戦艦<武蔵>艦長 知名もえか(High School Fleet & Red Sun Black Cross) 作:キルロイさん
カイマレナ港北方、キューバ島、カリブ海
同日 午後三時五七分
敵機を撃墜したのは、わたしたちと一緒にトラックに便乗した合衆国陸軍の男たちだ。その男たちの射撃を邪魔しようとしたのがわたしだったのだ。
偶然とはいえ、敵機を撃墜した兵器の射線上へ不用意に侵入しようとしていたからだ。わたしが押し倒されていなければ、わたしは大火傷を負っていただろう。
間違いなくわたしのミスだから素直に礼を言った。
「伊東中尉、ありがとう」
「はっ、ありがとうごうざいます。僭越ながら意見具申しても宜しいでしょか」
「どうぞ」
「どう見ても
どうやら、顔一面が泥だらけになったわたしの姿は、彼の笑いのツボを刺激してしまったらしい。わたし以外の誰もが爽快な気分になる笑い声を上げていた。
おまけに、わたしが蹴り落した運転兵や他の兵士も笑い出す。そんなに笑わなくてもいいじゃないと文句を言いたくなるが、それを話した途端に更に惨めな気分になりそうだ。
仕方ないので深く考えるのは止め、顔に付いた泥を拭き取ってから敵機を撃墜した兵器へ目を向ける。
そこには、運転兵以外の合衆国陸軍将兵が三人いる。そのうち一人が、彼らの背丈に近い長さの鋼管を肩に載せていた。より正確に言うと、その鋼管は三脚で支えられており後部だけを肩に載せていた。
彼らに尋ねると、これは歩兵用携帯式対空兵器の試作品だそうだ。
最新技術である赤外線追尾機能を装備した誘導弾と、外観からは水道管にしか見えない専用の照準器付発射管を組み合わせた兵器だという。
照準を敵機後方にある排気口に向けて射手が発射すると、誘導弾が発射管から発射されて安定翼を展開する。そして、ロケットエンジンで加速すると自動追尾機能によって、熱源に向けて自動的に針路を変更していく。
敵機のジェットエンジン排気口は高熱を放射するので熱源探知し易い。というより、それしか探知出来ないそうだ。そして、排気口に命中すると内部に収められた炸薬が爆発する。
そして、ジェットエンジンを破壊された敵機は、失速して墜落する運命から逃れられない。将来的には歩兵が常時携帯し、敵機を撃墜できる画期的な兵器になるという。
何故、彼らがこの兵器を持参しているのかと聞けば、これは開戦前から合衆国で研究していた新兵器の一つだそうだ。
その製作方法は開発チームの一員である彼らが自作した部品と、統合航空軍が供給している誘導弾を分解して取り出した部品を組み合わせたという。
残っている誘導弾を見せてもらうと、<武蔵>に搭載している砲弾のように
胴体はほっそりしているが先端の弾頭が異常に太い。その外見はドイツ軍の陸戦兵器である<パンツァーファウスト>によく似ている。
飛翔し続けるにはあまりにもバランスが悪い姿になった理由は、航空機から発射される誘導弾の弾頭を、そのまま使用しているからだそうだという。
彼らは自ら開発した兵器の個性を、把握しているから命中させられた。しかし、他の兵が命中させるのは到底不可能だ。
兵器開発の常識として、(1)武人の蛮用にも耐えられる、(2)常に安定した能力を発揮し確実に作動できるものが求められる。
だが、これは両方とも満たしておらず兵器の正式採用審査で却下されても仕方が無い。
彼らの話によると、歩兵が携帯できる大きさにするためには真空管の小型化が欠かせないという。それが難航しているので、仕方なく貨物自動車で搬送しているそうだ。
電池の小型化にも課題があるので、発電機から随時給電するか潜水艦に搭載している大型の蓄電池を携帯しないと、照準器が使用出来ないそうだ。
それ以外にも、先程の戦闘で解決すべき問題が次々に発覚したので、実戦投入されるのはかなり先になるという。
わたしにとって一番驚いたのは彼らがこの島に来た理由だ。
「取り敢えず試作兵器で敵機を撃ち落としてみようぜ」という、遠足に出かけるような
あまりにも可哀そうである。彼らはここに来る途中で好奇心より大切な物を、海に落とした事に気づいていないのだ。もしかしたら、合衆国軍は誰もが頭がおか……、いや、何でもない。
その時、わたしたちの行先であるグアンタナモ中心街の方向から、何台かの公用車が連なって近づいてくる。その窓から誰かが身を乗り出して手を振っていた。
その人物をよく見たら、司令部から帰ってきた<武蔵>主計長だった。
彼は泥で汚れたわたしを頭のてっぺんからつま先までじっくり眺め、呆れた表情を隠すことも無くわたしに聞いてきた。
「艦長自ら陸戦隊の一員として蛸壷を掘ろうとしたのですか? スコップを使えば早く掘れますよ」
「そんな事は小学校で勉強しました」
「そうだ、明日までに対戦車用の地雷を用意しておきます。日頃からストレスが溜まっているでしょうから、思いっきり敵さんにぶつけて下さい」
「有難く受け取ります。折角なので、そのうち一個は主計長の部屋の入口に仕掛けておきます。わたしは植物の球根と地雷を埋めるのが得意なので、楽しみにしてくださいね」
主計長の冗談に合わせて適当に返したつもりだったが、何故か彼の顔は引きつっている。
わたしってそんな事をする女だと思われていたのか。地味にショックだよ。
でもね、その話を持ち出したのは主計長ですよ。
そんなどうでもいい話題を道路脇に放り投げると、肝心な事を聞き出すために本題に入った。
