ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ 作:かげはし
桃子の私室にて座り向かい合う俺たちの傍にはあの夕黄の主人公である天はいない。何故かは知らないが「ちょっと話し合った方がいいかもっすね!」といって俺を置いていったのだ。
困惑している俺に対して彼女は姿勢を正し、その小さな口を開いた。
「まずはちょっとしたお話をしましょうか」
「お願いします……」
「そう緊張せずとも何もいたしませんわ。貴方が困っていることを解決してほしいと天くんからのご指示ですもの」
優しく微笑むのはアカネから肉体を返された向日葵桃子だ。
彼女はアカネとは違って眼鏡をかけており、あの神様が憑依していた時とは違った雰囲気を感じる。
「……話って何をするの?」
「まずは自己紹介から。わたくしは向日葵桃子。
「あっ、えっと……私は紅葉秋音、お寺も何も関わりのない平凡な人間です」
前世の知識のことを、言った方がいいんだろうか。
そう迷っていると彼女は俺に何かを感じたのか、言葉を紡いだ。
「あなたはわたくしのこの口調について、変だとは思わないのかしら?」
「えっ、いいえ……むしろ我を通していていいと思いますが」
むしろ前世の頃からそういうキャラクターだって知っていたからなんだけどな。何かトラウマでもあったっけか。
そういうキャラクター設定だったっけ?
悩んでいる俺に対し、桃子は俺が否定はせず受け入れてくれてると分かったのか、彼女はまた笑いかけてきた。
「何か聞きたいことでもありましたらわたくしに遠慮なく話してくださいな」
「あっ、じゃあいくつかいいかな――――何であのアカネさんがいるのに黄組全員助けなかったの?」
「……直球ですわねあなた」
苦笑した桃子は、人差し指を立てて話す。
「アカネ様はあの世界にとってただの部外者に成り得るからですわ」
「ぶ、がいしゃ?」
「ええそうですわよ。なんせあの世界は害虫が作り出したおもちゃ箱。いわゆるあの羽虫のホームテリトリーになりますわ。そんなところで人を助けるアカネ様がいたらどう思うか……」
「妖精にとっては物凄く嫌なこと? あれ、でも境界線の仕切りを正すための時間稼ぎに俺たちは呼ばれたんじゃ……」
いや待て。白兎が言った言葉を忘れてはならない。
あれは管理人としてちゃんと働いてはいない。
……すなわち?
「あの世界にわざわざ連れていく理由はない? ……俺たちは何で、あの化け物達と戦っているんだ?」
「ああ、ようやくそこに至りましたのね」
「至りましたって……じゃあもも……向日葵さんは、分かっていたのか?」
「桃子で結構ですわ秋音さん。口調も取り繕う必要はございません。わたくしにはアカネ様がおりますから……まあ、分かるのは当然のことですわ」
「そっか……」
神様がいるから、分かる。
じゃあ……。
「じゃあそれを他の人に教えようとは思わないわけ?」
「教えても意味がありませんもの」
「えっ」
「ですから天くんは一計を案じたのですわ。どうせあの害虫が馬鹿をやるのなら、その馬鹿に巻き込まれないようにクラスメイトを遠ざけてしまえとね。でもそれを他のクラスにまでやったらあの害虫は必ずこちらに目を付けてきますもの……」
思考が停止しそうになる。
それが当然なんだと言っても、俺には分からないことだらけだ。
鏡夜だったら分かるかもしれないが……。
「……桃子ちゃんは、妖精の何を知っているの?」
不意に、冷めた目で彼女はこちらを見つめてくる。
それにぎょっとしたが、すぐ笑いかけてきた。
「アカネ様はただの哀れな害虫。ただの羽虫だとおっしゃりました。ですからわたくしもそう呼ぶのです。それに知ってもどうせ意味がないこと……」
「へっ?」
「いいえ……それよりも、ここにいつまでもいても仕方がありませんし、少し散歩でもしません?」
「えっ、あ……」
もう言うことはないのだというかのように窓を見た桃子に対して、そういえばと思うことがあった。
「……あのさー。いや、妖精の事じゃないんだけど、ちょっとした質問があるんだ。いいかな?」
「もちろんいいですわよ」
「お寺なのに神様がいるのってちょっと不思議だなーって思っていたんだよな。それって何か理由があるの?」
神社は神様、お寺は仏様。
なぜ今思い出したのだろうかと思えるもの。
夕黄をプレイした時から感じていた些細な疑問だった。
でもアカネも桃子も何も言わない。それが当然とばかりに選択肢さえ何も出てこない。プレイヤーたちも作者が間違えたんじゃないかーって言ってたような……。
だから気になっていた。
水仙寺に入るときにあった、あの鳥居を見てからずっと――――。
「はっ?」
しかし彼女は顔色を変えた。
「えっ?」
なんか変なことでも言っただろうか。
ただ彼女は真顔でこちらを見て俺の頭をがっしり掴む。
「目を見なさい」
「ふぇ!?」
「わたくしの、目を見なさい!!」
よく分からないが言われるがままにじっと――――彼女の瞳を見続ける。
数秒、数分と、その状態のまま向かい合っている。
逃げようと思っていても彼女が頭をがっしりと掴んでいるから、顔を背けることすらできなかった。
そうして……やがて俺から離れて深いため息をつく。
「まず一つ訂正がありますわ。
「えっ?」
あれ、だってそれが当然なんじゃ――――。
「あなた、
「えっ」
「っ……ああ、だから天くんは直感で分かったと……」
戸惑いに満ちる俺とは裏腹に、何故か彼女は怒りに満ちた表情を浮かべてきた。
「天くんは本当に困ったお方ですわね! こういうのわたくしあまり得意じゃないのですけれど!」
頬を膨らまし怒ったように畳を何度か手で叩いている桃子にただ震えた声で言う。
「いや待って。待って……俺が、頭を弄られているって……」
「ああ、そのままの意味ですわよ。でもあなたまだマシな方ですわよ? あの害虫がまた接触してきたらより酷くなっていたでしょうし……」
「害虫って……まさか、これをやったのは……」
あの妖精がやった?
