ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第十四話 逝きはよいよい還りは怖い

 

 

 

 

 

 

 

 

(紅葉……今日は休みか……)

 

 

 しかし黄組の方へ行っても、星空たちも休みだからなにかあったのだろうと考える。

 まあ死ぬようなことはないだろう。紅葉を信じよう。

 

 それよりも俺はやらなければならないことがあった。

 

 

「ちょっといいかな」

 

 

 朝比奈陽葵(あさひなひなた)に会いに来た理由はいくつかある。

 しかしその第一の目的は――――普通の人間であるというのに、クラス全員の命を守り通したというその実力だった。

 

 化け物も倒すことのできる実力はどういうものなのかと考えてはいたのだが……。

 

 

「朝比奈様に何の用だゴルァ!」

 

「少し話がしたいだけだよ。喧嘩を売りに来たわけじゃな――――」

 

「ああん? 朝比奈様に話をしに来ただけとかふざけてんんですかー?」

 

 

 赤組の生徒共が――――というか、ガラの悪い奴らが邪魔をしてきてやりにくい。

 教室にも入ることを許さず、顔を見ることすら拒絶する。

 他の……大人しそうな生徒などから話を聞くことならと思えたが、目の前にいる男はそれも許さないらしい。

 

 桜坂程度には大きい身体をした男だ。

 グルグルと犬が威嚇をするような唸り声を上げているように感じる。

 

 桜坂とは違って染めたんだろうと分かるくすんだ金髪。

 目は三白眼で少し人相が悪い。耳にもピアスをしていて、己の体力のなさでは彼に喧嘩を売ることはできない相手だと理解する。

 

 また後で来るかとそう思っていた時だった。

 

 

「よさないか狼牙(ろうが)。そうやって喧嘩を売っていてはいらぬ争いを起こす」

 

「ハイ! 失礼しました朝比奈様ぁ!」

 

 

 九十度と角度よく礼を行い、背後にいた女子生徒へと謝罪する。

 そんな男を横目に――――そこにいたのは、確かに紅葉の言った通りの人物だった。

 

 ストレートの黒髪を腰まで伸ばした少女。

 この狼牙と言われた男が様付で呼ぶぐらいの、畏まった態度で接する程度にはやばい奴と判断しよう。

 

 

(朝比奈陽葵か……)

 

 

 彼女は俺に近づき、人形のような顔のまま笑いもせずにただ口を開いて言う。

 

 

「うちの(いぬ)が失礼した。それで何の用だ青組の」

 

「……率直に言おう。赤組と協力してやりたいことがある」

 

「無理だな」

 

 

 それは、あっけない拒絶だった。

 一瞬呆然としてしまったが、すぐに思考を切り替え口を開く。

 

 

「無理とは何故なのか聞いてもいいかい? なんせこの赤組は……勝手ながら調べさせてもらったが、君のクラスは全員生存し、クリスタルも守り通したという話じゃないか」

 

「そもそもあの世界でクリスタルより外へ出るということ自体が死を招くからだ。……なんだ、貴様はアレを貰ったんじゃないのか?」

 

「貰った?」

 

「……ふむ。他のクラスには配られてない? ……いや、アレを貰った生徒が別にいて、それを隠しているということか?」

 

 

 ぶつぶつと呟いた朝比奈に眉を顰める。

 何を言っているのかは分からないが、どうやらあの世界について詳しい情報を知っているようだ。

 

 

「朝比奈さん。分かりやすく聞きたい。つまり――――君はあの妖精が招く世界で、何故僕たちと協力できないのか。そして何故死を招くのか……君は何を貰ったのかを話してほしい」

 

「ふむ……」

 

 

 考えるように。何を答えようかと悩むようなしぐさをとる朝比奈。

 そんな彼女が見ていられなかったのか、俺の肩に手を置いて口を開いた不良がいた。

 

 

「ああん!? てめえ朝比奈様に対して慣れ慣れしいぞゴルァ!」

 

「狼牙。落ち着け。ついでに廊下を見張っておいてくれ」

 

「了解しやした! 朝比奈様ぁ!」

 

 

 嵐のごとく廊下へと出ていった男は、扉からチラチラとこちらを睨んで「朝比奈様に近づき過ぎたらコロス」というような殺気を放つ。

 それに苦笑して朝比奈を見れば、彼女は肩をすくめて言うのだ。

 

 

「許してほしい。うちの犬は私が何度も何度も命を救うために動いたあの出来事が忘れられないだけなんだ。他の生徒たちも私が言わなければいろいろと文句を言っていただろうが……」

 

「命を?」

 

「ああ。……そうだな。聞きたい話があるんだったな」

 

 

