すっげえ遅れました。次話は今日中に出します。
中間試験が目前まで迫っていた。
高校生の勉強する場所といえばファミレスか図書館だったりする場合が多いが、高校生は夜十一時以降は補導されかねない。
なので、夜の勉強は家でやることになる。ちなみに「夜のプロレス」的な意味での夜ではない。
時計の針が十二時近くを指していた。俺は軽く伸びをし、隣を見やる。そこには、本来この時間帯にここにいるべきではない異質な存在がいる。
雪ノ下雪乃。我が幼馴染にして、なぜか俺の家で勉強をして寝泊まりをすると言って聞かない可愛い奴である。
おかげで勉強は捗るのだが、いかんせん数時間隣からいい匂いがし続け、精神的にヤバいものがあった。もちろん悪い意味ではない。
女子の髪の匂いってなんで皆いい匂いなのだろうか。嗅いだことあるの雪乃と小町くらいだけど。
「俺はコーヒー飲みにいくけど、雪乃は寝とくか?」
「……ううん、私も行くわ」
随分と眠たそうだ。そりゃ普段規則正しい生活を送っている雪乃は、この時間帯まで起きることはまずない。寝させた方がいいとは思うが、本人の希望なら仕方ない。
というか、眠気でいつも学校出見せているクールな雰囲気が微塵も感じられない。普段は「ううん」なんて可愛らしい言葉は使わない。
やはりそういった眠気覚ましに有効なのはコーヒーである。それに勉強のように脳を酷使する場合は糖分の補給が必要不可欠だ。すなわち、MAXコーヒーの出番なのだ。
それにしても、カフェインが入っていて、しかもミルクたっぷりで甘いとかMAXコーヒーは擬人化したらさぞエロかろう。まず間違いなく巨乳だ。「今夜は寝かせないゾ☆」とか言い出しそう。……なんだろ、もの凄い寒気が背後からしたような。
そんなMAXコーヒーのあれこれを考えながら、雪乃と共にリビングへ向かうと、妹の小町がソファでぐーすか寝ていた。
……こいつもそろそろ中間試験のはずなのだが。相変わらず肝の太い妹だ。
「逞しいわね」
「そーだな」
雪乃を座らせ、適当に相槌を打ちながら買い置きのMAXコーヒーをごそごそと捜す。しかし、ついこの間ひと箱空けてしまったのを思い出し、俺は仕方なくお湯を沸かす。
湯沸かしポットに水をぶち込み、そのまま後ろのスイッチをカチリと押し上げた。湯が沸くまでの手持ち無沙汰な時間、雪乃の隣に座って小町を見る。
小町は大胆にも腹を出して寝ていた。
こいつ、勝手に俺のTシャツを着てやがる。しかも小町が丸まってるせいで気づかなかったが、なんでこいつ下着姿なんだ。風邪引くぞ。
これにはさすがの雪乃も苦笑い。こんなだらしない妹でごめんなさい。俺もだらしないからおあいこだ。
そうこうしているうちに、こぽこぽと音を立ててお湯が沸き始め、カチッと湯沸かし完了を告げた。
二人分のマグカップにインスタントコーヒーをぶち込み、そこにお湯を注ぎ込む。片方には濃いめのコーヒーに牛乳と砂糖をたっぷり加え、ティースプーンで四回ほど回す。俺好みの甘々コーヒーの出来上がりだ。もう片方は牛乳、砂糖は控えめで、雪乃好みの少し苦めのコーヒーへと様変わりした。
すると、小町がすんすんと匂いを嗅ぎつけたのか、ガバッと跳ね起きた。
まず、俺を見て二秒停止。次にシャッターとカーテンを開け三秒停止。そして、目を見開いて時計を見て五秒停止。十秒かけて現状を把握したようだ。
それからすうっと大きく息を吸うと、
「しまったぁ!寝すぎ……」
勢いに任せて叫ぶことはなかった。
小町は雪乃を見て十秒停止。その目には驚愕の感情が見て取れる。
「!!!???ななななんで雪乃さんが!?」
「こんばんは小町さん。今日は八幡と一緒に勉強していたの」
「夜の!?」
