ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ   作:かげはし

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第四十七話 悪夢と桃ノ子

 

 

 

 

 ――――つまらない。

 

 鏡の中。封印されたその本体は周囲の変化さえままならない事実に耐えかねて長い眠りについてしまった。

 しかし罪人として封じられたその身体は、安らかな終わりなんて迎えられるわけはなかった。だから眠るごとに力を裂かれた。町を全て見渡せる町の中心に位置する場所で太陽が沈むたびにいくつかの身体に引き契られた。

 

 そうして細かくなったモノがいくつか繋がり、ある意識が生まれた。

 それぞれに意思が宿った。本体は眠りについたままだったけれど、会話はできた。暇つぶしも可能だった。

 本体とは全く似ていなかったそれらは、やがて表世界にいる人の形を真似していった。

 

 人はそれを親子と呼ぶだろう。

 分身に近い何かだと思うだろう。怪物だと悲鳴を上げるだろう。

 

 その者たちに性別はない。食欲もなく、睡眠欲もない。

 ただ理解していたのはつまらないという感情。表世界へ飛び出して刺激が欲しいのだという欲求。

 

 表世界を水面または鏡から見て、やがて出ていけたらいいなと思うようになって。会話をして、迷い込んできた哀れな生き物たちを喰らって。

 

 しかし何百年もそこから出ることが出来ないまま、あらゆるものを見ていた。

 

 

 ――――そんな時に出会ってしまった。

 見つけてしまった。知ってしまった。

 

 それはある意味彼らにとって不幸の連続だった。見つけたのは偶然だった。

 だから時間をかけてそれらを利用することに決めた。認識さえ変えれば――――表へ出られるのだと知ったから。

 

 

《これでようやく、外に出られます!》

 

 

 それを阻止したのは、赤根神だった。

 赤い根っこと書いて、アカネと読む女神。

 赤根神に血肉と魂を譲渡した巫女が、表へ出てきた世界軸の全てを壊した。

 

 彼女は縁を切るモノ。神として崇められたモノ。

 それらが認識を変えたことによって生まれた神様だった。夕日丘町の大昔を知り、隣町にてそれらが表世界へ出ないように見張る役目を担った神様でもあった。

 

 それらは諦めなかった。

 罪人であったモノから生まれたそれらは、とても執念深かった。

 

 何百年という年月が経つごとに自覚していく夢を叶えたかった。

 表世界へ出て、自由になりたかった。

 

 

・・・

 

 

 ……嫌な夢を見た気がする。

 でもなんだか悲しくなるような怒りたくなるような……そんな複雑な夢だった。

 

 

「……ん?」

 

 

 目が覚めたら見知らぬ天井。

 しかも傍にはおっぱいちゃんこと桃子と白兎がいる件について。

 

 ってか桃子ちゃんで良いよな? アカネ神様じゃないよな?

 

 

「ええっと……お、おはようございます? ええっと……」

 

「ああ、記憶がございませんのね……わたくしは桃子です。それとおはようじゃありませんわよ! さあ早く支度をして赤組連中のところへレッツラゴーですわ!」

 

「いやいや状況が読めねえんだけど何があったんだよ!?」

 

 

 ツッコミたいところがたくさんあるんですけどおお!!?

 

 なんか身体真っ赤だし! これ血じゃねえの!?

 というかなんかぼんやり覚えてる……あの腹を貫いた手とかってもしかして現実のものだった?

 制服の腹部分だけ破れてるのってそのせい!?

 

 

「まあ仕方がありませんわね。まず簡単に説明すると……あなた、あの害虫の同類に仕込まれていたんですわよ」

 

「し、しこま……?」

 

「腹に化け物が物理的に入れられていたってことですわ!」

 

「はああ!!?」

 

 

 なんだそのエイリアンパニック的なのは!?

 

 

「えっともういない……よな?」

 

「ええ、わたくしが除去いたしました。もういませんわ……とりあえずはですが」

 

「とりあえずは?」

 

「接触する可能性は十分にあるということですわ。わたくし達から離れず気を付けてくださいな」

 

 

 ゾッとする忠告を受けて思わず何度も首を縦に振る。

 気が付いたら腹に化け物がいますとかエイリアンと同じくらい怖いんですが? いやエイリアンよりこっちの方が腹に物理的に入れられるとか分かりにくいし、いつの間に入れられたのか分からないから夕青の方が怖いだな!

 

 

「……あの、何で俺の腹に入れられていたんでしょう?」

 

「あなたの中身を喰らいたかったからじゃありませんの?」

 

「えっ?」

 

「神無月鏡夜の魂の一部を守っている紅葉秋音そのものを喰らい尽くせばいいと害虫共が判断したのでしょう。貴方を喰らえばその魂を食べて、そうして成り代わってしまえばいいと。……ああ全く、二度頭を弄られたどころかもう何度目になるのやら!」

 

「ええっと……」

 

 

 意味が分からない言葉に困惑する。

 何を言っているんだろうかと首を傾ける俺に対し、桃子はただ深い溜息を吐いていた。

 

 それを見つめている冬野白兎は――――無表情のまま黙っていたが。

 

 

「何で鏡夜は狙われているんだ?」

 

「害虫共にとっては、それが必要不可欠だからでしょう」

 

「何で?」

 

「奴等は何百年も時間をかけて人に呪いを振りまいていた。幸運と言う名の、己の身体の一部を混ぜ込んでいたのです。もちろんあの液体だけでなく他もですが……」

 

「……じゃあ何で俺は……お前が言うように、神無月鏡夜の魂を……えっと、守っているから?」

 

「細かく言えばそうなりますわ。――――でも今は、『ぐちゃぐちゃ』と言った方が正しいでしょう。貴方の役割は、もうとっくに別物へ変化しておりますもの」

 

 

 桃子の言葉は断定的なものだった。

 それが当然だというように、ただここから先にある体育館方面を見ながらも。

 

 

「……俺は何も出来ない……弓さえ使えない俺だからぐちゃぐちゃになったのか? 俺の記憶が戻ったから、役割が別物ってことになるのか?」

 

 

 ただ疑問に思う。

 俺はこうして記憶を思い出してよかったのかと。

 

 

「何を言っているのか分かりませんけれど……あなたの言い分はすべて否定させておきますわね」

 

「えっ?」

 

「簡単に言えば、貴方にも害虫共を殺す力がありますの。わたくしのように……いいえ、わたくしはもうとっくにあの害虫共を殺す術は奪われてしまいましたが……」

 

 

 何があったのかは知らない。

 でも嘘をついていない目で彼女は言ってくる。

 

 

「紅葉秋音。貴方はこの冬野白兎の……もともとの契約者でしょう?」

 

「……はいっ?」

 

「契約者と言ったのです。アカネ様を身に宿すわたくしと同じく、あなたは幼い頃に何か契約を果たしたはずですわ。……それについては覚えておりますの?」

 

 

 そう言われた言葉に対して、俺は何も答えられなかった。

 冬野白兎は、黙ったままだった。

 

 

 

 

 


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