もしも八幡と雪乃が幼馴染だったら。   作:ヒロ9673

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流れはほぼほぼ九巻に則ってます。
あと深夜テンションで書いてます。


人知れず、彼は涙を見せる。

結局俺は何をしたいのだろう。何を求めているのだろう。

体裁を必要とせず、理解し合える存在がいるのに。なぜその差し伸べられた手を取ろうとしないのだろうか。

…いや、取れないのだ。その手は握り潰せそうなくらいか細く、華奢で。俺ごときが触れてはいけない、そんなガラスのようなもの。一歩間違えればこれまで築き上げたものが一気に崩れ落ちる、そんな気がして。

逃げてしまう。こんな事を考えてしまう自分から。

結局ヘタレなだけなのかもしれない。でも、それはあまりにも大きな障害。ヘタレという一枠に収められないのだ。

なんの取り柄もない、目の腐った高校生。それに対し、雪ノ下雪乃は容姿端麗で、俺にはないものをたくさん持っている。

そんな俺が彼女の隣にいていいはずがない。許されるはずがない。

一対多数は多数に分がある。集団心理の沼に落とし込まれれば、そこから抜け出すことは出来ない。

かつて誰かが言った。『あいつらは釣り合わない』と。『凹凸夫婦』と。不名誉なあだ名だ。

誰もが許してくれない。……これはきっと、俺に対する贖罪だ。

 

 

 

********

 

 

 

海浜幕張界隈は結構な賑やかさを誇る。夕方の帰宅ラッシュも伴い、かなりの人混みが確認できる。

夏休みの目標は極力家から出ないこと。暑さから身を守るためなのだから、至極当然だ。はいそこ、リアルヒッキーとか言わない。

そんな目標を掲げる俺がわざわざ外に出てるのには理由がある。それは人と出会わないこと。人と言っても知り合いに、という意味で、それには小町も含まれる。

最近、なぜか連日のように夢に見る小学生の頃のトラウマ。それによって若干ナイーブな気分になっている俺は、少しでも一人の時間が欲しくて今ここにいる。

壁によりかかり、想起する。

結局俺の望むことはなにか。

やはり分からない。俺の幸福か、雪乃の幸福か。どちらにせよ、今の俺では何が正しいのか、何をすべきなのか分からない。

この約八年間でここまで悩んだのは初めてだと言っていい。それほどまで、俺は自分自身に対して何も自信を持てなくなっていた。

自分の意義すら自分で決められない。そんな俺が余りにも醜悪に思える。冷静さに欠けるこの思考に嫌気がさした。

 

 

……帰るか。

もう一時間近くここにいる。日は沈みかけており、ようやく涼しげな風が吹いてきた。

騒がしい周囲の声が耳に入ってくることはない。ただ、自分の吐き出したため息がやけに大きく感じた。

結局答えは出せずじまい。こうやって一人でいても、家にいても、どちらにせよ変わらなかったのか。とんだ無駄足と言っていい。

歩道をゆっくりと歩く。暑さと涼しさの緩急にやられたのか、いつもより疲れを感じさせる。

脇の車道を走る車のヘッドライトの光が目に刺さる。まだ真っ暗というわけでもないのにハイビームは堪える。

そんなことを思っていると、一台の車がクラクションを鳴らした。こんな街中で鳴らすなよ……と、視線を向けてしまう。

その視線の先には、ここいらではあまり見かけないフロントが面長な印象を受ける黒いスポーツタイプの車だ。その車はゆっくりと俺の横につけ、左側の窓を開ける。

 

「やあ比企谷、こんなところで何してるんだ?」

 

その窓から顔を出したのは平塚先生だった。まさか鉢合わせるとは意外だ。

 

「や、今から帰ろうとしたんですけど……。先生こそ、どうしたんですか」

「少し気分転換がてら、ドライブにね。どうだ比企谷、良かったら乗ってかないか?」

 

ふと後方を見ると、車がやってきている。他の人の迷惑にもなるかもしれないし、せっかくなので乗せてもらうことにした。

乗り込んで、シートに座る。シートベルトをしつつ、中を見ると、シートやダッシュボードは上質そうなレザー、メーターや操作まわりはアルミ仕上げでメタリックに輝いている。なんだこれ、かっけぇ。

 

「どうだ、この車は。かっこいいだろう?私の愛車なんだよ」

 

そう言いながら、平塚先生は嬉しそうにハンドルを拳でぽんと叩く。その誇らしげな様が男前すぎた。

それにしても、独身女性が高そうなスポーツカー……。こういうところも結婚できない要因の一つなのだろうか。

その平塚先生の愛車が低い駆動音を立てて走り出す。

 

「どうかね、調子は」

 

しばらく走っていると、おもむろに先生が問うてきた。

 

