ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第二十六話 鏡夜達の目指した先で

 

 

 

 

 それは、紅葉たちが食料を取りに向かっていた頃だった――――。

 

 

(化け物は幽霊などのように透明ではない。肉体を持っているんだったな……なら……)

 

 

 準備も何もなく、これから先で何が起きるのか分からない。

 そのため紐と空き缶で簡易的に音を鳴らして周囲に警戒をさせるためのトラップ作りをしつつ、やるべきこととしてまず周辺の確認とノートに書かれていたフユノ神社を見に行くことを優先した。

 

 

「……んで、これらを周囲に張り巡らせればいいのか?」

 

「ああ、まずは簡単に……学校外から来た化け物がいればすぐにわかる」

 

「直接来やがったらどうすんだよ。例えば校舎の中からとか……」

 

「今日は外から来るかどうかの調査も兼ねてやるんだ」

 

 

 桜坂に向かって強くそう言えば、まあ渋々とだが動いてくれるようだ。

 電柱に括り付け、人間の頭上で紐と空き缶をいくつか繋ぎ、作動するよう設置する。軽く引っ張れば空き缶同士が鳴り響くよう確かめて――――。

 紅葉達にはあとで説明をしておこう。

 

 

「桜坂くん、あと裏門にある道路の方も頼めるか?」

 

「だからそういう気色悪い喋り方止めろっての!」

 

「ああはいはい。海里さんも彼と一緒に――――」

 

「いや、私はアンタについていくよ。桜坂なら一人でも可能でしょ?」

 

「……そうか。じゃあ桜坂くん、頼めるかな?」

 

「テメ―本当にわざとやってるだろ」

 

「なんのことかな?」

 

 

 にこりと笑うと舌打ちをしてきた。

 しかし、文句を言いつつもしっかりとした足取りで裏門の方へ一人で向かってくれるようだ。

 

 

「何かあったらすぐに携帯で……そうだな、アラーム音か何かを鳴らしながら走れ」

 

「へいへい」

 

 

 ……記憶を失う前の俺は、彼とどんな話をしていたのだろうか。

 ただ一人で、誰にも話さず学校生活を送っていたという自分らしくない行動しか記憶にない。自分らしくないからこそ、これはまともな記憶じゃないと思えた。

 ノートという不確かなものを信じることが出来た。

 

 人を信頼しているわけじゃない。

 人というのは簡単に裏切る。簡単に、こちらの信頼を裏切って予想外のことをやらかす。

 だから俺は親友に――――。

 

 

(ああ、その記憶ももしかしたら偽りなのかもしれないんだったな……)

 

 

 名前すら思い出したくもない嫌悪感。

 しかしノートには記憶を失う前の俺が書いた記録にはある程度の考えも記述されていた。

 

 文字は俺が書いたもの。それと同じく証明するようにとでもいうのか、携帯にも動画が残されていた。今までの事、紅葉の事、そして朝比奈陽葵から聞いた話によって疑問に思えたことを……。

 

 

 記憶を弄れるというのなら、俺を簡単に殺すことぐらい可能だろう。

 頭を弄るしかできないというのか。それとも弄った犯人は別で、複数の敵がいるのか。

 

 冬野白兎は誰なのか。

 妖精は何がしたいのか。

 それ以外にも敵はいるのか。

 

 それを全て知っているとすれば――――。

 

 

 

「海里さん。話がしたいんだけど……」

 

 

 桜坂がいない今だからこそ聞けると考えて彼女へ向かって話しかける。

 しかし海里は鼻で笑って言うのだ。

 

 

 

「無理だよ神無月。私が話せることなんて何もない」

 

 

 まあそうだろう。

 予想はしていた。でも俺を殺さずついてくるのには何か理由でもあるのか……。

 

 先ほどから俺を見る目もそうだが……。

 まるで俺一人で行動させないようにしているみたいだ。

 

 

 一人になると心霊現象に悩まされるというのは、ノートに記載されていたホラーゲームの情報の一つだが……。

 つまり、誰かの視線がなければ。周りが自分を見ていなければ何かが起きるということか?

 憶測にすぎないが、今はその程度しか考えることはできない。

 

 ――――ならば、賭けに出ようか。

 

 

「……じゃあ、一緒についてくることならできるよね?」

 

「はぁ?」

 

「フユノ神社で調べたいことがあるッ――――」

 

 

「アンタ、また死にたいの?」

 

 

 不意に、海里が俺の首元にカッターナイフを突きつけてきた。

 ポケットの中に入っていたのか。手元が全然見えず、急な殺意に一瞬焦るが――――それが正解なんだと理解できた。

 

 

「やっぱりあの神社に何かいるんだね」

 

「……アンタって本当に……ああもう、そういうところどうにかしてほしいな」

 

 

 深い溜息を吐いた海里がカッターナイフをポケットへと戻していった。

 そうしてこちらを睨みつけてくるのだ。

 

 

「神無月鏡夜、アンタが普通に死ぬのは勝手だけれど……この場所で、この世界で危険な目に遭うことだけは絶対に止めなよ。万が一死んだら……」

 

