戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
第五話
グアンタナモ湾沖一一浬、キューバ島近海、カリブ海
一九五〇年四月二二日 午前五時
木製の棍棒が風を切る音を立てるたびに、わたしは悲鳴を上げて泣いた。身体は金縛りになったかのように身動き出来ず、棍棒で幾度も打ち叩かれた。
わたしを叩く男は煙草を咥え、酒で赤らめた顔をニヤつかせつつ見下ろしていた。彼は煙草を旨そうに吸い、一息すると再び棍棒を振り下ろす。
わたしはそれを避けようとして身を捩らせるうちに、何かにぶつかる。そして、漸く気付いた。
これは夢であったと。
何であの男の夢を見なければならないのかとウンザリしつつ、ポケットに入れた懐中時計の蓋を開いた。蛍光塗料が塗布された針が薄暗い部屋でも光り、正確に時間を示している。
どうやら、三時間以上の仮眠を取れたようだ。
ベッドから起き上がると、常夜灯代わりの赤色灯に明かりを灯す。そして、アルマイト製水筒に入っている飲料水で、手拭いを湿らせる。それで、顔や身体に浮き出た汗を拭き取っていく。
歯を磨いて口を漱ぎたい。出来れば、熱い湯で満たした湯船に身体を浸したい。
でも、今は警戒航行中だ。艦内は戦闘配備から哨戒配備に移行したとはいえ、グアンタナモ湾に入泊するまでは気を抜けない。それまでは我慢しよう。
その時、先程まで見ていた夢を思い出してしまった。
わたしは、部屋の壁に括り付けられたステンレス製の鏡の前に立ち、肌着を捲って地味な色合いをしている乳押さえを外した。
すると、わたしが女であることを明確に示す、形よく整った双丘が鏡に映し出された。手で揉むと実感できる弾力を持つ乳房には、四個の黒い点が刻印されたかのように黒々と残っている。
この黒点を刻印したのはあの男だ。そして、あの男はわたしの父だった……。
幼いわたしが信じていた夢溢れる素敵な世界は、現実という大きな海図台に載せられた宝探しの地図のようだった。欲望という手垢によって薄汚れた、幻想の落書きでしかなかったからだ。
それを実感したのは、あの日のことだった。今でも鮮明に覚えている。
◇◆◇◆◇
わたしが幼かった頃の父はとても優しかった。わたしが駄々を捏ねればおぶってくれたし、一緒にお風呂に入ってくれた。
寝る前には絵本を読んでくれたり、子守歌まで歌ったりしてくれた。下手だったけれど。その父の性格が一変しまったのは、わたしの母が亡くなってからだった。
母がこの世界から旅立ってしまったのは、幼いわたしにも十分に理解出来た。父も寂しかったと思う。
だけど、父が寂しさから逃れるために、酒と女に溺れていったのは間違いだった思う。
父が新しい女を家に連れてきた時、そのお腹は大きかった。わたしの新しいお母さんとお腹にいる赤ちゃんだと紹介されたが、わたしは挨拶すらしたくなかった。
上手く説明出来ないけれど、亡くなった母と顔や体格だけではなく雰囲気が全然違うからだ。
間もなく赤ちゃんが生まれてわたしに妹が出来た。でも、わたしはまったく喜べなかった。わたしと父が醸し出す雰囲気が妹から嗅ぎ取れず、他人としか思えなかったからだ。
そんなわたしの態度が気にくわない女は、赤ちゃんだけしか見ていなかった。一日一度だけ食事を用意する時以外は、わたしの存在を忘れている様子だった。
父も赤ちゃんばかり抱いて、わたしが近づくと追い払うようになる。それだけではなく、お酒を飲むとわたしを叩いたり、つねったりするようになっていった。
わたしはこの家で誰からも相手にされず、独りぼっちになったのだ。
父は日を追うごとにわたしへの体罰を厳しくしていく。ある日は何時間も押入れに押し込まれ、ある日は食事を抜かされた。既にわたしの頬やお尻を叩く体罰は日常的になり、翌日にも跡が残る痣は増えていった。
女に懐けなかったわたしが悪いのかもしれない。父に構って欲しいのに幼いから表現力が乏しくて、単に我儘だとしか受け取って貰えないわたしが悪いのかもしれない。
そして、あの出来事が起きた。それは、みぞれ交じりの雪が降る日の夜のことだった。
雨戸はピタリと閉じているが、隙間風が流れ込むので室内で吐く息は白くなる。
幼いわたしは暖房器具である火鉢に火をつけられないので、室内で布団にくるまって寒さに耐えていた。
その日、仕事を終えた父は何処で寄り道したらしい。だから、父は煙草を咥え酒臭い息を吐きながら帰宅してきた。
その時に女と妹はいなかった。数日前に父と喧嘩して女の実家に帰っていたからだ。だから、わたしは大好きな父がわたしだけのものになった嬉しさで、父に抱きついたのだ。
だけど、父はわたしを突き飛ばすと壁に押し付けて、わたしの頬を思いっきり引っ叩いた。わたしは呆然と立ち竦むことしか出来ず、それを見た父は上着を捲って煙草の火を押し付けてきたのだ。
熱い! 嫌だ! 止めて! お父さん、痛い!
