私のヒーラーアカデミア   作:鼠日十二

3 / 10
3

 

 命を救う。たったそれだけのシンプルな願望は、あの事件を経て僅かに違う意味を持った。

 

 命を救う。()()()()()()()()()()()。至極当たり前で、私が忘れていた事実だ。

 

 事件以降、私の選択には常に「人が害されるかどうか」という判断基準が存在するようになった。そして私は、その可能性を排するような選択しかできない。

 

 例えば――。

 

 

 

 

 

 3月の午前7時、ぴいんと張り詰めた冷たい空気を吸い込む。

 私たちは雄英高校の正門前にいた。やたら白い顔の梅雨ちゃんは、全身を覆うほど着膨れしているのにも関わらずぶるぶる震えている。

 

「行けそう?」

「……もちろんよ」

 

 いつかの彼女もこうだった。いつかの私はそんな彼女に生姜湯を作っていたけれど、それは冬が巡るたびにずっと続いていて。今年は特に冷えるから、私は生姜を刻みながら2人の夢の成就を願った。コンディション不良で試験に落ちるなんて洒落にならない。

 

 服だるまと化した梅雨ちゃんの手を引く。1人で歩けるわ、と彼女は言うが、これはもはや性分のようなものだ。滑って転けでもしたら縁起が悪い。でしょう?

 

 だって今日は、雄英高校の受験日である。

 

 

 

 

『――Puls Ultra‼︎ それでは皆、良い受難を!』

 

 プレゼント・マイクの試験案内が終わると、受験生はそれぞれ試験用の市街地へ案内された。同じ学校の出身同士で協力するのを分けるために、私たちは別々の試験会場に振り分けられるのだ。だから梅雨ちゃんとはここでお別れ。

 

「じゃあ、また。今度は同級生ね」

「そんな簡単な話じゃないけど……ケロ。そうなったらいいわね」

 

 彼女の「蛙」という個性は、寒さという明確な弱点があるもののやれることはとても多い。しっかりした梅雨ちゃんのことだし、心配は必要ない。彼女に手を振って別れ、会場の更衣室まで移動した。

 

 実技試験では、個性をサポートするためのアイテムの持ち込みが許可されている。私の場合は医療キットだ。それと保護用の白いグローブ。諸々をポーチに詰めて両肩から襷掛けし、長く伸ばした三つ編みを輪のように纏めた。これで準備は整った。

 

 

 試験会場として用意された市街地に出ると、既に多くの受験生が辺りを見回して驚嘆や期待を呟いていた。確かに高校入試でここまでの設備を用意するのは雄英だけだろう。私としては、これらのビルがちゃんと建築法に則って建てられているのかが気になる。倒壊とかしないでしょうね……?

 

 

『はいスタート〜〜!』

 

 おっと、プレゼント・マイクの声だ。気の抜けた口調だがわざわざスピーカーを使っているあたり、全受験生に届けなきゃいけない公式の声明と見た。

 

 脹脛に力を込める。靴と地面が擦れてギリギリと音を立てた。筋肉が異様に隆起し、地面を踏み破るほどの弾性でもって受験生を跳び越す。

 

「はァ……!?」

「見、見え……見え……ない!」

 

 

 サッと周囲に視線を向ける。呆気に取られる受験生達によって保たれた沈黙は、微かな駆動音を私の耳に届けた。

 

『ブッ殺――』

「そこっ……消毒ッ!」

 

 ビルの影から顔を出したロボットの頭部を掴み、握りつぶす。金属が紙のようにひしゃげた。

 

 

 ――あの事件で学んだことの一つ。()()()()()()()()()()()()。私は私の判断基準に従い、体力増強トレーニングを重ねた。

 

 その際、積極的に自分の身体を壊した。個性の訓練も兼ねるためだ。膝を割り骨を砕き筋を切り歯を折り肺を破き、それを全て治した。鍛錬による自己破壊と個性による自己再生が繰り返す血反吐の輪廻を、幾度も幾度も巡る。

 

 そうして、気づけば脳のリミッターが外れて(狂化して)いた。

 

 

「……虚弱が過ぎますね。殺菌、殺菌」

 

 力を失ったように倒れ、バチバチと火花を散らすロボット。だが機械である以上、急所が分散されていてもおかしくない。確実に破壊しておくべきだ。プレゼント・マイクのアナウンスに発破をかけられて駆け出す受験生をよそに、私はロボットの残骸を解剖(ぶち壊)し、大まかな構造を掴んだ。

 

「首、胴、駆動部あたりを破壊すれば良さそうね。では……」

 

 新たな敵を探そうとして、1人の受験生が目についた。

 

 

 

 

 

 

 

「殺菌、殺菌……」

 

 ヤバい人がいる。ハイライトの消えた鋭い目で、何か呟きながらロボットの残骸を踏み躙っている絶対に近づいてはいけないタイプの人がいる。だってほら、他の人たちが避けて通るからモーセの海割りみたいになっているし。

 

 そう思いつつも、彼女の個性に想像を巡らせてしまうのはもう反射に近い。原始的とも言えるほど荒々しい戦闘スタイル、仮にも金属製のロボットを片手で握りつぶしたことから、強化系なのは予想がつく。

 

 だとしたら、僕と……オールマイトと同じ系列の個性だ。走りながら横目に彼女を見ていると、ぐちゃぐちゃになった破片の中からコードがいくつも連なった基盤のようなものを拾い上げたのがわかった。

 

 ……基盤だって?

