ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第九話 そうして始まった

 

 

 

 

 

 鏡夜の家は学校より少し離れた場所に位置する、少々大きめの一戸建て。

 ゲーム世界でよく見たことのある家は、なんだか初めて入ったような気はしなかった。

 

 リビングに通され、ふかふかのソファにて居心地悪く座っていたら鏡夜がその真正面に位置する方へ座る。

 

 

「今回の件でいろいろと思い知ったんだ、何が敵で何が味方なのか……それを明らかにした方がいいとな」

 

「お、おう」

 

「まあそれでお前の知識が必要になるわけだが……」

 

 

 そうして出してきたのは見覚えがある一つのノート。

 俺の前世のゲームについて書き記したものだった。

 

 

「ここに記していない情報を教えろ。ひとつ残らず吐け」

 

「ハイ」

 

 

 足を組んでこちらを見据える鏡夜は、物凄く悪役っぽい感じだった。

 それに引き攣った笑みを浮かべながらも俺は彼に向かって口を開く。

 

 

「……ええっと、まず何から話した方がいい?」

 

「海里夏はどういう人間だ」

 

 

 ああそこから攻めるかぁ……!!

 

 

「あーっと……保健室での話は聞いたよな? それ以外だと……」

 

「なんだ」

 

「えっと、鏡夜が死ぬことを望んでいる子としか……」

 

「はっ?」

 

 

 ポカンと開いた口に対して、本当に罪悪感が出てきた。

 だって俺が出来る唯一の事ってゲーム知識の事だけだろ!?

 原作の紅葉秋音は弓道部の天才だというのに対して、俺は何もできないただの女子高生だ。だから俺は鏡夜に向かって頭を下げた。

 

 

「あのごめん……俺まだ話していないことが……実は前世のホラーゲーム全部攻略したわけじゃないんだよ。だから知らないことも多くて――――」

 

「いや待て。謝罪や言い訳はいらない。知っていることだけでもいい。……どうせお前が知らない事態になる可能性が高いからな」

 

「えっ?」

 

「冬野白兎の一件を忘れたか? それにあの海里の発言からして妖精の過干渉は確実に起きるだろう……。今のうちに対策が立てられるようにある程度お前から情報を貰って考えようと思ってな」

 

「……そっか」

 

 

 前を向いて、絶望なんてすることなく次の化け物との対戦を見据える。

 それが鏡夜にとっての覚悟なんだろう。

 

 俺はそれに、きちんと応えなければならない。

 

 

「……夏については何もかも不明だったんだ。鏡夜を助けることもせず、ただ妖精相手に戦うことになった時に対して手伝ってくれて……それでようやく戦闘特化のキャラクターだって分かるようになったんだ」

 

「妖精相手に戦うっていうのは?」

 

「ああ、境界線の世界で妖精に向かって『遊ばないか』って言うだけ。でも一度ノーマルエンド……つまり鏡夜が一年青組として生き残ることが出来たら選択できるようになる台詞なんだ。まあそれで、夏が化け物相手に防衛をしてくれるようになるんだけれど……」

 

 

 考えるように鏡夜が顎に手を当てる。

 俺の言葉を嘘とは思っていないようで、そういうちょっとした信頼がくすぐったかったりするんだが……。

 

 

「それで夏はどうやって戦うんだ?」

 

「ええっと、人差し指を向けて―――」

 

「化け物を腐らせると?」

 

「お、おう……ああそっか。今日の戦いで見たのか。ええっとな……」

 

 

 ゲームの中での裏ボス戦は妖精との戦いだからか、何故か可愛らしいデフォルメ状態で戦うようになる。つまり裏ボス専用のバトルシステムということだ。それに批判は多かったが……。

 等身大ではないため化け物も可愛らしくなってはいるが、それに対する夏の戦い方はえげつなかった。

 だって化け物を全て腐らせていくんだ。

 グロを規制するための一つとして、デフォルメにしていたのかもしれないと思える程度には。

 

