オチも山もない、甘さだけしかないお話。
(本編における『カップルドリンク』とは男女がイチャイチャしながら飲む飲み物のほうのことです。自動車に関するお話ではないのであしからず。)
「デート♪ デート♪ デート♪」
ご機嫌そうに隣を歩く上原ひまりがそんな歌を歌う。おそらく自作。今にもスキップしそうだ。
そんな彼女と俺は腕を組んでいる。ご機嫌な彼女はどんどん先に行こうとするので俺は引っ張られる。
「ほんとご機嫌だな」
「だって久しぶりのデートだもんっ! ご機嫌なのは当然だよ!」
ひまりは力強く言う。彼女の言う通り久しぶりのデートだった。Afterglowの練習だったり、ライブだったり、バイトだったり、学校のテストがあったりとお互いに色々とあってしばらくデートなんてしてなかった。
「ところで、俺たちはどこに向かってるんだ?」
「それは着いてからのお楽しみっ」
俺の疑問には答えずにもったいぶるひまり。何か企んでいるな、と俺は思った。
デートすることを決めた日。どんなデートコースにするか、二人で話し合おうとしたのだが。
『私に任せて!』
行きたいところがあるんだよー、なんて言うひまりに今回は委ねることにした。だから今日の行き先を俺は何も知らないでいた。
期待半分、不安半分というのが俺の心情だった。女性もののファッションショップならともかくランジェリーショップに連れ込まれたら俺は死ぬ。
ひまりに引っ張られながら歩くこと数十分。ひまりがある店の前で足を止めた。どうやらここが今日の目的地らしい。
見たところ喫茶店のようだ。羽沢珈琲店ではない。
「さ、入ろ入ろ」
テンション高めのひまりに続いて店内に入った。店員に席に案内してもらい、ひまりと対面になるように座った。
店内を見回す。オシャレな雰囲気の喫茶店だ。女性の客が多い。男は俺みたいに女性連れがほとんどで男一人の客はいない。
ここが今日の目的地らしいが、一体何があるのか。俺はどんなメニューがあるのか、メニューブックを取ろうとした。
「ストーップ!」
その大きな声とともにひまりにメニューブックを取り上げられる。え、なんで?
「ここは私が注文するから」
「なんでだよ?」
「ふっふっふっー、ひまりちゃん一押しのメニューがあるのだよ」
なんて芝居がかった口調で言う。しかもドヤ顔。
俺にも一押しメニューを食してほしいらしい。その一押しメニューが今日ここに来た理由なんだろうか。
「わかった。任せる」
「うんうん、よろしい」
店員さーん、とひまりが店員を呼び出し、注文をする。ひまりはメニューを口にせず、メニューブックを指差して注文した。だから結局、俺は何を注文したのかわからなかった。
「何を頼んだんだ?」
「それは来るまでのお楽しみ!」
俺に教える気はないらしい。
「それは食べ物? 飲み物?」
「教えないよーだっ」
なんとか答えを知ろうと、質問をしてみるも失敗。本当に来るまでのお楽しみになるのか。少し不安だ。
5分後、店員さんが運んできたそれが俺たちの前に置かれる。俺はぎょっとした。
「カップル限定特製ドリンクです」
チョコレート色の液体が入った大き目のコップに二つのストローが刺さっている。その二つのストローは絡まりあって一体になっており、ハートを作っていた。なんだこれ? いやほんとなんだこれ?
ごゆっくりと言って店員さんが去っていった。なんでこういう仕様なのか説明がほしいところだ。なにが限定で特製だ。ただのチョコレートジュースにしか見えないぞ。ただ単にカップル仕様になってるだけだろ。
「おい、ひまり」
「なにー?」
俺はこの意味不明な飲み物について説明できそうな、目の前の奴に声をかけた。
「これ、なに?」
「なにって……カップル限定の飲み物だよ」
「どうして飲み物が一つしかない?」
「カップル限定だからねー」
答えになっているような、なっていないような答えが返ってきた。
俺はなんとなく察してしまう。薄々気付いてはいたが、ここまで来ると明らかだ。
「……まさかとは思うけど、二人で飲むのか、これ?」
「その通り!」
これでもかと言わんばかりの笑顔で言うひまり。ドヤ顔。対して俺はげんなりしてしまう。
「これがお目当てか」
「うんっ。すっごく美味しいって噂なんだけど、カップル限定なんだよね」
「それで今日のデートはここにしたと」
「……ダメだった?」
上目遣いで覗き込んでくるひまり。これ多分素なんだよね。はー、あざとい。
「あー、ダメじゃない。いいと思うぞ、これはちょっと恥ずかしいが」
本当はちょっとじゃなくてめちゃくちゃ恥ずかしい。できればご遠慮したい。
しかしひまりは楽しそうな顔をしていて、その顔を見てると俺のチンケなプライドでダメなんて言えるはずがない。
「大丈夫大丈夫! みんなやってるから」
なにが大丈夫なのか。俺のメンタルは大丈夫じゃなくなる。
「ほら、飲も?」
そういうとひまりはストローに口をつける。期待の目でひまりは俺を見るが、やりたくない。
「ひまりが飲んだ後に俺が飲むっていうのはダメか?」
「ひゃめ!」
『ダメ』って言っているのだろう。多分。ストローを咥えながら喋ってるせいだ。
「ストローを咥えながら喋るなよ。行儀が悪いぞ」