 

ドガァァン!

 

『標的発見! ブッ殺ス!』

「うわっ……!?」

 

 よそ見していた僕の前にコンクリートを突き破って現れたのは、1点の仮想敵。初めて遭遇した倒すべき相手は、僕が思っているよりも遥かに大きく強く見えた。無機質なカメラアイの視線が、心の弱くて柔らかい部分を浮き彫りにする。

 

 『怖い』。相手は感情の無いただの機械のはずなのに、染みついたビビり癖が足を引っ張る。きっと痛いぞ嫌な目に遭うぞと屈してしまいそうになる。それでも僕は絶対に負けたくなくて、震えながらも近づいてくる敵に向かって拳を振り上げた。

 

 脳裏に走る、憧れの彼の言葉。

 

 ――ケツの穴ぐっと引き締めて、心の中でこう叫べ!

 

「SMA――」

「怪我したいのですか?」

 

 血の気が引くほど低い声が響いた。まるで獣の唸り声を聞いた時みたいに筋肉が強張る。急募:近寄っちゃいけないタイプの人が向こうから近寄ってきた時の対処法。ロボットのそれなんか比にならないくらい強い感情の籠った視線が、僕の心を滅多刺しにした。

 

「姿勢、緊張、力み。捻挫や肉離れが起きやすい状況です。今すぐやめなさい」

『オマエモブッ殺――』

「清潔」

『ヒドイ! ナグッタワネ!』

 

 謎の掛け声と共に平手でロボットを張り倒したその人は、鋭く厳しい表情を浮かべて僕に告げた。

 

「殴り慣れていない拳は美徳ですが、戦場においては何の役にも立ちません」

「で、でも僕は」

「貴方が怪我するのを見過ごせと? それこそあり得ない。決して許されることではありません。いいですね?」

 

 言うが早いか彼女は僕の後ろに回り、股の間に足を差し込んだ。

 

「ななななにをっ!?」

『キャッ、ダイタン!』

「一度だけ、モノの殴り方を教えます」

 

 彼女が僕の肘を引き、手を重ねた。そして『殴る』という動作を再現する。拳が胸元に引かれ、次いで左手と入れ替わるように前に押し出された。余計な力のこもっていない、滑らかな身体の動きを感じる。僕でもわかるほど、そこには彼女の研鑽を感じた。

 

 気づけば、足から震えが抜けていた。

 

「力を入れるタイミングが肝要です。そのフォームは自由にアレンジなさってください。では、お元気で。そのロボットはお好きにどうぞ」

 

 そう言って彼女は走り去って行った。僅か30秒にも満たない時間だったが、とても奇妙で貴重な――って、しまった! 試験中だった!

 

『ヨソミシテンジャネーゾ……!』

「っ……胸元、肩幅に足を開き、力を抜いて緊張せず力まないように……」

 

 仮想敵が起き上がり、威嚇するようにアームを掲げる。咄嗟にさっき教わった姿勢をとり、拳を構えた。観察力だけはあると自負してる――フォームはまだ身体に染み付いている。僕は彼女の動きをなぞった。

 

 後から考えてみれば力を抜きすぎてヘロヘロのパンチだったけど、今このタイミングだけはこれが正解だった。

 

「SMASH」

 

 本来ならば軽く小突く程度の拳から、爆風が吹き荒れた。仮想敵が吹き飛び、壁に叩きつけられて文字通り粉々になる。1日筋トレしたような筋肉の痛みが右腕を襲った。

 

「なッ……!?」

 

 オールマイトの個性。その反動だとすぐに思い当たる。No.1ヒーローの力がとてつもなく強大であることを、理解していたつもりだった。

 

 けれど、これは――

 

「ぐうっ……使える回数が、限られてる……!」

 

 使って初めてわかる、肉体への影響。体の強さが追いついていない。焦る僕の耳に、さらなる焦燥の燃料が届いた。

 

『あと6分20秒〜』

「まずい……とにかく3点の敵を探さなきゃ!」

 

 痛む腕を庇いながら、僕は走り出した。

 

 

 

 

 

 関節も筋肉もガチガチのテレフォンパンチが見ていられなかったので思わず止めてしまったが、記憶が正しければ彼は主人公だった気がする。ということは、あの弱々しい戦闘スキルでも受かるような何かが起こるんだろう。

 

 邪魔したかもしれない。一瞬そう思ったが、すぐに「それでもいいか」と思い直した。怪我するより絶対にマシだ。

 

