ショッピングモールへ向かう途中、雪乃は思い出したかのように話を切り出した。
「そういえば八幡、六月十八日、なんの日か知ってる?」
雪乃は試すように、俺の顔を覗き込む。びっくりして半歩下がってしまった。
「……まあ、祝日じゃないのは確かだな」
俺が分からないと見えると、雪乃は少し自慢げに胸を反らして答えを発表する。
「由比ヶ浜さんの誕生日よ。だからプレゼントを買いに行こうと思うの」
「なるほどな」
嫉妬の炎に晒され孤立し、友達と言える存在が今までいなかったと言っていい雪乃にとって、由比ヶ浜は初めての友達に違いない。昔から見ていたからこそ分かることだが、こいつは彼女のことを大切に思っている。きちんと感謝を伝えたいという意味で、誕生日プレゼントはうってつけと言える。
「といっても今まで女の子にプレゼントを贈った事ないから、勝手がわからないのよね…」
裏を返せば、男子には贈った事があるということである。相手はもちろん俺です。
「まあ、色々見るついでに考えようぜ」
「そうね」
ちょうど話し終えたところで目的地に辿り着く。
構内の案内板を見ながら雪乃は考えるように腕を組んだ。
「かなり広いわね……」
「はぐれたら面倒だし、先にどこ行くか決めるか」
「そうしましょうか。……この辺りとかはどう?」
雪乃が案内板の下に置いてあるパンフレットを取り出して指さした場所は一階の奥の方、「ジャッシーン」だの「リサリサ」だのといった、這いよったり波紋教えてくれそうな名前が並んでいるところ。確か小町が言っていたが、そこら辺は若い女の子向けの商品を扱っているショップが集まってるとかなんとか。要するに、雪乃に対しても何か買えという小町からのプレッシャーというわけだ。言わなくても買うけどね!
「じゃあ、そこ行くか」
俺がそう言うと、雪乃はこくりと頷いた。
では、とりあえず出発。
目的地に行く前に、雪乃は歩を止める。じっと見ているのは、ディスティニーのショップ。夢の国の出張バージョンである。出張までして金を稼ぐとは夢も希望もありゃしない。
誰もが知る人気スポット、東京ディステニィーランド。千葉の誇りであると同時に、千葉にあるのに東京を名乗らねばならないという屈辱を味わわせてくるなかなかにファンキーな存在だ。こいつは舞浜にあるのだが、この舞浜の由来となったのがなんでもマイアミビーチに似てるからなんだとか。以上、本日の千葉県講座でした。
どうやらここに来たのは個人的な理由らしく、完全にパンダのパンさんに釘付けである。
「な、なあ雪乃…」
「どうしたのー?」
目がとろんとしてやがる。それどころか顔が平素より遥かに幼く見え、こっちの心臓も釘付けである。いやホントにパンさん好きすぎでしょ。おかげで俺も少しハマったしさ。
雪乃はとにかくたくさんのパンさん人形を手に取っては棚に置きを繰り返し、とにかくどれを買うか迷っているらしかった。
やがて二つのストラップ、そして小さめの人形を手に取りレジへ向かう。その間、俺は店の外のベンチへ行き、雪乃を待つことにした。
「お待たせ」
「気にすんな。お目当てのものは買えたか?」
「ええ。……はい、これ」
「ん?」
はいと差し出されたのは、先ほど手に持っていたストラップ。二つも買うなんてやっぱブルジョアだなぁと思っていたのだが。
「いいのか?」
「ええ、これはあなた用よ」
あなた用。その言葉が嬉しくて、ついつい笑ってしまった。急に笑った俺をキョトンとした顔で見てきた雪乃だが、俺がストラップを受け取ると嬉しそうに微笑んだ。
「お揃いね」
「あー、まあそうだな」
ここまで来るともはや手玉に取られている気がする。由比ヶ浜の誕プレを買いに来たはずなのだが、俺へのプレゼントを買うとはこの子やっぱり天使。マイエンジェル。