「まあ、冗談は程々にして何か成果がありましたか?」
「えっと、真水、弾薬、補修用資材は明日以降に各艦に搬入されます」
「肝心の燃料は?」
「燃料の供給は断られました。第一機動艦隊や作戦に参加する艦艇に供給したので、ここには作戦行動で自由に使える燃料が残っていないそうです」
「でも、ここには定期的に船団が来ている筈です」
「どうやら、その船団の到着が一週間以上遅れているそうです」
「理由は?」
「それは聞きませんでした」
船団の到着が遅れている理由は何だろうか。色々と理由は考えられるが、一番可能性があるのは単純に長距離を航行しているからだろう。
船舶にとって時間厳守で航行するのは鉄道連絡船くらいであり、一般的に遅れるのが常識なのだ。何しろ、燃料はインドネシアのボルネオ島バリクパパンやスマトラ島パレンバンの油田で精製されて、ここまで運ばれてくる。
それは、パナマ運河経由でも南アフリカ最南端にある
インドネシアより中東の産油地域のほうが近いが、石油精製施設は一部だけ操業再開している段階だ。枢軸軍が求める生産量に達していない。
それ以外にも油田はあるが、ここから一番近い合衆国のテキサス油田は連合軍の支配地域にある。
南米大陸にも産油国があるが、ベネズエラ以外は連合国寄り中立国なのだ。そこから石油を入手するのは不可能に近い。
南米大陸北部にある産油国ベネズエラだけは、中立を宣言しつつ自由貿易を継続している。両陣営に石油を販売しているが、その量は少ない。
これは産出する原油量によるものではなく、ベネズエラの政治的方針によって意図的に供給量を制限しているそうだ。
このような状況なので、安定して大量の燃料を供給するには遠方から輸送するしかない。
グアンタナモ基地の燃料状況は把握出来たが、これからどうしようかと考えてしまう。その時、妙案を思いついた。
「第一機動艦隊を洋上で支援する補給船団から燃料を分けて貰えないかしら」
「その船団はパナマ運河を通過すると、グアンタナモに寄らず機動艦隊との洋上合流点へ直行しています。むしろ、こちらからその船団に向かう事が出来ますが」
「そうか……。提案してくれたのは有難いのですが、修理が完了していないから当分は動けません」
「司令部から伝えられたのは、燃料や糧食の補充を受けたければ連日のように開かれている会議に出席しろとのことです。今は殆どの艦艇が出払っていますが、第一機動艦隊がここに帰ってきたら間違いなく物資の争奪戦になります。今のうちに手に入る物はどんどん確保するようにします」
「頼みます。主計長に手腕に期待しています」
「はい。ご期待に応えてみせます。艦長は司令部に行かれるのですか?」
「はい、そうです。<武蔵>に戻るのは遅くなりそうだから、何かあったら宜しくね」
「顔くらいは洗ってください。初めて対面する相手への第一印象は顔ですよ。お気をつけて」
幸いにも、わたしたちが乗っているトラックは機銃掃射を受けたが、走行可能だ。燃料槽にも穴が開いていなかった。誰かが手放さない幸運によるものなのだろう。
わたしたちは南に向かう主計長たちを見送ると、北に向けて進んでいく。
その道中で運転兵に、これからどこに行くのかと聞いたら前線にいる合衆国陸軍大隊に合流するのだと言う。彼は試作兵器で敵機を、何機も撃ち落としてやると息巻いていた。
その話を聞くと何故か彼が哀れに思えてきた。この運転兵や開発チームではなく大隊の指揮官に。
得体のしれない兵器を持参した能天気な彼らを見て、その指揮官は彼らに聴こえないように小声で悪態をつくだろう。余計な仕事を増やしやがってと。
何しろ戦争は遠足ではないのだ。
お家に帰れば楽しい思い出と共に眠れるのが遠足、お家に帰れば|戦場に行く勇気が無い脳内お花畑状態の扇動者たち《マスコミ》から批判され、悔し涙で枕を濡らしながら眠るのが戦争だ。
もちろん、五体満足で帰ってくるのが前提条件だが。
いつの間にかトラックの車窓は、一面に広がる果樹園やさとうきび畑から綺麗な街並みに変わっている。市街地に入ったのだ。
道端や家屋の庭には南国特有の花々が咲き誇り、ここが戦場であることを忘れさせる。特に赤紫色の花を咲かせたブーゲンビリアは、道路の両側で多く見かけた。
この花は中南米原産であり、<情熱><魅力>を花言葉にしている。わたしにとってこの花は、この地域に一番ふさわしい花だと言えた。
しばらくすると、トラックはガジュマロの街路樹と見覚えがある旗がはためく大通りに入る。
そして、トラックはホテル・マチャドの前に到着した。ここを接収して枢軸海軍部隊カリブ海・大西洋方面総司令部が置かれているからだ。
わたしたちは運転兵や便乗者たちへ、敬礼ではなく手を振って別れを告げる。
わたしは手を振りながら、偶然にも例の言葉の謎が解けた嬉しさを言葉にしたくて口を開いた。
「ねえ、伊東中尉は<チンピラマゴ>ってどんな料理か分かるかしら? あの運転兵は不味いって言ったのよ」
「そうですね……、
「さっき分かったのよ。<
「残り物で作ったおかずですか」
「そうよ。彼らが不味いという理由も分かった」
「何故ですか」
「だって、仕方無いのよ。合衆国人は牛蒡と木の根っこが区別出来ないから」
絶句した伊東中尉を横目で見つつ、わたしは手を振り続けた。
トラックは交差点を曲がると建物の影に隠れていく。彼らは本気で前線に向かおうとしていた。