「なにとんでもないこと言い出してんだこのバカ!」
繰り返し言うが、決して「夜のプロレス」的な意味での勉強ではない。そもそも雪乃はそういったものは知らない。はず。そう信じたい。
「試験勉強だよ。今は休憩に下りてきたんだ」
俺が答えると、小町はへぇと驚く。
「休憩ってことはまだやるつもりなんだ。……お兄ちゃんさ、あれだよ、働き始めたら絶対ビジネスライクな人間になるよ」
「おい、ビジネスライクって仕事好きって意味じゃねえぞ。お前英語苦手すぎだろ」
「やだなー、お兄ちゃん。小町英語超得意だから。天才だから。アイ・アム・テンサイ」
とても天才とは思えない英語力。ジーニアスっつう単語も知らんのか、こいつは。
チーンとレンジが音を立てた。小町はマグカップを両手で持ち、ふぅふぅと冷ましながらこちらへ歩いてくる。
「じゃさ、皆で一緒に勉強しようよ。どうせやることは同じだし」
「あん?別に俺はいいけど……」
その時、ぱふんと膝に軽い衝撃を覚える。
何事かと下を見ると、雪乃がすぅすぅ可愛い寝息を立てて寝始めていた。やはり睡魔には耐えられなかったか。
「……こういうわけだから、コーヒー飲んだら寝るわ。お前も早めに寝とけよ」
「了解であります!お兄ちゃんも雪乃さんが寝てるからって襲わないでね?」
こんのガキ…。
「俺がそういうのが嫌いってのはお前が一番知ってるだろ。ったく……」
「ごめんごめん、お兄ちゃんって変に真面目だからね。それじゃ、おやすみー」
「あいよ、おやすみ」
身体的、精神的双方で雪乃が傷つくのは俺がこの世で最も嫌う。それは、十五年も俺の妹をしている小町が一番理解している。まあさっきのはただ茶化してるだけだったから別にいいんだけどな。
とりあえず俺のベッドまで連れていき、布団をかぶせてやる。すやすやと幸せそうな寝顔を見ていると、こっちの頬も緩んでしまう。
昔はよく一緒に寝たものだが、流石にこの歳ではそれは憚られる。そこら辺の床で寝るか。
「おやすみ、雪乃」
そう言った俺の表情は、いつになく穏やかだったと思う。
********
翌日。
やはり床で寝るというのは身体に負担がかかる。腰やらなんやらに痛みが走るし、それに寝不足ぎみだ。
雪乃は謝っていたが、もちろん彼女のせいではない。むしろベッドに入ろうとしなかった俺がヘタレなのがいけなかったわけで。
一限の現国は危なかった。多分平塚先生じゃなかったら間違いなく夢の国へレッツゴーしていた。
そんなわけで休み時間にうつらうつらしていると、ガラッと教室前方の扉が開かれた。その音に俺は思わずビクッとなってそちらを凝視してしまう。
「おや、重役出勤かね?川崎沙希」
見れば、青みがかった黒髪をポニーテールに纏め、由比ヶ浜や三浦とはまた違った雰囲気を醸し出す女子が入ってきた。
苦笑いしながら問いかけた平塚先生に川崎はぺこりと頭を下げ、そのまま自分の机に向かっていく。
印象的なのは遠くを見つめるような覇気のない瞳だ。
その少女はどこかで見覚えがあった。同じクラスだから見覚えくらいあって当たり前だが。
よーく考えると、ついこの間の出来事が思い出される。ああ、あの時の女子か。同じクラスだったとは。
たまには部室やベストプレイスとは違う場所で飯を食おうと思って屋上に行った時、この川崎がいたのだ。
俺の持っていた職場見学希望調査票が風で飛ばされそうになった時、取って渡してくれたんだっけ。
ふむ、今絶賛『話しかけんなオーラ』を醸し出しているものの、悪い奴ではないのだろう。
まあ、俺には関係ないか。
********
複合商業施設マリンピア。そこのカフェで奉仕部の俺たちは勉強会を開いている。
