村娘に転生したけどお前のヒロインにはならないからなっ! ~俺をヒロインにしたい勇者VSモブキャラを貫きたい俺~   作:二本目海老天マン

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36.決着と再会

 

 

 

「クソがっ……また、噛ませ犬かよ。すまねえ、エクス……」

 

 

 

 アズラーンの拳を腹にめり込ませたヴィラが槍を手放して崩れ落ちる。

 

 

「そう己を卑下することは無い。君の戦闘能力は間違いなくエクスに次ぐものだった。この戦いが終わった後に、お互いの健闘を称えようじゃないか。……おっと、もう聞こえてはいないか」

 

 

 アズラーンは己の胸を貫くヴィラの槍を引き抜くと、気を失ったヴィラをそっと地面に寝かせた。

 

 

「さて、残りは(エクス)一人だ。我が愛よ」

「……ああ、決着をつけよう。アズラーン」

 

 

 (エクス)は力尽きて気を失っているフィロメラさん達を巻き込まない様に、大きく跳躍して戦場を変える。アズラーンも僕の意図を汲んでそれに追従した。僕の剣とアズラーンの拳が空中で交錯する。

 

 

「良い! 良いぞエクス! ヴィラもレビィもフィロメラもリアクタも! 君達は全員素晴らしかったが、やはり君は特別だ! この戦いの中で、君は既に限界を何度も超越している! 今やこの俺に迫る勢いだ!」

「―――フッ!」

 

 

 僕はアズラーンを無視して剣を振るう。……というよりも、会話をする余裕など無かった。肺は今にも破けそうだし、跳ねまわる心臓は次の瞬間に破裂してもおかしくない程に激しく脈打っていた。

 

 

 

 ―――だが、届かない。

 

 

 

 僕の命を削るような一撃を、アズラーンは容易く弾いていく。

 

 

「ハッハァ! 愉しい! 愉快だ! こんなに心が躍るのは初めてかもしれん!」

「お、アアアァァァ!!」

 

 

 ―――ぶちん、と。

 頭の中でとてつもなく不快な音が鳴り響くのを感じながら、僕はまた一つ"壁"を打ち破る斬撃を放った。

 

 次の瞬間、アズラーンの片腕が宙を舞っていた。

 

 

「―――ッ! す、素晴らしい……!」

 

 

 しかし、アズラーンはそれすら意に介さずに僕に痛烈な蹴りを放つ。

 

「ぶ、ぉご……!?」

 

 ―――直撃。

 筋肉で殺しきれなかった衝撃が骨を砕く音が体内で鳴り響く。

 僕は地を跳ねながら吹き飛ばされたが、却って良かったかもしれない。一先ず距離を取って体勢を立て直さなければ……

 

 

「フンッ!」

 

 

 アズラーンが大地を踏みしめると、轟音と共に砕かれた岩盤が宙に弾き出された。

 

「休んでいる暇はないぞエクス! 躱すんだッ!」

 

 中空に浮かび上がった岩盤を、アズラーンは残された片腕で僕へ向けて殴り飛ばした。

 

「ぐぅっ……!」

 

 受けるには巨大すぎる質量を僕は既の所で回避する。

 しかし、体力の限界故の後先を考えない回避は、アズラーンに致命的な隙を晒してしまった。

 

 僕の回避先で待ち構えるように、アズラーンが拳を構えていた。

 

 

「―――終局だな。殺しはしない。だが、次に君が目覚める時……君と仲間達は俺の眷属となっているだろう。共に永遠を生きよう、我が愛よ」

 

 

 言葉とは裏腹に、何処か寂しさのようなものを感じさせながら、アズラーンの拳が放たれる。

 

 

 

「ク、クソォ……ッ!」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、僕とアズラーンから少し離れた後方に巨大な斧が突き刺さった。

 

 

「むっ……?」

「あれは、レビィさんの……?」

 

 

 アズラーンを狙うにしては、余りにも的外れな場所へ投擲された斧に金色の美丈夫は怪訝な顔を浮かべていた。

 

 

「……悪足掻きか? 無駄なことを……」

 

 

 ―――違う、レビィさんはそんな意味の無いことなんてしない。

 

 

 彼女の意図を完璧に汲めていた訳ではない。

 それでも、僕は大地に突き立った戦斧へと向かって跳躍した。

 

 

「終わりだと言ったはずだ。おやすみ、エクス」

 

 

 戦斧の傍へ移動した僕を、アズラーンがすかさず追撃する。

 

 

「――いや、まだだ。これが僕の、僕達の最後の悪足掻きだ」

「なに……?」

 

 

 次の瞬間、戦斧を中心に僕とアズラーンを光の柱が貫いた。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 エクスとアズラーンが対峙している地点へ向けて、フィロメラに支えられながら杖を向けていたリアクタが光の柱を見つめて呟いた。

 

「"極大聖化"……強力ですが、範囲指定もロクに出来ないし、詠唱にも時間がかかるから普通だったら使い物にならない術ですが……言われた通り、レビィさんの斧に向けて発動しましたけど当たりましたかね、フィロメラさん……?」