 あと、夏の好感度の状態によっては助けてくれない場合もある。

 その時は自分たちでしか防衛できないためいろんな意味で詰みとなった裏ボス戦だった。そこに何か情報が隠されているのではと奮闘したプレイヤーもいたが、確実に防衛できない化け物が設置されていて、夏でないと倒すことが出来ないシステムだったんだ。

 

 それに不可解な部分もあった。保健室の一件からして理解できたことだ。

 最後に夏が勝手に妖精に向かって人差し指を向けようとして――――それで不意に妖精が等身大のものへと変わり映し出されて《ハーイ私との戦いはこれで終了でーす! 遊ぶの楽しかったですか?》とか言って勝手にゲームを終了させてくる。

 考察をする人は妖精が自身が腐らないようそこでストップさせたんじゃないかとかまあいろいろと言っていたけれど。

 

 それについても鏡夜に話した。

 しかし彼は無言で頷いて次をという。

 

 

「春臣については……幼い頃に弟を亡くして、それで命を犠牲にする行動を嫌っているぐらいかな。あとは好感度によっては好き勝手に動いて、勝手に死んでいくというか……」

 

「あいつなら誘導できる。次だ」

 

「アッハイ」

 

 

 白兎について話す。

 白兎が堕ちる原因は、自身の命を削るという行為。

 穢れて魂が堕ちて――――そうして白い髪が黒く染まり、堕ち神となった白兎へと変貌する。

 

 そうなった場合は彼女は敵となる。

 現実世界でも境界線の世界でも鏡夜を捕まえるか殺しにかかるかどちらかのみ。

 

 それと俺が知らなかった、消える前についての話を説明した。

 

 

『妖精は私の全権限を奪った元凶。管理人なんて自称しているだけで何もしていない。私を騙し人を騙し、そうしてあの神々を怒らせた……。

 アレのせいで夕日丘高等学校の生徒達が被害に遭っているといっても過言じゃありませんよ』

 

 

 この一言に、鏡夜の目が変わった。

 

 

「……それが、冬野白兎の伝言か」

 

「うん」

 

「いや……それならば……」

 

「鏡夜?」

 

「紅葉、世界についての設定を教えろ」

 

「えっ」

 

「早くしろ」

 

 

 鏡夜の声に戸惑いながらも、俺は口を開いた。

 

 

「世界は合わせて三つ存在すると言われている。あの世、境界線の世界、この現実世界だけれど……ああちなみにあの世っていうのは空間が裂けた先の世界の名前だ」

 

「そうか。ならこれは……()()()()()()()()()()()()?」

 

「えっ」

 

 

 鏡夜が見せてきたのは、図書館に設置していたあの複数のカメラのうち一つだった。

 その中にある映像は、ノイズがかかり音声が伝わりにくいもの。

 

 砂嵐のような映像の乱れが現れて――――そうして一瞬、大きな目玉が涙を流す映像が映った。

 

 

「他のカメラは砂嵐しか映さず、化け物に刺激物を流した際の映像も全滅していた。これだけだ。正門前を写すように設置していたこのカメラだけが生きていた。

 ……ああ、お前はこれを知っているな?」

 

 

 背筋がぞっとするような、不気味なほどに気味の悪い心霊現象。

 しかしこれは、俺が見たことのある巨大な目。

 

 

「ええっと、こいつは……ゲーム世界だったら二年青組の時に現れる強い化け物で……化け物が発生する原因とされているんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「……二年青組で転入生がやってくるんだけど、その子がお寺生まれの子でね……ある時、空間が裂けて化け物が現れるあの中にお札を投げ込むの。それで事態が悪化したというかなんというか……」

 

 

 プレイヤーの中では巨大目玉様という名を付けられた奴だ。

 あの目は直接こちらに襲い掛かることはない。境界線の世界では、空間の中で留まっているだけ。そういう存在だった。

 

 しかしお札を入れたせいなのか空間自体に亀裂が広がり大きくなったことで、奥にいる巨大な目が分かってしまった。

 その巨大な目が主人公たちを見た途端、涙を流し続けてしまうのだ。

 