 ここで初めて、朝比奈が俺に向かって笑いかけた。

 

 

「まずこれに見覚えはないかな?」

 

 

 取り出して見せたのは、薄汚い紫色の手鏡だった。

 それと同じく隣には紅葉が言っていたあの「幸運の瓶」だった。

 

 

「瓶については知っている。でもその鏡は……」

 

「入学式まで私はこの存在を思い出せていなかった――――どうやら十二歳になったその日に過去アレと出会った記憶が失われるようだ」

 

「……アレ、だって?」

 

「とにかく、手鏡は見たことはないか?」

 

 

 手鏡についてじっとそれをみる。

 しかしなんというか、見たことあるような。見たことないような……。

 なんだか不思議と懐かしくなる感覚に陥る。そんな手鏡をするりと撫でた朝比奈が言う。

 

 

「この手鏡はいわばあの……魔の境界線の世界だったか。そこで己を見失わないようにするための命綱でもあり道標のようなものだ」

 

「道標だって?」

 

(とら)が……ああ、私のクラスメイトなんだが。好奇心旺盛で無謀な馬鹿でね。あの妖精にいろいろと質問をしたんだ。分かったことは二つあるよ」

 

 

 答えが本当の事なのかは分からないが、彼女は口を開く。

 

 

「妖精によって連れてこられたあの場所で化け物と戦う。それはこの夕日丘町で数百年と続いたもののようだ。しかし十八歳の年を超えた後は誰の記憶にも残っていない。他人に話すことも不可能。話してもすぐ忘れてしまう。それを防ぐためのもの。

 ……そして次にこの、瓶の存在だ」

 

「……瓶の中身が何なのか知っているのか?」

 

「勝手に虎が実験していてな。しかしその顔は……貴様も何か知っているようだな?」

 

「ああ。少しだけど、確かめてみたよ。幸運が上がるとされる瓶と説明してくれた人もいてね」

 

 

 思い起こされるのは防衛線の時の――――図書館による逃亡戦。

 

 桜坂の背に乗って、逃げ続けていたあの全て。ああやって逃げられたのもある意味幸運だったのだろうと考えてはいるが……。

 

 紅葉以外からは幸運の瓶だとは説明されていなかったなと思い直す。

 それが間違いだった。

 

 

「……私はこの瓶の中身を『あの世のもの』であると考えている」

 

「ああ詳しく調べてくれたんだ。それで検証結果は未知数だったと」

 

「そうだ。そして生き物にある程度、()()()()()()()()()()()()()()()ようだと判断した」

 

「……物質だと?」

 

「分かりやすく例えて言うならドーパミンのようなもの。いや、それよりは悪質なものだが……数百年前の始まりからずっと、この報酬は続いていると虎が妖精から説明されてね……」

 

「悪質とはなんだ」

 

「実験をした。ネズミによる動物実験だ」

 

 

 彼女が話したのは、幸運の瓶の中身を水と混ぜたものをケージの中に入れたネズミに分け与えたというもの。

 そのネズミは様子がおかしくなったというわけじゃない。

 

 幽霊か何かが見えたわけでもなく、普通のネズミと同じだったらしい。

 ――――ネズミがケージに噛みついて、鉄製のそれをかみ砕き逃げ出すまでは。

 

 

「ネズミの処理はした。しかし理解したよ……あれは身体をおかしくさせるものだ。だから私たちはもうとっくに手遅れなんだということも理解できた。まあそのおかげで……化け物と対峙できたわけなんだが……」

 

「待て」

 

 

 思考が回る。

 紅葉の言葉を思い返して――――そうして、まさかと冷や汗を流す。

 

 間違えた?

 信用してはいけなかった?

 

 しかし紅葉が嘘をついているようには見えなかったが……。

 嘘じゃないと思い込んでいた?

 

 

「まさか……朝比奈さんの言っている言葉が正しいとするなら……数百年と続いた境界による防衛戦争。そしてそれに伴う報酬。先祖代々引き継がれてきた細胞が、あの瓶の中身を受け取り飲んだ人間たちが今の俺たちになるが……運が良いだけでは済まされない何かがある?」

 

「この数百年で途中からこちらへ来たかもしくは他の町へ移り住んだ人もいるが……そうだ。幸運をもたらす瓶だと話してくれたのは誰なんだ? 何かを知っているようなら虎が聞きたがるだろうから」

 

「……その生徒に話を通してからね」

 

 

 情報が確実とは言えない。

 しかし何かが食い違っているような。いや確実に違う。

 

(クソっ。頭が痛い……)

 

 知恵熱なわけはないだろう。

 しかしズキンズキンと痛みが増すのはなぜなのか……。

 