「分かりません……ですが、やれることはやりました。後はエクスくんを信じましょう。無理をさせてすいません、リアクタさん」

「えへへ……実はこの術、本部での修行中に習得した技なんです。皆さんと離れて修行した甲斐がありました。でも、少し疲れちゃったので、寝させて……くだ……さ……」

「……はい、お疲れ様です。リアクタさん。……エクスくん、勝ちましょう。勝って、アリエッタさんの所へ帰りましょう。私も、手伝いますから……!」

 

 

 フィロメラは魔力と体力の枯渇で、朦朧とする意識と震える足を気力でねじ伏せると、遠方の光の柱へと向けて最後の力を振り絞り、魔力弾を連射した。

 

 

 

 **********

 

 

 

「う、グオオアアアッ!!」

 

 

 

 (エクス)達を貫いた光の柱―――恐らくはリアクタちゃんの神聖魔法に、アズラーンは苦悶の叫び声を上げる。

 アズラーンの全身から噴き上がる黒煙の様子を見るに、開戦時に放った"広域聖化"とは桁違いの威力だ。

 

 

 ―――それでも、アズラーンは止まらない。

 

 

「この程度ォ! 気を緩めるなよエクスッ! 俺はまだ戦えるぞ!!」

 

 

 僕を貫こうと拳を振り上げるアズラーン。

 しかし、それを邪魔するように彼に魔力弾が襲い掛かった。

 

 

「グッ! まだだ! エクスが限界を超えるのならば、俺は、もっと先へ……!」

 

 

 連射される魔力弾を、残された片腕で弾くアズラーン。

 程なくして遠距離からの援護射撃は途絶えたが、僕が体勢を立て直すには十分な時間だった。

 

 

 

「アズラーンッ!!」

「エクスッ!!」

 

 

 

 

 

 振り下ろされた僕の剣と、アズラーンの拳が交差する。

 

 

 

 

 

 彼の拳が僕を貫くよりも速く、僕の剣がアズラーンの身体を深く斬り裂いた。

 

 

 

「がっ…………!!」

 

 

 

 アズラーンは咳き込むように口から血の塊を吐き出すと、己に刻まれた傷の深さに満足したかのように僕に向けて微笑んだ。

 

 

 

 

 

「…………見事だ、エクス。魔王軍十六神将"撃滅将"は君達の手によって討たれた」

 

 

 

 

 

 彼は、最後に慈しむように僕の頬を撫でると、その場に膝を突いた。

 

 

「さあ、俺を殺せ」

「アズラーン…………」

「嗚呼…………良い、戦いだった。俺は幸せ者だ。死力を尽くして競える相手と出会えた。そして、愛する者より先に死ねるのだから」

 

 

 僕は、アズラーンに剣を向けられなかった。

 

 

「……殺すしかないのか? 君は、僕も仲間達も殺そうとはしなかったのに?」

「駄目だよ、エクス。俺が愛したのは"人族の英雄"である君なんだ。敵に、それも中核をなす存在に情けなどかけてはいけない」

 

 

 彼は自ら首を差し出すように項垂れた。

 

 

「―――思えば、俺は君に敗れて良かった。君を眷属にしなくて良かった。そうしていたら、きっと俺は後悔していたと思う。……だから、これで良かったんだよ。エクス」

 

 

 もう話すことは無いと沈黙を貫く彼に、僕は迷いながらも剣を振り上げる。

 

 

「――さようなら、アズラーン」

「ああ、さらばだ。愛しき人よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は彼の首に向けて剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――申し訳ありません。アズラーン様」

 

 そして、その剣はアズラーンの首を断つこと無く空を切った。

 

「なっ…………!?」

 

 突如、目の前から消えたアズラーンを抱きかかえるターレスの出現に、僕は目を見開く。

 

 彼女の存在は完全に意識の外だったとはいえ、ターレスがアズラーンを奪い去る瞬間を全く知覚することが出来なかった。その事実に薄ら寒いものを感じていると、彼女は僕に向けて"聖剣"を放り投げた。

 

「エクス様。誠に勝手ながら、この場は退かせていただきます。"聖剣"はお返し致しますので、どうか御容赦ください」

 

 ターレスに抱きかかえられたアズラーンが苦し気に呻きながら彼女を問い詰める。

 

「ターレス……貴様、手出しは無用と厳命した筈だぞ……」

「……お許しください、アズラーン様。ですが、ここで貴方を失う訳にはいきません。私はまだ貴方に"愛"を教えていただいておりません」

 

 ターレスの言葉にアズラーンはハッとした表情を浮かべた。

 

「この非礼は後程、私の命で償わせていただきます。どうか、今は御容赦を」

「……いや、非は君にこのような無粋をさせてしまった我が弱さにある。許せ、ターレス」

 

 アズラーンはそう告げると、体力の限界だったのか気を失ったようだった。

 

