私のヒーラーアカデミア   作:鼠日十二

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 人の手当てをするのが好きだった。

 怪我と病気をとにかく憎んだ。

 快復した患者の笑顔を見ることが幸福と言えた。

 力無く横たわる病人に精神(こころ)が痛んだ。

 治療できる範囲を広げるために研鑽を積むのを苦としなかった。

 

 好みとか義務感では言い表せない、もっと根源の方で、私は人を治さずにはいられなかった。もはや、このような在り方しか選べないのだ。前世でも、今世でも。その果てに死が待っているとしても、他人が苦悩するよりは良い。そんな治療欲に焦がれて生きてきた。

 

 だから……小学生のころ、ようやく目覚めた「個性」。消毒や止血も無しに「治癒」という結果だけを手に入れるこの力は、私の常識を粉々と破壊するに十分な劇物だった。だって、そうじゃないか。これまでは知識と技術で健康を扶けていたのに、これからは個性で()()()()()()んだ。

 

 こんなことが許されるなんて、と本気で思った。ズルをしているような感覚は、周囲の人間の笑顔の中に段々と埋没していって、後には過程をすっ飛ばした幸福だけが次々と実現されていた。

 

 誰も彼もが、医者に相応しい個性だと口を揃えて言った。私もそれを疑わなかった。理想の個性だと信じて疑わなかった。

 

 ……そのせい、なのだろうか。個性の発覚が他より遅かった私にも。これだけは誰にも平等に降りかかるイベントらしい。その結果、在り方が歪み、捩れ、狂った。

 

 何の話かって?

 私の起源(オリジン)の話だ。

 

 

 

 

 家から1キロほど離れたところにある小学校からは、下校におよそ20分ほどの時間を要する。梅雨ちゃんと話しながらだともっとかかる。楽しさとは別に少し肉体的な疲労を感じてしまうのは、車や電車などの移動手段に慣れきった前世のせいだろうか。

 

「じゃあね、梅雨ちゃん!」

「またね」

 

 住宅街の一角で彼女と別れ、午後3時の長閑な歩道を行く。この世界、個性の存在ゆえか技術発展のスピードが前世より遅めな気がする。半ば近未来的な世界観のはずだが、ちゃんと車も自転車も原型を留めた状態で存在するのだ。もちろん空も飛ばない。デロリアンもETも未だ実現せず、である。

 

 まあそもそも物語というのは、魔法にしろ科学にしろ超能力にしろふたつ以上毛色の違うファンタジーを混ぜると崩壊しがちなので、仕方ないっちゃないのだが。

 

 と、詮無きことを考える私の耳にバイクの排気音が聞こえた。ドップラー効果を実証しながら近づいてくるそれは、どうも相当なハイスピードらしい。急ぐなら大通りを通れば良いのに、と思いつつ私は後ろを振り向く。鼓膜を連打するような騒音と共に、いかついバイクが私の横を通り過ぎて。

 

「あっ」

 

 ボールを追いかけ車道に飛び出した少年を撥ね飛ばし、バランスを崩して横転した。母親のものらしい悲鳴が上がる。脳髄を使命感が駆けた。()()、と思った。

 

 通学カバンを放り、地面に横たわる少年の元へ駆ける。すっかり焦燥しきった母親が、泣きながら少年のものらしい名前を呼んでいる。

 

「救急車を!」

 

 叫びながら、間に合わないなと感じる。たとえヒーローが近くをパトロールしていたとしても、適切で専門的な処置を行うまでには3分程度かかるだろう。しかしこの少年が――胸が潰れて、口の端から血の泡を吹いている――もはや一刻の猶予もないことは明白だった。

 

 突然駆け寄ってきた小学生に母親は驚いたようだったが、ハッと我に返るとスマホを取り出して電話をかけ始めた。私は少年に手を翳す。砕けた骨を、いかれた内臓を生死に関わるものから順に治癒していく。

 

「……っ!」

 

 治癒が進むにつれて、これまでに感じたことのない疲労感が全身を襲った。けれど、そんなものは人命に比べれば些細極まりない。額に浮かぶ汗を拭いもせず、ただ全霊を個性に注ぐ。

 

