆け抜けると、駐機場(エプロン)に駐まっている機体の脇をすり抜けていく。さらに、朝早くから電灯が明るい烹炊所の窓ガラスを叩いていた。
烹炊所には何人かの兵員たちが朝食作りに追われている。そのうちの一人である女性烹炊員は、隣で作業している男性烹炊員に話しかけた。
「今日は風が強そうですね」
「ああ、まったくだ。だがな、航空機にとって離陸しやすい状況でもある。貴様、その理由を知っているか?」
「離陸に必要な揚力が、加速する以外の方法で発生するからです」
「なんだ、知っているのか。つまんねえなぁ。誰から教わった?」
「あのぉ、知り合いからです……」
「知り合いねぇ。それより、今日は久しぶりに朝早くから賑やかだな。日が昇る前なのに、基地のあちこちで兵員たちが動いているぜ」
海軍主計課烹炊員のうち朝食調製担当者たちは、他の兵員たちが寝静まっている時間に起きている。それからこの時刻になるまで、彼らは手を休めることなく調理作業を続けていた。
調理作業は日本海軍による烹炊作業手順によって分単位で定められており、現時刻は添え物となる漬物を刻む作業をしていた。その作業が終わると味噌汁を作る作業に入る。
幾つかある炊飯用の大鍋では基地全員が食べる白米を炊飯中であり、鍋から蒸気が盛んに噴き出している。数分後には加熱を止めて、蒸らす段階に移っていく。
なお、日本海軍の炊飯手順は独特である。一般的には大鍋に水と研いだ白米を一緒に入れてから、火を掛けて炊き上げる。
それに対して、日本海軍では大鍋に張った水を沸騰させてから研いだ米を入れるのだ。沸騰している状態では水加減の調整が難しそうだが、専用の計量器で計りながら水加減を調整していた。
現在の時刻は〇四五六時(午前四時五六分)。基地内の将兵が朝食を摂る〇七〇〇時(午前七時)までに、調理と配膳を終わらせなければならない。彼らが自由に使える時間的余裕は少ないのだ。
烹炊所の外からは、風の音以外に基地内にいる兵員たちへの号令が聞こえてくる。それ以外にもエンジンのアイドリング音が幾つも聞こえていたが、そのエンジン音が変わった。
この基地に、彼女が着任してから数週間しか経っていない。それでも、このエンジン音の変化が意味するものは十分に学んでいる。基地に駐まっていた航空機が離陸しようとしていたのだ。
それと同時に湧き上がっくる感情にまかせるまま、彼女は口を開いた。
「あの、外の空気を吸ってきてもいいですか?」
彼女の先輩にあたる上等兵は、新米同然である一等女性兵からの要望に驚く。そのような理由をつけてサボる兵員がいるからだ。だが、彼はあっさりと認めた。
「ああ、用が済んだらすぐに戻れ。手と指の消毒を忘れるな」
「はい」
彼女はこの基地に着任してから数週間しか経っていないが、他の兵員たちと違って調理に手を抜かない。彼は、そんな彼女の性格を知っているので、そのような判断をしたのである。
つまり、彼女は主計課烹炊員たちからの信頼を勝ち得ていたのだ。
彼女が外に出ると、夜明け前の空の下で幾つもの機体が翼を休めていた。
日本海軍初の空母から発艦できるジェット戦闘機である、艦上戦闘機<旋風>一一型(A9M2)。
最高速度では敵わないが航続距離では活躍できる余地がある、レシプロ艦上戦闘攻撃機の<烈風改>(A7M3-N)や<烈風改II>(A7M4)。
そして、駐機場(エプロン)から滑走路へ移動(タキシング)していく機体もある。
それは、<流星改II>(B7A4)。愛知四式艦上攻撃機<流星>の改良版であり、現在でも艦攻隊の主力として活躍している機体だ。
その<流星改Ⅱ>は機首にあるエンジンを高らかに噴かしながら、羽根が四枚があるプロペラを回していく。同時に、その轟音は基地周辺に暮らす地域住人へ騒音被害を与えていた。
何しろ、現時間は誰もが寝ている時刻である。基地の将兵たちでさえ「総員起し」の号令と同時に起床するのは〇六〇〇時(午前六時)だ。明らかに地域住人たちの安眠を妨害しているのだが、苦情を言う者は極めて少ない。
地球上では、人類史上三度目になる世界大戦が続いているからだ。
