私のヒーラーアカデミア   作:鼠日十二

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だ、誰ぇ……?

遅れて申し訳ない


4

 

 

 轟音をまき散らしながら、ついにその『ステージギミック』が正体を現した。それ即ち、ビルの背丈を超えるほどの巨大なロボットである。その威容は受験生たちの心に諦念を抱かせるには十分すぎるほどだった。こりゃ勝てない勝つ気も起きないと、蜘蛛の子を散らすように受験生が逃げ始める。その中には出久の姿もあった。

 

(逃げなきゃ……まだ数点しか稼げてないのに……!)

 

 出久の片手には、折れた鉄筋が握られていた。ロボットの攻撃により破壊されたビル壁から拝借してきたものだ。個性の反動が強すぎることを知った出久は、どうにか個性無しでロボットを倒せないかと考えていた。そうして行きついたのが、装甲の隙間から基盤を刺し貫くバックスタブ方式である。

 

 もっとも、それでも覆しようのない点差は存在した。3点敵はほかの受験生との差を生み出す『模範解答』であり、出久が気づいたころにはほとんど狩りつくされていた。追いつくにはもっと多くの1点敵を倒すしかない。こんなところで止まっている暇なんかない。

 

 ないのだ。

 ないのだけれど──敵の足元で転んだ女子を見て、出久は咄嗟に踵を返した。個性を使えば無事では済まないだとか、倒したところで点にはならない、とか。そんなことを考えもしなかった。出久が走るのは、ただ助けるためだった。鉄筋を放り捨て、姿勢を低くし、踏み込む。個性による爆発的な加速が、出久を宙に射出した。

 

 無機質なカメラアイと視線が交差する。そこにもはや恐怖はない。

 右腕を胸元に引き、叫んだ。

 

『SMASH!!!』

 

 放たれる拳はロボットに比べてはるかに矮小だ。けれど、もともとヒーローとはそういうもの。恐怖を押し殺してでも自分より強大な相手に立ち向かえること、それがNo.1ヒーローが認めた彼の素質。

 

 故に、彼だけが届き得た。まるで音速で放たれる核爆弾のように空気の壁を破った拳が、ロボットの頭部装甲を紙のようにぶち抜いた。

 

「なッ……」

「はああああ!?」

 

 山のような巨体が揺らぎ、倒れ、轟音が地面を揺らす。制御部分を失い、ロボットが自壊していく。あり得ない功績に叫ぶ受験生や教師陣とは反対に、事態を引き起こした張本人は、空中で想像を絶する痛みに吐いた。

 

「があッ……!?」

 

 天候すら変えるオールマイトの膂力を、中学3年生が簡単に扱えるわけが無い。踏み込みに使った右足と殴った右腕が、反動でぐちゃぐちゃに折れたのだ。脳が痛覚を処理しきれず、思考が千々に裂けた。重力にひかれて、着地の準備もできぬままに落ちる。あわや地面のシミになる寸前で、ひとりの女子生徒が個性によって落下速度を削いだ。『浮遊』の個性である――周囲の生徒は安堵の息を吐いたが、それでも2~3メートルの高さから地面に叩きつけられた出久はすでに満身創痍であった。

 

 ひどい有様だった。腕は10円の棒菓子のようにバキバキで、足は本来の可動域を超えた角度に曲がっている。たとえ命が助かっても、ヒーロー生命は潰えたのではないか、と。そう思うのも無理からぬ惨状は、モニター越しに教師陣も目にしていた。

 

「あそこの試験官は?」

「プレゼントマイクだな。リカバリーガールを向かわせたほうが速い」

 

 もう間も無く制限時間になる。雄英高校の教師陣は、試験終了後すぐに救護を投入することを決定したが――

 

「え」

「どうした?」

「……ギミックの下敷きになった生徒がいたようです」

 

 ――どうやら、それ以上に事態は悪化していたのである。

 

 

 

 

 走りながら、主人公が巨大な0点敵に肉薄したのを見た。倒すつもりなのだ、とそれを眺めて――予感よりもっとリアルな死の気配を感じ、全身が総毛立った。

 

 倒す、だって?