 その涙こそ……。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「うん。だからその涙さえ止めればいいっていうことで、ゲームの中ではそいつを攻略することになったんだ」

 

「ふむ。それでゲームでは成功したのか?」

 

「いいや。目玉は倒せなかった。というか、倒す場所にいるわけじゃないんだ。空間の奥にいるから……」

 

「海里夏は何もしなかったのか?」

 

「うん。他の人間と同じようにただ防衛するだけで……夕赤や夕黄だったら何とかなるかもしれないけれど、実際に出てくるのは夕青だけだから……それで、あの目が現れた時点で難易度は急上昇するんだ」

 

 

 なんせ空間の亀裂はクリスタルを七回破壊される時までずっと続く。

 涙を流し続けるようになる目玉と無限増殖する化け物に対してそれを防ぐ術はなし。

 

 それにあの世界で化け物を発生させるのは目だけじゃない。卵として生み出す奴もいた。

 でもそうなるには、三年青組となってからだし、あとでまとめて話しておこう。

 

 目玉に関してだが……。

 そうなってしまってはある意味、詰み状態だった。

 

 

「あの世の生き物か……。ちなみにあの世という名は何処から?」

 

「妖精が言ったんだよ。空間に亀裂が入った時点で《あの世の出入り口を大きくするだなんて自殺行為ですねー! もう、妖精ちゃんのお仕事増やさないでくださーい!》ってさ」

 

「そうか」

 

 

 不意に、鏡夜が立ち上がってリビングからキッチンへと移動した。

 

 

「……コーヒーを淹れる。お前はどうする?」

 

「うぇっ!? えっと、じゃあ俺も……」

 

「砂糖とミルクは」

 

「い、いらない」

 

 

 一度考えをまとめるための休憩タイムだろうか。

 

 鏡夜はコーヒーに牛乳を加え砂糖を五杯ほど入れて、甘すぎるカフェオレを作っていた。

 それを飲みながら彼はまた口を開く。

 

 

「夕赤と夕黄という名を何度も口にしていたようだったが、赤組と黄組のことを指しているのか?」

 

「うっ……そうです。でも夕青……つまり青組の物語と全く関わりはないよ。妖精だけが出てくるだけだし、鏡夜たちだって出てこなかったし――――」

 

「そこだ」

 

「えっ?」

 

 

 何かを思いついたかのように、話をし始めてから鏡夜は笑った。

 

 

「境界線の世界は、夕赤と夕黄は同じだったか?」

 

「う、うん。同じだけれど……」

 

「ふむ」

 

「ええっと……鏡夜、どうかしたのか?」

 

 

 鏡夜は少しだけ上機嫌になりながらも言う。

 

 

「この世界はゲームではない。お前の言うように赤組も黄組もいる。今回の化け物についてお前は言ったな? ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おお、そうだよ」

 

「境界線の世界と言ったな。あの中で、その化け物を生み出す元凶たる目玉に対抗できるのは……夕赤と夕黄なら何とかなるかもしれないと」

 

「……んん?」

 

 

 待て待て。こいつは何を言っている?

 

 

「次の化け物に対する対抗策はお前が書いたノートに記してある。それならば俺たちがやるべき行動は一つだ」

 

 

 確かに書いたけど!!

 海里夏を書いた後に、いろいろと対策については書いたけれど!!?

 

 

「あの海里の言う通りにするつもりはない。妖精に目を付けられる行動をしたくないというのなら――――赤組と黄組を巻き込むぞ」

 

「お前凄いな……」

 

「このぐらいの発想誰だってできるだろう」

 

「いや……そ、そうなのか?」

 

「まあ紅葉は常識自体が違うからそのせいかもしれない。頭もおかしいぐらいだからな」

 

「おい遠回しに俺が馬鹿みたいな言い方止めろ」

 

 

 凄いなこいつ。俺はそんな発想なかったぞ!?