「調子って言われても。まあ、元気ですよ」

「それは何よりだ。ちゃんと課題は進めているか?」

「夏休みが始まる前に全部終わらせました。ずっと惰眠を貪りたいので」

「そ、そうか…」

 

課題を終わらせたことに対する感嘆の返事なのか、俺のだらしない夏休み計画に苦言を呈したのか。よく分からないが、多分両方だろう。

夏休み中は奉仕部の活動はない。なので適度に勉強しつつ、ゲームしたり本を読んだり涼しい部屋で一日中寝たりを繰り返そうと思ったわけだ。

 

「とりあえず安心したよ。ちゃんとやることはやってるようだしな」

 

そう言いながら平塚先生は微笑む。

俺はシートにもたりかかりながら、窓枠に頬杖をつく。外とは対称的な、クーラーによる涼しさ。それが心地よくて、自然と瞼が閉じてしまう。

行き先を決めていない夜のドライブ。

うとうとしていると、やがて車はゆっくりと止まった。なんてことのない、普通の道路。

 

「着いたぞ」

 

平塚先生はそう言って、車を降りる。着いたって、どこに……。思いながら、俺も車を降りる。

ふと潮の香りが鼻をつく。前にある新都心の明かりを見て場所を察する。すぐそこは東京湾で、ここは河口にある橋の上だ。

昼とはまた違った海の美しさに、俺は感嘆の息が漏れる。

じっと海面を見つめていると、平塚先生が声をかけてくる。

 

「どうかね、調子は」

 

それは、車の中でしたのと同じ質問。真意を測りかね、訝しげな視線を向けると、平塚先生はニヒルな笑みを浮かべる。

 

「家に引きこもりたいと思っている奴が、どうしてあんな場所で道草を食っていたんだ?買い物というわけでもないだろう?」

「それは……」

 

答えることが出来なかった。それを言えば、また思考の渦に飲み込まれる。そう思ったから。解決の糸口を掴めない、そもそも答えがあるかすら分からない俺の問い。それを平塚先生に話すのは、些か気が引ける。

 

「……そうだな、君は何か悩み事があるんだろう?」

「……ええ、まあ」

「だが、見る限り一人で解決することはできない悩みなのだろう。君は一人でとことん悩む癖がある。他人に頼るということを知らない」

 

それは、俺にとって当たり前と言っていいことだった。俺が頼ることが出来る人なんて、雪乃か小町くらいしかいなかった。それに関わらず俺自身の悩みは俺自身がどうにかするしかない。それが普通なのではないのだろうか。

だが、何かと一年生の頃から交流がある平塚先生には違うらしい。

 

「私でよければ、聞かせてもらえないか?」

「まあ、じゃあ……」

 

他人に相談する事なのかどうか決めあぐねたが、ここまできて断るのも気が引ける。それに、平塚先生が笑い話にすることは決してないはずだ。その信頼をもって、俺が考えていたことを正直に全て話した。

雪乃に対する想い。傷つけたくないから、何も行動に移せないでいること。俺が何をしたいのか自問自答を繰り返していること。俺が本当にするべきことが俺自身分からないこと。

俺の心情とともに、全てをぶちまけた。いかに平塚先生といえ、俺の悩みをキレイさっぱり解決してくれるとは思わない。それどころか、結局自分で考えろと突っぱねられる可能性だってある。そうだとしても、やはり幾分か気分が楽にはなった。人に相談するのはいい事なのだろう。

 

「……なるほど」

 

平塚先生は終始黙って聞いてくれたが、俺が話し終えると、ふむと難しそうな表情で頷いた。

 

「そうだな、君は人の心理を読むのに長けている。雪ノ下から聞いたが、川崎沙希の件も君が解決したのだろう?」

 

あれを解決と呼べるのかは分からない。俺は手段の一つを提示したに過ぎないのだから。そう言おうとすると、平塚先生はすっと人差し指を立てて、それを制す。そして、俺の目を見つめ、ゆっくりと言葉を継ぐ。

 

「だが、感情を理解していない」

 

息が詰まった。声も、言葉も、ため息だって出てこない。それほどまでに、核心を突かれたと感じた。

 

「比企谷、心理と感情はイコールじゃないんだよ。よく考えてみたまえ。言葉から察するに、君は雪ノ下に対し劣等感を抱いているのは事実だ。だが、それと同時に好意を抱いているのもまた事実」

 

突然のことで顔が紅くなるのを感じる。さらっとそんなことを言われ、動揺しないわけがない。

 

「この場合、劣等感は心理。好意は感情だ。君は本当の意味での好意というものに気づいていない」

「本当の意味での好意……」

 

平塚先生は、まるで俺へ手綱を渡さないように。俺の出番は無いのだと主張するように。優しい口調とは裏腹に、なおも淡々と言葉を繋ぐ。

 