次なる店を目指す。
雪乃はこの間も何を買うのか考えていたらしく、キッチン雑貨のお店へと向かった。それに倣い、俺も店へ入る。
キッチン雑貨店にはフライパンや鍋といった基本的な調理器具の他、パペットマペットみたいな鍋つかみとかマトリョーシカを模した食器セットのようなファンシー系アイテムが取り揃えられている。
「由比ヶ浜さん、あれから料理の練習を続けているそうなのよ」
「………それを食うのは多分両親なんだろうけど、大丈夫かね」
「えっと………」
さすがの雪乃も答えに詰まる。それはつまり、大丈夫ではないし、少し由比ヶ浜の両親に同情してしまう、という事である。また俺が毒味させられなきゃ良いのだが…。
「まあ、努力するのは悪いことじゃないからな。プレゼントはそっち関係か」
「そうね、エプロンだったりが丁度いいかしら」
いくつかエプロンが置かれている棚から、雪乃は一つ取り出す。
その黒い生地は色合いとは裏腹に薄手で、雪乃が羽織ると涼しげですらあった。
そのまま俺の方へ振り向くと、雪乃は首を傾げた。
「どう?」
……………。
「毎日味噌汁作って欲しい……」
「うぇっ!?」
「あー、いや、すまん……」
あまりにも似合いすぎて、一瞬走馬灯が見えたぞ。
このエプロンを着て『おかえりなさい、あなた』とか言われる姿を想像してしまった。いやこれ走馬灯じゃねえや。
完全に放心してたから素直に口に出してしまった。
やっべ、もしここに陽乃さんとかいたらいじられまくってた。危ねぇ!
雪乃も突然そう言われて焦ったのか、とにかく顔を赤くしている。多分俺も。
「ま、まあ由比ヶ浜はあれだ、もっとポワポワしてアホみたいなやつの方がいいと思う、うん」
「そ、そう…。酷い言われようだけど的確だから反応に困るわね……」
なんとか冷静を保ちつつそんな話をする。
最終的に雪乃が選んだのは薄いピンクを基調とした装飾の少なめなエプロンだった。確かにこれなら由比ヶ浜にお似合いな気がする。
そのエプロンと、ついさっき俺がやらかした際のエプロンを手に取ってレジへ向かう。おっと、そのエプロンも買う気ですか。俺を悶え殺すおつもり?
「八幡は何買うか決めた?」
「あー、そうだな……。首輪かな。あいつの犬、首輪壊れてたし」
********
店を出て少ししたところにあるベンチで俺たちは休憩している。
しばらく歩いたので、若干疲れの様相が見えてきた雪乃を休憩させている、というのが正しいが。
俺は目的の首輪を無事買うことができた訳だが、それにしても今日は随分と動いた。
しばらくは静かに休んでいようと思っていた矢先、奴は現れた!
「あれ?雪乃ちゃんに八幡じゃーん!」
雪乃によく似た声が耳に届く。
……なんとなく予感はしてたんだよなぁ。一応この人とも長い付き合いではある訳だし、どんな行動原理をするのかはある程度察せる。今日みたいな休日はこういった場所で友達とたむろしているのがこの人、雪ノ下陽乃である。
ぶっちゃけ二人で会うのは別にいい。この人にはなんだかんだ昔からお世話になってるし。雪乃に関する相談事だって乗ってもらっている、いい人である事は分かるのだ。
だが、俺と雪乃がセットになっていればそれをまあイジるのがこの人である。デートは?甥は?姪は?ととにかくそういう方面で弄り倒す。そういった面でははっきり言って死ぬほど会いたくねぇ……。
でもまあ、姉妹仲は悪い訳では無いし、愛嬌だと思って諦めるしかないか……。
「姉さん?」
「やっほー!二人で何してるの?デート?デート中!?」
うぜぇ……。愛嬌でもやっぱ諦めたくねぇ……。
……ん?待てよ?そういや、ららぽに来たのは俺がデートに誘ったからだよな。……あれ?