 いやゲーム世界の知識があるからそのせいかもしれないけれどさっ!?

 

 

「さて、赤組と黄組について……とっとと話せ」

 

「は、はい」

 

 

 

 再びの尋問的な口調に小さく溜息をついた。

 まあこいつのこういう調子は慣れたけれどさ……。

 

 

 ――――カタカタッ。

 

 

「……んっ? なんか聞こえなかったか?」

 

「何がだ」

 

「いやなんか、音がするような……」

 

「風が窓を叩いた音だろう。それよりもこちらに集中しろ」

 

「アッハイ」

 

 

 仕方がないと、俺はただ口を開いた。

 

 

「夕黄の主人公にはもう会っているよ。直観力に優れていて……俺が会いに行ったらすぐに『とりあえず一度死んでからこっちに来てくださいっす』って言われたから行くつもりだけれど……」

 

「一度死んだら来てくれ? ということは、死ぬ前だと無理な部分があるということか?」

 

「わかんねえけど……それにな鏡夜。あの主人公……つまり、星空天は俺に向かってこう忠告もしてくれたんだ」

 

 

 ただ話す。

 あの時の――――俺の持っている何かを信じてはだめだということを。

 

 

「……俺の知識はあやふやだから。何が信じちゃいけないのかは分からないし……悪い」

 

「だから謝るな。お前は精いっぱいやってるよ」

 

 何故かとても優しい言葉をかけられて少しだけ泣きそうになった。

 

 それが――――なんだか、とても懐かしく思えたからだろうか。

 

 

 

・・・

 

 

 夕赤、女主人公の朝比奈陽葵(あさひなひなた)とその主要人物たる三名。

 そして夕黄、男主人公の星空天(ほしぞらあめ)とその主要人物の二名。

 

 その特徴、情報などなど全て話したあとはかなり時間が経っていたらしく、夕食をということになった。

 どうやらそれは鏡夜の母親が前もって準備していたものらしく、家庭的な料理で美味しかった。

 

 話が終わればあとは普通に友達の家に遊びに来たようなものだろうか。

 

 テレビを見たり、宿題をしたり。

 そういうありきたりなことをして――――。

 

 

「鏡夜、お前風呂は?」

 

「やりたいことがある。紅葉が先に入っていいぞ」

 

「お、おう。ってか、やりたいことって……?」

 

「ちょっとな」

 

 

 よくわからないが話す気はなかったようなので、とりあえずと行動を開始する。

 コンビニで必要なものを買っていたので、着替えとして体操服のジャージを準備し風呂へ入らせてもらった。

 

 ――――ああ、そういえばと。

 海里夏の言動に少しばかり思うことがあった。

 それは全て鏡夜に話したから、あとはあいつに任せるとするが……。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……って言うのがなぁ)

 

 

 無意識ながらに契約を交わしたときの己の発言を忘れてなくてよかったと思えた。

 それは俺達にとってはあまりデメリットのない契約であって、しかしその裏に何が隠されているのか考えさせられるものだった。

 

 清浄な魂に惹かれたというのも、あの夏が夕青ゲームで言っていた言葉の一つ。

 興味を持ったから近づいたと。その理由が魂なんだと。だからこそ死を狙うとは死神を意味するのではと考えて、神じゃない発言に撃沈したプレイヤーがいたのを覚えてはいるが……。

 まあ鏡夜が何とかしてくれるだろう。全部話したときにしっかり頷いてくれたし。

 

 シャワーで髪についた泡を洗い流し、息を吐く。

 ふと――――何かの視線を感じたような気がした。

 

 

「……んっ?」

 

 

 刹那、カタリと何かの音が聞こえてきたのだ。

 

 

「……鏡夜か? 鏡夜ぁー!?」

 

 

 それに対して、カタリとまた音が響いた。

 鏡夜が来た? この風呂場に?