 ……僕はターレスに剣を向ける。彼の命を絶つことに迷いがあったのは事実だが、このまま彼が撤退するのを見逃す訳にはいかない。

 

「……手荒な真似をするつもりはない。君とアズラーン、二人で僕達の捕虜になってはくれないか。扱いに関しては僕の力で最大限に配慮をする」

 

 僕の言葉が聞こえていないのか、ターレスは初めて出会ったその時から一切崩さない無表情で僕を見つめて告げた。

 

「このような無粋をした以上、アズラーン様の名誉の為にも貴方達をこの場で排除するつもりはありません」

 

 

 

 ターレスの細い指先が天を指した。

 

 

 

「ですが、備えねば命はありませんよ」

「何を…………?」

 

 

 

 要領を得ない彼女の言葉に、僕が怪訝な表情を浮かべていると、彼女は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

「―――天墜・貪狼(ドゥーベ)

 

 

 

 

 

 次の瞬間、轟音と共に空から炎を纏った巨大な岩石―――"流星"が僕に向けて堕ちてきた。

 

 

「なっ…………!?」

 

 

 

 目の前の光景に驚愕している僕を余所に、ターレスがメイド服のスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げて優雅に挨拶をした。

 

 

 

 

 

「改めて御挨拶させていただきます。魔王軍十六神将、序列第一位"天墜将"ターレスと申します。さあ、剣を構えてください。あの程度の"星"、エクス様ならば斬れる筈です」

 

「くっ……おおおおおおお!!」

 

 

 余計な事を考えている暇はない。僕は身体に残る最後の力を振り絞って、斬撃を流星へと叩きつけた。

 

 

「―――お見事」

 

 

 自分でも驚くほどに、流星は簡単に断ち切ることが出来た。以前の僕ならば"聖剣"の力を使わなければ対処出来ないほどの"圧"を感じる攻撃だったのだが…………アズラーンとの戦いで、彼の言うように僕は"限界"とやらをいくつか超える事が出来たのかもしれない。

 

 叩き斬った流星は二つに分かれると、大地に衝突することなく、そのまま幻の様に姿を消した。本物の"星"ではない……? 何か破壊の"概念"のような物だったのだろうか。

 

 そんなことが一瞬頭を過ったが、それも束の間に僕はターレスへ向けて剣を構える。

 

 しかし、既に彼女の姿は何処にも無かった。

 

 

 

「彼女が、序列第一位―――十六神将の頂点……」

 

 

 

 

「エクスくんっ! 無事ですか!? さっきの流星は……?」

 

 遠くからフィロメラさんの声が近づいて来るのが聞こえる。

 

 瞬間、緊張の糸が切れる音が聞こえた気がした。

 

 体力気力ともに限界をとうに迎えていた僕は、気絶するようにその場に倒れこんでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 

「んぅっ……?」

 

 

 唐突な意識の覚醒に、(アリエッタ)はベッドの上で呆然としてしまう。

 

 

「……あれ? ここ、どこだ? ……というか、俺はさっきまで何をしてたんだっけ……?」

 

 

 見覚えのない室内に、俺は寝ぼけ眼を擦りながら頭を回そうとする。

 

 

 

 …………いや、見覚えならあった。家具の位置など微妙な差異は有ったが、ここは―――

 

 

 

「俺の、家……?」

 

 

 

 勿論、俺は実家に帰った覚えなど無かった。

 限界まで記憶を手繰ってみたが、俺は普通に銀猫亭で働いていた筈なんだが……

 そこまで考えた所で、唐突に部屋の扉が開かれた。

 

 

「…………」

 

 

 扉の向こうから現れたのは仮面で素顔を隠した男……男だよな? 

 

 まあ、とりあえず推定変質者だった。

 

 

「え、えーっと……どちら様? というか、俺なんにも状況掴めてないから何か知ってるなら説明が欲しいんだけど……」

 

 

 推定変質者が敵性存在なのか判断がつかなかった俺はとりあえずフレンドリーに接してみた。

 すると、推定変質者は仮面の奥からくぐもった声で優しげに俺に語り掛けてきた。

 

 

 

「アリエッタ……」

「えぇ~~……知り合いなの俺達? 申し訳ないけど俺はあんたの事これっぽっちも見覚えが無いんだけど……」

 

 

 

 こんな不審者を絵に描いたような男だったら一目見ていれば絶対に忘れない筈である。

 

 

 俺の警戒心MAXな表情に気づいたのか、男は軽く肩をすくめると仮面を外した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 仮面の奥から現れた男の顔は、俺の知っている"それ"よりも幾らか年上の様に感じたし、疲れ果てたようにやつれてはいたが、俺が"彼"の顔を見間違える筈など無くて―――

 

 

 

 

 

 

「―――遅くなってごめん。迎えに来たよ、アリエッタ」

 

 

 

 優しげなその声色は、間違いなく俺の愛する人(エクス)の"それ"だった。

 

 

 

 

 

 


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