そんな悲鳴をあげたと思う。ようやく父が煙草を離した途端、わたしは全身の力が抜けて冷たい床に座り込む。
信じられなかった。わたしには優しい筈だった父がこんな事をするなんて。
煙草の火が消えてしまうと、父は部屋の隅から野良犬撃退用の棍棒を持ち出し、喚きながらわたしを叩いていく。
「おまえが悪いんだ。おまえがいい子にならないから、お母さんが帰っちゃったんだ! だから、お前を一から叩き直してやる!」
棍棒が風を切る音を立てるたびに、わたしはお腹や背中、お尻を容赦なく叩かれた。顔を叩かれなかったのは、父に残っていた僅かな良心だと信じたい。
父は気が済むまで叩くと、ポケットからオイルライターを取り出して煙草に火をつける。
わたしはそれを見ていることしか出来なかった。あまりにもの激痛で身動き出来ないからではなく、精神的な衝撃で父から逃げる事を忘れていたからだ。
父は煙草に火をつけて一服すると顔をニヤつかせ、血走った目でわたしを見ながら思いっきり蹴飛ばした。それは小川の対岸まで小石を蹴飛ばせそうな威力があり、わたしは部屋の隅まで転がっていく。
その衝撃は内臓まで圧迫し口許から胃液を逆流してしまう。このままでは間違いなく死ぬ。幼いわたしが死の深淵に立ったと自覚したのは、この時が最初だった。
わたしはむせび泣き、父に向けて様々な言葉を放った。具体的に何を言ったのかは覚えていない。お父さん、止めて! だったと思う。
涙で目がかすむと、朧気ながら母の顔が浮かんでくる。いつもと同じように優しような笑顔で、わたしを抱きしめようとしていた。
もちろん、それが幻覚だと理解してた。わたしの前には優しい母も父もいない。
でも、わたしは誰かに抱きしめられたかった。それが現実世界から解き放たれる結果になったとしても。
そんなわたしが目を見開くと、目の前に父の足が見えた。もう一度、一度だけでいいからわたしに優しくして! そんな思いを胸にして、わたしは力を振り絞って父の足に抱きつく。
父はその時、火が消えてしまった煙草にオイルライターで、火をつけようとしていた。どうやら、わたしの思わぬ行動を予期していなかったようだ。
わたしが抱きついた途端に父は倒れ、煙草とオイルライターが転がっていく。その煙草は先程までわたしが包まっていた布団まで飛んでいき、それに燃え移るとメラメラと炎をあげた。
父は慌てて風呂場に行くと蛇口を捻りバケツに水を汲み始める。その最中に父の大声が聞こえてきた。
「お前、許さねえ! 絶対に殺してやる! 火が消えるまでそこで待ってろ! いいな!」
この言葉を聞いた時、優しかった頃の父の姿は心の宝箱に収納すべきだと判断した。過去と現在の父は別物だ。これ以上、父と一緒に暮らすのは無理だった。
わたしは靴を履くため玄関に向けて駆け出す。
その途中で炎を上げたまま転がっているオイルライターが、襖を燃やし始めていることに気づいた。だけど、そのままにして靴を履き玄関から走って逃げた。
目から溢れる涙とみぞれ交じりの雪で、顔を濡らしながら走り続けた。手足を動かすたびに体が痛くなるけれど、それでも走り続けた。消防車のサイレンが聴こえたが、それでも走り続けた。
それ以降は色々ありすぎるので省く。わたしは生まれ育った長野県松本市から広島県呉市に移り、そこの孤児院で育てられていく。
そこで出会えた
そんなわたしの胸には、父が押し付けた煙草の痕が刻印されたように残っている。
幼馴染と一緒にお風呂に入った時、その痕を見られたことがあった。けれど、彼女は「凄い。まるで南十字星だね」と言ってくれた。彼女らしい表現だ。
父とは顔を合わせていない。というより、生きているのかさえ分からない。もし、生きていたとしても会うつもりは無い。
そんな回想から現実に立ち返ると、予備の上着を取り出して袖を通した。昨日の戦闘で潮と硝煙がしみ込んだ軍服は乾いていないからだ。
当たり前の事だが、下着と肌着はベッドに横たわる前に着替えている。
艦長休憩室から出ると赤色灯が灯る通路を歩き、幾つかのハッチを潜り抜けていく。そして、前檣楼内部を通る昇降機に乗り込んだ。
軍艦らしく乗組員を砲弾のように扱う四人乗りの昇降機は、急加速すると急停止して司令室への入口がある階に到着する。ここから降りる時には大半の者が気分悪くなるような乗り心地だ。