 だいたい1分ほどか。極限の集中の中、永遠にも感じる時間の先に、少年の呼吸が穏やかに安定し始めた。

 

「あの、傷……傷が……」

 

 呆然と呟く母親を他所に、私は立ち上がった。まだ終わってない。一瞬、気が遠のくような眩暈を感じてよろめいた。足を引きずるように歩き、横転したバイクの元へ向かう。

 

 そして、絶句した。

 

「……青い。そんな、まさか」

 

 アスファルトに広がる血痕は鮮やかな青。ヘモグロビンではなくヘモシアニンに依る酸素輸送。脊椎動物はそんなものを採用していない。これは、甲殻類特有の血だ。

 

 ヘルメットをつけていなかったのか、彼の顔はアスファルトによって悍ましいことになっていた。高速で滑れば地面もヤスリ同様の働きをする。もはや僅かに痙攣するのみの彼のそばに跪き、その随分と白い肌に触れた。ぬらりとした感触が手のひらに伝わる。

 

 間違いない。烏賊だ。正確には、烏賊をモチーフにした異形系個性に相違ない。でもそんなことがわかったって意味が無い、私は烏賊の身体構造について詳しくないのだから。

 

 故に、至極真っ当な疑問に行き着く。

 

 どこを治せばいいんだ?

 

 内臓は何個あるかもわからない、脊椎が無い肉体の何処が致命傷になっているかも想像がつかない。わかっているのは、このままでは彼は死ぬということ。だから、普段局所的に使っている個性を、彼の全身目掛けて発動した。

 

 ぎち、ぎち。肉が盛り上がる音。先ほどよりも明確に、己の身体から力が抜けて行くのを感じる。視界がぼやけ、霞み、揺れる。貧血を酷くしたような、脳天から痺れが全身に広がるような感覚。

 

 思わず膝をつく。白飛びする意識の中、最後に見たのは皮膚に覆われた真っ白な彼の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……病院?」

 

 目覚めて第一声がそれだった。清潔なベッド、腕に刺された点滴針、独特の防音加工がされた天井材。電気は消されているから、どうやら夜らしいことはわかる。

 

 辺りを見回して、枕元に見覚えのない四つ折りの紙を見つけた。手紙のようだが、差出人の名前は無い。あるいはなんらかのメモか。

 

 そっと開き、文面に目を通す。

 

 

『お久しぶりです。個性の過剰発動を確認したため、このメッセージを送ります。

 

 あなたの個性は主に『傷を治す』ものですが、治療時に自分の体力を使用します。過度な使用は栄養失調や飢餓状態につながり、最悪の場合死に至るでしょう。それではわざわざ転生させた意味がありません。

 

 なので、こうしました。体力が限界を迎えてもなお個性を発動した時は、あなた自身の価値観で言うところの『悪人』から、距離的に近い順にエネルギーを奪取し治療を継続します。これで死を免れる事ができますよ。

 

 説明義務は果たされました。以降のこちらからの干渉はありません。

 

 それでは、良き人生を』

 

 

 2度読み返して、とりあえず懐にしまった。まだ見てたのか、というのが真っ先に出た感想だった。それから己の個性にデメリットがあることに微かな失望と大きな納得を覚え、「悪人」とは何の基準に依るものかと考えて、明確な答えは出ず、代わりに別のことが気になった。

 

 ――バイクのドライバーはどうなったのだろう。

 

 一度気になってしまうと、そればかりが脳を埋め尽くして眠るに眠れなかった。助かっていればいいが。最後に見た彼の姿は顔が判別できる程度まで修復されていたから、無事だとは思うけど……。

 

 ああ、いっそ今、確認しに行ってしまおうか。どうせ寝れやしないのだから。

 

 

 手紙に記されていた個性のデメリットから推測するに、私は栄養失調で気を失い病院に運ばれたのだろう。となると点滴台に吊るされたパックは電解質輸液か。ブドウ糖も入ってるかな。要は砂糖水なのだが、幸いにもキャスターが静かなやつなので、点滴は入れたままにしておこう。

 