 

 ……いや違う。

 キッチンで鏡夜が「話なら風呂から上がった後にしろ!」という怒鳴り声が聞こえてきたから、そうじゃない。

 

 

(気のせい……にしては、なんか。寒気が……)

 

 

 ふと鏡を見て後悔した。

 何故気づかなかった。何故思い出さなかったんだッ!?

 

 そこにいたのは、俺の背後からじっとこちらを見つめている髪の長い女だった。

 人とは思えない雰囲気を漂わせた幽霊だった。

 

 

「ッ――――!!!」

 

 

 そうだ。なんで忘れていたんだろうか。

 夕青の攻略が難しい理由の一つとしてある、心霊現象。

 境界線の世界で化け物に殺され続けて幸運値が下がるだけじゃない。そうして現実世界で不幸による事故が起きるだけ、ではない。

 

 何故急に忘れていたのか。

 もしかして、これも不幸の一つか?

 

 現実世界で幽霊や悪霊が襲い掛かってくるという――――。

 

 

(目を見たらだめだ。気づかれたら駄目だッ! 早く、ここから出なきゃ……!)

 

 

 風呂場の死亡フラグは夕青の中で多くあった。鏡が置いてある時点でまず駄目だったんだ。

 

 鏡から目を逸らして、しかし背後にいる女にバレないように浴室から脱衣所へ。

 何かがいる気配はない。

 寒気もなく、温かな湯気で満たされる。

 

 しかしそれでもなお気は抜けない。

 背後にある浴室の扉を閉めてから、恐る恐る目を開けてみた。

 

 

「……よし」

 

 

 誰もいない。

 つまり背後にある風呂にさえ気を付けていればいいだろう。

 

 濡れた身体が冷えそうになり、タオルに手を伸ばそうとして――――。

 

 

《ねえ、ワタシに気づいたでしょう?》

 

 

「~~~~ッッ!!!!」

 

 

 肩を掴まれて耳元で何かに囁かれた。

 楽しげな声だった。クスクスと笑っていて、でも俺の肩を掴む手はとても強かった。

 連れていかれると思った。

 

 ()()、殺されるのではないかと……!

 

 死の恐怖が思い出される。

 もう二度とあんな目に遭いたくはないと。ただそれだけの気持ちで体が動いた。

 

 一気に恐怖が蘇り、ただ後ろにいる女に追いつかれないよう駆けた。

 向かう先は絶対に安全だとされる鏡夜のもとへ。それしか頭になかったんだ。

 

 

「きょ、鏡夜ああああああああっっ!!!!」

 

「なんッ――――」

 

 

 顔ごと視線を逸らした鏡夜に向かって、ただ縋りついて涙目で浴室を指さして叫んだ。

 そうしないとまた襲われるのではないかと思ったから。

 

 それに殺されるのではないかと、身体中が震えながらも。

 

 

「ゆ、幽霊が出た! あれどうしたらいいっ!? 祓うのって塩でもできるかなッ!?」

 

「いやまず服を着ろ馬鹿が!!!」

 

「あっ」

 

 

 そういえばと、こちらを絶対に見ない鏡夜に気づいた。

 なんというか、前世が男だったからかそこまで羞恥心はないんだけれど。

 

 

 ――――カタカタッ。

 

 

「ひぇ。ああああなんか音が聞こえるッ!!! そういえばさっきから音が鳴ってたのに何で俺は気づかなかったんだよ!」

 

「だから服を着ろと――――」

 

「無理だもう無理無理ッッ!! 服は脱衣所にあるんだぞ! あそこまで行けと言うのか無理に決まっているだろ鏡夜一緒について来てくれ頼むから!!!」

 

「阿呆か! 女のお前が男の俺に頼むんじゃない!!!」

 

 

 頬を若干赤く染めた鏡夜がシャツを脱いで俺に思いっきりかぶせてきた。

 あとで気づいたが、この状況はある意味カオスだった。

 

 

 

 

「……何かいるのか?」

 

 

 俺の豹変に仕方がないとついてきてくれた鏡夜が問いかける。

 それに対して頷いた。

 