世界の覇者に成らんとする大ドイツ帝国に勝つためには、軍隊から理不尽極まりない事をされても仕方ない。そのように受け止めていたからである。当然ながら限度はあるが。
最初の<流星改Ⅱ>が滑走路脇に置かれたカンテラの灯火を頼りに、その中心線へ機首を揃えた。すると、滑走路の先端に小さくて青白い光が現れ、上下に幾度も揺れる。それは、離陸許可の信号だ。
光跡を書きながら揺れ動く姿は、冬に活動できない筈の蛍を想わせる灯りであり幻想的でもあった。
さらにエンジンの回転数を増した<流星改Ⅱ>は加速していく。そして、翼が風を掴むと夜明け前の空へ飛び立った。その<流星改II>の軌跡をなぞるように、後続機が次々に離陸していく。
烹炊所の外に立つ彼女は、その光景を見ていた。
離陸開始地点に向かう<流星改II>は、滑走路だけではなく誘導路の脇にも並べられたカンテラの灯りによって、闇から一瞬だけ浮かび上がる。
残念ながらカンテラの灯りでは光量が足りず、機体上部に座る搭乗員たちは闇と同化したままだった。それでも、機体に描かれた部隊標識と機体番号を一機づつ観察していけば、なんとなく見当がつく。
その予感は当たった。
彼女が記憶した番号が描かれた機体が近づいてきた時である。風防と呼ばれる窓が開き、搭乗員の一人が手を振ったのだ。
彼女はそれに応えるように手を振り返した。
-○●○──
航空基地を離陸した<流星改II>は、輝く星々が支配する夜空を横切りながら東の方角へ飛んでいく。
<流星改II>の特徴は、幾つもある。
日本機では珍しい特徴的な逆ガル形状の主翼。
各武装を含めて六トンにもなる機体を推進していくターボプロップエンジンとプロペラ。
作戦行動半径は、神奈川県の横須賀基地から長崎県の大村航空基地までの距離に匹敵する、九五〇キロメートル。
日本海軍が実戦投入した軽量超合金(ジュラルミン)製の荒鷲は、実用化されたジェットエンジン搭載機には最高速度で敵わない。しかし、航続距離の長さと安定した飛行性能では圧倒的優位にある。
だから、未だに主力の座に収まる艦上攻撃機として、師走の冷たい大気を切り裂きながら飛行し続けていたのだ。
<流星改II>が開発された目的は幾つかあるが、最大の目的は標的の艦艇を海底に叩きつけることだ。具体的な方法は、胴体下部に吊り下げられている航空魚雷を命中させることである。
この機首に装備されたターボプロップエンジンは、搭乗員たちに不安を抱かせることなく快調に駆動し続けている。最大出力が三四二〇馬力もあるエンジンから発生する騒音と振動は、基地整備員の腕が優れていることを間接的に証言していた。
同時に、それらは搭乗員たちに眠気を催すものでもある。日頃からの厳しい訓練による疲労や、通常の起床時間より早く寝覚めたからだけではない。機体を包み込む冷気が搭乗員たちを眠りへ誘い込もうとしていたのだ。
例え、彼らが厚地の飛行服を着て、首にマフラーを巻いているとしてもである。熱は走行冷却によって次々に奪われていくからだ。油断したら居眠り操縦に陥るだけではなく、バランスを失って墜落する可能性もあった。
それは、この<流星改II>の搭乗員たちも例外ではない。前方の操縦席に座る中尉は眠気に襲われつつあった。だから、彼はそれを覚ますために後方の偵察員席に飛曹長に命じる。
「飛曹長、何か話せ」
「そうですね。わたしが飛行兵曹任用試験でトップの成績になった時の話をしましょうか」
「それは、前に聞いた」
「そうです。いままで五回話しました。六回目を聞きたくありませんか?」
「他にしてくれ」
「そうだ。烹炊所にいる女性兵に男ができた話をしましょうか
「……へえ、そんな話があるのか。教えてくれ」
「その娘、結構かわいい顔をしているのです。数週間前に配属された女性兵だそうで。確か、その女性兵の名前は『ほまれ』と聞いた気が……」
「何だと?」
「ああ、今の話は噓です。目が覚めたでしょ」
「畜生、からかいやがって! 俺は中尉だ。覚えてろよ」
「はい、覚えてますよ。初めて練習機に乗った時に、いつの間にか小便を漏らしていたことを」
