少し空きました。ちょい短め。
俺は意外と朝が得意だ。ふとした時朝の散歩に行ったり、ニチアサでプリキュアの勇姿に涙することも多々ある。ヒッキーなんて引きこもりみたいなあだ名で呼ばれている俺なわけだが、きちんと規則正しい生活を送っているわけだ。
八月七日。今日も今日とて目が覚めた。いつものように蝉の声を聞いたわけでも、小鳥のさえずりを聞いて朝チュンイベに遭遇したいなんて思ったわけでもなく、ふと右腕に違和感を感じたからだ。
ちょっとした重みと温もりがあったので、カマクラでも入ってきたのかと思いうっすらと目を開ける。
雪乃がいた。
俺はフリーズした。
「…………」
え、なんで?昨日雪乃はウチに来た?いや来てないよな。え怖い怖い。いくら見知った子でも朝起きて隣に寝てりゃそりゃビビるよ?
とりあえず起こすか?いや、こんな可愛らしい寝顔を見せられて起こせるわけないじゃない!クソ、せめて写真に収めとこう。
というか、いくら俺相手だとしてもそんな抵抗無しでズカズカとベッドに入り込むか、普通?いや、別にいいけど。むしろ大歓迎だけども。でも八幡のはちまんがやっはろーしちゃうから事前に連絡は欲しいかな!
「……あ」
スマホのシャッター音と共に目を覚ました雪乃と目が合い、互いに顔を赤くしたのは自然の摂理と言えよう。
二人してリビングに向かうと、既に起きていた小町はキキキ、と小悪魔じみた笑いを俺たちに向けてきた。
……こいつの差し金か。
とりあえず、素朴な疑問を雪乃に問いかける。
「…んで、何でウチに?」
「平塚先生からの連絡、見てないの?」
連絡?ていうか平塚先生と連絡先交換したっけ。
……そういやこの前したな。ラーメン代奢る代わりに無理やり交換させられたのを思い出した。
かといってアマゾンあたりから送られてくる時のような通知はきていない。迷惑メールフォルダにでも入っているのだろうか。
そう思って覗いてみると、そこにはおぞましい程の量のメールが。差出人は全て平塚静。
ぶっちゃけ見たくもないのだが、恐る恐るメールをチェックする。
フォルダの一番上、つまり最新のメールを開く。
『差出人:平塚静
題名:
本文:「比企谷くん、夏休み中の部活動について至急連絡をとりたいです。もしかしてまだ寝ていますか (笑) 先程から何度もメールをしています。本当は見てるんじゃないですか?
ねえ、見てるんでしょ?
みろ」』
怖い!怖いよ!軽いトラウマだよもう!返信無かっただけでこんだけメールが届くならそりゃ彼氏なんていないわけだ。結婚なんて以ての外だよ!
そんな平塚先生の負の一面を垣間見ると共に、活動って何するのだろうと疑問に思った。
「活動って?え、何?休み中も学校行かないといけないの?」
「合宿をするらしいの。二泊三日で、ボランティア活動が主らしいわ」
「この部活で合宿って……。で、いつ?」
「今日よ」
「小町も誘われたから行くよー」
…………マジか。
や、メールをスルーしてた俺が悪いんだけどさ、それにしても準備ってもんがあるんですよ……。
ていうかそもそも行きたくねえ…。こんなクソ暑い日に部活動なんてしたくねえ…。
だが、そんな考えは小町にはお見通しのようで。
「お兄ちゃん、準備は完了してるであります!」
目の前にどんと置かれた大きめの鞄。中を見ると、連泊用の荷物が入っている。
準備万端と喜ぶべきか、外堀を埋められて逃げ場がないと考えるべきか……ハァ。
********
「さて小僧、連絡に出なかった理由を聞こうじゃないか」
集合場所である駅前のロータリー。
三人でそこの一角に停めてあるワンボックスカーの前で仁王立ちしている平塚先生の元へ行くと、明らかに怒ってらっしゃる先生が顔を引き攣らせながらファーストブリットの体勢へと移行する。そういえばこないだのスポーツカーじゃないんですねなんて言えない。怖い。
「や、ちょっと待ってください。俺電話帳に登録してない電話は着拒するようにしてますしメールも通知が届かなかったんですよ。よって俺は悪くない!」
「知らんな、お前が悪い」
「そんな横暴な……。ていうか小僧って、だから結婚できな」
最後まで言い切る前に、俺の頬を拳が掠めた。冷や汗ダラダラである。この経験は四月以来か。
「何か文句でも?」
「ないですごめんなさい」
この人に年齢と結婚の話はしてはいけない。でも生徒に対して平気で殴り掛かる人は一生かかってもいい人と巡り会えないと思うよ!
そういえば、由比ヶ浜はどこだ?奉仕部としての合宿なら由比ヶ浜も来ているはずだ。いや、やっぱ合宿ってなんだよ……。
「あ、みんなやっはろー!」
わけの分からない合宿に苦悶していると、後ろから快活な声が聞こえたので振り返る。
コンビニでも行ってきたのか、大きなコンビニ袋を持った由比ヶ浜と戸塚がやって来た。
…………戸塚?