でも何時。何処でやられたんだろうか……。
「あの、俺の頭が弄られてるのって、もしかして記憶か?」
「それもありますわね」
「それも……」
「ええ、まあ廃人にならなかっただけマシというもの。あなた少しは運が良かったようですわね?」
「……なんで俺が」
まさか、妖精に興味を持たれたから?
一番最初に会った時に、知識について知られてしまったから――――。
(そうだ。夏だって忠告していたじゃないか。あの世界で知識を披露するのは良くないと……)
入学式に、境界線の世界で話したあの行動が――――あの時から俺は間違っていたのか。
困惑している俺の表情をじっと見ている桃子が肩をすくめた後、小さなため息をついて口を開いた。
「あなた、あの世界で一度死にました?」
「えっ、あ……うん。そうだけど……そのせいで幽霊が見えるようになって、それで見えなくしたいだけで……」
「そんなわけないでしょう」
「えっ?」
首を横に振って、まるで阿呆な子でも見るかのように。
それと同じくとても可哀そうだというような表情で俺の目をずっと見つめてくる。
目を見ろと言った。
目に何か――――違う、目の奥にあるものを観察されているような錯覚に陥る。
「一度死んだら幽霊に襲われる。まあそうですわね……あの世界はあの世とこの世の境。いわば死ねばあちら側に近づくのは当然でしょう」
「なら……」
「一度経験した死がきっかけで幽霊を見るというのはありますわ。ですが――――それで、何処にでもいるような幽霊に襲われて死ぬというのは、よほど危険な悪霊もしくは堕神と遭遇するか、幽霊に対して故意的に近づこうとする者程度です。
そうでなければわたくしのクラスメイトも、これまで在籍していた生徒でさえもある日を境に全員死ぬということになりますもの。そんなの学級閉鎖どころの騒ぎじゃありませんわ」
「でも、それなら妖精がやらかした可能性は?」
「全校生徒を幽霊に襲わせるだなんてことをすれば――――参加者全員死亡する危険性がありますもの。そうなれば、あの害虫のゲームは成り立たなくなる。そんなのアレが望むわけありませんわよ」
妖精が境界線の世界へ連れていく理由がある。
それで死んだとしても生かしたい理由が、ある?
ゲームの知識では死んでから幽霊に襲われるようになった。
夕青ゲームでは、主人公しか動かせないから……。
主人公だけが特別、幽霊に襲われて死んだということ?
でもなら、何故春臣達はゲームの時に死んだんだ。
あれ?
――――あいつらは、幽霊に襲われて死んでいたっけ? 不運な事故で、死んでいたっけ?
「状況の理解度も遅い。それも、あえて違う答えを出させようとしているのでしょうか……」
ぶつぶつと呟いた桃子が俺の頭を軽く触って撫でてきた。
柔らかな手だ。しかも撫でることに対して慣れているんだろうか。頭を撫でる手が気持ちいい。
ふわっとした桃のような良い匂いがして、自然と目を閉じた。
「貴方の頭は知識に限らずいくつか弄られているようですわね。それも二重に……かしら?」
聞こえてきた声が――――その言葉が分からなくなる。
頭がぼんやりとする。
急に眠気が襲い掛かってくる。
身体が重くなり、畳の上へ倒れた。
「貴方の頭を少しだけ、元に戻してあげましょう。……でもわたくしが出来るのはきっかけ程度ですわ。目覚めた後、あなたが頑張ればその記憶も知識も――――あなたの魂も、正常に戻れます」
額に手を当てた桃子の声が遠ざかっていくのを感じる。
「さあ、眠りなさい。思い出しなさい……あなたが狂った、そのきっかけを」
何故だろう。
泣きたくなるような、激しい感情が込み上げてきた。
でもそれは――――。