「それだけは忘れてくれ!」
一機の<流星改II>には二名の搭乗員が乗っている。前席には機体の操縦に専念する操縦員が、後席には航法と電信だけではなく機銃操作まで担当する偵察員が座っているのだ。
そして、この<流星改II>では操縦席に士官である中尉が、偵察席に飛曹長が座っている。珍しいことに、この機体では士官である中尉が操縦していたのだ。
一人乗りの戦闘機は異なるが、一般的に攻撃機では士官が偵察員席に座る。彼らは戦闘状況を見渡して指揮を執る立場にあるが、操縦席では操縦に専念せざるを得ないからだ。
だが、この<流星改II>だけは幾つかの理由で中尉が操縦桿を握っている。中尉が操縦員として訓練を受けており、飛曹長がヴェテランの偵察員としての道を歩んできたという理由がある。
海軍全体から見れば適切な人材の組み合わせだが、中尉にとって不幸であった。彼が飛行訓練を受けていたときの教官が飛曹長だったからだ。だから、これまでに中尉が犯してきた失態をしっかりと覚えている。
見方を変えれば、中尉の弱点をフォローできる良き飛曹長と言えるだろう。中尉はそれを実感しておらず、面倒で扱いにくい奴だとしか思っていなかったが。
そんな、面倒で扱いにくい年上の飛曹長が声を掛けてきた。
「中尉、夜明け時刻まで一〇分切りました。黒めがね(サングラス)、忘れていませんよね」
「持ってきているよ。そこまで間抜けじゃない」
「安心しました。数日前に八日市場の花街へ、財布を忘れて出かけられたと聞いたもので。ツケが利かないから芸者を捕まえられず、料亭の玄関でショボンとしていたようですな」
「三日前の話だぞ。まだ言うのか」
「『人の噂も七から一五日』と言いますので」
「その程度で忘れて欲しいよ」
「でも、本命は烹炊所で働いている、あの子でしょ。手信号で何を送ったのですか」
「まずは口を閉じろ。ついでに任務を果たせ。以上」
飛曹長が冗談半分に指摘したのは、彼らが陸上基地を飛び立った時のことだ。
攻撃隊の一機として駐機場(エプロン)から滑走路へ移動中、中尉は風防(ガラス板で囲われた搭乗員用の窓)を開けて手を振ったのだ。
当然ながら、<流星Ⅱ>の内部では蛍光塗料を塗った計器盤以外、搭乗員を含めて闇と同化している。だから、中尉が手を振ったとしても滑走路脇に立つ者は気づかない筈だった。だが、意外にも振り返した者がいたのだ。
それが、烹炊所で勤務している女性の主計兵だった。基地では「ほまれ」と呼ばれている。苗字は知らないが、数週間前に基地へ着任した女性主計兵たちの一人である。料理が上手だから飯が美味いと評判だった。
そんな彼女と操縦席に座る中尉との関係は分からないが、それなりに通じているらしい。
飛曹長にとって、本人たちの関係がどうなるか知ったことでは無いが、殺伐としかねない基地では格好の話題である。酒の席では、仲間内で盛り上がる話題にもなるからだ。
彼にとって女と上官の悪口以外の話題が増えるのは、大変喜ばしいことである。
そんな事を考えながら夜空を見上げたとき、不意に無線機が雑音を流し始めた。飛曹長はただちに中尉へ報告していく。
「中尉、これより任務を果たします。逆探が反応しました。発信源は一つ、感(感度)1。現在の速力ならば、電波発信源まで一五分程度です。あっ、たった今、発信源が二つに増えました」
飛曹長が報告するうちに、彼らが目指している東方の夜空では変化が起きていく。一面に広がる雲と空との境界が、白いチョークで引かれたように鮮明になりつつあったからだ。
ここは海岸線から遠く離れた海域であり、南方から流れてくる暖かい海流と北方から流れ込む冷たい空気が接触する地点でもある。雲が発生しやすい条件がそろっていたのだ。
そして、彼らにとって肝心な目標は、雲の下に隠れている筈だった。
この機会にご紹介します。
10/23(土)に東京神田で大サトー学会が開催されます。
テーマは、本小説の原作でもある「レッドサンブラッククロス」。
ZOOMによる視聴もできますので、興味ある方は是非どうぞ。