 

「それでこの手鏡の説明をしようか」

 

「朝比奈さんは命綱と言ったね?」

 

「ああ。しかし何といえばいいのか……」

 

 

 うむむ、と何か言いにくそうに言葉を探して――――。

 そうして周囲で俺たちを観察している赤組のクラスメイトを見て言うのだ。

 

 

「ふむ。(すずめ)……クラスメイトの言葉を借りるなら、これはゲームのセーブポイントと言った方が正しいだろうな」

 

 

 その言葉に、少しだけ言葉が詰まった。

 

 

「……何故そう思ったのか聞いてもいいかな?」

 

「待て、先に貴様の質問から答えよう。あの世界で協力できないことについてだが……」

 

 

 そう言った彼女は、手鏡をポケットの中へ雑に押し込みながらも俺に向かって言った。

 

 

「この鏡は命綱の役割を果たしているというのは先ほど言ったな。それについて説明するが――――まずあのクリスタルから一定距離まで離れるというのは自殺行為に等しい」

 

「……試したのか?」

 

「いいや、私は試してはいない。……しかしそういうことを行った記憶があるんだ」

 

「なに?」

 

 

 記憶と言った彼女は、真っ直ぐこちらの目を見つめてくる。

 炎のように真っ赤な瞳だというのに、何故かとても冷めているように感じた。

 

 

「貴様はあの世界でたった数時間。長くても一日程度しかいないと感じたか?」

 

「はっ?」

 

「私以外の生徒は全員そうだと感じていたらしい。しかし私が体感した日数は数えて――――半年は経っているだろう。その長い時間、それも膨大な記憶と経験を手に入れてだがな……」

 

「……ちょっと待ってくれ。つまりなんだ? 君は他の生徒とは違って半年って……なんだ、君から見れば時間の流れがおかしいとでもいうのか?」

 

「いいや。この鏡を持っているからか……あらゆる可能性から起きた結果を全て一つにまとめることが出来るというものだ」

 

 

 彼女の言っている意味が分からなかった。

 しかしさらに詳しい説明をされて理解する。

 

 紅葉のように言うのであれば、あの鏡はいわばゲームファイルのようなものだ。データを記録するためのもの。今までの記録や経験が全て蓄積された状態で――――今があるということか。

 だから彼女にとっては半年。俺たちにとってはたった数時間ということ。

 

 それと同じく、命綱というのも離れることによって本来の鏡としての性能が落ち力が使うことすら困難になるというもの。

 

 ――――彼女は何を知っている?

 

 

「……つまり記憶を受け取るということか? 死に戻りなどの時間逆行はないと?」

 

「ああそうだな。いわば並行世界の全てを見渡すための鏡というものに過ぎん。戻ることは不可能であり、進むしかない。

 ……それにあまりこれを頼りにした戦術を考えるのも微妙でな」

 

「デメリットがあるのかい?」

 

「現実世界で幽霊が見えるようになった。まあ霊とは言えど、ある程度無視をすればいいのと触ってくるようなら潰してしまえばいいから気にする必要はないがな……」

 

 

 そうして、問題は――――と、話す。

 

 

「妖精がくれたあの瓶をネズミで試せば鋭い牙が与えられる。しかし他の動物、人間で試してもその通りになるのかは分からない。それと同じく紫の鏡にも何かあるのではと勘ぐっているんだ」

 

 

 幸運の瓶と同じように、通常とは異なる方法で手に入れたからだと彼女は言う。

 

 

「私はこの薄紫の鏡を何度も捨てようとしていた。気が付いたら手元にあって、私が捨てても戻ってくる。まるで絶対に離れないとでもいうかのようでな……それで壊そうと思ったんだが」

 

「壊れなかったと?」

 

「ああ。あらゆる鈍器、あらゆる方法で試してみたが無理だった。だからこれは――――私に対する何かの呪いなんだと考えてはいる。まあ結果はなんにしろ、私が鏡を受け取ったアレが正義かもわからぬ今――――言えるべきことは、あの妖精は信用できないということだな」

 

 

 確かに……。

 あの妖精は信用はできない。

 

 だからこそしくじったのだと言うべきだろう。

 俺はあの時、一番最初のあの日から――――もうとっくに間違った選択肢を進んでしまっていた。

 

 

(紅葉は本音で話してくれていた。しかしその情報自体が間違っていたのだとしたら?)

