ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第三十三話 クリスタルの欠片

 

 

 

 

 妖精が行っているクリスタル防衛戦は、一つだけ大きな逃げ道があった。

 しかしそれは――――ゲームにてリトライを繰り返してきたプレイヤーのみが知るやってはならない死の選択肢そのもの。

 

 砕いた魂は、脆く弱くなっていく。

 それらはいつか破壊される。

 

 自らに毒を入れるような行為。

 死にやすくなる身体へと近づく自殺行為だとゲームオーバーをし続けたプレイヤー達は知っている。

 

 しかしゲームプレイヤーでもなく、三年もの間それを知らない彼らはただ、己の命を守るために必死だった。

 

 

「防衛なんてくだらねえことやってられるか!」

 

 

 夕日丘高等学校。

 三年黒組、三年白組。

 それらで生き残ってきた生徒たちは――――立ち向かおうとする者がいた。しかし中には散ってきた者もいた。戦っても勝てないと知り、逃げることを選んだものもいた。

 

 三年もの間に戦うのではなく逃げる方法を覚えた。

 だから彼らは生き延びてきたのだ。

 それをどうやら妖精は面白くないようで、クラスメイト全員を巻き込むのではなく少数だけで送り込んだ。

 

 そこに必ず理由があるはずだと三年の彼らは分かっていた。

 妖精の無邪気な声によって何人もの生徒が犠牲になったすべてを知っているからこそ、恐怖があった。

 

 

「こいつらと一緒に居たら死んじまう。冗談じゃねえ、クリスタル防衛なんて馬鹿正直にやってもしょうがねえだろうが……!!」

 

 

 クリスタルを防衛失敗すればそこで死ぬ。

 クリスタルを全て喰われた瞬間敗北が決定すると彼らは知っている。

 

 何度もそれを経験して――――唯一の逃げ道を知った。

 クリスタルを化け物共に食われること自体が駄目だったのだと。

 

 

「ここで死んでたまるか……!」

 

 

 彼らは知っている。

 命をかけた三年間で狂気に陥り自ら自傷行為と言う名の破壊を仕掛けてきた者がいたということを。

 

 一年の後半か、二年生の頃か……。

 クリスタルを破壊すればすべてが終わるのだという考えに至ったある生徒が――――ネイルハンマーを手に力づくで叩き割ったことがあった。

 

 しかし彼らは死ななかった。

 ネイルハンマーで砕かれたそれらはちょうど妖精たちに配られたあの液体の瓶ぐらいの大きさにまで散っただけ。

 その欠片を化け物が喰らうか吸収するかした瞬間一人が死んだ。

 クリスタルの欠片を持った人間が逃げていたが捕まり、欠片を食われた瞬間にその者が死んだ。

 

 クリスタルの欠片は、人間が手に持った瞬間別の色に染まった。

 砕いた当初の色は純白だった。しかし何度か繰り返すうちにそれらは徐々に紫色に近いものへ変わっていく。

 そしてこの防衛戦より一つ手前のクリスタルの欠片は赤黒い色へと近づいたように見えた。

 

 その色は人間の手から離れたらまた透明になるが……それに触れた人間の命その者を表しているようだった。

 

 

 ――――すなわち、クリスタルを砕いて手に持って逃げ続けられると三年生たちは知っていたのだ。

 

 

「クソっ!」

 

 

 この三年間で常時持ち慣れてしまったネイルハンマーを手に、こっそりクリスタルの方へと行き端の方だけを砕く。そうすると一人分の欠片がころりと地面に落ちた。

 それ以外の三年の生徒たちも同じように続く。

 

 クリスタルの色が変わる。

 それらはすべて、赤色なんて何もない――――真っ黒そのものだった。

 

 

「あとは逃げるだけだ。どっかで引きこもっていれば……」

 

 

 三年もの間、逃げ続けてきた彼らを称賛する者はいる。

 よくぞ生き残ったと己を賛美する者もいる。

 

 化け物から逃げるだけでもとても困難だった。

 何人ものクラスメイトが犠牲になり、隠れてやり過ごす手段を覚えた。

 誰かを犠牲にして身を守る手段を得た。

 

 様々な方法を試したが全て失敗していた。

 ただ己の手の中にあるクリスタルの欠片さえ奪われなければ大丈夫だと思い込んでいた。

 

 逃げればいい。

 防衛なんてしなくていい。

 

 しかし妖精が面白くないような顔で見ていた。

 その瞳を見た生徒たちは、恐怖に感じていた。

 

 いつか何か報いが来るんじゃないかと。

 

 

「家に帰ってしまえばこっちのもんだ……!」

 

 

 境界線の世界は、様々な場所で夕日丘高等学校の生徒たちが防衛していた。いわばどこかの近くに行けば化け物達はより大きなクリスタルがある方へと寄っていくのだ。

 それらの習性を利用して、クリスタルを欠片にして逃げる策を知らない後輩たちを犠牲に生き残ることを選んだ。

 