 まだいるのだ。あの女の影が。こちらに向かって手招く気味の悪い何かが。

 視線を向けないようにして方向を指すが、鏡夜は眉を顰めるだけで分からないと首を横に振った。

 

 

「そこにいろよ鏡夜! 絶対に離れるんじゃねえぞ!」

 

「分かったから早くしろ!」

 

 

 本当なら脱衣所ではなく別の部屋で着替えてもいいとは思ったが、夕青の心霊現象は一人になった瞬間から酷くなると理解している。

 部屋が違っていても関係ない。ならば、幽霊が手招くだけで殺そうとしてこないここなら大丈夫だと考えたのだ。

 

 そこにいる幽霊を見ないようにして。

 鏡夜は脱衣所の扉を開けたまま、俺から背を向けて早く着替えろと急かして。

 そうして終わらせたというのに……何故か鏡夜はキッチンから塩と小皿を取り出してきたかと思えば俺の手を引っ張ってまた脱衣所の方へ連れてくる。

 

 盛り塩を小皿へ置いて、幽霊のいる方向に置いたのだ。

 

 

「直接見なくてもいい。ただいるかどうかだけ教えろ」

 

「うぅ……まだいるよ……」

 

「…………そうか」

 

 

 一人でいるわけじゃないから襲わない。

 鏡夜がいるから、襲い掛かってくることはないんだろう。

 

 深い溜息を吐いた鏡夜は何かを考えながらリビングへと戻る。

 そんな彼の服の裾を掴んで共に帰りながらも、青い顔をしつつ鏡夜に向かって問いかけた。

 

 

「なあ、今夜は鏡夜の部屋で寝てもいいか? いやあの、断らないでくれ頼む。迷惑はかけないから。床で寝るから!」

 

「……床でなくてもいいだろう。布団ぐらいは用意する。その前に確認だけはしておけ」

 

 

 寝室を入りそのまま周囲を恐る恐る確認する。

 ベッドの下を覗いて、何もないと分かってほっと息をついた。

 

 

「幽霊の存在は今日初めて見たのか?」

 

「う、うん」

 

 

 そうして鏡夜は何かを確信したという顔で言うのだ。

 

 

「幽霊が見えるようになるきっかけがあったとすれば……」

 

「ん?」

 

「俺はお前が見たという幽霊を見てはいない。しかしお前はそうじゃなかった。今日初めて見たということはつまり何かの拍子に見えるようになったということだ」

 

「夕青のゲームでは、死亡したら見えるようになるんだけれど……」

 

「ああそうだろう。しかしそれはなぜだ? あの世の住人であるだろう幽霊の存在を、この現実の世界で見えるようになるのは何故だ?」

 

「それは……」

 

 

 冷や汗を流す。

 何か嫌な予感がして、聞きたくないと耳を塞ぎたい気持ちになった。

 

 

「おそらくだが……あの境界線の世界で死ぬことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ち、近づくって」

 

「境界線の世界――――俺は『あの世とこの世の境目』だと考えている。その中で死ねば幸運や生命力を奪われるというだけじゃない。幸運の瓶で打ち消せるからデメリットは無しだという都合のいい話はなかったということだ。

 だから幽霊が見えるんだろう。境界線の向こう側へ近づいたということになるからな」

 

「ひぇ」

 

「……まあ、()()()()()()()()()()

 

「いや脅すのやめてくれない!?」

 

 

 悲鳴しか出てこなかった。

 思考すら停止して、恐怖で体が震えた。

 

 

「しかし妖精が何か言っていないこと。お前が知らない裏が何かあるかもしれない……。何度も死ねばそれだけ本当の死に繋がる可能性が高いだろうしな。……おい紅葉」

 

「な、なに?」

 

「お前はもう二度と死ぬな。本当の意味で死にたくなかったらな」

 

「ッ……」

 

 

 

 絶句以外何もなかった。

 これから先どうなるのか分からなくて不安になり、涙が出た。

 

 

 

 

 

 

 


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