「誰かに好意を寄せる、誰かを好きになる、守りたい存在ができた。それに理由付けは必要ないんだよ。劣等感を感じるから遠ざかる?それはかえって相手を傷つけてしまうよ」

 

それは平塚先生が俺と関わりの深い大人だからか。他の有象無象の言葉よりも、大きな説得力があった。

きっと、平塚先生も似たような経験があったのだろう、俺の胸に深く突き刺さるような気がして、思わず目を逸らしそうになる。

だが平塚先生はそれを良しとしない。俺の目を見つめ、この場から逃がそうとはしない。

そして、ふっと微笑む。その笑みはこれまで見てきた中で最も柔らかなものだった。

 

「君と雪ノ下の深い関係は私には分からない。馴れ初めだって話から想像することしか出来ない。けれど、共感と馴れ合いと好奇心と尊敬と嫉妬と、それ以上の感情を一人の女の子に抱けているのは分かるよ。それはきっと、誰にも邪魔はできない、してはいけない素晴らしいものだ」

 

すっと気分が晴れていく。平塚先生が、俺の感じていることを理解してくれて、俺のことを知ってくれて。だんだん、言いようのない思いが胸にこみ上げてくる。

 

「二人の関係を邪魔できる者はきっともういないよ。その上で聞こう。君は……君が求めるものはなんだ?」

「俺が、求めるものは……」

 

言いかけた言葉の先を探して、視線をさまよわせる。

ここまで教えてくれたのに、お膳立てしてくれたのに、言葉が出てこない。視界に入ってくるのは、はっきりと俺の目を見据える平塚先生の瞳。

その真剣な眼差しを受け、不意に視界がぼやけた。

 

「俺は……」

 

言い直しても、先の言葉は見つからない。

どうしても過去がよぎる。雪乃が傷つくかもしれないという恐怖が浮き立つ。俺如きが、という自意識がこれでもかと俺の思考の邪魔をしてくる。

平塚先生の言葉で救われるかもしれないのに。俺なりの答えが出るかもしれないのに。

そんな思いが、嗚咽となって出てくる。声も言葉も切れ切れに出てきてしまう。

知りたい。知って安心したい。隣にいたい。安らぎを得たい。

例え幼馴染でも、全てを理解し合うことなんて出来ないのは分かっている。そんなの、ただの傲慢な願いだ。俺の高望みした願いが、結果俺の首を絞めて苦しめているのだ。

けれど、全てじゃなくていい。その願いだけでも理解し合えたなら。理想を語り合えたなら。その結果、傲慢さを許容してくれる関係性に繋がるのなら。

俺がそれを望んでいいのなら。

 

「俺は、本物が欲しい」

 

目頭が熱い。視界が霞んで見える。自分の吐く息の音がやけに大きく聞こえる。

こんなの、とてもじゃないが男子高校生が他人に見せる姿ではない。こんな無様に、情けなく、それでいて曖昧な答えしか出せないなんて。

言ってることが支離滅裂なのは自分が一番よく分かっている。他人が理解出来る答えでないのは充分に知っている。それでも、これが俺なりの、精一杯の答えだった。

気づいた時には、女性特有のいい匂いが俺の鼻を擽る。平塚先生が俺の腰に手を回し、優しく抱き寄せていたのだと気づくのに、少しの間があった。

 

「ちょ……」

「百点満点には程遠いが、正解だ。その本物とやらは自分で探せ。考えてもがいて、無理矢理にでも手に掴め。きっとその先にあるのが、君の望む本物だ」

 

そう締め括ると、平塚先生は俺から離れ、ガシガシとアイアンクロー気味に俺の頭を撫でてくる。頭蓋にぎりぎりとした痛みを感じ、俺が喘いでいると、その力がふっと抜けた。

 

「いい気分転換になったんじゃないか?どうだ比企谷、ラーメンでも食いに行くか。今なら私が奢ってやるぞ」

「随分と気前がいいですね…。まあ、ありがたくご相伴に預からせてもらいますよ」

 

そんな軽口を言う俺の目にはもう涙は溜まっていない。代わりに出てくるのは、俺を見てくれた平塚先生への感謝だ。

 

「ありがとうございます。本当に、色々と」

「らしくないな、君が感謝するなんて。ま、謝意はちゃんと受け取っておこう」

 

そう言いながら平塚先生は車へ乗り込む。それに倣い、俺も助手席へ乗り込んだ。

窓から空を見上げる。夏の大三角がハッキリ見えるほど綺麗な星々は、俺の心に確かな安らぎを与えてくれた。




この物語の設定では平塚先生とは八幡が一年生の頃から交流があります。なので八幡に与える影響力がでかいです。
このままいけば原作のように平塚先生を『恩師』と見なすことができなくなると思ったので、あえて今この話を入れました。
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