 ベッドを抜け出して、部屋を出た。病院の夜の、湿気と薬品が混ざった独特の匂いが鼻をつく。向かうべきは……ナースステーションか。リノリウムの冷たい床をひたひた歩く。

 

「あ、あった」

 

 暗がりの中にあって明かりを漏らすナースステーションからは、小さな話し声が聞こえた。音を立てないようにそっとそばに寄って、聞き耳を立てる。

 

「――」

 

 しばらく、取り止めのない会話が続いた。前世のことを少しだけ思い出しながら、じっと息を潜める。何分経っただろうか、ふと耳がとある単語を拾った。

 

 

 

「――しぎよね。バイクはぐちゃぐちゃだったのに、外傷はほとんどなかったなんて」

「可児先生、随分困惑してましたよ。髪の毛わさわさ動かして」

「手術中にアレやられると困るのよね、笑っちゃって」

「アハハ」

「で、結局、死因は何だったのよ?」

「私も又聞きですけど、衰弱らしいですよ。体力不足。確か一緒に搬送されてきた子も――」

 

 背筋を切り開かれたような寒気がした。これじゃあ――これは、つまり――無意識のうちに、()()()()()()()()()()()()()――

 

 

 

 

「うぷっ」

 

 せり上がる胃液を手で抑えながら、点滴台を支えにして逃げるようにトイレに向かう。あそこで吐かなかったのはなけなしの意地だった。でも、もう、我慢が効かない。

 

「うっ……げえっ、う、おええっ」

 

 吐けなくなるまで流し台に吐いた。

 

 治せなかった。

 救えなかった。

 前世の経験値に甘え、個性に甘え、己の身の程を知らなかった結果がこれだ。博愛も覚悟も知識もなく、この世界で医者を目指せると盲目的に信じた果てがこのザマだ。

 

 彼から体力を削り、徒に治療を重ね、命すら奪った。

 

 洗面器から顔を上げる。鏡に映る己の顔が、酷く醜く見えた。光を失った桃色の瞳孔が何か言いたげにこちらを見つめている。

 

「……やめて、言わないで」

 

 鏡の私が目を細めた。

 

『あーあ、かわいそう。おまえのせいだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ゃん。恋ちゃん?」

 

 ハッと顔を上げる。梅雨ちゃんがあまり起伏のない表情でこちらを覗き込んでいた。

 

「授業中の居眠りは内申に響くわ」

「……そう、ね」

 

 ツキツキと痛む頭を軽く押さえながら席を立ち、伸びをする。全身が音を立てて軋んだ。

 

「今……5限?」

「が、終わったとこよ」

 

 顔怖くなってるわ、と言われて眉間を指で揉んだ。どうも目を細めると、ハイライトが消えて威圧感が増しがちだ。あまり良くない癖だが、最近は本ばかり読んでいるせいか目が疲れ気味ですぐこうなる。

 

 眼精疲労は瞼を閉じるだけでもある程度癒せるが、それなら素直に寝たほうが良い。だから受験に使わない授業のときは、内職するか寝ることにしていた。少しでも体力を回復したいのだ。枕代わりにしていた分厚い本を鞄に放り込んだ。

 

「また難しい本を読んでるのね」

「人体理解は治療の基本だもの」

 

 もちろんこちらは受験に使うので、暇さえあれば読むようにしている。教科書を整理しながら梅雨ちゃんと話していると、先生が入ってきて帰りのホームルームを始めた。

 

 

 梅雨ちゃんと私は同じ中学校に進学した。私は訓練のために、梅雨ちゃんは弟妹の面倒を見るのに忙しくて遊ぶ頻度は激減したが、それでも友人関係は変わらず続いている。

 

 そして……私たちは同じ場所を目指した。

 

 

 『ヒーロー』という職業がある。個性を以て個性を制す、この世界の平和維持装置。これを私は、「最も人を救うモノ」として定義した。

 

 であれば、これは私が理想を果たすまでの物語である。




要約

・慢心してたら前世と全く身体構造の違う相手を治せなくて、自分の無力さに発狂したよ!
・これからは相手が誰であろうと殺してでも治療するよ!
・自分のことは赤だと思っているよ!

戦闘訓練誰とオリ主を組ませたいです?まぁ女の子限定ですけど。

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