司令室の室内は赤色灯で照らされ、そこにいる数名の見張員と当直士官がわたしに向けて素早く敬礼する。それを答礼で返すと彼らは各自の任務に専念していく。
司令室は前檣楼基部にあり、その内部は上下二層に仕切られた構造になっている。
この室内の上層階には、どんな艦船にも必ずある舵輪、<武蔵>の被害状況が一目で分かる表示板、前部の主砲塔のみ管制できる簡易的な主砲射撃指揮所が配置されている。
そして、下層階には海図台、電探情報を映し出するPPI式モニタ、戦闘状況を手書きで書き込む戦況表示板が配置されている。
なお、<武蔵>の進行方向を指す従羅針儀と、艦内の主要区画へ連絡できる有線電話機は両方にある。
一つ確実に言えることは、防空戦はここで指揮するのが最適だったということだ。
少なくとも艦首方向からの爆撃は回避出来た筈だ。何しろ、昨日の防空戦は自己反省の連続であり、就寝前に反省文を記入したら筆記帳を数頁も埋めてしまった。
次回の対空戦はここで指揮を執ることにしよう。そう心に決めた。
わたしは電測員の頭越しにPPI式モニタを覗いて各艦の位置関係を把握する。<武蔵>と六隻の駆逐艦は第一警戒航行序列でグアンタナモに向かっていた。
その陣形は傘の形に似ており、傘の骨は第六一駆逐隊、柄は<武蔵>と第三駆逐隊二小隊が担当する。そして、わたしはこの小さな艦隊の司令官でもあった。
この小さな艦隊に<蒼龍>はいない。グアンタナモで船団護衛のために出撃準備中だった<長門>が、急遽曳航を担当することになったからだ。
だから、深夜に<長門>及び二隻の駆逐艦と合流して、<蒼龍>と<長門>が牽引索で連結されたことを確認すると、<武蔵>と駆逐艦は一八ノットで一足先にグアンタナモに向かった。
<武蔵>は中破相当の損傷を受けているし、各駆逐艦も小破もしくは中破している。航行は可能だけど、速やかに安全な水域で応急修理をしたかったからだ。
壁に掛かる時計を見ると間もなく日の出の時間を指していたが、念のためにもう一度見る。
日本標準時間とキューバ現地標準時間を指している時計が別々にあるから、見間違えてしまったのか不安になったからだ。
司令室上層階の壁際に向かうと、そこにある小窓から外界の様子を伺う。この部屋は就役時には司令塔と呼ばれていた部屋である。
被弾して第一及び第二艦橋が使用不可になっても、戦闘航海を継続するために用意された部屋だ。最後の砦とも言える。
三八〇ミリから五〇〇ミリも厚みがあるVH鋼板で、側面を囲われている。見通しは悪いが天候程度なら十分に確認できる。
夜明け前の暗い海原と次第に明るくなる空、どんよりと曇に覆われて天候は小雨だった。
普段は快晴が嬉しいが、今日は雨のほうがいい。足元は滑りやすくなるが、戦闘の汚れが洗い落とされる。
それだけではなく、命を落とした将兵が埋葬地で安らかに眠るために流す、天空の涙でもあったからだ。
黎明時の空で下で、キューバ島の輪郭とグアンタナモ湾への入口にあたる岬が見えてくる頃、わたしは当直士官を呼ぶと指示を伝える。
「通信、三駆二小隊と六一駆に発信。『対潜警戒厳ト成セ。我ラ<陸奥>ヲ忘レルベカラズ』、以上」
「了解しました。通信室へ伝達します」
わたしは同じ指示を第二艦橋と水聴(水中聴音)室にもする。
何しろ、はるばる太平洋を横断した勇敢なドイツ海軍潜水艦が、広島と長崎へ反応弾を撃ち込んで蒸発させた時、帰路についた潜水艦が旧式戦艦<陸奥>へ雷撃している。
戦艦は簡単に沈まない筈だったが、たった一本の魚雷で<陸奥>は沈没してしまったのだ。
沈没した原因は<陸奥>の水密隔壁が腐食していたので、水圧に負けてあっけなく破れてしまったそうだ。それだけではなく、乗組員の手際の悪さで浸水を拡大してしまったと聞いている。
四か月前の出来事を忘れている者は多いだろが、その記憶を思い出させる必要がある。現実問題として、入港前と出航後に雷撃される事が非常に多いからだ。
しばらくすると、対潜哨戒任務に就いている駆潜艇とすれ違う。湾内からは水先案内役の曳船が現れて各駆逐隊と<武蔵>を先導し始めた。
泊地で錨を入れるまで残り僅かであった。