ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ 作:かげはし
――――じわじわと、それは忍び寄る。
それは、サッカーを軽くした後ベンチに座り、木陰にて休憩をと二人がしていた時だった。
「……眠い」
「……なんだ秋音、寝不足か?」
「んー。ちょっとね」
欠伸をしたことについて少しだけ恥ずかしそうに、しかし何気ない話題の一つとして彼女――――秋音は口を開いた。
「最近ね。変な夢を見るようになったの」
「夢?」
「ええ。私が知らない男になって生活している夢。それも毎日見るのよ」
「はは、お前が男だって?」
「ええ、おかしいでしょう? しかもその男ったら、ゲームしかしていないのよ。不健康よね!」
「いやツッコミ所はそこじゃないと思うけど」
「ふふふ。それで聞いてよ――――その男はね、大きくなった鏡夜が主人公になってるゲームをやり始めたの! でもまだ始めたばかりだからどうなるのか分からなくってね……なんだか気になっちゃって」
「何言ってんだよ。そんなのただの夢だろ。お前の作り出した妄想の一つだ。それともなんだよ、夢の中でも俺に会いたかったって?」
「何言ってるのよ。ばーか!」
なんとなく顔を見合わせて鏡夜は笑い、秋音も笑う。
木漏れ日は暖かいが、空気や風はとても冷たい。そんな温度差に少し体を震わせていた。
「さて、今日も行くか?」
「ええそうね。私たちだけの秘密基地なら風に当たらなくてよさそうだもの!」
そう言ってサッカーボールを手に歩き出した二人はある場所へ向かう。
公園から裏道へ通り、通行人が全くいない細い道を抜けて。
落ち葉が大量に地面にあるが誰にも掃除されない、寂しげなフユノ神社へと――――。
歩くだけで床が軋み、今にもどこかに穴が開きそうな神社の中は彼女たちにとって遊び場の一つであった。
最初の頃は中を探検し、虫がいたら秋音が悲鳴を上げて鏡夜が笑い。そうして鏡夜が床のくぼみに足を引っかけて転べば、秋音が笑いながらも手を伸ばして助けるといったことをよくやっていた。
ボロボロの場所を少しでも綺麗にして秘密基地として居心地をよくするために、毎日のようにここへ訪れていたのだ。
「……ん、良し。おわり! ほら鏡夜、座って座って! そろそろ見えるよ!」
「へいへい」
そうして座った二人は建物の中から外を眺める。
それは、フユノ神社から眺めることのできる景色。
オレンジと赤が交じり合ったような夕日が沈み、夜の世界へと一望することのできる特等席。
「秋音ってこれだけのためにここに毎日来てるよな」
「あら何よ。貴方は違うの?」
「別に夕日なんて毎日見ようと思えば見れるだろ。俺にとってはただの暇つぶしの一つだよ」
「もーまたそういうこと言う! いやなら別に付き合わなくてもいいのに」
「ただの暇つぶしだって言っただろ。それにお前みたいな何も考えていない馬鹿が夢中になるものってなんだろうなという単なる好奇心でもある」
「ちょっと誰が馬鹿よ! 私は馬鹿じゃありません!」
「ならこの前の小テストどうだった?」
「うっ……何よ、もう! そういうこと言っちゃう悪いお口は引っ張っちゃうわよー!」
手を伸ばして、怪我をしていない方の頬を引っ張ろうとした秋音に対し鏡夜は両手でそれを振り払う。
「暴力に訴えるなよ。あいつらと同じになる気か」
「あら、あんな大人数で暴力に訴える馬鹿共と一緒にしないでくれるかしら? 私の場合は正当防衛。貴方が口で攻撃してきたから、私はそれをそのままそっくり手で返すだけよ。だって口喧嘩で鏡夜に勝てるわけないもの!」
「馬鹿だからな」