「そうよ、八幡とデート中だから」
「…えマジで?」
陽乃さんがすっげぇ間抜けな顔をした。まあそりゃそう思うわな。自他共に認めるヘタレな俺が、二人で遊びに行くのをデートだとは今まで認めなかったからな。その事を知ってる陽乃さんは、うっそー!と何故か自分のようにはしゃいでいる。
「じゃあ邪魔しちゃダメだね。それじゃ楽しんでね!………あ、そうだ八幡」
「え?なんすか?」
いや近い近い。雪乃とは別のいい匂いがするんだよ。気兼ねなく近づくのやめよ?耳元に口が近づくにつれてものすごくこそばゆくなるんだって。恥ずかしい。
それを知ってか知らずか、陽乃さんはクスッと笑い囁く。
「そろそろ覚悟決めた?」
「…どうでしょうね。秘密です」
「つれないなあ。ま、それが八幡らしいね。それじゃ、二人ともまたねー!」
やっぱ二人の時は会いたくねぇなあ……。
********
「由比ヶ浜さん、誕生日おめでとう」
「おめっとさん」
月曜日の放課後。
いつものように奉仕部の部室に集まった俺たちは、由比ヶ浜の誕生日を盛大に祝うことにした。といっても、祝うのは二人だが。
「わー!二人ともありがとー!」
俺が選んだ首輪とリード、そして雪乃が選んだエプロンは、どうやら気に入ってもらえたようだ。嬉しそうにエプロンを見たりしている姿を見て、やっぱこいつも女の子だなぁ、とやや達観する。
「小町や戸塚とかもプレゼント用意してるらしいけど、どっか行くか?カラオケとか」
「え?ヒッキー歌えるの?」
おい待て。そんな素で驚いたような目を向けるな。なんで俺が歌えないと思ってるんだ、こいつ。こちとらプリキュアのOPやEDなら胸を張って歌えるぞ。女子相手には少し引かれるけど、うん。
「だったら早めに行きましょうか。部屋も取らないといけないし」
「うん、そだね。ゆきのんって何歌うの?」
「え?えーっと………」
雪乃は普段カラオケに行くことなんてないし、話を振られたらそりゃ戸惑う。
仲睦まじく話をしている二人を見て、ふと思うことがある。
友達という存在が初めてできた雪乃。きっとこの関係を大切にしたいに違いない。
由比ヶ浜が友達で良かった。素直にそう思う。
彼女はいい意味で単純だ。裏表のない性格をしている。無駄に相手を勘ぐろうとせず、誰に対しても平等に扱う。
今までの女子と違う点は、そこだ。
小学生のガキのように、気に食わないというだけでいじめなんてしない。なんなら気に食わないなんて思いもしない。
ありのまま接し、友達でいられる。雪乃が求めていたものと言っていい。
今まで排他的だった俺ですら、彼女がいるから助かった事だっていくつもある。友達と呼べるのかは分からないが、雪乃とは違うベクトルで大切な存在であるのは間違いない。
だからこそ、裏切りを恐れる。決してありえないと分かっていても、経験から身構えてしまう。
「ヒッキー」
「んあ?」
いつものように深く考えていたからか、ひどく間抜けな返事をしてしまった。少し恥ずかしい。
「ヒッキーの誕生日はいつなの?」
「え、俺?俺は八月八日だな。夏休み中だから祝われることが少なくてな……」
自分で言って泣きそうになる。マジで雪乃以外から直接祝われたことはない。あの隼人にですらメールでおめでとうと言われ、プレゼントなるものは夏休み明けに貰う。や、貰えるだけいいんだけど。嬉しいけど。
「だ、大丈夫だよ!これからはあたし達は祝うから!ねぇゆきのん?」
「そうね。ちゃんとしたパーティーでも開きましょうか」
さっきまで考えていたことがバカらしくなる。
やっぱこいつはアホで、良い奴だ。こんな良い奴を疑うなんて、逆に失礼だろう。
「さ、早く行こ!」
「ええ」
「あいよ」
三人揃って部室を出る。
あーもう、鞄につけたお揃いのストラップ、気づいて欲しかったな!やっぱ良い奴だけどアホだ!
遊戯部は飛ばします。次回か次次回にちょいオリジナル挟みます。