「あー、はあふしへよ」
今度は『じゃあ、早くしてよ』か。どうやらひまりは俺がやるまで引き下がる気はないらしい。
「わかったわかった。やるよ」
俺もストローを咥える。至近距離にひまりの顔。視界がひまりとストローでいっぱいになる。
あまりに近いから普段は目に入りづらいところがばっちり見える。細い眉毛とか前髪の毛先とか。彼女のエメラルドの瞳の奥に自分がいるのまでわかる。するりと、綺麗という言葉が思い浮かぶ。
二人でジュースを飲む。視線をどこに持っていけばいいのか、いちいち迷って、結局のひまりの目を見る。視線と視線がぶつかって、ひまりは恥ずかしそうにへにゃりとはにかんだ。俺も恥ずかしい。味なんて何もわからない。
5秒ぐらい経って二人ともほぼ同時にストローから口を離した。
「これ、意外と恥ずかしいね」
「全然意外じゃねぇよ」
めちゃくちゃ恥ずかしい。なんか、身体が熱い。ああもう、こうなるからやりたくなかったんだ。
「えへへ、顔真っ赤だ」
「ひまりもな」
彼女の頬の紅潮がはっきりわかる。
「お揃いだね!」
どうせお揃いならもっと別のものの方がいいだろと思った。でもひまりが思った以上に嬉しそうだったからこれもありかと思い直した。ひまりが嬉しそうならそれでいいや。そんな自分に笑ってしまう。
「もー、なに笑ってるの」
ひまりはちょっと拗ねたように頬を膨らませた。
「なんでもない」
素直に答えるのもなんだかむず痒くて俺は適当に誤魔化した。
「絶対なんでもないことないじゃん。怪しいなぁ」
訝しむひまり。本当に大したことじゃないのに。
「ま、いっか。それじゃあ、続き飲もう? ほらほらまだ残ってるし」
追求は止めてくれた。しかし、まだこのカップル限定ドリンクがある。またあれをやるのか。恥ずかしくて死ねるぞ、おい。
「ひまりも恥ずかしかっただろ? 一人ずつ交代で飲まないか?」
と、提案してみるが。
「えー……また一緒に飲もうよ」
残念ながらひまりはまだやる気みたいだ。ひまりは恥ずかしくなかったのか……。
「私も恥ずかしいけど……これはそういうのも楽しむものだと思うの!」
俺の疑問に飲む気満々の返答を頂いた。これは止められそうにない。そして俺は彼女のお願いを拒絶できない。
つまり、そういうことだ。飲むことになりました、はい。ジュースがなくなる最後まで。
恐ろしいのが段々と羞恥心がなくなっていくことだった。周りのことなんて気にしなくなって二人だけの世界状態になっていた。
ジュースの味も段々と味わうことができるようになった。舌が蕩けそうになるくらいの濃厚な甘さだった。ひまりは頬を緩ませて満足していた。
ただうん、ひまりの顔が近くて、その度に視線が重なって、心臓の鼓動が速くなった。それだけは最後までどうしようもなかった。
飲んだ後には色々な話をした。Afterglowでライブした話、彼女たちの新曲の話、バイト先の新商品の話、学校のテストが難しかった話。話題は尽きなくて彼是1時間ぐらいはその喫茶店にいた。
お会計を済まして、お店を出る。『次はショッピングモールに行きたい』とひまりが言うので二人で歩いて向かっていた。恋人らしく手を繋いで。
「そういえば……なんであの時笑ってたの?」
その道中、思い出してしまったひまりが尋ねてきた。覚えてたのか。
「覚えてたのかよ」
「だって気になるもん!」
「できれば言いたくないんだが」
「えー、教えてよー」
食い下がってくるひまりに俺は仕方がないと思い。
「……大したことじゃないぞ?」
そう前置きする。わかってるよ、なんてひまりは答えるがその表情は好奇心で楽しそう。
「やっぱりひまりのこと好きだなって思っただけ」
自分の本心を纏めたらきっとこの言葉が相応しい。あの時頬を赤くして無邪気な笑顔だったひまりを見て、やっぱり好きだと感じた。そしてこの娘が彼女でよかったって思ったんだ。
ひまりは一瞬だけ目を見開いてびっくりした顔をして、そして口を尖らせた。顔の赤さはさっきの比じゃない。
「……もー、ずるいよ」
「なんでだよ」
「だって嘘でも嬉しくなっちゃうんだもん」
ひまりは誤魔化すための方便だと思ったらしい。心外だ、本心なのに。
「嘘じゃないから」
そこはきちんと伝えておく。恥ずかしいけど大事なことだから。きっとひまりもわかってると思うけどさ。
「そっか……えへへ」
ようやく俺の言葉を素直に受け取ってくれたみたいで、ひまりは嬉しそうに少し照れたようにはにかんだ。
「私も大好きだよ!」
ひまりの手の握る力が強くなる。二人の境界がなくなって一つになりそうなぐらい。
その言葉の響きにまた俺はひまりのことを好きになる。何度目だろう。ぞっこんだなと思った。
「知ってるよ」
負けじと握り返す。自分でも頬が緩んでいるとわかる。隠せないな。それでもいいや。きっと筒抜けだろう。
ひまりの顔を見る。彼女も俺と同じだ。そのことが嬉しい。きっとひまりだって。
ショッピングモールまでの道を歩く。今日という日はまだ始まったばかり。きっと楽しいことばかりだ。繋いだ手の温もりは俺にそう確信させた。
コンビニでたまに売ってるチョコレートドリンク美味しいよね。