 さて、意識を試験に戻そう。と言っても、敵の急所がわかればほぼ作業だ。それに、彼らの放つやたら大きな機動音が索敵の手間を省いてくれる。ビルをぶち抜いて現れるロボットたちの首を捻じ切り、胴を引き裂き、時に追いかけ駆動部を打ち砕く。

 

『死ネェ!』

「機械に対してこれはナンセンスでしょうけど――」

 

 ロボットが発射したミサイルを掴み、投げ返す。

 

『エッ』

「私の前で死ぬことを私が許しません。殺してでも治します」

『アッ、マッ――ギャーッ!』

 

 弾頭がロボットを貫き、爆音と共に機械音声の断末魔が響いた。配点が1点のロボットはまさしく紙装甲だったが、3点でも随分脆い。やはり試験用に壊れやすく設計されているのだろうか。

 

 ともあれ、これで点数はかなり稼いだ。周囲を見回して、戦闘音の聞こえる方に歩く。道中、足を引きずって歩く受験生を見かけた。

 

 

「ぐっ……」

「緑。捻挫ですね」

「うぉっ!? な、なんだアンタ」

「治療します。靴を脱いで」

 

 受験生は訝しげな表情を浮かべた。

 

「何がしたい? 俺の武器を奪うつもりか?」

「……? 足ごと切除するのは最終手段です。傷を見せなさい」

 

 ポーチからテーピングテープと湿布を取り出すと、ようやく受験生は青くなった足首を見せた。

 

「随分派手に捻りましたね」

「敵を追ったら2体で待ち伏せされたんだ。クソッ……まだ20点も稼いでないのに」

「この足で戦闘を続けるつもりですか?」

「うるせえ、後5分もねえんだぞ!?」

 

 言ってから、自分の発言が八つ当たりだと気づいたらしい。顔を伏せた彼は、小さく「すまん」と呟いた。分別はあるようだが、こういうタイプは後先考えない無茶をしがちである。

 

 ……軽傷なら応急処置で済ませようと思っていたが。やめよう。この患者は今ここで傷と性根を叩き()す。

 

「焦るのは当然ですが、怪我をするのは許容できません。貴方、自分も守れずに人を守るつもりですか?」

「そりゃそうだけどよ、点が欲しいんだ俺は」

「自己犠牲と無鉄砲は違います。それがわからないようなら、これ以上貴方が傷つかないようにここで貴方を気絶させてもいいのですが」

 

 あくまでパフォーマンスとして傍にあった瓦礫を握りつぶすと、彼は赤べこのように同意を示した。これがインフォームドコンセントである。

 

「よろしい。どんな医療も壊れた心を完治させることは出来ません。しかし心が折れていないならば、傷を癒してまた立ち上がることができる」

「……どういう意味だよ?」

「相手に噛み付くくらいの元気があるなら、さっさと戦って来いという意味です」

 

 腫れた足首に手を触れた。彼が呻き声を漏らす。

 指先に深緑の光が一瞬輝き、それが消えると傷も無くなった。

 

「は、え? これアンタの個性?」

「無駄話をする時間が?」

「うっ……その、すまん! 助かった!」

「ええ。次怪我したら問答無用で殺します」

「怖あっ!?」

 

 私と空を一瞬見比べて、礼を述べながら彼は空中に足をかけた。そのまま空気を踏みしめるように駆けて行く。なるほど、そういう個性らしい。見送りつつ、私は歩を進めた。

 

 西に鼻血が止まらぬ生徒がいれば会って止血をし、東に治療を渋る受験生がいたら脅して治した。『治りたがらない人間が最も重症である』とは、前世の私の上司の言である。私もそう思う。

 

 薬は指定された時間に指定された量を飲みなさい。病院は行ったら症状が改善する場所ではありません。

 

 そんなことを思い出しながら治療活動を続けることしばらく。腕時計が試験時間残り2分を指したころ、市街地の一角で爆音が響いた。思い出すより先に、それがビルの向こうに姿を現した。

 

 ステージギミック、避けて進むべきお邪魔敵。プレゼント・マイクはドッスンに例えていたが、ドッスンだろうと当たればマリオはやられる。受験生は無傷ではいられない。

 

「……放っておく道理はありませんね」

 

 常に被害を減らす選択を。

 そして、その選択を全うできるほどの実力を、常に。

 

 

 故に、これは無鉄砲な挑戦ではなく――ただの治療である。

 




一応主人公の判断基準について捕捉。

捻挫少年を治したことについてですが、応急処置に留めると無茶して怪我した上に合格もしないという一生モノの挫折を味わう可能性がありました。壊れた心は治療できないという彼女の認識においては避けるべき選択です。
また瓦礫を握りつぶすパフォーマンスによって彼は一度主人公の恐怖に負けており、少なくとも試験中は釘が刺さりっぱなしになります。慎重さが有用だと学んでもらうという意味もあり、個性での治療を選んだんですねえ。


追記:バチクソ忙しいので多分来週更新無理です。すまぬ

戦闘訓練誰とオリ主を組ませたいです?まぁ女の子限定ですけど。

  • 八百万
  • 梅雨ちゃん
  • 芦田
  • 耳郎
  • 葉隠
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。