 

 

 嫌な予感しかしない。しかし俺はもう進んでしまったんだ。

 妖精には目を付けられているだろう。

 フユノ神について調べなかったのも落ち度だろう。

 

 あの幸運の瓶を――――本当の意味で『幸運』の瓶だと誤解してしまったのは、いつだったか。

 紅葉も俺も、()()()()()()()()()()()()()

 

 混ぜ返された情報を真っ白にして、スタート地点に立つために。

 

 

「……朝比奈さん、妖精より先手を打つために――――全てが始まったと思える場所へ行ってみないかい?」

 

 

 あの境界線の世界で何も出来ないというのなら、この現実世界で協力してやればいいとそう思えただけだった。

 冬野白兎がいるであろう、あの場所なら朝比奈と共に行けば何かわかるのではないかと……。

 

 

 

・・・

 

 

 

 別に俺一人で来ても良かった。

 しかし妖精があの世界へ招き入れる前に――――妖精が何かをする前にこちらでやれるべきことが出来たらと思えたからこその行動だった。

 

 鏡を持っている朝比奈さんと共にと誘ったのも、自分の頭がおかしくなっているという可能性を考慮しての事だった。

 

 

 

 そうして迎えた翌日の早朝。

 朝比奈を連れてきた場所はあのフユノ神社だった。

 

 しかし彼女は動きやすいジャージ姿に、何か布で包まれた棒を手に持っていた。

 よく見ればそれはまるで木刀のようにも見えて……。

 

 

「……朝比奈さん。それはなんだい?」

 

「私が今、使えると思える武器を持ってきた。どうせ戦闘になるかもしれないのだろう」

 

「……物理攻撃が効かなかったらどうするんだい?」

 

「私たちに触れるのであれば、私も触れる。すなわちぶん殴れる」

 

「……そ、そう」

 

 

 静かに脳筋発言した彼女の言葉に引き攣った笑みを浮かべておく。

 とにかく、あの冬野に会わなくてはならない。

 

 

「ボロボロだな。しかし手入れはされているのか?」

 

「……おかしいな」

 

「なんだ神無月。どうかしたか?」

 

「誰もいないんだ」

 

「……ああ、貴様の言う神様の事か」

 

 

 ……フユノ神社の中はもぬけの殻だった。 

 あの彼女はいない。

 

 見えなくなったか?

 いや、それにしてはおかしいような気が――――。

 

 

「ああしかし、懐かしいな」

 

「懐かしい?」

 

「私はここで、この鏡を貰ったんだよ」

 

「っ――――なん」

 

 

 視界が突然砂嵐のように――――何かの記憶が乱雑に映し出されたような。

 しかしそれは一瞬だった。

 

 頭が痛い。あれはいったい何だったのかすら思い出せない。

 

 

(俺は何をされた。何を忘れたんだ?)

 

 

 頭を押さえている俺を横目で見て一応大丈夫だと判断したらしい朝比奈が、建物の中を見ていた。

 ……ああ、くそっ。

 

 このまま彼女を放置していくわけにはいかない。

 

 

「ふむ。奥に入れるようだな……」

 

 

 勝手に入っていく朝比奈を見失わないように後ろからついていく。

 そうして中へ入ると、いつものボロボロに崩れかけた部屋が広がり。

 

 しかし何か――――違和感があるような。

 なにか奥に扉があるような。

 前に来て掃除した時は気づかなかった。いや意図して気づかないようにさせていた?

 瓦礫が積みあがった先に何かがあるように見えた。

 

 

「……鏡夜?」

 

「えっ」

 

 

 後ろを振り返ると、何故か紅葉がいた。

 その横には、俺達を警戒するような目で紅葉の足にしがみつく男の子がいる。

 

 紅葉に似た顔をしているから、おそらく血縁者だとは思うが……。

 

 

「何故紅葉がここに?」

 

「それはこっちの台詞だよ。なんで?」

 

 

 どうやら混乱しているらしい。

 首を傾けた紅葉がチラリと朝比奈の方を見ようとして――――その目が恐怖に固まった。

 

 慌てて振り返れば、どうやら瓦礫を雑に撤去しその奥にある部屋の扉を開けた朝比奈がいた。

 そして――――その部屋の中に佇む、少女がいた。

 

 いや、そこにいたのは冬野……のような……?

 何故か俺の背中から冷や汗が流れた。

 

 

(なんだ。何かが違う。なにか……違和感があるような……?)

 

 

 以前ここで見た時とは全く雰囲気が異なっている。

 何故だ。どうして。

 

 よくわからず、ただを瞬きしてみたら、いつの間にか冬野の姿をした少女の白髪が黒へ変貌していた。

 

 それだけじゃない。

 以前見たあの優し気な笑顔が一変して、とても気味の悪い笑顔になり。

 

 

《私の手の届く範囲内で何をやっているんですかー?》

 

 

 

 意識が――――。

 

 

 

 

 

 

 


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