 学校の中で化け物が出る頻度は多い。もしくは馬鹿正直にクリスタル防衛戦をしている場所近くで湧くことが多い。

 

 だから一人で、自室で隠れてやり過ごす。

 小さな気配を探るより、大きな餌場を目指すから。

 

 

 幸いにも食料を取りに向かった後輩たちが戻ってきた。

 血まみれになった生徒たちもいた。

 

 しかし生徒が集まることによって――――学校へ目指す化け物が増えるということになる。

 

 

 逃げることを選択した彼らは走り出す。

 自らのクリスタルの欠片を持って、後輩を見捨てて逃げていく。

 

 

「よし……よし……!」

 

 

 後輩たちの姿が見えなくなり、校舎の裏側へ走る。

 そしてその裏門からそれぞれが逃げ出そうとしていた。

 

 三年生徒たちはそれぞれ自宅へ戻ろうとしていた。

 いつも通りに散り散りになって、自分の命だけを守ろうとしていた。

 

 彼らは――――後輩たちに何も教えず、生き残る術を託さない罪悪感なんてなかった。

 妖精はすべてにおいて、面白くなかったようだった。

 

 

《逃げてもいいですけど、覚悟できてるってことで良いですね?》

 

 

 妖精の声が響く。

 瞬時に足を止めた彼らが見たのは――――地面が盛り上がり何かの手が湧き出た瞬間だった。

 

 地面から生えた手のようだった。

 泥にまみれたその手が一人の生徒を押し潰し、鮮血をまき散らす。

 

 

「ひぃ!?」

 

 

 反射的に土から生えた手に捕まらないよう離れる。

 地面から生えているのだとすれば、一定の場所から離れることのできないトラップのようなものだと考えたからだ。

 

 

「に、逃げ――――あがっ!?」

 

 

 逃げようとして一歩足を踏み出した生徒の首に何かの針が突き刺さった。

 そのままどさりと倒れた生徒に三年の誰もが目を見開く。

 死んではいないが身体を痙攣させ、泡を吹いているように見えた。

 

 しかし針がクリスタルの欠片を突き刺した瞬間、彼の身体がひび割れて消えていった。

 

 

「な……んで……」

 

 

 ――――あの巨大な手の奥にサソリの鋭い針のような形があった。手の中に、目があった。

 土を盛り上げていき、一つの巨大な虫の形を形成する。

 

 サソリに似ているが、それとは少しだけ違う。

 人の顔の形をした虫。

 四本足で、一つの尻尾のような針を持った化け物。

 

 空間を引き裂いて現れなかったそれに引き攣った声が響く。

 

 

「ひっ……ふ、ふざけんな! 空間を裂いて出るんじゃねえのかよ!?」

 

 

 いつもとは違う防衛方法。

 いつもとは何かが異なる世界。

 

 キリキリキリという音が響いたなら、彼らはちゃんと校舎へと戻っていた。ただし素直に表へ出るのではなく、校舎の中へ隠れでもしようかと思っていた。

 隙をついてまた逃げ出そうとしていたはずだった。

 

 妖精の領域だと言ったすべてが異なっているのかもしれないと――――彼らはようやく理解した。

 

 

《忘れたんですかー? 二年と三年にデバフをかけるって言ったでしょう?》

 

 

 デバフとは何かを聞くことはなかった。それに後悔した。

 この三年間で聞きなれた言葉だった。

 いつもであれば、妖精が不機嫌な時にたまに不運な生徒が動きにくくなるよう何かの力を行使しているように見えた。それだけだったはずだ。

 

 妖精の笑い声が死の宣告のように感じた。

 身体は動けるし逃げられるはずなのに、恐怖で足がすくむ。

 

 ――――針が、一人の生徒の心臓を突き刺そうとしてきた。

 

 

「ひっ――――」

 

 

 しかしその針が、かの肉体を貫くことはなかった。

 針よりも手前。肉体に到達する間をすり抜けた――――真剣がそこにあった。

 

 木刀だったはずだ。

 いつの間に剣なんて持ってきたんだと誰かが思った。

 

 物資を集めていた誰かの手によって持ち出されたのだろうかという他人事のような考えが思い浮かばれて……。あの未雀燕という男がいたなと理解する。

 

 

「ふむ……惨殺などという趣味の悪いやり方は嫌いでね」

 

 

 恐怖を感じない目が、虫型をした化け物へ向けられる。

 通常であれば逃げるはずの状況において――――彼女は化け物へ一歩前に出た。

 

 

 

「赤組の戦い方を教えてやろう――――朝比奈家に生まれた私がここにいることを後悔しろよ、化け物」

 

 

 

 妖精の笑い声は、聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 


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