 

「――圧死?」

 

 脳髄を駆け巡る電気信号によって、脚のリミッターが外れた。本来なら踏み出すだけで足が砕け散るほどの脚力を、筋肉が壊れる傍から治すことで人の形に押し込める。

 

 足元に緑色の光がたなびく。

 

 激しい痛みと引き換えに、人の域を超えた推進力を手に入れる。踏みしめたアスファルトに、陥没した足跡が残る。

 

 どうか杞憂であれと願った。ビルの合間を縫いながら、視線だけは常に全方向へと向ける。誰ひとり見逃すことが無いように。

 

『SMASH!!!』

 

 上空から主人公の声が響き、ロボットが揺らいだ。バランスを崩して今にも倒れ込もうとする巨体の影――そう、そこだ。その影に、受験生がへたり込んでいるのを見つけた。

 

「あ――」

「――手を!」

 

 涙目の女子は首をふるふると左右に振った。よく見れば、彼女の両腕はカマキリのそれと同じで、鋭く硬質な棘がいくつも生え揃っていた。 ――だから何だ? 視界が陰る。景色がスローモーションになる。1トンを軽く越えるであろう鉄の塊が、覆い被さるように降ってくるのが見える。轟音が途切れ途切れに鳴り止まない。

 

 生徒の脇に手を差し込み、胸元に抱き寄せた。棘が皮膚を突き破るのを、歯を食いしばって堪える。地面を蹴飛ばし走るが、ロボットの影から抜け出すことは出来そうにない……流石に無理がある。

 

「暗闇や閉所は得意ですか?」

 私は女子に話しかけた。

 

「はい!?」

「10分もかからないと思いますが……耐えてくださいね」

 

 直後、巨体が私たちを押し潰した。

 

 

 

 

 

 ぎゅっ、と目を閉じる。死ぬ寸前まで目を開けていられるほど、私は強い人間じゃない。現実を直視するのは苦手だ。楽な方に逃げてばっかりなのは自覚しているが、それで直せれば苦労はしない。

 

 試験だって、3点は無理だからと1点ロボットを追いかけるうちに変なエリアに迷い込んじゃって……挙げ句の果てに、助けに来てくれた人も巻き添えにしてしまった。

 

 ああ、ヒーロー科の試験なんて受けなきゃよかった。不相応な夢を抱いたのが、そもそもの間違いだったんだ。トゲだらけの私の腕で、抱いた夢ごと穴だらけ。挙句潰されて死ぬなんて、道端のカマキリと何も変わらない。

 

 強い衝撃が全身を襲う。痛いのは嫌だ。死ぬなら即死が良い。目を閉じて、ただその時を待つ。

 

 1秒。2秒。恐れていた激痛は無い。薄く目を開けると、視界は真っ暗で何も見えなかった。体の感覚が薄い。前後左右が覚束ない。思わず、その疑念を深める。

 

「……死んだのかな?」

「まだ生きていますよ」

「うわあ!?」

 

 ぼう、と緑の光が灯る。薄暗い視界のなか、私の上に覆い被さるように、さっきの生徒が四つ這いになっているのがわかった。彼女の額から垂れる血が、私の頬をぽつりと濡らす。僅か50センチ程度の隙間に、私と彼女は挟まっていた。

 

「痛みや圧迫感がありますか?」

「ない、けど……何してんの……?」

「潰れないように支えています」

「そうじゃなくて!」

 

 私は、覆い被さる彼女の脇腹を貫く金属製の配管を見た。そこから伝う血が、地面に血溜まりを作っているのを見た。

 

「そんなひどい怪我で……死んじゃうよ」

「私の個性は『治療』です。問題ありません」

「あるよ! だってそれ、私を庇って……」

「ですから」彼女は重ねて言った。「問題ありません」

 

 理解できなかった。今にも腕は折れそうで、ミシミシと音を立てている。緑の光が絶え間なく灯っているってことは、きっと、壊れかけなのをギリギリで治してるんだ。耳元で彼女の手のひらが、地面をざり、と掻いた音がした。

 

 私のせいだ。私のせいで彼女は苦しんでいる。

 荒い息遣いが責めるようだ。

 彼女の背後で軋みを上げるロボットの装甲が、今にもこちらを押し潰しそうに見える。

 

「……どうしてそんなに頑張れるの?」

「貴女を救うことが最優先事項だからです」

 

 機械的な応答。だが、確固たる信念を感じる。この人は立ち向かえる人間なんだ、と気付く。同じ人間の、同年齢のはずなのに、自分には無い強さを持っている。途端に、自分がとても惨めな生き物のように感じた。

 だから思わず、八つ当たりのような言葉が口をついて出た。

 