カフェに行く前に書店に寄ろうと思い、二人には先に行くように言っておく。
棚を眺め、本を一冊購入。千円札が消え失せ、財布の中には小銭がちゃりちゃりしている。
雪乃と由比ヶ浜はどこにいるかとキョロキョロしていると、見知った顔を見つけた。
ジャージ姿の戸塚がショーケースのケーキとにらめっこしている。ちなみにうちの学校は制服とジャージ、どちらで登校してもよい。
「じゃあ次はゆきのんが問題出す番ね」
雪乃と由比ヶ浜はレジに並んでいる待ち時間も無駄にせず、試験勉強に励んでいた。
「では国語から出題。次の慣用句の続きを述べよ。『風が吹けば』」
「……京葉線が止まる?」
ただの千葉県横断ウルトラクイズだった。しかも由比ヶ浜、答え間違ってるし。『風が吹けば桶屋が儲かる』が正しい。
この間違いはさすがの雪乃も顔を曇らせる。
「不正解……。では、次の問題。地理より出題。『千葉県の名産を二つ答えよ』」
由比ヶ浜は真剣な表情でごくりと息を飲み、
「みそピーと、……ゆでピー?」
「落花生しかねぇのかこの県は」
「うわぁ!…なんだ、ヒッキーか。びっくりした……」
しまった。俺の千葉県への愛ゆえに思わず突っ込んでしまった。
由比ヶ浜の大袈裟なリアクションで戸塚がこちらに振り向いた。そして晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
「八幡っ!八幡も来てたんだね!」
「おう、戸塚も勉強か」
まさか戸塚までいるとは思わなかった。そのお陰でクソ長いレジに並んでしまったが気分は上々。テンアゲ!
「それにしてもさっきのはサービス問題だろ。お前は試験勉強の前に千葉県について勉強し直せ」
「サービス問題って…。じゃあヒッキー答えてよ」
由比ヶ浜は挑発するように問うてきた。いや、お前が自慢気にされても困るんですけど…。
「正解は『千葉の名物、祭りと踊り』だ」
「『千葉音頭』なんて誰も知らないでしょう……」
流石に雪乃は知っていたか。昔から一緒に祭りに行ってたわけだし、そりゃ覚えてしまう。
そうこうしているうちにレジの順番は巡り、次が俺たちの番だ。
「ヒッキー、奢ってー♪」
「ああ?別にいいけど……。何飲む?ガムシロ?」
「あたしはカブトムシかっ!」
芸人ばりのツッコミだった。というか俺が由比ヶ浜に奢る理由がない。俺たちのやりとりをみて、雪乃は俺に一つ聞いてきた。
「八幡、お金は持ってるの?さっき書店に行ってたけど…」
「あん?そりゃあ……」
財布の中をまさぐる。無い。札は一枚もないし、小銭はどの商品も買えるほど入っていなかった。
「由比ヶ浜、奢ってくれ」
「……屑」
心底蔑まれた目で見られながらポツリと言われた。うわ、結構心にきた。
「ヒッキーはガムシロでも飲めば?」
ひでぇ。注文してから金が無いことに気づいたならまだしも。や、俺も似たようなことやったからどっこいどっこいですね。本当に心の底からごめんなさい。
「私が代わりに注文するわ。何飲みたい?」
「女神様っ!ありがとうございますっ!」
やはり雪乃は女神だった。こんな俺に嫌な顔一つせず奢ると言ってくれたんだぞ?神様以外になんて言えばいい?
もちろん罪悪感もあるので今日帰ったらちゃんとお金は返します。
四人ともトレーを持ち、空いてる席はないか探す。
ちょうど四人席が空いたので、そこに滑り込んだ。
早速始めようかと勉強道具を机に出そうとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、お兄ちゃんだ。おーい、お兄ちゃーん!」
その声の主は俺の妹、比企谷小町だった。
そろそろ八雪要素を増やしたい。けれど文章力が……。