「もうそういうところよ鏡夜! ……さっきも言ったけれど、あなた本当に愛想よくしてみたらどうかしら?」
秋音が両手を自らの頬へと手を当てて、にっこりと微笑む。
渋々と言ったように、鏡夜は秋音のように笑う。
「喧嘩を売ってきたからって即座に買わないの。たまにはスルーしときゃいいのよ。それか逃げなさいよ。私が助けに行けなかったら鏡夜はすぐ怪我するでしょう?」
「いや別に助けに来なくてもいい。暴力以外で解決する方法ならたくさんある」
「でもその場で反撃はできないでしょ? あなた運動神経はゼロだもの」
「うるせえ」
「あのねえ……私と鏡夜は親友なんだからね。助け合いは普通の事でしょう? 私なら反撃ぐらいできるし、貴方を守ることだってできるわよ?」
「でも逃げるなんてこと俺はしたくない。なんか格好悪いだろ」
「そうかしら? だって、逃げないことは勇敢だけど、逃げることは勇気の一つだと思うのよ。それに負けになるわけじゃないんだし」
「……じゃあお前がテストに逃げてるのは負けじゃないと?」
「もうそういうんじゃなくて!! ――――ってあら?」
秋音がふと何かに気づき、空を見た。
よく見れば夕日はとっくに沈んでおり、薄暗い夜の時間帯になっていた。
太陽のない世界に寒気は一気に二人を襲い、自然とまた身体が震えていく。
「……帰ろうか」
「そうね。じゃあまた明日!」
神社からそれぞれの家へと帰っていった。
《――――――――》
「……んっ?」
何かの囁き声のようなものを聞いた鏡夜が神社の方を振り返る。
しかしそこには何もない。寂れた景色しか広がっていなかった。
気のせいかと感じた鏡夜はまた歩き始めたのだった。
・・・
ある日、夕日丘小学校の教室にて青白い顔をしている秋音を発見した鏡夜が彼女へと近づいていった。
彼女は体調が悪いのか、いつもの笑顔は全くなかった。
椅子に座って、ずっと机に伏せている。
その様子に周りが心配しているようだったが、秋音はそれにさえ気づいていないようだった。
「……どうしたんだ秋音?」
「嫌な夢を見ただけなの」
「またあのお前の知らない男がゲームやってる夢か?」
「ええ……でも今日は、ものすごく嫌な夢よ……」
そうして彼女が話し出したのは――――夕日丘高等学校の生徒として通う神無月鏡夜のお話。
ファンタジーのような恐怖。化け物がいて、悪霊がいて、神様がいた。
その学校で起きた悲劇の全て。
バッドエンドを起こした妖精の、ちょっとしたお遊びを彼女は語る。
「ホラーゲームか」
「ええ。でもまだ始まり部分しか見ていないから、またあの化け物達が出るんじゃないかって……。それに、私自身でさえあのゲームの中で出ていたのよ。なんだかものすごくリアルで……」
「落ち着けよ秋音。そんなのただの夢だろ」
鏡夜は妄想を口にしたような態度の彼女に対して、強めの声で言う。
それにハッと我に返った秋音はすぐさま乾いた笑みを浮かべて――――そうして椅子から立ち上がって言ったのだ。
「……そうね。私ったら何言ってるのかしら……ちょっと保健室行ってくる」
「秋音?」
「大丈夫よ鏡夜。ちょっと眠いだけ。少し寝たら元に戻るから」
そうして出ていった秋音を鏡夜は心配していた。
その後、先生が来て「紅葉さんは今日は体調が悪いため早退します」と言われたからこそ、後で見舞いにでも行こうかと思ってはいた。
しかし、親友であるからこそ彼は秋音を信用していた。
あいつならちゃんとまたいつもの元気な姿を見せるのだと。身体だけは異様に丈夫なのだから、大丈夫だと。
だから鏡夜は――――。
「なあ先生の話聞いたか?」
「おう、紅葉のやつがダウンしてやがる」
「今なら狙えるチャンスじゃね?」
それが一つ目の、分岐点だった。