「ああ、人手が足りなかったのでな。戸塚も参加を申し出てくれたのだよ」
俺の疑問を察知したのか、平塚先生はそう言ってきた。
ああ神様、いつもは無神論者の俺だが、今回ばかりは感謝するぜ!後で神社にでも行ったら賽銭入れておくから!五円いれてご縁がありますようにってね!なにそれ、ただの語呂合わせじゃん。
雪乃がいて戸塚がいて……。ちょっとだけ荒んだ心が癒されていくぅ……。この合宿参加(強制)して良かった!
「あ、結衣さんやっはろー!」
「やっ…こんにちは、由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜と小町に釣られてナチュラルにアホみたいな挨拶しようとしたな、こいつ。既のところで踏みとどまったが顔はみるみるうちに紅潮する。
ていうかなんだよそのやっはろーって。流行ってんのか?やっぱアホの子は使うのか?
「あ、八幡、やっはろー!」
広めようぜ。やっはろーってやっぱいい挨拶だと思うの!古今東西世界共通の素晴らしい挨拶だ。さあみんなご一緒に!やっはろー!
とにかく、これで全員揃ったみたいだ。
「さて、では行こうか」
平塚先生に言われ、俺たちはワンボックスカーに乗り込もうとする。ドアを開けてみると、7人乗りのようだった。
運転席、助手席、最後部に三席、間に二席。
「ゆきのん、お菓子食べようお菓子!」
「そ、それは向こうに着いてから食べるものじゃなかったの?」
由比ヶ浜と雪乃は一緒に座るらしい。となると小町もその隣に座るだろうし、俺は戸塚の隣か?いいね、戸塚の隣!最高じゃん!
というわけで乗り込もうとすると、平塚先生に襟首を掴まれた。
「比企谷、君は助手席だ」
「えぇ……」
雪乃の隣、せめて戸塚の隣が良かった……。
「なに、長時間のドライブだ。運転中は退屈しない方がいいだろう?君との会話はそれなりに楽しいのだよ。それに、課題の答え合わせもしないといけないしな」
「はぁ……」
そんな柔らかい笑顔をされてしまうと逆らう気力も無くなる。
課題とは、この前の話のことだろうか。よく分からないから曖昧な返事しかできなかった。
大人しく俺が助手席に座ると、平塚先生は満足気に頷いた。
そして全員車に乗り込んだのを確認し、先生はアクセルを踏み、合宿先へと車を走らせた。
********
車が走り出し、高速道路に突入したからしばらく経った。
後ろの女子ーズはガールズトークに花を咲かせ、戸塚と小町も楽しそうに話していた。良かった、仲良さげで。
だがしばらくすればそれも終わる。静かで涼しい車内ということもあり、皆してすぅすぅ寝息を立てはじめた。雪乃なんかも気持ち良さそうに寝てるし。起きているのは俺と小町、平塚先生のみとなった。
「おお、山だ」
「山だねー」
「うむ、山だな」
視界に山の稜線が飛び込んでくる。
千葉にすむ我々にとって山は珍しい。見えるのは精々富士山くらいのものだ。
「比企谷」
そんな山の数々を見ていると、不意に声がかけられた。
「本物は見つかったかね?」
その問いは、つい先日のあの話。平塚先生が教えてくれ、曖昧ながらも自分の答えが見つかった話。だからこそ、苦笑いしてしまう。思い出す度枕に顔を埋めたい衝動に駆られるから。
「……そんなすぐに見つかるもんじゃないでしょ」
「ふふ、確かにな。でも、答えは見つかったんだろう?」
この人、ホント遠回しに聞いてくるな……。小町をちらっと見てみると、ポカーンとしていた。そりゃそうだ、理解できないと思う。
「人は大切な日によく想いを伝えたりしますよね。クリスマスだったり、誕生日だったり」
「まぁ、そうだな。…それは私に対する当てつけか?」
「そうなったら俺の言うこと全部当てつけになりますよ……。そうじゃなくて、そういう事を加味すれば、この合宿はちょうど良かったってことです」
「……?」
「お兄ちゃん、まさか……?」
平塚先生はよく意味が分からないといったふうに首を傾げ、小町は若干目をキラキラさせている。
先程とは違う、俺の愛する妹だからこそ分かるこの話。伊達に十五年俺の妹をやってない。
もちろん、それで全部解決するかは分からない。まだトラウマを払拭しきれたわけじゃないのだ、それを前にして浮き足立つ可能性だって充分に有り得る。
だが、ここが一つの通過点なのは間違いないだろう。先生の言った通り、無理矢理手に掴むべきポイントなのだと思う。
俺一人じゃきっと逃げてしまう。だから、今日突然言われた合宿のように、外堀りを埋めてもらわなければならない。それには協力者が必要だ。
小町へ顔を向ける。俺の考えていることが分かっているのか、俺へ向けてサムズアップしてきた。それをミラー越しに見て、「よく分からん…」と口から漏らす平塚先生。
きっと、俺にとって忘れられない日になるだろう、そう思った。
どこかで別視点をいれるかも?