「頑張ったって、死ぬかもしれないんだよ……?」

 

 言ってから、激しく後悔した。この期に及んで――甘えたのか、私は。

 

 慌てて謝ろうと口を開くが、その前に彼女から返事が降ってきた。

 

「その通りです。頑張っても『失敗する可能性』が0になることは決してありません。全ての努力が水泡に帰す可能性は、常に付きまとう」

 

 今もなお、その肩に巨大なロボットの荷重を背負って、彼女は淡々と言葉を続ける。

 

「ですが……同様に、全ての努力は報われる可能性があるはずです。たとえそれが那由多の果てでも、『成功する可能性』もまた0になることはない……」

「……強い、ね」

「まさか。私はただ――」

 

 突然ベキッと嫌な音を立てて、彼女の右腕が折れた。苦悶の声と共に、彼女が姿勢を崩す。彼女が支える巨大ロボットの残骸が、軋み、唸った。

 

「大丈夫!?」

「……軽傷です」

 

 どう見ても重傷なのに、彼女は弱音の一つも吐かない。私と同じ、15歳の女の子が。

 それを見て、ようやく理解した。

 強がりなんだ、この人。成功を信じきれない私と正反対。失敗の可能性がある事をわかってて、それを信じたくないんだ。

 

 そう考えると……ああ、なんだか。

 負けてられないような、ほっとけないような。

 

「……大丈夫じゃないよね。このままじゃ保たない」

「保たせます」

「そうじゃなくてさ……例えば私が助けを呼べば、救助がもっと早く来るかもしれないよね」

 

 彼女はちょっと驚いたような顔をして、僅かに笑った。

 

「私は肉体損傷が激しいので、代わりにお願いします」

「……うん。任せて。これでも私、カラオケ好きなんだよ」

 

 マイク持つの下手くそだけど。肺に空気を思いっきり吸い込んで、ただ、大声で助けを求める。届かないかもしれない。かき消えてしまうかもしれない。でもきっとそれは、強がりな彼女のそばで諦める理由にはならないのだ。

 

 叫ぶ。叫ぶ。

 喉が裂けるくらいに。耳が遠くなるくらいに。

 叫んで、叫んで――。

 

 光が差した。

 ロボットの残骸が持ち上がったのだ。あれほどの重量を軽々と浮かせられるのは、この世の中でも1人くらいだろう。助かったのだ、という安堵があった。

 

「残骸を退かす! 西側を空けて!」

 

 眩しさに目が霞む。日差しの下で見た彼女は、やっぱりどこもかしこもズタボロだった。かろうじて脇腹に刺さった配管を引き抜き、そこに緑の光を灯したかと思えば、気を失ったかのように倒れてきた。慌てて受け止めると、安定した呼吸音が聞こえる。表情は穏やかだ。

 

 意外にも、真っ先に駆け寄ってきたのはプレゼント・マイクだった。大きな声で救護を呼びながら私と彼女を交互に見て、突然頭を下げた。

 

「こちらの管理不足だ。申し訳ない。それと……諦めないでいてくれて、ありがとう」

「はい?」

「よく通る声だった。生存と位置をすぐに確認できた」

 

 プレゼント・マイクらしからぬ真面目な口調に、私はちょっと呆気に取られた。いやほんと、死ぬかと思ったのだ。実際死ぬ覚悟だったのだ。でもまあ、雄英側も失敗なんだろうな、これは。

 

「許しませんが、仕方ないです。失敗の可能性は0にはならない、らしいですよ。

 

 ……だから、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 天地がひっくり返ったみたいな衝撃の余韻が、まだ胸の中で燻っている。多分、しばらくは消えそうにない。例えばこれを、成功というのかもしれない。

 悪くないな。そういう気分だった。

 






・推敲してません 許して

だ、誰ぇ……?
カマキリ女子、誰ぇ……?

ちなみにカマキリ女子は雄英に落ちますが、その後は声方面のお仕事に就けるようボイトレ猛特訓する未来があるかもしれないしないかもしれない。昆虫系アイドルグループとしてデビューする未来もあるかもしれない。
好きなものは餡蜜。嫌いなものは細長い虫。
個性は『カマキリ』、正確にはハナカマキリモチーフ。
シニヨンキャップみたいな白い髪飾りは、暗いところだと黒くなるらしい。
名前は當郎 華ちゃん(仮)でよろしくお願いします。
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