「死んだら?」

 

「……いろんな意味で、後悔するよ」

 

 

 どういう意味なのかと俺はまた口を開いた。

 

 

「後悔とは何なのかな。俺は元凶をどうにかしたいだけだ。今ここで全てを終わらせることが出来たならこれから先の生徒全員の命が助かるし、平穏な生活が送れるようになるだろう?」

 

「アンタ頭いいくせに馬鹿だよね…………秋音の馬鹿な部分が混ざってるせいかな……」

 

「今なんて言った?」

 

「別に。藪をつついて蛇を出すって知らないのってことだよ。危険な目に遭って辛いのは別にアンタだけじゃないんだよ」

 

 

 そう言った瞬間だった――――。

 

 

 

「ッ――――!!?」

 

 

 

 アラーム音が鳴り響きながらも、こちらに向かって近づいてくるのは。

 道の奥――――曲がり角から勢いよく現れたのは桜坂だった。

 

 

「逃げろ!!」

 

 

 走りながら彼は叫ぶ。

 それに反射的に俺の手を掴んで引っ張ってきたのは海里だった。

 

 走りながらも後ろを振り向く。

 そこにいたのは、泥の人型らしき何かだった。

 顔がなく、髪もなく。ただ泥が人間のいびつな形をしてこちらへ向かってきていると理解できた。

 

 走ってはいないんだ。ただ一歩一歩が大きく、姿を見失えば液体となって流れてこちらへ一気に近づく。

 

 

「神無月! 今は分析している状況じゃないでしょ!?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 手を引っ張ってくる海里が焦ったように俺の背後へ移動し、そのまま背中を押してくる。

 後ろにいたはずの桜坂も同じように俺と海里の背を押して逃げる。

 

 

「校庭へ行くぞ。この状況じゃ俺たちは何も出来ない!」

 

 

 頼みの朝比奈陽葵にどうにかしてもらおうと校庭への直通ルートへ。

 角を曲がって、そのまま真っ直ぐ進めば学校へ帰れるはずだった。

 

 

「ッ――――!」

 

 

 目の前にいたのは、泥の人型をした化け物だった。

 まるで壁のようにこちらの道を覆い隠して、逃げ道を塞いでくるのだ。

 後ろからも化け物の追手は迫る。でも逃げ道がない。目の前にいる化け物によって、俺が動いた瞬間襲い掛かってきそうな予感がした。

 

 

「神無月、離れて!!」

 

 

 化け物は、海里の声に反応してはいなかった。

 こちらをじっと見つめているように感じた。目がないのに、見られているような気がしたんだ。

 

 こちらを狙って――――。

 

 

「おりゃあああああっっ!!!」

 

 

 俺を庇うように動いたのは、桜坂だった。

 手を伸ばされた俺の前に立ち、化け物の行動から身を挺して守ってくれた。

 

 

「ガハッ――――」

 

 

 化け物が桜坂の喉を掴む。

 抵抗するように桜坂が足掻くが、泥の身体だからか崩れてもすぐに再生していく。

 

 その光景に一瞬呆然としてしまったが、ハッと我に返った。

 助けなければ。はやく、どうにかしないと――――!!!

 

 

「桜坂っ!!」

 

 

「駄目だよ神無月!」

 

 

 行動しようとした俺の腕を掴んで、海里が足払いを仕掛けてくる。

 転ばされた先で見たのは、背後にいた泥の化け物がこちらに向かって手を伸ばそうとしていて――――空振りし、その前にいた桜坂の頭を掴んだ瞬間だった。

 

 

 

「逃げるよ!」

 

「いや待て。まだ桜坂がっ!!!」

 

「あいつの事よりアンタの方が優先なんだよ。神無月鏡夜!!!」

 

 

 手を伸ばして桜坂へ近づこうとしているというのに、それを海里が阻もうとする。

 

 

「俺のせいで誰かが死ぬのは見たくないんだ!!! だから離せ海里!!」

 

「駄目だって言ってるでしょ! それに口の中に泥が入ったんだ。もう――――」

 

 

 ――――不意に桜坂と目が合った。

 泥にまみれた震える指が、空いている道へ。校庭とは真逆だが化け物がいない方を示したのだ。

 

 

「……ッ!」

 

 

 唇を噛む。拳を握りしめ、己の不甲斐なさを呪った。

 

 

「海里。この世界で死んでも現実へ戻ったら生き返るんだろうな?」

 

「それは……」

 

「ノートに記載されていた通り、生き返るんだろうな!!?」

 

 

 海里が言いにくそうにしていたが、すぐに俺を見て頷いてきた。

 

 

「……死は救いを意味するよ」

 

 

 意味深な言葉。しかし頷いたということに一瞬だけ安堵をする。

 そうして桜坂の方を見た――――。

 

 

「生き残ってみせろ。絶対に!!!」

 

 

 

 俺たちは、先ほど逃げた方角へ走った。

 背後から泥の音、桜坂の苦しそうな息の音が聞こえてくる。

 

 

 そして、何かが破裂したような音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 


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