ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第四十六話 赤根

 

 

 

 

 

 腹から引き抜いた後、握りしめた獣を地面へと叩き潰しそのまま容赦なく足で踏み潰した。

 その瞬間「ギギィ!」という気味の悪い声が響く。

 

 地面へと倒れていく秋音の身体。

 血に濡れた手を振り払い、目の前の惨状に女――――桃子は目を細める。

 首を絞められ咳をしていた白兎は呆然とその状況を見ているのみ。腹を物理的に貫かれ血まみれになりつつ倒れた秋音はまだ息をしているのが奇跡的だった。

 

 

 

「こう見えてもわたくし、怒っておりますのよ」

 

 

 そのきっかけは――――海里夏の力によって遡る前。

 星空天とアカネが死んだ直後に起きた臨死体験からだった。

 溜息を吐いた桃子は、天に促されてここまでやってきた彼の采配を信じてよかったと頷く。

 

 

(……獣一匹のみ……取り除いたのですからもう安心ですわね。おそらく彼女がこうなったのは……あの時間が戻るまでに何かと接触したからでしょうが……)

 

 

 桃子は生まれついての役割はなかった。

 生きているのはアカネ神のおかげ。その恩を返すためにやっているようなもの。身体を預けるのも、その神託を聞き皆に伝える役割を果たすのも。

 

 この魂も肉体もすべてはアカネ神のモノだと心の底から理解している。

 それ故に起きた悲劇だった。

 

 生きているのであれば、魂は身体に結び付く。

 部屋の中に閉じこもろうとも――――肉体が死ねばある程度の衝撃が来るのは当然だった。

 

 

(わたくしも……アカネ様がお亡くなりになられた直後に死んでしまった……それを好機と見たあの害虫が指示をしたのか何かでしょうが……全くくだらないですわ!)

 

 

 

 化け物は複数。

 害虫は一匹見たらもっといると思え。

 

 それは視ただけで分かる。

 夕日丘高等学校の境界線の世界で飛び散っているあの空気中に漂うナニカ。

 虫のような姿をしているわけじゃない。秋音の腹の中にいたこの蝙蝠のような姿をしているわけでもない。

 

 それは爪先ほどしかないボールのようなもの。普通の玉にも見えるが、卵のように錯覚を覚え、そして何かの目玉のようにも見える。

 それらの玉は視る人にしかわからない透明な状態で飛んでいた。

 

 しかしただの玉には思えなかった。あれらは成長し、変形する。

 桃子自身がそう錯覚するほどの狂気を視ていたのだ。その時の鳥肌がゾワっと立つようなおぞましい感覚は忘れられるわけはなかった。

 

 害虫の厄介な所は表に出ない限り分からないというところにあるだろう。

 

 化け物を殺せば、その爪先サイズの玉は死体に集まって貪り食って散開する。玉には口がないように視えるが、喰らう瞬間四方に裂けて鰻の口の中のようなギザギザの歯を出してくる。

 だから見えない人達にとっては化け物が消えたように錯覚するのだ。

 

 

(肉の味を覚えた生き物は、それを求めるものですわ。人も獣もそれは同じ。わたくしは……ある意味アカネ様に救われたのでしょうね)

 

 

 知らなければ幸せなことがある。

 見えなければあんなにも恐ろしい瞬間が分からなくてお気楽でいられる。

 

 人もその対象に入っているのだから、今漂っているそれらも秋音に反応し喰らおうとしているのが分かる。

 それらを追い払うのは簡単だ。

 口で噛みつくより先に手で振り払いつつ、アカネ神に祈りを捧げる。

 

 今回は桃子の中にアカネ神がいる。

 その方がより確かに好き勝手出来るからだ。だから秋音を見殺しにすることだって出来はするが……。

 

 

 

「た、たすけ……なきゃ……!」

 

 

 聞こえてきた声に、桃子は白兎を見た。

 

 

「殺されかけたというのに助けるつもりですの?」

 

「っ――――道具は、大切にするものだから……」

 

「……まあ、当然ですけどわたくしは彼女をそのまま見殺しにするつもりはありませんわ。わたくしは神社に住まう者。神に仕える者。命を粗末にするつもりはございませんもの!」

 

 

 そう言いながらも、桃子は力を行使する。

 名は体を表す。アカネの力は秋音と相性が良いのは確かだ。縁切りの神だが……怪我の縁を切るということはできる。

 それに物理的に腹を貫いたとはいっても――――腹の中にいた化け物を潰すための力は怠らなかった。彼女の身体を傷つける意味で殺しかけたわけじゃない。

 だから秋音の内臓は傷ついていない。血まみれで派手だが、怪我はすぐに治る。

 

 しかし疲労感に襲われるのは確実。

 でもこれで紅葉秋音が正気に戻ること間違いなしだから多少は乱暴でもいいだろうと考えていた。

 

 あのまま隙をつかなければ。腹を貫かなければ。

 何もかも成功しなかったらきっと秋音は完全に取り込まれていただろう。

 

 

(……しかし……彼女が冬野白兎なのですわね……)

 

 

 冬野白兎という名前を知っているような感覚。

 桃子は知らない赤の他人だけれど、誰かから聞いたような気がする。

 

 彼女は一般人じゃないだろう。知っているような気がするということは、記憶を消されたのかもしれない。

 神に近い何かを持っているのは確かだろうから。

 

 

「あなた、なぜこんな危ない場所へ?」

 

「……鏡夜君に会いたかっただけだよ」

 

「そうですの。まあ頑張れば会えますわよ! わたくしもですが、妖精たちに連れてこられてここへきておりますもの。ゲームはまだ始まったばかりですから、早めに動いた方が良いでしょうね」

 

 

 冬野白兎は視た所無害だと桃子は結論付ける。

 

 

 必要なのは害虫を殺すこと。

 時間が戻ったことと、神からしてみれば全くの無傷とはいえ――――アカネ神を殺したであろう未雀燕に復讐すること。

 

 

「わたくしと……彼女と共に参りましょう。わたくしの中にはまだアカネ様がおりますもの。貴方を守れるはずですわ」

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 礼を言った冬野白兎に対し、アカネ神が桃子自身の頭の中で嬉しそうに笑っていた。

 

 

「……さて」

 

 

 秋音が目を覚ましたら、きちんと説明しなくてはならない。

 あの化け物についても忠告しよう。そして――――早く赤組へ行かなくては。

 

 未雀燕へ復讐するのは状況を見てから。

 

 

 何か嫌な予感がする。

 でもきっと、それはアカネ神による力の一つであって、その感覚に間違いはないだろうと身を震わせた。

 

 

 

 

 


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